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#29 夏の恋

【前回のあらすじ】

いよいよ番組の放映が始まった。普段の生活や、運動が苦手な様子までもが番組に使われ春奈は赤面するばかり。番組の最後に今後の夢を聞かれると、五輪出場を考えていないという春奈の発言に部員たちはビックリ。詰め寄られた春奈は、もみくちゃにされて失神してしまう。春奈には実現したい夢があった。

 秋田にもじんわりと暑さがやってくる時期になり、県内の各球場では高校野球の夏季大会――すなわち甲子園行きを賭けた県大会がスタートしていた。秋田学院は今大会でノーシードながら、すでに2校を破って3回戦まで進出していた。

 春奈は、怜名とともにクラスの生徒たちと市営球場へ応援にやって来ていた。吹き付ける風は関東よりは幾分か涼しいものの、それでも汗がにじむには十分だ。スポーツドリンクとフェイスタオルを片手に、春奈たちはスタンドの屋根の影に入るように過ごしていた。


「暑っつ…」

 春奈はペットボトルの蓋を開け、ゴクゴクと一気にスポーツドリンクを飲みほした。

「春奈、ほら、せっかく来たんだから野球に集中しないとだよ」

「えー、だって、野球観ないからよくわかんないし」

「ウッソ!わたし、ヤングスターズの応援しにわざわざ横浜まで行ってるのに!帰省するとき一緒に観に行こうよ、ルール教えてあげるから」

 というと、怜名はバッグに付けているプロ野球チーム・横浜ヤングスターズのキーホルダーを手に取って春奈に見せた。ところが、春奈はあまり乗り気でない。

「真夏に野球なんて…脳ミソ溶けそう」

「えー、行こうよぉ、みなと球場行って、そのあとは中華街でご飯食べたい!」

 早くも帰省のスケジュールを立てようとする怜名たちに、クラスメイトが声をかける。


「ほら、れなっち、さえじ、石崎くんそろそろ打順だよ!」

 ひときわ背の高い男子部員がネクストバッターズサークルに立ち、バットを持ち素振りを始めた。高校生には思えぬスイングスピードで、迫力十分だ。マウンドに立つ対戦校のエースを一瞥すると、ゴキゴキと手を組んで骨を鳴らしている。

「デッカ…」

「石崎くん、身長195センチあるんだって…」


 そうこうするうちに、前の打者がセカンドゴロでアウトになり、石崎、と呼ばれた生徒の打席になった。1対1の同点。イニングは8回裏まで進み、ここまで来ればホームラン一本で勝負が決する可能性もある。

 石崎は打席に入ると、バットを大きく弧を描くようにゆっくりと振り、構えに入る。相手ピッチャーは炎天下の中すでに120球を投げていて、じんわりとにじむ汗をアンダーシャツで拭った。捕手の出すサインにしきりに首を振っている。

「ねえ怜名怜名、ところで石崎くんって誰?」

「ええっ知らないの!?てか、今いいとこだから説明は後!」

 スポーツ観戦が趣味の怜名は、目の前の真剣勝負に夢中でそれどころではないらしい。

「ええーっ」

 春奈は頬をプーッとふくらませるふりをして、打席の石崎に視線を移した。相手投手がようやく首を縦に振ると、足を大きく上げて投球態勢に入る。

 真横に振り出した右手から、スーッと外角へと落ちるスライダーだ。

 石崎は微動だにせず、目線だけでボールの軌道を追った。

「ボール、ワン。下手したら敬遠されるかも」

 怜名がつぶやく、相手投手は、次の球もしきりにサインに首を振っている。

「ってことは、勝負かな」

「え…何の話かもう分からない…」

 そもそも野球のルールを知らない春奈には、意味の全く分からない話だ。投手はまたようやく首を縦に振ると投球動作に入った。捕手は、外角低めにミットを構える。

 相手エースがサイドスローのフォームから2球目を投じる。ところが、捕手の構えとは真逆の内角高めにボールが抜けた。

 石崎は一瞬ボールに目を凝らすと、目いっぱいの力でバットを一閃する。


 ――キィンッ!

 その瞬間、金属音を残してそれとわかる打球はレフトスタンドに吸い込まれた。貴重な追加点となるホームランに、1塁側の秋田学院関係者が大いに沸き立つ。

「やったー!!石崎くんスゴイ!」

 怜名はテンション高くハイタッチを求めた。よくルールを知らない春奈も、さすがにホームランの意味するところぐらいは知っている。2、3回タッチを繰り返し、怜名が座席につくのを見計らって改めて訊ねた。

「っていうか、石崎くんってだぁれ?」

「えっ、あれだよ、C組の石崎飛雄馬くん」

「えっえっ、同学年!?」

「そうだよ、春奈、男子に興味なさすぎじゃない」

「んー…、興味ないっていうか、あんまり考えたことないっていうか…」

 その同い年だという石崎飛雄馬は、ベースを一周し終わるとそそくさとダグアウトへ向かい、大きな身体を窮屈そうに屈めるとグラブを手にすぐさまグランドへ戻り、キャッチボールを始めた。1年生にして、すでに秋田学院のエースの座を手にしているという。

 すでにキャッチボールの段階で相手の投手よりも直球のスピードが速い。受けるキャッチャーもたまに痛みで手を振るしぐさを見せる。

「石崎くん、エースで4番とかカッコよすぎだよね」

「確かに…なんかモテそうな顔はしてるかも」

 石崎を見ながら2人がゴニョゴニョと雑談をしていると、クラスメイトが口を開いた。

「てかさ、石崎くんって彼女いるんでしょ」

「ええっ!?」

 怜名が大げさに驚くと、クラスメイトは意外な顔をして続けた。

「れなっち、知らないの?ジョリク(女子陸上部)で同じクラスの子から告白されて付き合ってるって聞いたけど。えっと、瀧原さん、とかっていう子」


「ええええっ!?」


 意外な名前が飛び出し、春奈と怜名は全く同じリアクションで驚いた。

「なんでなんでなんで!?まなち、いつの間に告ってたんだろ!?」

「ていうか、ウチ、男女交際禁止だよ!?」

「恋の前に規則とか関係ないでしょ!」

 ひとしきり騒いだ後、二人は声を合わせてつぶやいた。

「そんなことより、まなち…やるな」


 ウウウウウウゥゥ…

 石崎のホームランを契機に打線は勢いづき、8回の裏に一挙4点を取ると最終回はマウンドに上った石崎が、自慢のストレートで相手打線を封じ込め、5対1でゲームセットを迎えた。春奈と怜名は、衝撃の展開に呆然としながら試合を眺めていた。グラウンドでは、野球部員たちが反り返るようにして校歌を斉唱している。

「はぁ…青春だね…」

「夏の恋だね…素敵…」

 気温のせいか、恋の話で体温が上がったか。2人とも赤く染まった頬でグラウンドを見つめていた。

「ていうか…まなちに話聞きたくない?」

「うん…あー!」

 春奈は突然叫ぶと、客席の前方を指さした。

「まなち…デレデレじゃん…」

 目線の先には、整列から戻る石崎を目をハートにして眺める愛の姿があった。


<To be continued.>

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