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#28 秘めた思い

【前回のあらすじ】

マネージャーに転向してからの悠来の態度が別人のように柔らかくなり、春奈は訝しむ。すると、悠来が勝手に春奈のテレビ取材を決めていたことが判明し、取り消すこともできず本城は平謝り。生来の恥ずかしがり屋の春奈は、取材に消極的。春奈は、心底困った様子で同級生の部員たちに助けを求める。

 放送があと少しに迫り、寮の談話スペースには部員たちがぞろぞろと集まってきた。

「いや、みんな、そんな、注目しなくていいよ、恥ずかしい」

 春奈は慌てたが、愛は春奈の脇腹を肘でこづいてニヤリと笑った。

「そんなこと言わない、日本陸上界注目の星。あたしたちだって、こんな近くの子が取材受けるなんて機会ないんだから」

 そういって、1年生たちは輪の前方に陣取った。普段はテレビをあまり見に来ない秋穂も佑莉たちの場所に加わり、ニヤニヤしながら春奈を見ている。

(もう!人がどれだけ恥ずかしいか知らないで…!)

 とはいえ春奈も、番組のスタートをドキドキとしながら待ち構えていた。


 ――ポッ、ポッ、ポーン…

 時報とともに、番組がスタートする。


 『昨年の春、女子5,000メートル記録会で14分42秒という日本最高記録をマークした、当時14歳、冴島春奈。突然陸上界に現れた“スピードの女神”に、新聞・テレビ各局は彼女をこぞって取り上げ、一躍注目の的となった』


「フゥー!」

 “スピードの女神”の呼び名に、部員たちが沸き立つ。春奈はすでに真っ赤な顔をしている。

『しかし、そんな彼女は取材を受ける機会が少なく、その素顔は謎のベールに包まれていた。今回、私たち取材班は、彼女の密着取材に成功。私生活から練習風景まで、これまで明かされてこなかった冴島春奈の素顔に迫ります――』


(密着取材に成功…ていうか、井田先輩が勝手にOKしたっていうか…)

 テレビを見る春奈の顔に、苦笑いが浮かぶ。それにしても、テレビで大々的に自分が紹介されるとは、ここまで恥ずかしいものか。春奈は体育座りのまま、顔を隠しながらテレビを見ている。

 MCのトークが終わり、場面は秋田学院の正門に移った。


 『一路秋田に向かった我々取材班を、今回の主役・冴島春奈は、笑顔で迎えてくれた。

「初めまして、よろしくお願いします」

 彼女の姿に、同行したスタッフからは「可愛い」という声が漏れる――』

 (え!そんなとこまで放送に使うの!やめてやめて…)


『早速、彼女の練習風景を見せてもらった。集団での練習でも、勢いよく先頭を走り、集団を積極的に引っ張る姿が印象的だ。彼女の練習に取り組む様子を、同級生の部員に聞いた――』

 と、画面には秋穂の姿が現れた。皆、秋穂の方を向いて驚きの声を上げる。

「秋穂!?いつの間に…」

 秋穂は後ろ手に首を掻くと、はにかんだ表情でニヤリと春奈の方を向いた。


『「普段はわりと大人しい感じの子で、練習も最初の頃は皆に合わせて――っていう感じやったんですけど、最近は集団を引っ張っていってくれるので、わたしもそれに負けないように頑張りたいですね」』

 秋穂はなぜか、主役の春奈よりも顔を真っ赤にして佑莉にもたれかかっている。


 特集は普段の練習風景を終え、春奈が応接室で受けたインタビューの場面へと変わった。

 春奈は、その時の様子をひとつひとつ思い出してゆく。


「お生まれは、アメリカなんですね」

「はい、コロラド州のデンバーという、標高が1マイルぐらいあるところで中学2年生まで過ごしていました」

「その頃から、何か運動はされていたのですか?」

「特に運動という運動はしていなくて…走る以外の運動が本当に苦手で。ただ、近所の友達とよく走り回って遊んだり、休日に父に色々な所へ連れて行ってもらったりして、そこでもよく走って――走ること自体は好きだったので、土地の影響もあって自然と鍛えられていたのかもしれません」

「今、こうして陸上競技に打ち込んでいることを、亡くなられたお父さんはなんとおっしゃると思いますか?」

「まさか父も、私が陸上をするとは思っていなかったと思います。多分、ビックリするんじゃないかと思います」――


 『「走ること以外の運動が苦手」という彼女に、普段の体育の授業での様子を見せてもらった』


 そういって画面は、春奈が授業でドッジボールやバドミントンを行う様子が流れた。ドッジボールで顔面にボールを食らったり、バドミントンで盛大に空振りする様子が流れたり…3年生の川野淳子が春奈に聞いた。

「え、春奈、ホントに運動ダメなの!?」

「はい…全然ダメです…本当に顔でレシーブしちゃうんです」

 困惑の表情の春奈に、部員たちから笑いが起こった。


 場面はさらに、インターハイでの3,000メートル走へと移った。この時、春奈は前日まで風邪をひいて寝込んでいたが、なんとか優勝を飾ることができた。レースを終えた後、春奈ではなく同じレースに出場していた他校のエースたちのコメントが画面に並ぶ。

『「すごい存在ですけど、彼女に勝たなければ全国はないので、打倒冴島さんで頑張りたいです」

「個人ではかなわなくても、チームでは秋田学院に勝って全国に行きたいです」』

 駅伝を意識したコメントに、その場にいた部員たちの表情が変わる。


 番組は寮での生活などの紹介を経て、最後に再び春奈へのインタビューが始まった。

『最後に、冴島に今後の目標や夢を聞いたが――冴島の口からは意外な言葉が飛び出した』

「意外な言葉って?」

「え、冴島ちゃん、何て答えたの?」

「いや…へへへ…その…」

 先輩たちからの追及に、春奈はいかにもばつが悪そうにその場をごまかした。

『「今後の目標や夢を教えてください。冴島さんには、3年後のオリンピック代表の期待もかかっていますが――」

「今は、今目の前にある目標を達成していくことが大事だと思うので、まずは秋田学院が高校駅伝で全国制覇できるように、チームの力になって頑張りたいと思います。オリンピックは…高校を卒業したら自分の目指したいことがあるので今は何も考えられません」』

 部員たちは、春奈のコメントに深々と頷いた。

「そっかー、卒業したら自分の目指したいことがあるんだ…」

「オリンピック以外に目指したいことが…」


「えええええ!?」


 ふと、その言葉の意味に気づいた部員たちが、次々に春奈に駆け寄る。

「えっ、春奈ちゃん、高校でまさか陸上やめたりしないよね!?」

「あれ、どういうこと!?オリンピック目指さないの!?」

「え、春奈ちゃん絶対オリンピック目指せるのになんで!?」

 その言葉のあまりの衝撃に、春奈は周囲からもみくちゃにされてよろめいた。

「いや、オリンピック目指さないとか、そういうんじゃなくて…」

「え、今のスピードでやめちゃったら、ホントもったいないよ!」

 部員たちからの必死の説得は続いている。春奈は、ぼんやりとする頭で必死に考えた。

(もう…ずっと陸上続けるのかな…自分で進路選べないのかな…オリンピック…わたしが出て勝てるとも思えないし…オリン…ピック…)

 あまりにも激しく揺さぶられるあまり、春奈は目を回し、その場にドスンと倒れてしまった。

「キャッ、春奈!」

「ちょっと、誰か!とりあえず、部屋に運んで!」


 気が付くと、春奈は部屋の窓際にあるソファーで寝かされていた。怜名が心配そうな表情で見つめている。

「春奈…大丈夫?」

「だいじょぶじゃない…なんか、すごい勢いでみんなに揺さぶられた気が…イテテ」

「あれ、すごかったよ、みんな総出で春奈に駆け寄ってたし。本城先生いないところでよかったよ。話がもっと面倒くさくなってたと思う。…でさ」

「んん?」

 怜名が向き直って春奈に訊ねた。

「春奈の目指したいことって、なに?…どうしたいのか知りたいんだ。問い詰めたりしないから、教えて」

「ええっ?うーん…」

 先ほどのショックがさめやらぬ春奈は、答えを渋った。しかし、怜名は引かない。

「教えて。…わたし、まだ自分の夢とか将来とか全然わからないから、そういうの聞いてみたいんだ」

「怜名…わかった。じゃあ、絶対に他の人に言わない約束なら」

「うん!」

 そういって、怜名は小指を春奈に向けてほほ笑んだ。



「へぇ…!自分で会社を?」

「びっくりした?会社っていうか、自分の事業を何かつくりたいなって」

「ううん、でもどうして?」

「うちのお父さん、2年ぐらい前に急に死んじゃって。決して大きくはないけど、貿易の会社をやってたんだ。だけどね」

 春奈は視線を窓の外に向けて、溜息をついた。

「お母さんは経営に全然触ってなかったから、会社のことはほとんどわからないし、実際にお父さんは現地の別の人に仕事を任せようと思ってたんだって。で、お父さんがいざ亡くなったら、その人に…乗っ取りじゃないけど、その人の都合のいいようにされちゃって…だから、お母さんとわたしはアメリカに住むのをあきらめて、横浜に戻ってきたんだ」

「…」

「だから、その人に復讐したいとかは別にないけど、いつかお父さんみたいな経営者になりたいって目標はあるんだ」

「そうだったんだ…ごめん、何も知らずに勝手なこと言って」

「いいのいいの!誰にも言ってなかったし、そりゃみんな陸上続けろっていうの、なんとなくはわかってたし」

 気丈に話す春奈を見て、怜名は無言でうんうんと頷いた。

「だから、この先どうなるかはわからないし、でも陸上も嫌いじゃないから、どっちもできるように練習も勉強もがんばる、が今の答えかな」

「そっか…どう進むのが正解なのかわからないけど、一番いい方向にいくといいね」

「うん!わたし、がんばるよ」

 降り続いていた外の小雨は止み、雲の切れ目から満月が顔を出していた。


<To be continued.>

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