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#41 不安の涙

【前回のあらすじ】

あかりの怪我で1枠空いた県大会メンバーを次点の4人による決戦で選ぶという本城。翌朝それを聞かされた怜名は、春奈がその事実を知っていたのに教えてくれないとへそを曲げてしまう。一方、悠来はあかりの元へ向かおうとする萌那香を制して勝手に出かけてしまい、それを聞いた春奈は憤慨する。

 春奈が部屋へ戻ると、すでに怜名のロフトベッドはカーテンがかかっていた。


(…怜名…まさかもう寝ちゃった?)

 部屋のシーリングライトの灯りは落とされ、常夜灯がうっすら点いている状態だ。春奈は、音を立てないようにそっとロフトの階段を上がろうとした。その時、


「グスッ…グスッ」


 カーテンの奥から、鼻をすする音が聞こえる。春奈はカーテンに向かって言った。

「怜名…いるんでしょ?」

 ややあって、カーテンの奥から泣きべその声が返ってきた。

「な…に…グスッ…」

「ねえ怜名、降りてきて」

「話すこと…ないから…もう…寝たい…グスッ」


 明らかに泣いているとわかる嗚咽交じりの鼻声で、怜名はぐずった。春奈は一瞬考えた後、怜名のベッドのカーテンをスッと少し開け、階段を上った。

「ねえ、怜名ったら…あ」

 うつ伏せの状態から顔を上げた怜名は、涙でベシャベシャだ。

「なんで…開けるのよぉ…グスッ」

「ねえ怜奈、話そう」

「何を…?」

 普通に話をできそうにないと悟った春奈は、怜名を誘った。

「あぁー、じゃあ、わかった、紅茶入れるから座って飲も」


 そういうと、春奈は引き出しから紅茶の袋を取り出した。

「これ、デンバーで売ってるフルーツティー。幼馴染の家のおばさんが送ってくれるんだ」

 怜名は下に降りてきても毛布にくるまりグズグズとべそをかいている。春奈は怜名のマグカップにお湯を注ぐと、怜名に紅茶を差し出した。

「どう?」

「…グスッ…ん…おいしい」

 怜名の表情が、心なしか少しだけ和らいだように見えた。


「怖いんだ…」

 再び灯したシーリングライトを見上げながら、怜名がポツリとつぶやいた。

「…怖い?」

「…ここでゆりりんとか、近藤先輩、苑田先輩たちと競って…勝てなかったらやっぱ牧野遅いじゃん、って思われて」

「怜名…」

「この前、春奈がみんなで頑張ろうって言った時に思ったんだ…もし自分が選ばれなくて、春奈たちのことを応援する立場になった時に…素直に応援できるかなって…」

 怜名の表情に不安が再びよぎる。春奈は、怜名をじっと見つめていた。紅茶をひと口飲むと、怜名の方へ向き直って話しはじめた。


「わたし、こないだの試合で秋穂ちゃんと酒田国際のシラに負けたの覚えてる?」

「えっ?あぁ、うん、覚えてる」

「あの後、わたしのこと、どう見えた?」

「えっ?…うーん、わりと、淡々としてるように感じたけど」

「あれね、あの時わたし、めっちゃ悔しかったんだ」

「え、そうなの?」

「うん」


 そういって春奈は、再び紅茶を二口三口と飲み込んだが、

「あっつ!」

 猫舌の春奈は、油断したのか紅茶の熱さに驚いて声を上げた。春奈の話は続く。


「そ、そう、それでね。あの時、調子がすごい良かったわけじゃないけど、勝てるんじゃないかって勝手に思ってたんだ。勝手に」

「元々のタイムは、2人よりも速かったよね」

「うん、記録は。それに、濱崎先輩からシラのタイム聞いてたし、秋穂ちゃんもだいたいどのぐらいのラップで来るかも知ってたから、多分行けると思ったんだよね。でも、2人とも最後にスタミナ残してた」

「あぁ…」

「で、終わった後に、みんなから怒られたんだ」

 そう言うと、その時の感情を思い出したのか、頬が紅潮しはじめた。


「あの時佑莉ちゃんが棄権したのが気になってスピードが落ちたから、集中力散漫だって本城先生に言われたし、秋穂ちゃんにも準備不足だって言われたんだ。濱崎先輩にも、最初に暑いの苦手だよねって言われてたのに」

「え、そうなの?」

「うん。それで、わたしはそれをそうだよねって思ったはずなのに、寮に戻って来てから段々悔しくなってきて」

「シラと秋穂に負けたこと?」

 怜名に問われた春奈は、首を大きく2回振るとポニーテールが宙でなびいた。

「ううん。どれも、最初からわかってたつもりだったのに、何にも準備も対策もしてなくて、もっとやれることあったんじゃないかって。口では言ってたけど、都道府県対抗の時の反省が何にもできてなかったんだよね」

「あぁ…あの時…」

 寒さを計算に入れず、序盤から全速力で飛ばした結果強風と雪に体力を奪われ、危うく棄権しかけた都道府県対抗女子駅伝での春奈の姿を怜名は思い出していた。


「だから、誰かのスパートがもっと速かったとか、暑かったからとか、言えちゃうけど、それを対策してたら勝てたよね?と思うようになって」

 春奈の話が熱を帯びる。怜名は春奈をじっと見つめている。

「たぶん、3,000のベストも、5,000のベストも、自分でもそんな簡単に超せないっていうか、あれ以上のタイムなんてそんな出ないと思うんだ。だから、ラストスパートとか、暑さ対策とか、一つ一つをしっかりと準備できていたら、たとえ競ってても、勝てるかなって思う」


「そっかぁ…あのさ」

 怜名が春奈に訊ねる。

「勝てるかな、わたし。みんな強いけど、でも…でも、メンバーに入りたい」

「大丈夫、勝とうよ。怜名、遅くまで頑張ってるの見てるから」

「えっ?」

「スピード練習、秋穂ちゃんと一緒にやってるでしょ。ちゃんと知ってるよ」

「あ…バレてたんだ」

 そういうと怜名は、照れくさそうに舌をペロッと出した。

「時間も少ないけど、ベスト尽くして頑張ろう。それで、一緒にメンバーに入ろうよ」

「うん…頑張る!」

 と言うと、怜名は春奈と顔を見合わせてニッコリと笑った。



 あかりの手術は翌日の朝から始まり、2時間半ほどで無事に終了した―



 県大会、ひいては都大路の登録メンバー最後の1人を決める選考を行うその日の昼すぎ、女子チームの寮の前に白のワンボックスカーが停まった。本城の運転する車からは、大きな荷物を2つ抱えた悠来が先に飛び出してきた。

 そして、松葉杖を扱いづらそうに抱えながら、あかりがゆっくりと車から降りてきた。

 萌那香の合図で、あらかじめ玄関口に集まっていた3年生を中心にした数名の部員があかりに駆け寄る。あかりは部員たちの姿を視界に認めると、こらえきれずに口元を手で押さえた。


「みんな、ごめん…迷惑かけて…心配かけてほんとにゴメン…」


<To be continued.>

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