#44 イメチェン
【前回のあらすじ】
ラストスパートが得意でない佑莉を相手に、怜名は最後の直線勝負を挑む。その様子を見た愛は力不足を嘆くが、秋穂から怜名の話を聞くと決意を新たにする。最後の直線でスパートするも、有希にわずか体ひとつぶん及ばなかった怜名。秋穂に練習の成果を認められたが、勝てなかった悔しさから涙を流した。
あかりの穴を埋めるメンバーも最終的に固まり、駅伝メンバーに選出されたメンバーたちは、日々本城の下、厳しい練習に取り組んできた。つい先日まで暑さが残っていたかと思えばすでに秋も深まり、朝晩はウェアを着込まないと練習するにもつらい寒さを感じるまでになっていた。
全国高校駅伝への出場を決める県予選の位置づけにある、秋田県高校駅伝の本番の朝、メンバーたちは寮からジョッグでスタート地点の一つ森公園へとやって来ていた。
「寒いー!」
強い風にあおられ、思わず愛花が声を上げた。
「ほらほら、騒がない。寒いと思ったらすぐ防寒対策。はいっ!」
そういってあかりは、愛花にカイロを投げて渡した。アキレス腱断裂の右足には装具をまとっているものの、少しずつ歩行には支障のない状態になってきているようだ。
「わぁ、あかり助かる!お腹冷えるもんね」
「そう、他のメンバーも。今日は風が強いから油断大敵だよ…って、春奈」
各メンバーがアームカバーなどを用意する中、春奈はキャップ、ネックウォーマー、アームカバー、ハイソックスと過剰ともいえるいでたちで現れた。
「へへへ…寒いの苦手なんで、暑かったら取ればいいかなって」
「それにしては、重装備すぎじゃない」
あかりがそういうと、春奈はニヤリとした。
「ところが、そうでもなくって」
春奈はキャップとアームカバーをスッと外すと、周囲のメンバーは思わず声を上げた。
「え、春奈、どうしたのその髪…!」
「どうですか、似合いますか?」
メンバーたちは、最初キャップとネックウォーマーで隠れていて分からなかったが、腰の近くまであったはずの春奈の髪がバッサリと切られ、うなじも露わなショートヘアへと変身しているではないか。
「ええーっ!?」
アップを始めていた淳子も手を止めて、春奈の髪型に驚きの声を上げた。
「どうしちゃったの、まさか失恋?っていうか、いつ切ったの!?」
真衣も目を見開いて、驚いた様子で見つめている。
「切ったのは昨日の夜です。外出許可もらって、駅前の美容院に行って切ってもらいました…40センチぐらいですね」
春奈はそう言って、すっきりとした首筋をさすってニヤリと笑って言った。
「イメチェンですね、何かきっかけほしくて」
「きっかけ?」
淳子が問うと、春奈は続けた。
「中学の時に出したタイムを更新できてなかったり、あとはこの前のレースで負けたりもしたんで、心機一転したかった…リフレッシュですね」
「なるほどねぇー」
真衣たちが感心していると、秋穂が春奈の背後に近づき、冷たいペットボトルを首筋に押し当てた。
「ヒェッ!…ちょっとお、冷たいんですけど!」
「首を冷やさんように…今日、結構風強いし、春奈が一番最初じゃろ。多分、相当身体冷えるよ。準備万全にしときよ」
そういって、もう一つ持っていた温かいドリンクを春奈に手渡した。
「ありがとう!頑張ろうね」
「おう!…あ、ちなみに」
「えっ?」
「ショート、お似合いやん。カワイイわぁ~」
「秋穂ちゃん、ちょっと!ねーえ!」
春奈がそういって恥ずかしがると、秋穂は舌をペロっと出しておどけた。
春奈は、駅伝の流れを決める1区にエントリーされた。
1区 6.0キロ 冴島 春奈 (1年)
2区 4.0975キロ 川野 淳子 (3年)
3区 3.0キロ 住吉 真衣 (3年)
4区 3.0キロ 濱崎 一美 (2年)
5区 5.0キロ 高島 秋穂 (1年)
最終的なメンバーからは漏れてしまった沙織、愛花、有希がメンバー5人の輪に加わった。そこへ、あかりがゆっくりと歩いてきて最後に輪に入ってゆく。
「今日は都大路に行くために、絶対に勝たないといけない試合です。でも、緊張せずに、無理をせずに、普段の練習の成果を出し切りましょう。わたしが走れないのは本当に申し訳ないけど、みんななら絶対勝てると信じてます。今日は頑張っていきましょう!…じゃあ、淳子」
「オッケー!じゃあみんな、円陣組もう」
淳子の掛け声で、あかりと萌那香を含む10人が円陣を組んだ。
「それじゃあみんな!声出してこう!」
『オー!』
「絶対優勝!」
『完全制覇!』
「タスキをつないで!」
『全力疾走!』
「みんなで目指すは?」
『全国制覇!』
「絶対勝つぞ!秋学ー!ゴー!」
『ファイ!』
「ゴー!」
『ファイ!オオオオオオオ!ファーイ!』
そういって、全員が人差し指を高く掲げた。
すると、そこへ顔色の悪い悠来がよたよたとやって来た。
「悠来!遅いよ!」
あかりの叱責に、悠来はうつむいて小さな声で応えた。
「…すみません…体調悪くて…ゴホッ…ゴホッ」
「もうみんな中継所に行くから、頼んでおいた資料、すぐに用意してね」
「はい…わかりました」
悠来はリュックの中の荷物をガサガサとまさぐり、ヨレヨレになった紙を配り始めた。
「冴島ちゃん…これ、1区の選手の資料」
「はい…ありがとうございます」
「まじ、この大会、わたしたちが都大路に行くために今まで11年連続で優勝してるから、1区、絶対区間賞でしくよろで…」
大きなマスクで顔を隠して、資料を手渡すと悠来はそそくさと他のメンバーのところへ行ってしまった。
(わたしたちっていうか…去年井田先輩走ってないし…)
春奈が怪訝な顔をしていると、一美が春奈のところへやって来た。
「あ、濱崎先輩」
「ねぇサエコ、悠来様子おかしいよね」
「…はい、なんか調子悪そうですね」
春奈がそういうと、一美は眉間にしわを寄せ、去っていく悠来を見つめた。
「調子悪そうっていうかさ…うち、悠来同部屋なんだけどさ、昨日寝る時も今朝も多分いなかったんだよね」
「えっ?」
「起きた時にはもういなかったから、てっきり準備で先乗りしてるのかと思ったら、そうじゃなかったし」
「どういうことですか?」
「てかさサエコ、悠来が来たときなんか匂わなかった?」
「はい…」
「どう考えても、あれ酔ってたよね。酒クサイし、タバコクサい」
「…それって」
「…いや、本番前だから今考えるのやめとこう、悪い悪い。とりあえず、わたしとサエコの秘密ってことで」
「分かりました。…また後で…」
「サエコ、焦らずによろしくね」
「はい!」
区間エントリーされたメンバーは、本城の運転で男女ともに中継所へと散っていった。男子の部は女子より十分早くスタートするため、男子部で1区にエントリーされた2年生の新田涼矢は、春奈よりも先に少し離れた場所にあるスタート地点へと向かう。
「新田先輩!ファイトです!」
通りかかった涼矢に春奈が声をかけると、涼矢は一瞬不思議な顔をして立ち止まった。
「あ、冴島さんか。髪切ったから一瞬わかんなかったわ、似合うじゃん」
「ホントですか!ありがとうございます。男女両方で優勝して、一緒に都大路に行きましょう!」
「そうだね、俺たちもがんばるわ。女子もトップでゴールすんの待ってるから、冴島さんもいいところでタスキ渡せるといいね」
「はい!」
春奈がそういうと、涼矢はサングラスを掛けて颯爽とスタート地点へ向かっていった。春奈も、他校の1区ランナーと一緒にスタート地点の方へと歩いて行った。
「あっ春奈来たよ、春奈ー!」
「涼子、真理!」
スタート地点には、涼子と真理が待ち構えていた。
「お疲れ!春奈、その髪型めっちゃイイね!」
「ありがとう、来てくれて」
「うん、みんな学校の近くで待ってるけど、春奈のこと気になってさ。怜名は、ほーたんのところに応援に行ってる」
「そうかぁ…怜名」
ルームメイトでいつも顔を合わせる怜名がいないと知って、春奈は少し沈んだ表情を見せた。すると、真理がポケットから何かを取り出した。
「そんなにへこまないで、これ。怜名から預かってきたよ」
「えっ?」
真理に渡された白い紙を広げると、怜名からのメッセージがあった。
『大好きな春奈へ。怜名ちゃんからのチェックリスト7か条
□ 本番前、リラックスしてる?集中大事だよ!
□ お腹冷えないように、防寒対策はしてる?
□ 先輩からもらった資料、ちゃんとチェックした?
□ トイレは行ったかな?途中でトイレは行けないからね
□ 糖分と塩分は摂ったかな?低血糖もちゃんと対策してね
□ メンバーみんなでちゃんと気合入れたかな?
□ この手紙読んで元気出してくれた?ねぇねぇ
絶対トップでタスキリレーしてきてね!待ってるから 怜名』
「もう、これ、お母さんみたいじゃん」
春奈が笑うと、涼子が手紙を覗き込んで言った。
「今朝、怜名から渡してって言われたんだ。愛されてるねッ」
「『大好きな春奈』…ちょっ」
改めて読むと、春奈は顔を真っ赤にして照れた。
「春奈、照れてる場合じゃないよ、そろそろスタートじゃない」
「あー、そうだ、行かなきゃ…っと」
そう言って春奈は、怜名からの手紙を小さく折ると、ランニングパンツに縫い込んだお守りの中にそれをしまった。
(怜名、チェック完了…ありがとう)
春奈はニコリと笑うと、涼子と真理に向かって言った。
「それじゃ、行ってくるね!」
「了解!頑張ってくるんだよ!」
「春奈、ファイトー!」
<To be continued.>




