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#31 幼馴染

【前回のあらすじ】

球場からの帰り道、愛のことを見つけた春奈たちは質問攻めにする。ところが、愛からは逆に春奈たちの恋愛事情を根掘り葉掘り聞かれてしまう。突っ込まれて怜名は思わず赤面してしまうが、愛は突然秋穂にも彼氏がいると漏らす。寮に戻り秋穂は質問攻めにされるが、平然と彼氏の存在を認めるのだった。

 1学期の終業式が終わると、8月の頭からは夏合宿がスタートする。秋田学院陸上部は、男女とも長野県の黒姫高原で合宿を行うことが通例となっているが、終業式から合宿開始までの1週間は束の間の休息期間となっている。寮母などの関係者も休暇期間となるため、家庭の事情などで寮に残り自炊生活を送る一部の生徒を除いては、実家に帰省するなどのケースが多い。


 休み前最後のホームルームを終え、1年生たちは寮の談話室へと戻ってきた。

「みんな、実家帰るの?」

 春奈の質問に、みるほが寂しそうな表情を浮かべた。

「本当は帰りたかったんだけど、パパは海外出張中だし、ママは選挙前だから仕事が忙しくて、帰ってもふたりともいないからこっちに残ろうと思って」

「選挙?」

「そう、ママ、議員秘書だから忙しくて。でも、相浦先輩の家にしばらく泊めてもらうことになったんだ」

「そう、ウチらも一緒に!」

 秋田出身の真理たちも手を挙げた。


「えー、どうして相浦先輩が?」

「相浦先輩のお兄さんとお姉さん、どっちもうちの高校じゃん。2人とも今大学とか実業団だから、使ってない部屋に泊まっていいって、相浦先輩がお母さんに相談してくれたんだって」

「なるほどね!さすが相浦家!」

 3年の相浦翼は兄も姉も秋田学院陸上部出身で、兄は埼玉の大学に、姉は地元の実業団チームで陸上を続けている。3兄妹すべてが秋田学院の関係者ということもあり、部活動にも色々な形で一家総出でサポートをしている。

「みるほ、食べ過ぎはダメだよ」

「そう、相浦先輩のお家、ご飯美味しいから太ったらどうしよう…春奈ちゃんは?」

「わたしは横浜の家に帰る予定。お母さん仕事だけど、おばあちゃんがいるからご飯とかは心配ないし…」

 そう春奈が話していると、怜名が寮の廊下を早足で駆けていくのが見えた。

(あれ…?)


 夕方の新幹線までは時間があるが、春奈は帰省に必要な荷物と、合宿の支度を進めていた。合宿への出発は秋田に戻ってきて2日後だ。練習を考えると改めて準備するための時間は少ない。

 と、そこへ怜名が戻ってきた。

「ねえ、春奈、大変」

「え、どうしたの?」

「宮司、あいつ先に帰っちゃったんだけど」


 男子部の宮司琥太郎は、怜名と同じ中学とあって、最寄駅も全く同じだ。クラスや地元が近い縁もあり、帰省は春奈を含めた3人で帰ることになっていた。

 ところが、ホームルームを終えるとすぐに寮に戻り、荷物を持って足早に駅へ向かってしまったという。

「ええっ?指定席のチケット買ってなかった?」

「そうなんだけど、多分払い戻ししてもっと前の時間で乗るつもりだと思う」

「どうして…?」

「わかんない…男子に聞いてみたけど、別に変な様子もなかったって…携帯にかけてみたけど、電源切ってるから連絡取れない」

 怜名は、慌てた様子で心配そうな表情を浮かべた。

「多分、遅くても夜には実家にいるはずだから、帰ったら実家に電話してみれば?」

「あぁ…たしかに!そうだね、宮司のお母さんにあとで連絡してみる」

 ふたりは顔を見合わせると、無言で頷いた。


  「じゃあ、春奈、気をつけてね」

「ありがと。どうしよう、市ヶ尾に戻れる自信ないかも」

「えーと、紫色のマーク!目印見ながら歩いたら帰れるから。じゃね!」

「じゃあね、怜名も気をつけて」 

 春奈と怜名は東京で別れると、春奈はそのまま大手町から半蔵門線に乗り換え横浜市内の自宅へと向かった。一方の怜名は道中しきりに琥太郎の携帯電話を鳴らしてみたが、やはり電源が入っていないようで、圏外のアナウンスがむなしく響く。

(…もう…こんなに心配してるのに…!)



「春奈ちゃん、もう起きなさい、朝の10時だよ」

「うわぁ!」

 祖母の文美フミの声に、春奈は慌てて飛び起きた。実家の2階にある自分の部屋で寝ていたことに気づくまで、しばしの時間がかかる。

「あれ、おばあちゃん、わたしいつの間に」

「あら、覚えてないのかい…春奈ちゃん、夜の11時ぐらいに帰ってきて、ご飯食べたあとお風呂で寝ちゃってたんだよ」

「えぇ…どんだけ疲れてたんだろうわたし」

「まぁとにかく、もうちょっとしたら下においで。朝ごはん準備してあるよ」

「うん…ありがとう」

 そういって再びベッドに倒れ込もうとしたとき、枕元の携帯に気が付いた。

 ふと、手に取ると画面の表示を見て春奈はハッと息を飲んだ。

「不在着信…13件」

 それは、すべて怜名からの着信だった。


「…ねぇ、春奈、どうしよう…!」

 春奈が「もしもし」と言い終わる前に、怜名がかぶせ気味に話し始めた。

「どうしようって、何がどうしたの」

「宮司が」

「宮司くんが?」

「陸上やめるって言って、昨日帰って来てから部屋に引きこもってるんだって」

「ええっ…どうして…?」

「わかんない…お母さんには全然理由言わないんだって…もしかしたら…タイムのこととかなのかも…」

 琥太郎は1年生の中でも、そうタイムの速い部類ではない。全国制覇を狙う女子と同様に、男子チームも全国高校駅伝では上位の実力を持つチームだ。また、代々強豪の大学や実業団チームにも選手を輩出しており、実力のある選手は1年生からでもエース区間に登用されることも珍しくはない。選手同士の実力が高いレベルで拮抗するチームだ。


「男子も、わたしたちと同じでA班に入らないと、駅伝出れないんだよね」

「宮司、まだA班に入れてないから…」

「きっと、悩んでるのかな…」

「うん…どうしたらいいんだろう…」

 次の瞬間、春奈が意外な提案を口にした。

「ねぇ怜名、わたし今日そっちまで行くよ、予定空いてる?」

「えぇ!?わたしは大丈夫だけど、でも小田原遠いし、春奈平気なの!?」

「だって宮司くんのこと心配だし。…同じ仲間だから」

「春奈…じゃあわかった、箱根登山鉄道の風祭って駅わかる?」

「箱根…?登山…?」

 帰国してもうすぐ2年になる春奈だが、鉄道事情には滅法弱く、駅名を聞いてもチンプンカンプンな様子だ。怜名が助け舟を出した。


「それじゃあ、小田原だったら来れるかな?お母さんが車出してくれるから、小田原までなら迎えに行くよ。着いたら電話ちょうだい、よろしくね」

 電話を切ると、春奈は階下の文美に聞いた。

「おばあちゃん、市ヶ尾から小田原って、どう行ったらいいの?」

「…えっ、小田原!?」


 30分後、東急と小田急の乗り換えとなる中央林間の駅ホームには、土産物の箱を沢山詰め込んだリュックを背負いしきりに路線図を眺める春奈の姿があった。心配した文美が市ヶ尾の駅までついてきたはいいが、駅前で怜名の家に持たせるための土産をしこたま買い込み、春奈に渡したということらしい。

(おばあちゃん…カステラとか…別に横浜じゃなくても売ってるじゃん…)


「あっ、来た来た」

 駅舎から出てきた春奈を見て、怜名は母の運転するミニバンから顔を出し手を振った。

「怜名…ありがと…」

「うん、うちは平気だけど、春奈その荷物大丈夫!?」

「大丈夫…じゃないかも…おばあちゃんに荷物持たされて…これ、横浜のお土産…」

「あらあら、悪いわねぇ、わざわざ横浜から来てくれてついでにお土産まで。ちょっと、琥太郎のとこ行く前に、家に寄ってお昼食べていく?」

 怜名の母が、疲労困憊の春奈を見かねて声をかける。

「怜名のお母さん…すみません、ありがとうございます…」


 怜名の家で腹ごしらえを済ませると、ふたりは住宅地を歩いていく。

「もう、幼稚園の時から幼馴染なんだ、あいつ」

 怜名が琥太郎のことについて口を開く。

「別にすごい仲良くも、めっちゃ仲悪くもないけど、親同士ももう10年以上付き合いがあって、きょうだいみたいなものだから、なんかほっとけなくって」

「そうだったんだ…わたし来て大丈夫だったかな」

「それは全然大丈夫だと思うよ。あいつ、入学したころから春奈のこと気にしてるから。喜ぶと思う」

「えっ?」

 あかりや秋穂とのレースの時にも、琥太郎が春奈目当てに観に来ていたことを初めて知り、春奈はビックリとした表情を浮かべた。


 そうこうしているうちに、怜名はある家の前で歩を止めた。決して新しい家ではないが、3台は余裕で駐車できそうな車庫に、広い庭を持った大きな邸宅だ。

「ここが、宮司の家」

「すごい、めっちゃ大きい家だね」

 怜名はスッと前に出ると、門にあるチャイムを鳴らした。


<To be continued.>

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