#52 再会、東日本女子駅伝
かくして、次年度の学年キャプテンは春奈に決まり、それを秋穂、愛の二人が支えるという体制がスタートした。そして、萌那香の後任となるマネージャーにはみるほが立候補し、当初本城が予定していたよりも相当早まったものの、1年生部員たちはすでに次年度の新しい体制へと移行し、都大路での本番に備えることとなった。
秋田県高校駅伝から数週間後。11月にしては比較的気温の高い日曜日の朝、春奈たちは福島・信夫が丘競技場にいた。1月の都道府県対抗女子駅伝に先立ち、東日本の各都・道・県18チームで争われる東日本女子駅伝が行われるのだ。秋田学院からは3年生の淳子、1年生から秋穂、春奈の3人が秋田県チームのメンバーとして選ばれていた。
「何をそなあにウキウキしとんの?」
早朝の新幹線からテンション高く、大会を楽しみにしている春奈を不思議そうに秋穂が見つめた。
「だって、神奈川のメンバーに会えるんだもん」
「あぁ…なるほどなぁ」
冬の都道府県対抗でともに戦った、神奈川チームの佐野史織たちとの再会を春奈は心待ちにしているようだった。
「ふたりとも、あとで翼のお姉さんが来るから紹介するよ。空さん」
「相浦先輩のお姉さんですか?」
淳子の言葉に、春奈たちは振り向いた。
「そ。わたしも会うの久しぶりだけどね、わたしが1年のときの3年生なんだ」
「ホントですか?なんかお祭りみたいですね!」
「お祭り…」
待ち遠しくて仕方ない様子の春奈に、淳子も思わず苦笑いを浮かべた。
「淳子―!おつかれ!」
「相浦先輩!」
妹の翼によく似た、小柄な選手が走り寄ってきた。本城の古巣でもある、タクシー会社の大同自動車陸上部に所属する相浦空だった。
「先輩、1年生の冴島さんと高島さんです」
「よろしくお願いします!」
「へぇー、これが噂のスーパールーキーコンビ?期待大だねー、よろしくね。あ、わたし相浦空。いつも翼がお世話になってるね、ありがとうね。それからそれから…」
「あ…よろしくお願いします…」
見た目こそ似ているがおとなしい翼に比べて饒舌すぎる空に、春奈たちは圧倒されていた。すると空の背後から、声をかけるタイミングをうかがっている一人の選手がいる。背は高く、髪型はショートカットだ。気付いた春奈が声をかけた。
「あのー…」
「あ、もしかして、秋田学院の選手の人ですか?」
「はい…どちら様ですか?」
その選手は、髪を耳にかけると苗字を名乗った。
「東京チームの、井田といいます」
一瞬考えた春奈は、苗字を聞いて慌てて淳子に声をかけた。
「え…あ…川野先輩!井田先輩のお姉さんです!天さんです!」
小柄でロングヘアの悠来とは、パッと見双子とは気づかない。淳子たちと挨拶を交わした天は、悠来の様子を聞くとため息をついて肩を落とした。
「はぁ…。そうですか…悠来がご迷惑おかけしてごめんなさい」
そう言って、天は深く頭を下げた。
「いやいや、天ちゃんが頭下げることじゃないよ。それで…今、悠来は家にいるの?」
淳子が問うと、天は眉間に皺を寄せてこう答えた。
「えっ?悠来、家には帰ってきてないですけど…秋田にいるものだと…」
『…えええっ!?』
「えええっ!?」
淳子たちが驚きの声をあげたことに天が驚き、同じような叫び声をあげた。
「え、そしたら、悠来はどこに…?」
「わかんないですね…そう言って出てきたのなら、実家に戻っててもおかしくないとは思うんですが」
その場にいた3人は、顔を見合わせて首をひねった。
「じゃあ、もしこっちのほうでも何かわかったら天ちゃんに連絡するね」
「はい、本当に悠来がすみません…」
天は、淳子たちと連絡先を交換すると、再び頭を下げた。すると、
「ちなみに、今日は何区を走るんですか?」
春奈が横から会話に割って入った。天は一瞬考えたのちに口を開いた。
「まだ発表されてないけど…もうすぐだからいっか!私は9区」
「本当ですか?わたしも、今日は9区なんです」
「お!そしたら、同じ区間で勝負だね。今日は楽しもう!」
春奈の言葉に、天はニヤッとして手を差し出した。
「もちろんです!」
天の言葉に、春奈も笑顔を浮かべて強く手を握り返した。
春奈はアップを兼ねて競技場の周辺をジョッグしていたが、視線の先に見慣れた黄色のガウンを羽織った集団を見つけた。
(あれは…!)
集団へ駆け寄ると、その中の一人が春奈を見つけて声をあげた。
「あっ!冴島ちゃん?冴島ちゃんだよね!」
「あ、琴音先輩!」
声をかけてきたのは、神奈川チームに参加している逢沢琴音だった。琴音の声に、何人かの選手が駆け寄ってくる。
「春奈ちゃーん!久しぶり!なんか、大きくなったね?」
「お久しぶりです!」
佐野史織をはじめ、春奈にとって懐かしい面々が顔をそろえた。
「そっかー、今回からは秋田チームなんだもんね、春奈ちゃん」
「そうなんです、一緒にリレーできなくて残念です」
「ちなみに、冴島ちゃん今回は何区?」
「9区になりました」
「おおおおおぉ!すっごいね!」
9区は、最長のエース区間だ。周囲の選手たちも驚きの声を漏らす。すると、史織が春奈の肩を引き寄せるとこう言った。
「じゃあ、今回は同じ区間で勝負できるってことね。わたしも頑張ってトップにいるから。負けないよ。追いかけてきてね」
「…はい!体調管理に気をつけて、勝負できるように頑張ります!」
春奈は、史織の顔を見つめると満面の笑みを浮かべて、秋田チームの待機場所へ戻っていった。
「史織先輩」
「ん?」
琴音が、史織に聞いた。
「冴島ちゃん…なんかたくましくなった気がします」
琴音の言葉に、史織は首を振って答えた。
「ううん、気がするっていうか、絶対たくましくなった。勝てるかな…フフフ」
秋田チームの待機場所へ戻ると、1区を走る秋穂は既にウォーミングアップを終えていた。
「ごめん、遅くなって」
愛媛出身の秋穂は、あまり他チームにも知り合いがおらず退屈している…と思いきや、小柄な一人の選手と談笑していた。
「あぁ、春奈おかえり、この子」
「ん?」
「学院中の子で、来年から内部進学でうちらの寮に入ってくるんよ」
「へぇ!」
秋穂に促されるようにお辞儀をしたその選手は、少し緊張した様子ながら口を開いた。
「秋田学院中学校3年A組の、高橋凛花です…よろしくお願いします!」
「ってことはまなち…愛ちゃんとか、矢田真理ちゃんとかも知ってるんだね」
「はい!瀧原先輩たちにいつもお世話になってます」
普段、中学校との合同練習などの場はないが、内部進学者が毎年2~3人はいる関係で、中学校の部員たちとのコネクションがあるようだ。春奈が凛花に語りかける。
「凛花ちゃん、8区だからわたしとたすきリレーだよね」
「そうです!よろしくお願いします!」
その時、ふと春奈は気づいた。凛花の手先がふるふると震えていることを――春奈は、ポケットにしまっていた自分の手袋を差し出した。
「今日、防寒になるもの持ってきてる?せめて、手袋だけでもしておいたほうがいいよ」
「んー…でも、走りだせば暑くなると思うので、大丈夫です!」
元気からか緊張からか、凛花は春奈の申し出を断った。だが、春奈は続ける。
「今日、風強いからね。わたしも去年、風で低体温になったばっかりだから」
凛花は何か言いかけたが、春奈から手袋を受け取った。
「ありがとうございます!お借りします!」
そういって、凛花はそそくさと尻のポケットへ手袋を入れてしまった。
(聞いてない…!)
春奈は苦笑いして、9区ランナーが乗り込むマイクロバスへと向かっていった。
<To be continued.>




