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#51 笑顔

【前回のあらすじ】

新チームの始動が近づき新たな学年キャプテンとマネージャーを選出することになった部員たち。ところが、現キャプテンの愛の表情は暗いままだ。1年生部員たちのミーティングの場で、友紀は「やりたいことがある」と一方的に退部と転校を申し出る。そして、愛も学年キャプテンを降りたいと言い出し…

「どうしたの?何があったの?」

 口火を切って同部屋の明日香が尋ねると、いつもの元気な様子はどこへやら、うつむいたまま愛は答えた。

「キャプテンっていうのは…、キャプテンは…、」

 ふた言目が続かない。次第に顔が紅潮し、目元には涙が浮かぶ。口元をぎゅっと閉じたまま、部員を見渡すと愛は嗚咽交じりに再び口を開いた。


「キャプテンを務められるのは…あたしは3つあると思っていて…、」

 そういうと、両手を胸に押し当てた。涙がぽたぽたと重ねた手に落ちる。傍らにいた真理が愛の背中をさすった。

「1つは…、皆を引っ張れる人。2つめは、常に前向きな人。3つめは、自分以外のことに目を配れる人。あたしには、どれもない…」

「愛、そんなことないよ!」

「そうだよ、まなち!しっかりしなよ!」

 愛の言葉に、部員たちが声をあげる。その言葉に首を振ると、涙を拭って愛は話し始めた。


「今年、学年キャプテンっていう名前をもらって、自分なりに一生懸命やってはみたけど、皆を引っ張らなきゃいけないときに、あたしが一番後ろ向きな発言したり…、あたしが何かしないといけないことも、誰かがやらないのを言い訳にしてみたり…そんな人間がキャプテンやってたら…、チームが腐ると思う」

『チームが腐る』という愛の言葉に、部員たちは一斉に押し黙った。愛が続ける。

「だからキャプテンは、皆を前向きに引っ張ることができる人にお願いしようと思うんだ…」

 愛はそう言って、輪の中を進むとひとりの部員の手を取った。

「…さえじ、どうかな?あたしは、さえじにキャプテンやってもらうのが一番いいと思ってるんだけど…」


「おぉ!」

 真っ先に、涼子が声を挙げた。当の春奈は、突然の指名にビックリした表情を浮かべている。

「えっ、わっ…わたし?」

「そう」

 戸惑った表情を浮かべた春奈を見て、愛が口を開いた。

「さえじなら、皆を引っ張ってくれて、明るく前向きなチームができると思うんだ。みんな、どうかな」

「賛成!いいと思う!」

「春奈キャプテン、いいんじゃない?」


 皆が口々に、春奈のキャプテン就任に賛成する意見を口にしはじめた。すると、話を聞いていた佑莉が手を挙げた。

「あんな…、別に、これは春奈ちゃんが嫌とか、そないなこととはちゃうねんけど…」

 場が静まり、皆が佑莉の方を向く。佑莉は長い黒髪を腕にはめていたゴムで結ぶと続けた。

「みんなが、その場の空気でなんとなく賛成…、で春奈ちゃんをキャプテンにしよるのは、春奈ちゃんもあとあと大変やと思うんよ。ちょっと時間かかってまうけど、うちは、この場の全員の意見を聞いたほうがええと思うんやけど、どう?」

 佑莉は、愛の方を見て尋ねた。愛はうなずくと、春奈たちに聞いた。

「オッケー、ゆりりん、あたしもそう思う。最終的には多数決…、っていう話になると思うけど、一人一人自分の意見を話してもらって、最後にさえじの気持ちを聞こうと思う。それでいいかな」

 部員たちは、皆うなずいた。少しあって、春奈は思案を巡らせたようだったが、最後にうなずいて愛に答えた。

「わかった…!」


 1年生たちが、ひとりずつ春奈のキャプテン就任に関する賛否の意見を述べてゆく。概ね、各部員が好意的な意見を挙げてゆく中、怜名は少し小声で切り出した。

「わたしも、春奈がキャプテンをやること自体は賛成なんだけど…」

「ん?」

 愛が、意外、といった表情を怜名に向けると、怜名が続ける。

「みんなも知ってる通りだと思うんだけど、春奈、すごく皆に対して気を遣うから、春奈ひとりがキャプテンで頑張るのは、イヤとかじゃなくて心配かな」

「怜名…」

 春奈が声を漏らした。怜名は、春奈の顔をじっと見つめている。愛がそれに答えた。

「副キャプテンっていう制度があるじゃん。絶対に置かなきゃいけないわけじゃないけど、たとえばさえじが誰かを副キャプテンにしたいっていうなら、それがいいと思う」

「そっか、なるほどね!なら、わたしも賛成で」

 怜名は、ニッコリと笑って賛同した。春奈の顔にも笑みが浮かぶ。そして、残りのメンバーもひとりひとり意見を述べていく。反対意見は出てこない。


 最後のひとりは秋穂だ。秋穂は、全員を見回すとゆっくりと口を開いた。

「うちは、反対じゃ…って言うても、もう賛成票多数じゃけど」

「え、ほーたん?」

 愛は、秋穂の言葉に驚いたようだった。秋穂が、実質春奈のパートナーであることはもちろん皆が知っている。それだけに、他の1年生たちも一様にビックリした顔をしている。

 春奈は黙って秋穂を見ていた。すると、視線に気づいた秋穂は頬を人差し指で掻いた。

「いやー、あの、なんて言うたらええんじゃろ?タッキー、あかり先輩が怪我した時のこと覚えとる?」

「え?あぁ、あの時…」

「春奈は、誰よりも目標に向かって努力できる子じゃとウチは思とる。誰よりも真面目だけん、真面目だけんど、周りが見えんようになってしまうのが…ウチは心配じゃ」

 秋穂がそういって視線を春奈に向けると、他の部員も一斉に春奈の方を見た。春奈は、一瞬たじろいだような仕草を見せたが、すぐに直って全員の顔をゆっくりと見回している。


「…あ、春奈…」

 秋穂が、再び気まずそうに口を開く。愛がそれに続いた。

「ごめん、なんか変な感じになっちゃったけど…ほーたん、別にさえじがキャプテンになることがイヤなわけじゃないんでしょ?心配なんでしょ」

 ついストレートな言い回しで、本心を包むことなくぶつけてしまいがちな秋穂をフォローするように愛が訊ねた。

「そ、そないなことだけん、春奈、ごめん」

 愛の言葉にハッとした様子で、あわてて秋穂が頭を下げた。春奈は、表情を変えずにしばらく黙ったままでいる。

「春奈…?」

 怜名や佑莉、涼子たちも、口々に心配そうに声をかける。沈黙がしばらく続いたかと思うと、突然春奈はニッコリと微笑み、声を発した。

「ありがとう、みんな!」

「えっ…?」


 予想外の言葉に、部員たちは一瞬呆気にとられたような表情を見せた。春奈は、体育座りの姿勢を崩すと話しはじめた。

「こんなにみんなから思ってもらえるなんて、わたし…うれしい!」

「どうしたの、春奈?」

 明日香から問われると、一つうなずいて春奈は話しはじめた。

「こんなこと言うのはどうかと思ったけど…、わたし、秋田学院来るまで、ずっと一人だったんだ」

「えっ?」

 皆が一斉に声を挙げた。春奈は遠い目をして、かつてのアメリカでの生活を思い出していた。

「わたし、アメリカでは日本人学校に通ってたんだけど…、その頃は人見知りで、恥ずかしがり屋で…、友達ともまともに話せないぐらいだったんだ」

「へえ…!意外や!でも、確かに恥ずかしがり屋言うたら、恥ずかしがり屋やんな?」

 礼香が驚いた様子でつぶやく。春奈は首を縦に振った。

「ちょうどそんな時に、お父さんのことがあって日本に帰ってきたんだけど…中学入ってすぐ、部活であんなタイム出して。それでなくても転校してきたばっかりの帰国子女で、仲いい子もできる前だったから…なんか、特別な子みたいな扱いされて、いつまでもクラスの輪の中に入れずにいたんだ」

 春奈の話を、部員たちは静かに聞いている。


「それからしばらく経って、都道府県対抗に出て。その前から本城先生に秋田学院誘ってもらってたけど、その時に会ったのが怜名で、怜名が秋田学院に一緒に行こうって言ってくれたんだ」

 怜名は自分を指さすと、照れくさそうな表情を見せた。真理が、驚いた顔で尋ねた。

「え、あっ、春奈と怜名って同じ中学じゃなかったの?一緒だと思ってた」

「うん、わたしは横浜で、怜名は小田原…宮司くんと同じ中学だから、別のところから来たんだけど。怜名があの時言ってくれなかったら、今頃普通に地元の高校行ってたと思う…そうしたら、どうなってたんだろうなと思う」

 春奈は怜名を見て、笑みを浮かべた。

「お父さんが死んじゃって、お母さんとも離れて暮らすなんて出来るかなって思ってたけど、みんなとの生活、楽しいんだ、今。だから、さっき、佑莉ちゃんとか怜名とか秋穂ちゃんが言ってたことも、わたしのことを考えてくれたからそういう意見なんだと思うし、本当に…秋田学院で陸上やっててよかったと思ってる」

 春奈が目を輝かせて話す。いつの間にか、周囲の1年生たちにも笑顔が戻っていた。


「だからね、どうしたらいいのかとか、わたしでできるかなとか不安はあるけど…」

 春奈は、愛のほうへ向き直って告げた。

「わたし、来年の学年キャプテン、やらせてもらってもいいかな?」

「もちろん!」

 愛の言葉に、部員たちから拍手が起きた。反対、といった秋穂も、春奈の笑顔を見て拍手を送っている。すると、

「でね、みんなに相談があるんだけど…」

「うんうん」

「副キャプテン、ふたりにしたいんだけど、どうかな?」

「おぉ?」

 思わず、愛が声をあげる。


「わたしが決めていいんだよね?まなち」

「う、うん、キャプテンが決めたらいいと思う…みんなは?」

 他の部員も、みな首を縦に振った。春奈は、手に持っていたノートにペンを走らせると、何事かを書き始めた。

「ええっとね、まずは…秋穂ちゃん」

 おおっ、と部員たちから声があがる。秋穂本人も予測していなかったのか、狐に摘まれたような顔をしてつぶやいた。

「え、ウ、ウチ?」

「そう、ウチ」

 秋穂の言葉をおうむ返しにすると、春奈がいたずらっぽく笑った。

「でもあれよ、ウチ、人前で喋るのとかアレやけん…」

「別に、喋らなくてもいいんだよ」

「えっ?」

「練習を引っ張るのは、一人よりも二人のほうがいいと思うんだ。秋穂ちゃんは、わたしよりもみんなのことを見てるから、話し合いながらトレーニングを進められたらいいなって思ってる。みんな、どう?」


 場の反応は、半々に分かれた。日頃、秋穂と話している愛や佑莉、涼子たちはすぐに賛成したようだったが、一部の部員は少し戸惑ったような様子を見せた。みるほが春奈に聞いた。

「いいと思うんだけど、わたし、秋穂ちゃんとそんなに話したことないから、どんな人かがよくわからなくて…」

 秋穂が申し訳なさそうな目線をみるほに送ると、ふたりはしげしげと頭を下げた。選抜チームのA班にいることがほとんどで、普段の生活もひとりだけクラスの違う秋穂は、本来の性格も相まって同じ学年の中にも、いまだ話せていない部員が数名いる。すると、春奈が話をつづけた。

「あともうひとり、まなち、来年は副キャプテンをお願いできるかな?」

 春奈の言葉に、愛もビックリとした表情を浮かべた。

「えっ、お、おいが副キャプテン?」

 思わず秋田弁が漏れる。春奈はさも当然、といった様子で愛に言う。

「いきなりひとりでキャプテンは大変だったと思うけど、秋穂ちゃんとまなちがいてくれたらいいチームになると思うんだ。まなちは今年1年の経験もあるし、わたしはまなちにいてほしい」

「春奈…」

 春奈は愛の目を見ると、肩をポーンと叩いた。そして、みるほの方を向いて言った。

「秋穂ちゃんも照れ屋だから、まなちがいてくれたら、チームとしてまとまるのもスムーズかなと思ってさ。みるほちゃん、秋穂ちゃん、どう?」

 春奈が問うと、秋穂とみるほは顔を見合わせてうなずいた。みるほは、春奈の方を向くと感心した様子でつぶやいた。


「なんか、春奈ちゃん、プロデューサーみたいだね…」

 横で見ていた怜名も、同感といった様子でうんうんとうなずいた。

「うん、春奈、ほんとに頭の回転速いよね…」


 春奈は改めて部員たちを見回すと、晴れ晴れとした表情で言った。

「それじゃあ…みんな、よろしくお願いします」

 春奈が深々と頭を下げると、部員たちから大きな拍手が起こり、その輪の中には皆の笑顔があった。


<To be continued.>

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