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#43 デッドヒート

【前回のあらすじ】

いよいよ選考レース本番の日。レースが始まり序盤から飛ばす佑莉を、後方からじっと見つめる怜名。練習の様子を見てきた秋穂は怜名のことを静かに案じていた。すると、佑莉と有希が牽制しあいペースが上がらないのを見た怜名は一気にスピードアップ。ふたりに追いつくと、怜名は佑莉を挑発する。

「なるほどなぁ」

「?」

 春奈が首をかしげると、秋穂は怜名を指さした。

「カッキーはスピードはあるけど、ラストスパートはようでけん。カッキーを途中先に行かして、ラストで有希先輩とスパートして勝負するつもりじゃけん」

「ラストの直線で?近藤先輩、結構ラストのスピード速くない?」

「まぁ、見とってよ。あの子、スパートの練習相当頑張ったと思うよ」


 ふたりが話していると、愛がやってきた。

「やあやあ、さえじ、ほーたん、おつ…」

「タッキー、ここ座らんかい」

「うん…」

 そう返事をする愛の顔は覇気がなく、血色が悪い。

「ど、どうしたの、まなち」

 春奈がそう問うと、愛は体育座りの姿勢で腕に顔を埋め、深く溜息をついた。

「ゆりりんとれなっち、けっぱってらね」

「ん!?」

 突然秋田弁で話し始めた愛に、思わず春奈は聞き返してしまった。

「あぁ、わり、頑張ってるね、って意味だ、油断すっど秋田弁が出でしまうんだ」

「た、たしかに普段あんまり秋田弁で話さないからちょっとビックリしてごめん」

 春奈がそう言うと、愛は疲れた様子の顔に少し笑みを浮かべたが、また溜息をついた。

「さえじ、この前言っだごど覚えでらが?」

「あっ、ああ、うん、なんかあの時急にカッとしてごめん」

「…げふん!…ううん、別にそれを気にしてるわけじゃないんだけどさ」

 咳払いをすると愛は再び標準語となり、トラックを走る佑莉と怜名に目をやった。


「さえじの言う通りだったなって」

「えっ?」

 春奈がキョトンとした表情を浮かべると、愛は続けた。

「あかり先輩の穴はみんなで埋めようって、あの時はぶっちゃけ、さえじ何言ってんだろうって思ったんだ…ごめんね」

「ううん…大丈夫」

「だけど、ああやってさ、ゆりりんとれなっちが頑張ってるの見てさ、なんていうんだろう…あたし、あの時諦めてたんだなって今後悔してる…」

「まなち…」

「れなっちさ、入学した時はまだあたしの方がタイム速かったんだ、3,000メートルの。それが、半年も経たないうちにすごいタイム縮めてて…どうしたら、あんなに頑張れるんだろう…」


 すると、秋穂が口を開いた。

「『俺たちはァ、普通に部活を楽しむことだけが目的じゃないけん、全国高校駅伝で優勝するために、全員が切磋琢磨して努力を重ねるのが部活ってもんじゃ。だけん、今並んでおる自分ら全員、仲間でもあるがァ、ライバルじゃ、ガハハ』」

「え、ほーたん、それ誰のモノマネ?ウケるんですけど!」

「監督の真似じゃ、似とるじゃろ?…や、や、そういう話しよるのじゃない」

 そう言って、右手で軽く愛にツッコミを入れて秋穂は続けた。

「怜名が頑張ったのは、タッキーがおったからだと思うよ」

「え、あ、あたし?」

「うん、普通にやってたらタッキーに勝てんから速くなりたいって、あの子マサヨさんに怒られながらコッソリ夜も走っとったんよ」

「そうだったんだ…れなっち」

 愛は、意外さへの驚きと、戸惑いの混ざり合った複雑な表情を浮かべると、ぼそりと呟いた。

「だどしたら、おいも負げていられなぁね…」


 既にレースは終盤、あともう少しで残り1周という局面を迎えていた。相変わらず、佑莉は怜名たちの10メートルほど前に位置取っている。ところが、終盤になってもそれ以上のスパートを見せる様子がない。

 有希が再び怜名の方を向き、コーナーを指さした。


(コーナー出るあたりで行こう)


 怜名も、それにうなずきじりじりとスピードを上げ始めた。残り一周に入り、最初のコーナーに入るタイミングで有希と怜名は前をいく佑莉との間を詰める。その後ろを行く未穂は、やはりスピード勝負には対応できずに間が空いていく。


(ゆりりん…行くよ!)


 怜名は大きく息を吸うと、有希と二人で再び佑莉の横へ並んだ。気づいた佑莉も初めてここでスピードを上げ、3人が横一線で最終コーナーへと突入していく。


 思わず、春奈が大きな声で叫んだ。

「怜名ー!」


 佑莉はスパートを試みようとスピードを上げたが、すぐに有希と怜名に追いつかれてしまい、そのまま3人が競り合ったままコーナーを抜けようとした。

 春奈の声が届いたか、3人の中で真っ先に怜名が飛び出し、直線へと進み出た。すかさず有希が後を追うと、二人のゴールラインまでの全力疾走が始まる。歯を食いしばり、髪を振り乱して二人がまっすぐに進んでいく。


 ゴールに近づくほどに、有希の身体が徐々に前へと出ていく。小柄な怜名も懸命に追いすがるが、残り数メートルの時点で有希とはちょうど一人分の差ができただろうか。


 ゴールラインをまたいだ瞬間、険しかった有希の顔が笑顔に変わるのが分かった。怜名は、ゴールした有希にすぐさま駆け寄ると、握手を求め有希に抱きついた。


「有希先輩!すごかったです。おめでとうございます!」

「わっ、牧野さん、ははは、ありがとう、わぁ、転んじゃうよ…牧野さん、入学したころと比べてスッゴイ速くなったね。最後の直線、どっちが勝ってもおかしくなかったと思う」

「ありがとうございます。もうちょっと身長があればよかったのに」

 怜名はそういって有希と笑い合うと、再び有希に抱きついた。


 二人の傍らで佑莉は眼鏡をはずし、ぽたぽたと頬を伝う汗を手で拭っていた。

「ゆりりん」

 怜名が佑莉に駆け寄ると、佑莉はニッコリとして怜名の方を向いた。

「マキレナちゃん…ホンマに速なったねぇ、完敗や」

「ううん、やっぱゆりりんのスタートダッシュ、すごいよ」

「いつの間に、あんなにスピードアップしたん?」

「いや?そんな、練習とかは特に…あっ」


 振り向くと、怜名のすぐ後ろに秋穂が立っていた。

「秋穂…」

 秋穂は怜名の肩に手を置くと、佑莉の方を向いて言った。

「カッキー、速かったじゃろ?」

「だって、最後有希先輩とほぼほぼ互角やったよ」

「練習しとったもん、めっちゃ」

「あ、秋穂、やめてよ、ちょっと」

 顔を紅潮させた怜名が、あわてて秋穂を止めにかかった。が、秋穂はそのまま怜名のことを抱きしめると語りかけた。

「もうちょっとやったな…でも、練習ずっと頑張っとったから、本当にスパートも速うなったよ。…お疲れさん」


 抱きしめられたまま最初は恥ずかしがっていた怜名は最初はジタバタしていたが、秋穂の言葉に動きを止めると、しだいに肩を震わせた。

「うう…秋穂…わたし…勝ちたかった…グスッ…有希先輩に…それで…みんなと一緒に…メンバー入りたかった…ああぁ…グスッ」

 怜名が、大きな声を上げて泣き始めると周囲にいた愛、涼子たちが駆け寄ってきた。春奈は、それを手で制すると、愛のもとへ駆け寄って小声で伝えた。

(怜名も…悔しかったんだね)

(うん…でもれなっちまじでスゴイよ…頑張ったよ)

 ふと春奈が横を見ると、涼子も涙を流している。

「え、どうしたの、涼子」

「もらい泣きだよ…怜名頑張ったね…うう」


 秋穂はしばらく涙の止まらない怜名を慰めていたが、やはり情が移ったのか、無言のうちに頬を涙が伝っていた。


<To be continued.>

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