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#39 思いを背負って

【前回のあらすじ】

涼子とともにメンタルトレーニングの講習を受けていた春奈は、寮に近づく救急車の音を耳にした。慌てて外に出ると、あかりがトラックで突然倒れたことを知る。病院に搬送されたあかりは、アキレス腱断裂の重傷を負ったことが明らかになる。大黒柱あかりのアクシデントに、部員たちは騒然となる。

 1、2年生たちがそれぞれ自主練習に向かう中、3年生部員は副キャプテンの淳子を中心に多目的ホールに留まっていた。


「萌那香のこと、とりあえず部屋で休ませてきたよ」

 萌那香のルームメイトの高森ゆきのが、多目的ホールへと戻ってきた。

「どうだった…?」

 淳子が心配そうな表情で聞くと、ゆきのは首を振った。

「ベッドで休むように言ったけど、まだ泣き止まないんだ…あかりが怪我したのはわたしのせいだって…萌那香が悪いわけじゃないのに」

 ゆきのの話を聞き、再び3年生たちが沈痛な表情を浮かべる。

「そうだよね…ゆきの、萌那香のそばにいてもらってもいいかな」

「了解、何かあったら呼ぶね」

 ゆきのは足早に部屋に戻っていった。しばしの沈黙に包まれた後、誰からともなく口を開き始めた。


「萌那香、自分の足のことであかりにいっぱい相談してたから、あかりの怪我がショックだったんだろうね…」

「今、萌那香が学院に残ってマネージャーで頑張ってるのはあかりが励ましたからだもんね」

「あれ、いつだったっけ?2年あがってすぐぐらいだっけ」

「そうだよ、2年最初の記録会のちょっと前ぐらいだと思う」


 萌那香がマネージャーに転身したきっかけは、左足の痛みを訴えて行った検査の結果、骨粗鬆症を原因とする疲労骨折が判明したことだった。


「…あかり、わたしもう走れないなら、秋田学院辞めないとダメだよね…?」

 医者からドクターストップの宣告を受け、失意のまま萌那香はあかりに訊ねた。すると、あかりは萌那香の肩を抱き、話し始めた。

「萌那香には、走れなくてもできることがたくさんあるでしょ。辞めちゃダメだよ」

「えっ?」

「萌那香は、誰かが言わなくても今までだってチームのためになることを率先してやってくれてたでしょ。皆が疲れてる時も、見てないところで準備とか片付けしてくれてたのも知ってる…逆にわたし、何もできてなくてゴメン」

「あかり…」

「もちろん、いろいろ相談しなきゃいけない人いるけど、萌那香さえこれからも一緒に頑張ってくれるなら、わたし先生とか説得するから」

「え、でもあかり、そんな」

「…それだけわたしには萌那香が必要なんだよ。お願い!」

「…わかった…!あかり、ありがとう…よろしくね」


 それまで、怪我などの理由で競技を引退しなければいけない部員に残された道は退部しかなかった。ところが偶然にも、普通科の生徒ではなく部活で専任のマネージャーを設置する話が浮かんでいたのだ。翌年度からの設置で決定される直前に、あかりの陳情により前倒しで制度の施行が決まり、その第1号として萌那香が選ばれることとなったのだ。


 話を聞いていた未穂が、驚いた表情を浮かべて切り出した。

「それって、あかりがマネージャーを置くことを知らなかったら、萌那香は退部してたってことじゃん…?」

「そう。あかりはその話を本城先生から聞いてたし、萌那香のことも推薦できた。だから、萌那香はあかりに感謝してもしきれないっていつも言ってるんだ」

 話を聞いていた翼が、深い溜息をついてうなずいた。愛花は、目を潤ませると、天井を見上げてつぶやいた。

「そうか…だから、萌那香、責任感じちゃったのかな…」


 1年生たちは重い空気の中、黙々と外周コースのランニングを続けていた。運動公園の駐車場まで来ると皆の足が止まり、10数名の部員たちは輪になって集まった。

「…梁川先輩がおらんかったら、高校駅伝出れるんやろか…」

 佑莉が、いつもよりも小さな声で嘆いた。

「わたしたちが頑張ってタイム縮めたら、ちょっとでもチームの力になれるかもしれない…そうはいってもわたしのタイムじゃメンバーにも入れないか…ハハハ」

 愛が、諦めにも似た溜息交じりの笑いを漏らした。すると、


「そんなことないって!」


 春奈が大声で叫んだ。普段あまり大声を出すことのない春奈に、周囲の部員がびっくりした様子で春奈の方を向いた。

「梁川先輩の穴が、簡単に埋められるなんて思わないけど、でも、やらなかったら何も変わらないよ。わたしたちもやらないと」

 興奮した様子で春奈はまくし立てた。が、それを聞いた平野友紀が暗い声で呟いた。

「春奈のタイムがあれば、できるよ。わたしが例えば十秒縮めても、チームが駅伝出れるかどうかに何にも影響しないから」

「…そんな」

「さえじ、そうだよ。わたしが頑張っても、チームの成績は変わらないから…」

 和田垣美帆も、普段の明るさが嘘のようにうつむいたままそう言って溜息を漏らした。怜名や真理たちも、春奈から顔をそらして一様に沈んだ表情を見せた。

「でもさ…!」

 もどかしさに、春奈は思わずムキになって反論しようとした。すると、秋穂が春奈の肩を叩いた。


「愛!ちょっと、休憩したら寮に戻ろ。…春奈、ちょっとええか」


 集団を愛と佑莉が先導し、春奈は秋穂に誘われるまま集団の後方から走り始めた。

「秋穂ちゃん、どうしたの」

「春奈…怒るかもしれんけど、はっきり言うてええか?」

「…いいけど…」

 春奈は納得した様子ではなかったが、渋々首を縦に振った。

「わかった。…さっき、他の子らに、みんなもやらなって言うたじゃろ。…あれは、酷じゃと思う」

「えっ?」

 春奈は、怪訝そうな表情を浮かべた。秋穂はさらに続ける。

「がんばらないけんのは、みんな同じやけん。やし、春奈がどんな気持ちでああ言うたのかも、わかるけど」


「…」

「どんなに頑張っても、目標に届かない子には酷じゃけん」

「だって」

 春奈は、食ってかかろうとする春奈を首を振って制した。

「たとえばじゃけど」

「うん?」

「今たとえば、バレーボールでエースの穴埋めろ言われてできるか?」

「…できない…」

「じゃろ?」

「でも、それとこれとは…」

「一緒じゃ」

「…」

 反論を秋穂にピシャリと封じられ、春奈は頬を軽く膨らませた。


「頑張ろう思ても、世の中頑張れんこともあるよ。ウチが、例えばその立場やったら、エースの穴はできる子が埋めてほしい思う」

 秋穂は遠くを見つめながら続けた。

「多分、今のタイムやったら、1年生で駅伝のメンバーに選ばれるのは春奈…アンタとウチ、あと選ばれたとしてもカッキーぐらいやとウチは思とる…走れるのは、多分一人か二人」

「…」

「みんなで頑張ろう言うのも大事やけど、あの子らの気持ちを背負って頑張るのも必要やと思う」

「背負う…?」

「うん」

 キョトンとする春奈に、秋穂は語りかけた。


「A班に入って、さらにそこから駅伝のメンバーに選ばれるんは、そこに入りたくても入れなかったメンバーの気持ちを込めて走ることやと、ウチは思うんよ」

「そっか…」

「それだけ、春奈は周りから期待されてるって事やけん…だから、メンバーに選ばれるようなことがあれば、優勝するためにウチも必死に頑張りたい…」

「そうだね…ねえ、秋穂ちゃん」

「ん?」


 そういうと、春奈は満面の笑顔で秋穂を見つめた。

「秋穂ちゃん、本当にいい人だよね」

「えっ、な、突然何を言うとんの…」

「秋穂ちゃんの、そういう優しくて冷静なところ、大好き」

「はっ、え、は、はよ行かんかい、ほら愛たちとあんなに離れとる…!」

「あー、恥ずかしがってる、顔真っ赤だよ?」

 慌てて赤面する秋穂を見て、春奈はケラケラと陽気に笑った。


<To be continued.>

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