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#61 ひとすじの希望

 教室には校長の岩瀬がやって来て、1年D組の生徒たちに本城の一件を説明したあと、その日は監督教員のもと一日自習で授業を終えた。春奈は前日の晩からの寝不足と、本城たちに対する言いようのない気持ちが渦巻き、ほぼ大半を何も手を付けることができずに終えた。また、それに拍車をかけたのが、事情を説明する岩瀬の発した一言だった。

「部活動は、明日まで活動を自粛します。通学生は終業後速やかに帰宅し、寮生はすぐに寮へと戻り、一切の活動は控えてください。明後日からはスポーツセンターなど室内での活動は可能としますが、学校から指示があるまではグラウンド…、とくに陸上部の場合、校外での活動は厳禁です」

 春奈たちは一斉にええっ、と声を上げた。春奈が手を挙げて岩瀬に問うた。

「どうして、校外はダメなんですか?」

 岩瀬は、もうウンザリだといわんばかりの苦々しい表情で答えた。

「まだマスコミが学校の周辺にいるのは、みんなもわかっていると思うが…報道があって以来、マスコミ以外からも電話が来るようになってしまってね…一般の方から」

 「一般の方」という言葉に、生徒たちから驚きの声が上がる。

「これまで、秋田学院を応援してくれていたはずの地元の方、それ以外にも報道をご覧になった全国各地の方からのお叱りのお電話がたくさん来ていてね…この状況で、生徒たちが校外で活動をするとなると…直接お叱りを受けたり…それだけで済めばいいのだが…」

 岩瀬の話に、春奈は翼の家で見た朝のニュース番組を思い出した。秋田駅前でテレビ局が行っていたインタビューに、通りかかった秋田市民が答えるものだ。驚いた、残念です、といった感想の中に、初老の男性が憤って怒声をあげているものがあった。

「まったぐもっで、どんでもねぇ!部活なんで悠長にやってら場合でねぇ、自粛だ自粛!全員、丸坊主にしで、毎日反省文書いだらえ!」

 出場辞退を決めたわけでもない今の状況下、練習は積んでおきたい。その一方、もしそんな見ず知らずの第三者に絡まれでもしたら…

(…どうすれば…?)

 春奈は机に肘をつくと、がっくりと両手で頭を抱えた。


 放課後も、春奈たちはD組の教室に残っていた。

 「男子は、ヨネセンになんて言われてるの?琥太郎くん」

 陸上部内で、男子部コーチの米澤は「米澤先生」を略して「ヨネセン」と呼ばれている。春奈に問われると、琥太郎が呆れたような表情を浮かべて口を開いた。

「ヨネセンがなんか指示すると思うか?詳しいことは校長に指示をあおげって、自分は北陸の大会の視察に行ってるってよ…気楽すぎて話になんねぇ」

「えっ、それじゃあ」

 怜名が、思わず身を乗り出す。

「わたしたち、誰からも何の指示もされてないってこと?…見放されてない?」

 怜名の言葉に、琥太郎は全力で首を横に振った。

「違ぇーよ。最初っから見ちゃいないんだよ、誰も。女子だって、練習仕切ってるの梁川先輩だろ?男子だって阿波野先輩がメインで練習考えてんだから」

「えっ!?」

 春奈と怜名が、驚きの声を漏らす。

「生徒の自主性に任せるなんてカッコイイこと言ってるけど、自分たちが何もしない理由づけだろ?現に、監督もヨネセンも、視察って言って旅行行って、酒飲んで遊び回ってる…挙句、生徒連れ込んでとか…クソだな!」

 そういって琥太郎は、朝のホームルームで岩瀬から配布された保護者あてのプリントをくしゃくしゃに丸めてゴミ箱へ投げた。

春奈は怜名と顔を見合わせて、この日一番大きな溜息をついた。

「どうしよう、これじゃ本当に何もできないよ」

 怜名が困り果てた表情を浮かべる。春奈は、何か考え事をしているようだ。

「どこだったら…えーと…スポーツセンター…うーん…」

「何考え事してるの?」

「昼休みに秋穂ちゃんとも話してたんだけど、これもし大会出られたとしても、外で練習できないとしたら、わたしたちどこで走ればいいんだろう…?」

「だよな…、高校の室内でそんな長い距離走れるような場所ないよな…?」

 琥太郎がボソッとつぶやくと、春奈が目を見開いて尋ねた。

「えっ、いま琥太郎くんなんて言った?」

「え?いや、高校の室内でそんなに走れる場所ないって…」

「それだよ!それ」

「えっ…?どうしたんだ、冴島?」

 首をひねる琥太郎に対して、春奈の表情は明るい。

「怜名、ちょっとわたし、みるほちゃん呼んでくるね!」

 そういうと春奈は、慌てた様子で教室を出て行った。

「みるほちゃんを…?」

 教室に残された怜名と琥太郎は、不思議そうな表情で顔を見合わせた。


「大学に、確か相当大きい室内トラックがあるから、そこ使えないかな?申請とかわからないから、みるほちゃんに来てもらったんだけど」

「おぉ!大学の施設ね!」

 怜名が感心した様子で手をたたいた。秋田学院は、幼稚園から大学までが同じ敷地の中でつながっている。高校と同じく陸上部などの体育会系部活を抱える大学の施設は、高校のものより規模も大きく、練習場所としては十分だ。しかし、みるほは首をひねった。

「大学も、女子は来月に富士山女子駅伝に初出場するから使える時間あるかな…それに、大学の施設使わせてもらうには手続きが必要なんだけど、わたしじゃまだわかんない…どうしよう」

 春奈が、即座に答えた。

「進藤先輩に来てもらう?」

「そうだね!…宮司くん、男子も一緒に使うなら、飛垣内とびがいち先輩も呼んだほうがよくない?」

 みるほの言葉に、琥太郎はうなずいた。

「確かに!じゃあ、おれガイチ先輩呼ぶから、丹羽さん進藤先輩に連絡よろしく!」


 一年D組は、にわかに作戦会議の場と化してきた。萌那香と男子部マネージャーの飛垣内章とびがいちあきらに連れられ、あかりと男子部キャプテンの阿波野太希あわのだいきもD組へとやってきた。

「なんか、見たことありそうでない感じ…新鮮!」

 怜名が感心した様子でため息をつくと、春奈もうなずいた。

「同じ部活なのに、お互いのこと、何にも知らないもんね、わたしたち」

 その想いは3年生も同じようで、太希が大きな溜息をつきながらあかりに話しかけた。

「今、クラスも一緒なのに、ほぼほぼ交流ないよね。梁川さん」

「そうだね…、最初からもっと男子部と連携取れてたら、もっと違う形もできてたかもしれないよね」

 あかりも同じようにため息をついたが、すぐ続けた。

「…練習場所の今やらなきゃいけないのは…、萌那香、申請のやり方わかる?」

萌那香は、手元のノートを繰って調べながら答えた。

「大学に申請出すには、部活の顧問名義で校長先生の承認もらって、それをもって大学の…管財課に行って鍵を借りないといけないんだけど、今何時?…4時か…」

「すぐに鍵は借りられるものなの?」

「窓口に担当の人がいれば。だけど、結構借りられたり借りられなかったりらしいよ…」

そして、萌那香は大きくため息をつくと続ける。

「まず、顧問が今はいない…だから、ヨネセンが責任者になってると思うんだけど、ヨネセンいないから書類にハンコ捺ける人が…」

 すると、話を聞いていた章が、ニヤリとして口を開いた。

「マサヨさんなら、ハンコの場所わかるはず。ヨネセン、マサヨさんにその辺の管理任せてるから、連絡も取ってもらえると思うよ」

「ホント?じゃあガイチくん、マサヨさんに聞いてきてもらってもいいかな?」

「お任せあれ!」

 章は、スッと立ち上がると颯爽と教室を出ていこうと走りだしたが、入口に頭を派手にぶつけてしまった。

「イデデデデ…」

「ガ、ガイチくん、大丈夫?」

「だ、大丈夫大丈夫…行ってくる!」

 陸上部内でずば抜けて身長の高い章は、たまにこうして頭をぶつけることがあるようだ。苦笑いを浮かべて、章は寮へと走っていった。再び、あかりは腕を組んで考え始める。

「これでもしハンコがもらえたとしても…校長先生を説得しないと…」

 難しい顔をして、あかりは頭を抱えた。すると、話を聞いていた太希が口を開いた。

「そこは、俺たち2人で行こうよ。校長だって、自粛は本意じゃないはず。俺たちから説得すれば、わかってくれるんじゃないかと思う」

 あかりは、太希の話には若干懐疑的なようだった。しかし、首を縦に振ると答えた。

「そうだね…うちらからお願いするしかないもんね」


 マサヨさんは、息急き切って走ってきた章を驚いた様子で眺めていたが、事情を聴くとスウェットの袖を捲って章に答えた。

「お安い御用さ。アンタたちが悲しむ顔はわたしも見たくないからね。ほら、書類貸しな。なんなら、校長のところ、わたしもついてくよ。いい加減長い付き合いだからさ」


 書類を持って戻ってきた章のすぐ後ろにマサヨさんが立っていたことで、あかりたちは驚いたようだったが、すぐにうなずくと太希、あかりが章に代わって席を立った。校長室のある本館の1階へと降りると、廊下の向こうに岩瀬の姿が見える。マサヨさんが慌てた様子で声を上げた。

「太希、マズい。校長止めないと、今から出かけちまうよ!」

「オッケーです!…校長先生!」

 怪我で走れないあかりの代わりに、太希が慌てて岩瀬を止めに走る。不意に声を掛けられた岩瀬は、目を丸くして驚いた表情を見せた。

 一度校長室に戻った岩瀬に、太希とあかりは申請の必要性を説いた。しばらく無言となった岩瀬に、マサヨさんが重ねて頭を下げる。

「校長、この子たちには何の非もないはずです。日々必死に練習していたこの子たちの気持ちを裏切ったのはあの二人です。せめて室内で走り込める時間を…」

 マサヨさんの言葉を遮るように、岩瀬が口を開いた。

「これから、東京の高体連事務局まで行って、経緯の報告をしてきます。…残された生徒たちに不利益がないよう、どうか寛大な措置を…と」

「校長…!」

「申請は、わたしの名前で出すとよいでしょう。大学の事務局には連絡をしておくので、管財課に出向いて、利用できる時間を工面できないか相談してみてください」

 口を真一文字に結んで話を聞いていた太希とあかりは、顔を見合わせてほほ笑むと岩瀬に頭を下げた。

「…ありがとうございます!」


 1年D組に戻ってきた3人の笑顔を見て、残っていた春奈たちにも笑みが戻った。

「承認もらえたんですね!やったぁ!」

 あかりは明るい表情を引き締めると、春奈に釘を刺した。

「まだまだ。これから大学の管財課行って、そもそも使えるかどうかと、空きの時間がどうかを聞きにいかないといけないから。校長先生に連絡は入れてもらったんだけど、萌那香と…春奈、行ってもらっていい?」

「はい、大丈夫ですけど…大人と交渉なんてできるかな」

 春奈が不安げな表情を浮かべると、マサヨさんが口を開いた。

「愛を連れていったらいいよ。あの子の姉貴はやっぱり秋田学院の子でね。大学もそのまま卒業して、今大学の事務局にいるんだ。それこそ管財課じゃなかったか?」

「えええええ!?」


<To be continued.>

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