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#4 邂逅

【前回のあらすじ】

レースを終え、記者に囲まれる春奈。記者から次々に繰り出される質問に戸惑いながら答える。春奈は生まれてからずっとアメリカ・デンバーで暮らしていて、昨年日本に帰国したばかりだったのだ。そのため、今回が初めての公式記録会だったのだという。記者の質問に、春奈は赤面して顔を背けてしまった。

『スター現る!中3・冴島、圧巻の日本新!』

『中学生・冴島春奈が5,000メートル空前絶後の日本記録』

『謎の美人中学生、日本新記録を樹立!その素顔は?」


「うっはぁ…すごい…!」


 朝のニュース番組、スポーツコーナー。スポーツ紙の1面を斜め読みする場面を見れば、ゴールテープを切る瞬間の写真と共に、自分の名前がデカデカと載っているではないか。驚きを通り越して、春奈は思わずため息を漏らした。


 優勝の翌日から春奈の生活は一変した。このようにテレビをつければ自分の名前が連呼され、母の琴美の元には親戚・友人・知人からの祝福の声が絶えず、自宅に届いた新聞の朝刊には自分の名前が大々的に載っている。そして、通学途中にはテレビ局のクルーが待ち構えている。気を利かせた中学校が、春奈の自宅までタクシーを寄越すほどの大盛況だった。登校すれば登校したで、臨時朝会が開かれ全校生徒の前で表彰を受けることとなり、あまりの目まぐるしさに春奈は大きくため息をついた。


(なんか、すごいことをやっちゃったのかも、わたし…)


 昨日の出来事がある種、自分ごととして認識できていなかった春奈も、身近な環境の変わりようにようやく自分の成し遂げた偉業の”重さ”を噛み締めたのだった。


 放課後になれば、よほどの悪さをしない限り普段は呼ばれない会議室へ呼ばれ、記者、テレビクルーが大挙して押しかける中インタビューに臨む。本来は部活の練習時間のはずだが、秒刻みと言ってもおかしくない頻度で、マスコミの取材対応ラッシュが待ち受けている。


「有名になるって、とんでもないことなんだ…」


 ほんの数日前まで普通の中学校生活の中にいた春奈にとっては、ちょっと目まぐるしすぎる毎日が過ぎていった。




 その、目まぐるしさが少しだけ収まり始めた日の放課後だった。


「冴島、お客さんがお見えになっている。ちょっといい?」

 西端に呼び止められた春奈は、少し怪訝そうな表情をして尋ねた。


「え、またマスコミの人たちですか?」

 西端は軽く首を振ると、真剣な表情で答えた。


「ぜひ冴島に進学してほしい、という高校の先生がお見えなんだ」


 緊張した表情を隠さない春奈を待っていたのは、ダブルのスーツを着た大柄な男だった。柔和な表情だが、筋肉質のその身体はアスリートのそれだと一目でわかるほどだ。

 男はニッコリと笑顔を向けて、口を開いた。


「秋田学院高校の、本城龍之介ほんじょうりゅうのすけといいます。どうぞよろしく」


 秋田学院。東北地方では知らない者のいない、スポーツの伝統校だ。硬式野球部は甲子園出場の常連で、サッカー部もJリーグに何人もの選手を輩出している。特に、陸上部に関しては、男子では全国高校駅伝での優勝経験があり、女子も近年では有力選手が集い、全国トップクラスの実績を持つ。陸上部の総監督を務める本城自身もこの秋田学院の出身で、高校時代から世代をリードする選手として活躍し、大学では箱根駅伝での優勝経験をもつ陸上界では名の知れた実力者だった。もっとも、陸上の知識の少ない春奈はポカーンとした表情を浮かべ、本城と顧問の顔を交互に見やっていた。


 本城が口を開いた。


「初対面でいきなりのお願いだから、面食らうのは無理もない。ただ、わたしは冴島さん、あなたをどうしても将来のオリンピアンに育てたくて、今日横浜までやって来たのです」


「オリン…ピアン?」


 首をかしげる春奈に、西端が補足する。


「オリンピック選手な。先生はこの前の大会での活躍をご覧になられて、中学までご連絡をいただいたんだ。実は…」


「実は?」


「秋田学院以外にも、いろいろな学校の先生方、監督さんからお誘いはたくさん頂いている。高校だけじゃない。もう今から大学や、実業団の方からもお声がかかるぐらいだ」


「そうなんですか?知らなかった!」


「そうだね。冴島には初めて話すことになるけど、いただいたお話はお母さんにも伝えてある」


 まさかの事実に春奈が驚きの表情を見せると、本城が口を開いた。


「冴島さん。あなたの夢は何ですか?」


 本城に問われると、春奈は突然の質問に困惑した表情を浮かべた。


「わたしは、夢を与えられる人になりたいです。でも…」


「でも?」


「それが、陸上をこれからもやることで叶えられるのかは、まだ分からないです…」


 つい今しがたまで、現実離れした話にポーッとした表情を浮かべていた春奈の顔は、真っ直ぐに本城を見つめていた。


「わたし、この前の大会で、あんな...とんでもない記録を出して。みんなが誉めてくれたり、いろんな人に知ってもらったり、急に世界が変わった気がしてるんです。これからも本当にあんな記録が出るかなんてわからない。叶えたい夢もあります。だから、いま急に初めて聞いた学校のことを説明してもらっても、ちゃんとお話できるかわからないです…」


 顔が紅潮するほど、春奈は一気にまくしたてた。すると、西端と顔を見合わせて笑顔を浮かべると、本城は春奈に語りかけた。


「そうだよね、今日いきなり決められるはずがない。気持ちはすごくわかる。でも、私はただ足の速さだけであなたに会いに来たわけじゃない」


「えっ?」


 西端が本城の言葉を継いだ。


「正直、ほかの学校さんは足が速いからぜひ入部してスターになってほしい、そういうお話だった。でも、本城先生は記録のお話だけじゃなくて、冴島の性格を知ってぜひ入学してほしい、とお話に来ていただいたんだ」


「えっ?えっ?」


「この前のインタビューを見てね」


 本城は、春奈が日本記録を更新した日のインタビューをテレビで見ていたのだという。


「中学生でこれだけ自分の考えをまっすぐに伝えて、人にも気を配ることのできる人はなかなかいないんだよ。西端先生とは偶然以前の会合でご一緒したことがあってね。ぜひ、冴島さんに会ってお話してみたい、とお願いさせていただいたんだ」


「本当…ですか?」


 ふいに褒められて、春奈は頬を真っ赤に染めた。


「そのぐらいわたしは冴島さん、あなたにほれ込んでいる。だけど、この場では何にも決められないだろうし、親御さんともご相談しないといけない。よかったら、一度秋田学院を見に来てみませんか?」


 というと、本城は表情を崩し、豪快にハハハと笑い声をあげた。




 <To be continued.>

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