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#38 大きな音

【前回のあらすじ】

シラとのデッドヒートに、春奈も息が上がり始める。すると、背後から秋穂が近づく。レースで秋穂が春奈を捉えたのは初めてだった。最後のコーナーを抜けると3人が一斉にスパートするが、先頭でゴールしたのはシラ。そして秋穂にも敗れた春奈は落胆するが、シラと全国高校駅伝での再戦を誓った。

 新人陸上を終えた彼女たちには、秋田県高校駅伝が待ち構えている。この大会は、12月に行われる全国高校女子駅伝の地区予選としての役割がある。県下の各チームが、本選出場を目指してこの大会にまずは照準を合わせてトレーニングを行っている。


 9月も下旬に差し掛かろうとするこの日は、課題別に分かれて各自がトレーニングを行っていた。春奈は涼子とともに、男子部の選手と合わせてメンタルトレーニングの講習を受けていた。


 ――先日の試合結果を受けて、春奈は寮の2階にあるあかりの部屋を訪ねていた。あかりは、萌那香が用意した分厚いバインダーをパラパラとめくると春奈にあるページを示した。


「メンタルトレーニング?」

 初めて聞く項目に春奈が目を丸くしていると、あかりがフフッと笑いながら説明を始めた。

「そ、メンタルトレーニング。1年生じゃまだ触れたことないのも当たり前だよね」

「はい、まだ聞いたことないです」

 春奈が不思議そうな顔をしていると、あかりは続けた。

「たしかに本城先生の言う通り、春奈の課題は精神的な部分かな。スピードとか体力は誰よりもあるとわたしは思ってるけど、自分以外のアクシデントや天候に敏感すぎるところがあるから、なんどきも集中してレースに臨めるようにできるといいよね」

「そういうのって、どうすればいいんですか?…滝に打たれたりとか?」

 春奈の発言に、あかりと萌那香がプッと吹き出した。それを見た春奈はキョトンとしている。


「ハハハ、滝に打たれる必要はないけど。気持ちを落ち着かせたり、集中するためのルーティーンを負担にならない程度にやってみるとか。わたしも萌那香も別に専門家じゃないから、専門家の話聞くといいよ。ね、萌那香」


 あかりに呼ばれた萌那香が、1枚のプリントを春奈に手渡して続ける。

「これね。今度、男子部と共同だけど、大学の心理臨床センターのカウンセラーの人が講義してくれるんだ。他の子にも共有するけど、まずはこういうところから聞いてみたら?わたしもまだ選手やってた時に聞いたけど、すごい参考になったから」


「涼子、なにウトウトしてるの」

 春奈は、横ですでに舟を漕ぎ始めている涼子を肘でつついた。涼子は眠そうな顔で答える。

「だってさ、さっき5限6限が化学と日本史で、ずっと暗記で眠くなっちゃうよ」

「別に寝てもいいけど、寝たらノート貸さないよ」

 意地悪な笑みを浮かべると、春奈は再び講師の方へ視線を戻した。2時間の予定の講義は、印刷されたテキストだけでも相当な量だ。春奈は、過去に結果の奮わなかったレースを思い出していた。先日のレース後の光景がよみがえる。


(…なんか、消化不良じゃ)

(…まだまだ、他の部員に比べたら不足している部分も多い)


 秋穂と本城の声が脳裏をよぎる。春奈は、口をへの字にするとペンを走らせた。

(絶対、心も強くして、二度と負けないんだから)


「じゃあ、講義も長丁場になりますから、いったん休憩を入れましょう。10分後に、またこちらの部屋へ戻ってきてください」

 講師の声を合図に、寮の1階にある多目的ホールから部員たちがゾロゾロと出てきた。春奈も、涼子を連れて食堂の方へと向かっていく。

「涼子、ちょっとお茶でも飲んで目覚ましたら?」

「うーん、そうするわ、ふわあああぁ、ねっむ」

 そういうと涼子は口を開けて、大きな欠伸をしてみせた。

「春奈、よく眠くならないね」

「だって、梁川先輩たちから、メンタルトレーニングに力入れてみなって言われたし」

 春奈は食堂にあった野菜ジュースを手に取り、ゴクゴクと飲み干した。すると、何かの音がトラックの向こうから近づいてくるのがわかる。


「これ、救急車じゃない?」

「うん、っていうか、うちのグランドに向かってきてない…?」


 次第に大きくなるサイレンに春奈と涼子が顔を見合わせて不安な表情を浮かべたその瞬間、食堂に愛が飛び込んできた。愛は、二人の姿を見つけると慌てた様子で叫んだ。


「さ、さえじとぼんちゃん、今すぐトラックまで来て…!」

「えっ、まなち、何があったの!?」

「あかり先輩、インターバル走の途中で倒れて、うずくまって動けないんだ…」

「梁川先輩が!?」


 あかりが倒れ込んだ場所には、すでに人垣ができていた。救急車からは担架が運び出され、まさにあかりが担ぎあげられている瞬間だった。次第に人が増えてくると、本城が救急車を背にして怒声を上げた。


「おいコラァ、ケガ人が出てんだ、野次馬してんじゃねえぞテメエら!!各自練習に戻れこの野郎!」


 あわてて、野次馬の男子部員たちが散らばる。春奈は、今までに聞いたことのない本城の激しい怒声に事の深刻さを悟った。すると、秋穂が春奈たちを見つけてやって来た。

「秋穂ちゃん、梁川先輩、何があったの?」

「…。走っとったら、大っきい音がしよん。パチーンと…」

 秋穂は首を力なく数回振ると、沈んだ声で話した。愛が続ける。

「音がして、あかり先輩見たら崩れるようにバタッと倒れ込んで…」

 愛はそこまで言うと、その後の言葉を続けることができず、手で顔を抑え絶句してしまった。

 収容されたあかりの姿は救急車のドアの向こうに消えた。再び、救急車が物々しいサイレン音を鳴らしトラックから去っていく。

 春奈と涼子は救急車が遠くに消えるのを見届けると、無言で寮の多目的ホールへ戻っていった。


 それぞれの練習や講習が終わり、部員たちが寮に戻ったのを見計らうと、萌那香が食堂に部員を集めた。

「あかりは中央医療センターに搬送されて、今診察を受けているそうです。病院には本城先生と、悠来に行ってもらってます。何かわかれば、わたしに連絡が来ることになってるから」

 いつもは賑やかな食堂だが、経験したことのない事態に部員は一様に静まり返っている。配膳の支度を進めているマサヨさんも不安な表情を浮かべている。


「あかり先輩…」

 あかりと同じ千葉出身の野田夏香のだなつこが心配そうにつぶやいた。みるほ同様に怪我で出遅れているが、万全な時のスピードは皆から高く評価されている選手だ。

「なっこちゃん、梁川先輩の紹介なんだっけ」

「そう、地元の記録会ではじめてトップでゴールした時に声かけてもらったんだ…だから、あかり先輩いなかったら秋田には来てないと思うし、心配で心臓が痛い…」

 そういって、夏香は胸のあたりをつらそうな表情で押さえた。すると、


 プルルルル…プルルルル…プルルルル…


 寮長室の電話が鳴り、マサヨさんが慌てて奥へと戻る。しばらく声の主と話し込むと、多目的ホールの方に向けて叫んだ。

「萌那香!本城先生からだ。ちょっと変わってもらってもいいかい?」

 萌那香が奥へ消えると、ホールは再び静寂に包まれた。


 数分の後、萌那香がホールへ戻ってきた。俯いていて表情がよく見えないが、厳しい表情のまま中央へと歩み出る。

「ちょっとみんな…集まってもらってもいいですか」

 萌那香を取り囲むようにして、部員たちが席に腰を下ろす。萌那香はひとつ深呼吸をすると話し始めた。


「今、本城先生から電話がありました。あかりの検査が終わったそうです。症状は、左足アキレス腱の断裂。ゆくゆくは元に戻りますが、今時点での全治見込みは6か月。卒業するまでには間に合わないだろう、ということでした…」


 ええっ、という声がその場のほぼ全員から聞こえ、空気がざわつく。同級生の3年生部員の中には、ショックで涙する者もいる。萌那香は部員たちを見渡して続ける。

「詳しい結果や今後の話は、本城先生が戻られてからきちんとした説明があると思うので、わたしが聞いたのは今伝えた通りです。怪我をしたあかりが一番つらく、苦しい思いを抱えていると思います。試合以外に、日常生活へも影響の大きいことなので、みんな、あかりのことを励まして、サポートをしてあげてほしいです…」


 そこまで一気に話し終えると、萌那香も抑えていた感情が爆発したのか、口を真一文字に結んではいるものの、涙がとめどなくあふれ始めた。

「うぅ…ううう…あかり」

「萌那香、しっかり…!」

 淳子が萌那香のもとへ立ち寄ると、学年キャプテンを務める一美と愛を呼んだ。


「いったん、ここは解散…夕食までは、学年ごとに自主練の指示を出してもらってもいい?」


<To be continued.>

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