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#45 ロケットスタート

【前回のあらすじ】

県大会のスタート地点に、髪をバッサリと切って現れた春奈にあかりたちは驚く。部員たちは円陣を組んで気合を入れるが、そこへ顔色の悪い私服姿の悠来が遅れてやって来て、その様子を一美は訝しむ。スタートを間近に控えた春奈に、真理が渡したのは怜名からの手紙。内容を見て春奈は笑顔を浮かべる。

 スタートラインにはすでに他校の選手たちが並んでおり、春奈が来たことがわかると、その場に緊張が走ったのがわかるほど張り詰めた空気に包まれた。

 キャップを被りなおすと、春奈はスタートの先にある長い直線の先を見つめた。


(作戦は――これしかない)


 並んでいるのは、日本人選手のみ。当然ながら、この中で最も速いタイムを持っている。11時近い時間となり、徐々に気温は上がっている。春奈はネックウォーマーを外すと、後方で待っていた涼子に渡した。

 スターターを務める初老の男性がスタート台に上るのが見える。


「30秒前…」

 いつもより、静かな合図に少し拍子抜けしながらその時を待つ。


「20…秒前…」

 ゆっくりとしたカウントダウンに、選手たちからもうっすらと笑いが漏れる。


「10秒前ぇ…位置についてぇ」

 春奈は我慢できずにプッと吹き出してしまったが、気を取り直してスタートの体勢をとった。


 パァン!


 音を聞いた瞬間に、春奈は全速力で飛び出した。5秒も経たないうちに、それ以外のランナーと数メートルの差が開く。一部始終を見守っていた真理が、呆然とした顔で春奈を見送る。

「ねえ、ぼんちゃん、春奈もう行っちゃった…」

「うん…もうあんなに遠くに行ったね」

 涼子も口をあんぐりと開けて、遠ざかる春奈の姿を見ていた。春奈とそれ以外のランナーの差はさらに開いていく。一瞬、春奈は後ろを振り向くと再び同じペースで飛ばし始めた。


 プルルルルル…プルルルルル…


 涼子の手元の携帯電話が鳴った。

「お疲れ様です、三本木です」

「あぁ、ぼんちゃんお疲れ様。春奈どうだった?」

 電話の主はあかりだった。涼子は、興奮冷めやらぬ様子であかりに伝えた。

「春奈、スタートダッシュ決まりました。いい感じです!」


 涼子の言葉通り、スタート後ほどなく春奈と後続のランナーの差はじりじりと広がっていく。春奈に追いすがろうと何人かが追随しようとする様子を見せたが、そのたびに春奈がクイッとさらにスピードを上げて距離を離すので、後続のランナーが諦めて再び集団に吸収される姿が幾度か繰り返されていった。


 500メートルを過ぎようとする時点で、後続との差は10秒に広がった。秋田学院の近くに差し掛かると、春奈の目に臙脂色の手旗を持って待ち構えている集団が見えた。

 全校生徒とその関係者が、大挙して沿道に押し寄せている。春奈が近づくほどに、彼らの声援が大きくなっていくのがわかる。


『はーるーな! はーるーな! はーるーな! はーるーな!』


 春奈が左手を上げて応えると、観衆からはさらに大きな歓声が上がった。すると、沿道から女子部の1年生部員たちが春奈と並走を始めた。夏香が叫んだ。

「さえじ、いいペースだよ!後ろも離れてきてるよ!」

「春奈、気負わないでリラックスリラックス!今のペースキープしていこ!」

 同じく、1年生の中尾瞳が春奈に声援を送る。春奈は二人をちらと見ると笑みをこぼし、左手を上げて合図を送った。

「春奈ー!ファイトー!」

 遠ざかる夏香と瞳が、飛び跳ねて春奈に手を振っているのが見えた。後方のランナーはすでに彼女たちよりもさらに後方にいる。

 春奈は、フゥと大きく息を吐くと、さらに軽やかな足取りで進んでいった。


「おっ、ええねえ!」

 夏香から電話を受けた秋穂の表情に思わず笑みがこぼれた。アンカーの秋穂は登場までまだ時間がある。ストレッチを入念に行いながら、各所にいる部員たちと連絡を取り合っていた。

『ほーたんも怪我だけは気をつけてね』

「了解!ありがとう」

 電話を切るや否や、怜名が秋穂のところに駆け寄ってきた。


「春奈どうだって?」

「いま、学院の近く通って後ろと15秒差のトップじゃって、調子ええね」

「さっすが!怜名ちゃんメモが効いたんだな♡」

「ん?レナチャンメモ?」

「あー、なんでもないなんでもない、それは秘密」

 秋穂が不思議な表情を浮かべると、怜名は慌ててごまかした。

(春奈、今日はダントツトップでリレーするよね。信じてるよ)


 あかりは、愛花とともに第1中継所で待機していた。すでに、2区の淳子もウォーミングアップを終えてスタンバイしている状態だ。あかりの元にも随時沿道からの連絡が入る。

「淳子、多分春奈想定より1分ぐらい速く来るかもよ」

「えっ、そんなに飛ばしてるの?春奈」

 淳子は驚きながらも、好位置でのタスキリレーが見えたからか笑みを浮かべた。羽織っていたウインドブレーカーを脱ぐとサングラスを掛け、2、3回頬を両手で叩いて気合を入れた。

「春奈…頼むよ!」

 淳子は、もうすぐ春奈がやってくるであろう方向を向いて呟いた。


 一方、残り1キロを切り、春奈にも中継所の目印となるファーストフード店の看板が遠くに見え始めていた。道は直線で眺めもよい。後ろのランナーはすでに遠ざかっていた。春奈は、腕時計をチラッとみると、前を向いてニヤリと笑みを見せた。


(あそこだ…行っちゃいますか!)


 ゴール地点を目指し、春奈はロングスパートのスイッチを入れると力強く腕を振り始めた。沿道で声援を送っていた観客が思わず驚嘆の声を上げるほど、目に見えてスピードが増す。残り500メートルを過ぎると、タスキを右手に取りグルグルと巻き付けた。


(川野先輩が待ってる!)


 もう、後方の選手たちも気にならない。春奈は一心不乱にリレーゾーンを目指していた。


 リレーゾーンで待つ淳子の目に、はっきりと先導の白バイと春奈が見えるようになった。淳子は大きく二度三度と飛び跳ねると、春奈に向かって大きな声で叫んだ。

「春奈!ナイスランだよ!」

 そういうと両腕を前後に振るリアクションを見せた。春奈の姿が徐々に近づいてくる。春奈も淳子をしっかりと視界にとらえると、タスキを握った右手を大きくかかげた。


「川野先輩!お願いしますー!」

 淳子が思っていたよりもすぐに、春奈はリレーゾーンへとやってきた。満面の笑みで飛び込んできた春奈からタスキを受け取ると、淳子は春奈の肩を2つ叩いて、左手を上げた。

「ありがとう!ここから先は任せて!」


 19分23秒。

 後続を30秒以上離す好タイムで、春奈は1区トップでリレーを果たした。


<To be continued.>

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