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#40 お手上げ

【前回のあらすじ】

あかりの大怪我に、かつてあかりに自分が励まされた萌那香は泣き崩れる。1年生たちも突然の報に落胆してしまい、春奈の呼びかけもむなしく響く。全員であかりの穴を埋めようと力説する春奈だが、その様子を見た秋穂は試合に出られない部員たちの想いを背負って自分たちが頑張ることも大事だと諭す。

「あっ、帰ってきた!おーい、冴島さん、高島さーん」

 ふたりが寮に戻ってくると、愛花が声をかけてきた。

「あ、愛花先輩、お疲れ様です!どうしました?」

「ちょっとふたり、2階の資料室に来てくれるかなー?本城先生も戻ってきたんだ」


 ふたりが資料室へ入ると、そこには本城のほか、何人かの上級生が集められていた。

「はっ…遅くなってすみませんっ…!」

 春奈と秋穂はふたりまったく同時に頭を下げると、そそくさと席に着いた。本城が話し始めた。


「まず梁川だが、進藤からも聞いていると思うが、アキレス腱の断裂という診断だ…明後日手術することになった。そこからギプスで6週間固定して、その後リハビリに入る。少なくとも、完治に半年。在学中はリハビリに充てることになる。少なくとも、直近の県大会や都大路は難しいだろう…」

 そういうと、本城は小さく溜息をついて続けた。

「とはいえ、俺たちは下を向いてはいられない。梁川は試合には出れないが、リハビリがスタートしたら可能な限り大会には帯同したいと言っている。…梁川に優勝をプレゼントしようじゃないか」

「はい!」

 本城の力のこもった言葉に、自然と部員たちの声も大きくなる。


「それでだ。今、集まってもらっているメンバーは県大会、それから本戦に出場が決まった時の想定メンバーだ。どのみち今週中には発表しようと思ってたんだが、梁川の件もあるので、ここに集まってもらったってわけだ」

 3年生からは、真衣、淳子、愛花、そして沙織。

 2年生は一美、1年生は春奈と秋穂、という面々が集まっている。

「区間割はこれからの調整の結果で決めるが、5区間にそれぞれ配置されるのと、補欠は3名まで登録できる。本来ここに梁川を含めた8名なんだが、欠場と考えて、残りの1枠を現在のA班のメンバーから選出することになる」

 本城の言葉に、春奈と秋穂は顔を見合わせた。

「何を顔を見合わせてるんだ、お前たち。むしろ、持ちタイムを考えれば、お前たちは主力の区間で区間賞狙うぐらいの意気込みでひとつよろしくだ」

「え、く、区間賞…」

 区間賞という言葉に、即座に反応した春奈は目が泳いでいる。淳子が思わずツッコんだ。

「ほーら、春奈。今から緊張してたら、心臓いくつあっても足りなくね?」

 場に笑いが起こる。本城に促され、春奈と秋穂は立ち上がった。

「冴島、高島。ここはひとつ、それぞれ抱負を一言ずつ頼むわ」


「はっ、はい」

 春奈が先に一歩前に出る。

「まだ…全然気持ちの整理ができてないですけど、選ばれたからには、走れないメンバー…梁川先輩や、他のメンバーの気持ちを背負って、精一杯走りたいと思いますのでよろしくお願いします」

 先輩部員たちから拍手が起こる。すると、

「ええこと言うねぇ、1年生!」

 茶化してきた秋穂の額に、春奈はデコピンをとばした。

「痛ったぁ!何しよん」

「もう、茶化すのやめてよね」

 ふたりのやり取りを見ていた上級生たちに笑いが起きる。

「へぇ、サエコと高島ちゃん、仲いいんだね」

 普段秋穂とあまり話したことのない一美が、不思議そうな顔で見つめる。

「愛されてるんです…イテテ!」

 秋穂がそうジョークを飛ばした瞬間、再び春奈からデコピンが飛んだ。苦笑いを浮かべて秋穂がその場に立った。


「ええと…選んでいただいたからには、ベストを尽くして勝ちたいですし、さっき本城先生が言っていたように、もし区間起用されたら梁川先輩に優勝をプレゼントできるように頑張ります。よろしくお願いします!」

 真剣な表情で語った秋穂に、先輩たちから再び拍手が起きた。本城は立ち上がると、その場のホワイトボードに何かを書き始めた。

「明日の朝礼ミーティングでこのメンバーを発表して、以降県大会までは出場メンバー、それ以外の2チームで調整するが、さっき説明した梁川の抜けたこのひと枠――」

 そういうと、本城は汚い字で何名かの名前をホワイトボードへ記入していく。

「来週、このメンバーで3,000メートルを競ってもらって、その結果トップでゴールしたメンバーを梁川の代わりにメンバーに登録する」


 ホワイトボードには、4名の名前が記されている。


「柿野」「牧野」「近藤」「苑田」


 本城は、書いた名前を再び見て言った。

「持ちタイムでいえば柿野だが、柿野は駅伝での経験がそこまで多くはない。実戦経験があって、着実な走りの3年苑田、2年近藤。それに、ここ数か月で一気にタイムを縮めていて、都道府県対抗でも走っている牧野。この4人で競ってもらおうと思う」


 翌朝の朝礼ミーティングでメンバーは発表され、残りの枠を巡り、4人が争うことも本城から各個人へと伝えられた。

 春奈がミーティングを終えて部屋に戻ると、怜名は先に制服に着替えて授業の準備を行っていた。

「ねえ、怜名」

「なあに」

 そう答える怜名は、うっすらと苛ついているようにも見える。

「え、なにって、どうしたの怜名」

「春奈、さっきの話、先に知ってたんでしょ。どうして教えてくれなかったの」

「だって、本城先生が明日自分から話すからって」

「ふうん。誰にも言わないんだから、先に教えてくれたってよかったのに」

「え、何、怜名」

「どうせ、わたしは通らないからと思って言わなかったんでしょ」

「ちょ、ちょっと、何言ってるの」

「いいよ。タイムだったらゆりりんが速いんだから、ゆりりんと3 人で本戦頑張ってね」

 そういうと、怜名はリュックを背負って足早に部屋を出ていってしまった。

 春奈は呆然として、しばし部屋で立ち尽くしている。

「え、どうしちゃったの、怜名?」


「…あーっ、あの子、そういうとこお子ちゃますぎやけん…」

 放課後、春奈の話を聞いた秋穂は天を仰いだ。

「今日、朝その話してから1回も喋ってない」

「えええぇ…?」

「どうしたんだろうね」

「自分は選ばれんと思っとるんやない。だから、カッキーと3人で行ったらええ、とか思い込んでそないなこと言いよる…ほら」

 そう言って、秋穂が指さした先には怜奈と佑莉がごく近い距離にいたが、怜名は目を合わせようともせず、別の方向へ走って行ってしまった。

「あぁ…」

 春奈が頭を抱えると、秋穂も我慢していた一言をポツリと漏らしてしまった。

「ったく、たいぎいわ…」

「たいぎい?」

「あぁ、面倒くさい、って意味やけん…」


 そんなふたりの元へ、愛が駆け寄ってきた。

「どうしたの?」

「悠来先輩、マジで勘弁してほしいんだけど…」

「また何かやったの?井田先輩」

 愛は無言でうなずくと、疲弊した表情を浮かべて続けた。

「萌那香先輩が、あかり先輩の様子見に病院行こうとしたら悠来先輩が食い下がって、『あかり先輩の面倒は私が見るから萌那香先輩は来なくて大丈夫です』って…」

「えぇ…?」

「『萌那香先輩にはA班のサポートの仕事があるし、あかり先輩のそばにはわたしがいたほうがいいと思う』って言って、萌那香先輩怒らせたって」

 怒った萌那香を後目に、悠来は意気揚々と病院へと出かけたという。

「それで、進藤先輩は?」

「淳子先輩と一緒に練習見てるけど、『話にならない』ってぶち切れてる…」

 愛は肩をすくめて、「お手上げ」のポーズで両手を掲げると、トボトボと戻っていった。

 怜名の一件に加え、悠来の傍若無人な振る舞いにイライラが頂点に達したのか、春奈は頭をボサボサと掻きむしると、腹の底から響くような低い声で吐き捨てた。

「あああああぁ、ホントもう、みんな揃ってめんどくさい…!」


<To be continued.>

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