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#46 ひとさじの勇気

【前回のあらすじ】

スタートを切った瞬間、春奈は猛烈な勢いでスタートダッシュを決めてレースを優位に進める。その様子を電話で伝え聞いた秋穂たちも笑みを浮かべた。残り1キロを切り、最後の直線に入ると春奈は再びスパート。2位以下を大きく突き放す走りで、春奈はトップで2区の淳子へタスキリレーを果たした。

 あかりと愛花の姿を見つけると、春奈は笑顔でウインクを送った。

「いい走りだったよ、春奈」

 あかりに褒められると、春奈は満面の笑みを浮かべた。

「本当ですか!?」

「まさか、最初からスタートダッシュかけるとは思ってなかったよ」

「ちょっとだけ、狙ってたんです」

「そうなの!?」

 春奈の言葉に、愛花は目を丸くして驚いた。


「多分、わたしが最初から飛ばすと思ってた子はそんなにいないと思うんです。今までのレース、だいたい終盤からスパートしてたので」

「あっ、たしかに!」

「佑莉ちゃんに、コツを教えてもらったんです」

「なるほどね!」


 ――「スタートダッシュのコツを?」

 春奈のお願いに、佑莉は首を傾げた。

「うん、佑莉ちゃんがそこ得意だから、教えてもらえないかなって‥‥」

「教えるいうても、ヨーイドンが鳴った瞬間に全速力で行くだけやで?」

「そうなんだけど、どこまで飛ばせばいいのかとか、加減がわかんなくて。お願い!」

 春奈は顔の前で両手を合わせて佑莉に頼んだが、佑莉は少し口を尖らせた。

「うーん、かまへんけど、教えたら春奈ちゃんもっと速なってまうなぁ」

「じゃあ、わたしが教えられるところがあれば、それも佑莉ちゃんに教えるよ」

「ホンマに?そないしたら、ウチにラストスパートのやり方教えてや。それならええよ、ギブアンドテイクいうやろ?」

「オッケー、交渉成立!」

 そういって春奈は、にっこりと笑顔を浮かべた。


 2区の淳子は若干後続と差を詰められたものの、それでも余裕といえるタイム差で第2中継所へとやってきた。中継所では真衣が淳子のことを待ち構えている。

「真衣やーん、トップできたよー!3区よろしくね!」

 そう言って笑顔でタスキを掲げる淳子に呼応するように、真衣はスッと手を挙げた。

「おつかれ!タスキもらってくで!」

 淳子を労うように肩をポンポンと二回叩くと、真衣は勢いよく飛び出していった。


「一美!」

「みんな…おつかれ!」

 真衣を中継所で待つ一美の元に、他の2年生部員たちが集まっていた。その中には、春先から調子を落とし選抜チームであるA班への復帰を果たせないでいる菜緒や、あと一歩のところでやはりA班入りの念願が叶っていない佑香らの姿もあった。菜緒は、一美の横へ近づくと肩をポーンと叩き、一美を引き寄せた。


「一美、ウチな、悔しくてたまらへん。1年生も結果を残して試合でドンドン走っとんのに、2年生だけ選抜にも残られへん…ホンマ、ごめんな」

 菜緒が唇を噛みしめて悔しそうな表情を浮かべると、今度は一美が菜緒の方を向いて、やはりポーンと菜緒の肩を叩いた。

「菜緒、気にすることないって。まだ、時間はあるから。ここから冬になって春になるまで、みんなで結果出してA班行こうよ。それで、わたしたちでリレーするってことで」

「一美…」

 菜緒が顔を上げると、今度は有希が二人の間に割って入った。

「そうだよ菜緒ちゃん、人生まだまだ長いんだから」

「そやな...人生80年あるしな...、って、なんでいきなりそんな壮大な話になんねん!」

 ふんわりとした雰囲気の有希に、菜緒が容赦なく鋭いツッコミを入れる。すると、有希は真衣がやってくるであろう道路の向こうを向いてつぶやいた。


「梁川先輩が、今後どうするかってこの前話してくれたんだけどね」

「そういえばあかり先輩、卒業したらどこ行くんやろ?」

「磯貝監督のところに行くんだって」

「磯貝…まじで?イソガイアスリートクラブ?」

 菜緒が目を丸くして驚いた。磯貝、というのは、数多くの女子マラソンランナーを輩出した名伯楽・磯貝逸生いそがいいっせいのことだ。かつては、女子実業団の豊川電工陸上部を指導し、教え子には複数のオリンピアンを擁する日本有数の長距離指導者だ。今は豊川電工を退職し、自らが率いるランニングクラブ「イソガイアスリートクラブ」で、後進のマラソンランナーの育成に精を出している。


「へぇ!あかり先輩、てっきり大学行くんだと思ってた」

 一美が驚いた表情を見せると、有希が話を続けた。

「梁川先輩、怪我しなかったらもしかしたら大学か実業団のチームに行ってたかもって。でも、怪我してから色々考えて、もっと陸上に専念できる環境がいいって言って、磯貝監督に直接連絡したんだって」

「直接!?へぇー、さすがあかり先輩やなー…で、有希、その話が人生とどう関係すんのん?」

「うん、梁川先輩が言ってたんだけどね」


 ――「やっぱり、自分が陸上好きだ、って怪我して気づいちゃったんだよね」

「怪我をして、ですか?」

 有希が不思議そうな顔で聞くと、あかりは2度頷きゆっくりと席を立った。

「これはわたしの思い込みかもしれないけどさ、走ってて、沿道の人から大きな声援をもらえるのってわたしが元気をもらえるのと、逆に、わたしも誰かに勇気をあげることができるのかなって思ったんだよね」

「うんうん」

「大学行って勉強しながらとか、実業団行ってもいいけど、応援してくれる人のために、目標には近い方がいいかなって。だから、練習に専念できる環境を選んだんだ」

「へぇ…すごいなぁ、わたし、どうしようか全然考えてられてないんです。チームでも、2年生はまだ全然A班にも入れていないんで」

「ねぇ、有希ちゃん」

「えっ、はい?」

「有希ちゃんは、卒業したあとも陸上続けるんだっけ?」

「そのつもりで考えてるんですが…でも、こんなタイムでどこか入れてくれるところあるのかな、とかいろいろ考えちゃいます」

 有希がそう言って悩んだ表情を見せると、あかりは有希の両手を握った。


「大丈夫だよ。たとえ、今年一年がだめでも、続けているなら、いつか輝く日がくるから」

「うーん…そうですかねぇ」

 有希の言葉に、あかりは握った両手をぶんぶんと上下に振った。

「ホントだよ。山だって上り続ければ、いつかは頂点が見える。たとえ、途中で休んだりアクシデントがあっても、いつか目指すところには行けるからさ」

「梁川先輩…」

「たどり着けたら、そこで報われるから。もし、途中であきらめることがあっても、自分がやりきれたと思えるなら、そこがゴールになるんだと思うんだ。だから、挑み続ける限り、目標には一歩ずつでも近づくから。大丈夫」

 あかりはまっすぐに有希を見つめると、満面の笑みを浮かべた。


「そっかぁ…なんか、勇気出たかもしれへん。まだまだ頑張らんといけんね」

 先程まで沈んだ表情だった菜緒も、あかりの言葉を聞いて笑顔が戻った。一美も笑顔を浮かべて話を聞いている。すると、一美がすっと立ち上がりパーカーを脱いだ。

「そろそろ、真衣先輩来るから行くね」

「オッケー、学年キャプテン。後ろ離して秋穂にタスキつなぐんやで!」

「かしこまり!」

 一美は襟足をゴムで結ぶと、スタートラインへと向かっていった。


 淳子同様に真衣はトップの位置を保ったまま中継所へとやって来たが、やや後続の選手たちの姿が先ほどよりも大きく見えている。真衣はリレーゾーンに一美の姿を認めるとスピードを上げた。一美も大きく両手を振って、真衣へ合図を送る。

「真衣先輩!ラストです!」

「ゴメン、詰められてもうた」

 真衣が申し訳なさそうな表情を浮かべる。一美は、真衣に向かって右腕をグルグルと回すと再び大きな声で叫んだ。

「大丈夫です!先輩たちのタスキ、わたしと高島ちゃんでトップで持って帰りますから!」


 一美の良く通る声が聞こえたのか、真衣は笑顔になりさらに加速する。待ち受けるリレーゾーンの一美も足踏みを始めて待ち構えている。

 リレーゾーンに飛び込んできた真衣からタスキを受け取ると、一美は颯爽と走り出した。

「かず、ファイト!」

 真衣が遠ざかる一美の背中に声をかけると、一美は右手を大きく上げた。


<To be continued.>

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