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#27 シャイ

【前回のあらすじ】

先頭を走る春奈に「前に行け」と合図される怜名だが、冷静に戦況を分析しながらレースを進める。そして、最後のコーナーに差し掛かるタイミングで秋穂の合図を目印にスパート。見事に自己ベストを記録し、選抜チーム入りを果たした。レースが終わると、悠来がマネージャーに転向することが発表された。

 入学直後からの慌ただしい日々は止むことを知らず、日々の授業や練習の合間に様々な大会が控える。最初は横浜から琴美が駆けつけてくれることを喜んでいた春奈も、多忙な琴美を気遣ってか、電話連絡の機会も徐々に減っていった。

 季節も変わり、秋田の地にも梅雨前線がやってきていた。窓の外にはしとしとと雨が降り続いている。

「ずいぶん寂しいじゃない、ひとり娘さん」

 電話口で琴美が茶化すと、疲労困憊といった様子で春奈が答えた。


「支部の総体が終わったあとの県大会、その次がこないだのインターハイ。結構記録会とか駅伝もあるし、土日に休めることのほうが珍しいよ…お母さん、疲れたぁ」

「あんたが選んだ道だから、多少忙しいのはしょうがないよね。体調は大丈夫なの?」

「うん、体調はなんとかやってるよ…お母さんは?」

「わたしを見くびっちゃいけないよ。世界を股にかけるスーパーカメラマンの琴美さんは、大したことじゃへこたれないからね。あ、あと」

「うん?」

「明日、あんたの特集、放送されるよ」


「あーっ!明日!?」


 ふいに大声を出してしまい、怜名が慌てて“静かに”のポーズをする。春奈は頭を下げて、部屋の隅のほうへ屈みこんだ。秋田学院はそれほど校則や寮での規則は厳しくはないものの、自室での電話は時間が決められている。暗黙の了解とはいえ、時間外の通話がばれるといろいろとややこしい。

「そう、ばあちゃんも楽しみにしてるから。録画もしとくよ。あんたも見るんでしょ?」

「うん、寮の広間でみんなで観るって…恥ずかしい」


 ――ある日、授業が終わり寮へ戻ると、春奈はマネージャーとなった悠来から呼び止められた。

「ねえ、冴島ちゃん、ちょっといい?」

 あかり、秋穂との競争を独走で勝利したあの日以降、それまで敵対の目で春奈を見ていた悠来の態度は一変し、異常なほどフレンドリーになった。怜名たちからは、気をつけろと念を押されているが、今一つ春奈には変質の理由がわからずにいた。悠来は続ける。

「再来週の日曜、東都テレビのスポーツ番組が冴島ちゃんを取材しに来るんだって」

「えっ、わたし…ですか?」

「そう。あたしも聞いただけだけから詳しくはわからないけど、龍之介くんが説明するから、あとで監督室来てほしいって」

「龍之介くんって…本城先生…??」

 戸惑う春奈を気にすることなく悠来は続ける。

「はぁ~、テレビ来るならあたしも出れるかな、あっでもメイクばっちり決めなきゃだし、ガチのマジでダイエットしないとまずいかも…あ、じゃあとで龍之介くんとこ行ってね~。シクヨロ☆」

 本題がずれているのも意に介さず、悠来はウッキウキで部屋へ戻っていった。

(ホント調子狂う…井田先輩…)


 監督室へ向かうと、突然本城が手を合わせて頭を下げた。

「忙しい中スマン!取材を受けるつもりはなかったんだが…」

「えっ…じゃあなんで取材されることに…?」

「アレはな…」

 苦々しい顔の本城は、春奈の質問に“白状”しはじめた。


「うちは、男女どちらも長期の取材は受けないことにしている。それは、おまえたち生徒の負担にもなるし、まかり間違えて機密情報の含まれるような場所を撮影されたらまずいだとか、いろいろ理由はあるんだが…」

「それがどうして?」

「ついこの前、テレビ局の関係者が取材依頼に来た時に、井田に応接室へ案内するように伝えたんだ。そうしたらな…」

「井田先輩…ですか?」

「冴島は知らないかもしれないな…井田のお父さんは芸能界のドンって言われてるような人でな。『井田プロダクション』っていう、最大手ぐらいの芸能プロダクションの会長さんなんだ」

「え!?初耳です!」

「やはりそうだったか…井田の奴、テレビ局の人間が来たからいい気になったのか、自分の事も含めてペラペラとプロデューサーさん達に喋ったらしくてな。もう、俺が部屋に入ったときには、すっかり話が出来上がってた、ってわけだ…申し訳ない」


 頭を抱えて憔悴した様子の本城を見て、春奈は呆れ返ってしまった。

(マネージャーって…芸能のマネージャーじゃあるまいし…っていうか『あたしも知らない』とかウソじゃん…本城先生もちゃんとコントロールしてよ、井田先輩のコト…)

 とはいえ、話はもはや決定事項のようだった。しょげる本城に春奈は言った。

「でも、それってわたしがテレビ出たら、秋田学院のアピールになるってことですか?」

「あ…ああ、もちろん、うちの学校のPRにもなるが」

「いいですよ、そうしたらわたし、取材受ければいいんですよね?再来週の日曜」

「冴島…本当に申し訳ない!」


「それで…受けてきちゃったの!?」

 春奈と怜名の部屋に、佑莉、愛、涼子、みるほが集まっていた。春奈の説明に、愛が驚いた様子で答える。

「うん…なんか本城先生も困ってそうだったし」

「…困った人はほっとけへんのやなぁ…」

 佑莉はお人よし、を回りくどく皮肉ったつもりが、春奈はうんうん頷いている。佑莉はガタッ、と崩れる仕草をして怜名と顔を見合わせた。

「それじゃあ、本当にチームのマネージャーじゃなくて芸能マネージャー気取りじゃん」

「それにしても悠来先輩、この前のトライアルから態度が豹変したよね!」

「ていうか、顧問を名前呼びするとかキモくない!?」

「それヤバいよね!何か隠してるんじゃない!?あのふたり…」

 悠来の話をサカナに、噂話が始まりかける。そこへ、

「ていうか、お願いがある…」

 春奈がスッと右手を挙げると、怜名たちを見渡して続けた。


「わたし、人前でしゃべるの、ほんっとうに苦手だから、取材のとき困ってたら助けてほしい…」

「え!?そうなの!?」

「あ、確かに!」

 怜名が手を挙げると、なにやら雑誌を本棚から持ってきた。

「ほらここ…前に取材されてた時の記事なんだけどね」


 ――女子長距離界の新たなプリンセスは、圧倒的な記録にも関わらず謙虚で、報道陣の問いかけに頬を赤らめて下を向いてしまう場面もあるほどシャイだ。そんな、力強い走りとのギャップも、彼女の魅力の一つだろう。


「えぇ…魅力とか…そんなの恥ずかしい」

 記事を見ただけで、春奈は再び顔を赤らめて手で隠してしまった。そんな様子を見て、愛が春奈の肩に手を置いた。

「大丈夫!困ったらわたしたち応援するからさ」

「そうそう!窓の外から手振るから」

「えー!もう困る…本当に部屋の中に一緒にいてほしい…」

「せやけど、せっかくテレビに出るのに恥ずかしがってたら勿体ないで」

「確かに…そうだよね。なんとか頑張ってみる…」

 頑張ってみる、と答えた春奈の顔は、2週間前だというのに緊張で青ざめているように見えた。


<To be continued.>

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