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#49 落胆と夜空

【前回のあらすじ】

アンカーの秋穂が巻き返し、秋田学院は12年連続13回目の高校駅伝出場を決める。しかし、その夜の祝勝会場でまたも悠来と一美が言い争いを始める。悠来の肩を持とうとするあかりに、一美は声を荒げる。飲酒の疑いを持たれた悠来は寮を飛び出してしまう。その姿を追って本城は慌ててその場を出て行った。

 噴水広場にやってきたのは、あかりだった。


 まだ装具がついたままの足取りは重く、広場のわずかな段差を超えるのもつらそうな表情を浮かべている。普段の凛とした表情もなく、どこか定まらない視線のままゆっくりと春奈のほうへと向かってくる。

「ちょっとごめんね…よいしょ」

 そういって、あかりは春奈の横へゆっくりと腰かけた。平静を装っているが、声がわずかに震えている。


「梁川先ぱ…」

「春奈、ごめん。あんなところ見せて」

 春奈の呼びかけを遮るように、あかりは声を絞り出した。

「そんなこと」

 再び春奈の声を遮るようにあかりが大きくかぶりを振った。

「嫌われたくなかったんだ、悠来に」

 想定外にあかりから発せられた言葉に、春奈はハッとした表情のまま固まった。あかりは、左足の膝を抱えると、そこに顔をうずめてつぶやいた。


「悠来の双子のお姉ちゃんの話は、聞いたことあるかな」

「はい、そらさんというお姉さんがいると聞いてます」

「うん。天と悠来はわたしの1つ年下だけど、天はそれこそ中学に入ったあたりから関東でも1、2を争うぐらいのスピードランナーでさ。大会でわたしと天が1位、2位になることも多くて、その頃から顔を合わせてたから実は悠来よりも付き合い長いんだ」

「そうだったんですね」

「そう。だから、悠来が入学したとき、天からそのことも話は聞いてて。悠来を宜しくお願いしますって言われてたんだ。でもね、悠来は、最初全然心を開いてくれなくて」

 そういうと、あかりは悲しそうな目をして夜空を見上げた。

「天のことを知ってるなら、悠来が秋田にどうして来たのかも知ってるよね…悠来は、姉妹で八王子実業に入りたかったけど、実力が違いすぎて八王子実業からは声がかからなかったんだ。それで…」


「…」


「お父さんに頼み込んで、全国の高校に色々声をかけてもらって、結果秋田に来た…って、それは天から聞いた話だけど」

「最初、どんな感じだったんですか?井田先輩」

「最初は、何をするにも自信なさげで。練習でも一番後ろから自信なさそうについてくる感じだった。いつも練習の終わりに泣いて、トラックから帰れなくなって…そこで、わたしと話すようになって、一緒に自主練をするようになったんだ」

 入学当時の悠来の様子を聞いて、春奈は眼を見開いて驚いた。

「そんなことがあったんですね」

「うん。最初は、いまの2年生の中でもタイムは中の下ぐらいだったかな。でも、やっぱりセンスがあったのか、だんだんタイムが伸びて、去年の秋ぐらいには学年で菜緒と並んで1、2位ぐらいのタイムになったのかな…ただね」

「ただ?」

「…その頃からぐらいなんだ、悠来の様子がちょっとずつおかしくなっていったのは」


 …プルルルルル…プルルルル…プツッ…プーッ…プーッ

「…あああぁ!」

 ふいに呼び出し音が切れ、通話が途切れる。本城は慌てた様子でリダイヤルのボタンを押し、携帯電話を耳に当てた。すると、

『お客様のお掛けになった電話は、電波の届かないところか、通話がーー』

「ああああぁ!クソ!」

 応答しない電話の相手に苛立った本城は、今にも携帯を握りつぶしそうな勢いだ。着ていたジャージを腰に巻き付けると、夜の闇に向かって一言吠えた。


「悠来ァ!どこ行っちまったんだ!?」


 その頃、食堂では怜名を女子部員たちが取り囲んでいた。

「ねえねえ怜名、ぶっちゃけ悠来りん、マジで酒臭かったの?」

「つかさ、夜遊びして次の日の夜に戻ってくるマネージャーとかいらなくね?」

「れなっちも結構やられたでしょ、もうガツンと言っちゃえばいいんだよ」

 スタート直前の一美と悠来の一部始終をすぐ近くで目撃していた怜名に、愛や涼子、真理たちが群がってああでもない、こうでもないとうわさ話を続けていた。女子たちの会話のペースに圧倒されていた怜名だったが、終わる様子のない話にうんざりした様子でゆっくりと切り出した。

「その話、もうやめにしない?」

「えっ?なんで?うちらにも影響あるかもしれない話だよ」

「ううん…疲れた。ごめん、わたし頭痛いから先に部屋戻るね」

 そういうと、怜名は少しふらつきながら部屋へと戻っていってしまった。


「どうしたのかな、れなっち」

「わかんない。ていうか、怜名もちゃんと反論しないから悠来りんが調子乗るんだよ」

「そうだよ、いつも春奈の後ろにばっかいて、自分じゃ何にも言わないし…」

 話が妙な方向に向かおうとしたその時、愛たちのすぐ後ろに誰かが立った。気配を感じた愛が振り向くと、

「あっ、菜緒先輩…」

 そこには、菜緒が険しい表情で立っていた。菜緒は愛たちを一瞥すると、口を開いた。

「何の話をしとんねん…おうコラ」

「えっ…」

「だから、何を人のせいにしとんねん」

「…」

「いらん話に首突っ込まんでええ。そんなにうちらの学年みたいになりたいか?」

「えっ…?」

「ムチャクチャやってんぞ、うちらの学年…てか愛、あんた学年キャプテンやろ?率先してこんな話に首突っ込んでどないすねん!」

 菜緒の剣幕に、愛は下を向いてしまった。


「こういう言い方はしたくはないけど…、調子に乗ったんだと思う」

「井田先輩がですか?」

「うん…別に悠来のことを心配してたのは私だけじゃなくて、1つ上の先輩たちもそうだし、菜緒や一美たちもそうなんだけど、いざ結果が出始めたら、『これはわたしの才能だから、誰の助けもなしに強くなった』…って」

 そういうと、あかりは大きなため息をついて再び俯いた。下を向いたままあかりが続ける。

「悠来のお父さんは、もちろん天も悠来もどちらのことも気にかけてて。でも、やっぱり天が結果を出し始めてからは、芸能の仕事しながら天のことにかかりっきりになっちゃったんだよね。それを見て、悠来はいつでも自分のことを大きく見せるようになっていったんだと思う」


「振り向いて…ほしかったんですかね?」

「うん…でも、どれだけわたしたちが声をかけても、悠来には響かなかった…それどころか」

「それどころか?」

「影でタイムの遅い同級生を虐めたり、部員同士の仲が悪くなるような噂を流して、全部注目が自分に向くように仕向けたりって聞いた…ただ、それは私の前では一切出さなくて」

「あぁ…」

「悠来がそんなことする子だと信じられなくて、悠来のことを怒れなかった…何もしないことが解決になんかならないのに…私を慕ってくれるかわいい後輩に嫌われるのが…怖くて」

 あかりは下唇を強く噛むと、春奈のほうを向いた。

「本当にごめん。こんなキャプテン、見損なったよね」

 そういって、無言で頭を下げた。


「顔を…あげてください!」


 ふいに、春奈があかりの肩を両手でつかんだ。あかりは驚いた表情で春奈を見つめた。

「誰にだって間違ったり、失敗することだってあると思います。わたしだって…いつも、ああすればよかった、こうすればよかったって悩むことばっかりです。1年のわたしが言うことじゃないですけど…梁川先輩がひとりで抱え込むことじゃないと思います」

「春奈…キミ」

「梁川先輩だったら、みんなが先輩の話を聞いて、意見を出してくれたりすると思います。だって、みんな梁川先輩のこと大好きですもん」

 春奈は、照れくさそうな表情をしてつづけた。


「井田先輩は…正直苦手なところもありますけど、でも本当はチームのために一生懸命で、進んで色々なことしてくれているの知ってるから…だから、井田先輩のこと、みんなで話聞いてあげれば、いい方向に向かうんじゃないかって…」

 そう春奈が話しているところへ、誰かが駆け寄ってきた。

「あかり!」

 萌那香が、あかりを探してふたりのところへとやってきた。

「悠来の件、何かわかった?」

 あかりがそういうと、萌那香はお手上げのポーズをしてため息をついた。

「先生と連絡とれたんだけど、悠来りん、飛行機の最終便にのって東京に戻ったらしいよ…」

『ええっ!?』


「飛行機に乗ったって…どういうこと?」

 あかりの言葉に、萌那香はコクリとうなずいて答えた。

「文字通りだよ。羽田行きの最終便に乗って、東京に戻るっていって電話が切れたって」

「え、そんなお金どこに…?」

「持ち歩いてるんだよ、普段から。お父さんからすんごい額のお小遣いもらってるって言ってたよ、知らないけど」

 あかりと春奈は、思わず顔を見合わせて絶句してしまった。


<To be continued.>

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