#22 GRATEFUL
【前回のあらすじ】
初めてライブに訪れた春奈たちは勝手がわからず戸惑っていたが、みるほにLUNA∞に関する知識を教わりライブに備える。春奈はツアーパンフレットを見て、JULIAというメンバーのことが目に留まる。いよいよライブがスタート。LUNA∞の迫力のあるライブを目の当たりにし、思わず春奈は感涙する。
――恋は果てしない戦い 絶え間なく続いてく輪舞
この瞬間の想い 届けあなたの元へ
そして天地の間で光る あなたとふたり ためらわずに
メンバーたちは、ステージ上から観客を煽り続け、客席の熱気は高まり続ける。
そして、1曲目が目まぐるしい展開のうちに終わると、そのまま2曲目へと続いていく。
今後は、ギターのフレーズが心地よい、疾走感あふれるナンバーだ。キャプテンのALICEが客席に向かって叫ぶ。
「みんなー!!今日はあたしたちと一緒に、盛り上がろうねーー!」
そして、ALICEの手振りに合わせて、会場が万雷の手拍子に包まれる。
春奈たちも、振りに合わせて大きく手を動かしていた。
「ライブ、楽しいね!」
会場の熱気に少し汗ばんだ様子で、怜名が笑顔を見せる。
「うん!来てよかった、今日!」
宴は熱狂のうちに、あっという間に中盤を過ぎた。後半に入ろうかというタイミングで、この日2度目のMCが始まる。
「みんな、楽しんでる!?」
――オオオオオオ…
「んー?ちょっと疲れ気味かな?もう一回聞くよ、楽しんでますかー!?」
――ウオオオオォ!
元気者NOELLEの煽りに呼応するように、客席からは地鳴りのような声が響いた。NOELLEは、整列したメンバーたちを振り返り、メンバー紹介へと突入していく。お決まりのセリフを発する者、運動神経をアピールする者、話術で楽しませる者―。自己紹介は様々だ。
そのうち、春奈が先ほど目を留めたJULIAの番となった。みるほが春奈を促す。
「ほら、春奈ちゃん、アピールするチャンスだよ!」
春奈はサイリウムをかざすと、歓声に乗せて目いっぱいの声で叫んだ。
「JULIA――!」
すると、JULIAがふとこちらを振り向き、手を振るではないか!
「きゃぁー!」
まさかの“レス”に、春奈は目をハートにして大きく手を振り返した。
「よかったねぇ!」
みるほの言葉も、もはや聞こえていないほど春奈は夢中のようだ。
センターに立つと、JULIAは語り始めた。
「ありがとう、わたしのファンの人たち!みんな、ここから見えるよ!うれしい!」
会場から見える紫とピンクのサイリウムを見渡し、それぞれに手を振っている。
ひと呼吸おいて、JULIAは続けた。
「初めて東北に来て、今日この秋田でのライブ――わたし、とってもとっても、楽しみにしてました」
会場から拍手が起こる。すると、JULIAは目を伏せて再び語り始める。
「実は、最近悩みが一つあったんです――わたし、アイドルに向いてないんじゃないかって…」
――そんなことないよー!と、ファンから声があがる。JULIAは続けた。
「アイドルになる前は、わたし普通の中学生で。ある日、友達がオーディションに勝手に…勝手にっていうと友達に悪いけど、気づいたらオーディションの会場にいたんです」
JULIAの話をニコニコとして聞いていた春奈は、真剣な表情に戻って彼女の話に耳を傾けている。
「自分ではどうしてアイドルになれたのかとか、全然わからないけど、ルナ=インフィニティの2期生オーディションに合格することができて、いまわたしはここにいるんですけど、ずっと葛藤があったんです。――わたしはなんのためにアイドルになったのか」
その言葉に、春奈は息をのんだ。少し前に自分も経験した、なぜ走るのかという葛藤に重なった気がした。
「わたしは歌もダンスも、トークもそんなに上手じゃない…それなのに、アイドルになって、喜んでくれる人なんているのかなって…」
途切れ途切れ、ゆっくりと話は続く。ファンからJULIAへの声援が起こる。
「デビューしてから、今までずっとそう思ってきたんです。――でもね!」
JULIAは笑みを浮かべると、会場を指さした。
「今日初めてきたこの場所で、こんなに私のことを好きでいてくれる…応援してくれる、仲間がいる!」
春奈は、サイリウムを大きく掲げるとJULIAへ拍手を送った。
「わたしがどう思うとかじゃなくて、こんなに喜んでくれる人たちがいるから、わたしはアイドルになってよかったんだって思えたんです。みんな、本当にありがとう!」
再び、会場から大きな拍手が起こる。春奈は、秋田に来ることを決めたあの日のことを思い出していた。
「アイドルも、あんなに笑顔なのに、悩むこともあるんだね…」
みるほがそれに答える。
「アイドルって、わたしから見たらすごい人たちなんだけど、みんな悩んで迷って、でも先に進もうとしてるところに共感しちゃうんだよね…」
春奈がうなずくと、さらにみるほは続けた。
「わたしは、スピードもスタミナもみんなよりないし、それこそ秋田学院に来て正解だったのかなってすごく迷うこともあるけど、悩んでるのわたしだけじゃないって思えたら、なんか日々の練習もがんばれそうな気がするんだ」
そういって、みるほは笑顔になって春奈たちにこう言った。
「今日は、ふたりを連れてこれて本当によかったよ。ありがとう!」
その言葉に、春奈と怜名は笑顔で返した。
すると、ステージ上のJULIAが再び語り始めた。
「お礼…っていうか、この東北の地で温かく迎えてくれたみなさんに、わたしたちからプレゼントがあるんです」
そういうと、JULIAの横にメンバーのARIAとSALAが進み出て、マイクを構えた。
「今日、この会場で初めて歌います。わたしたち3人の曲です。――聴いてください。
『GRATEFUL』」
ドラムの静かなカウントから、ギターによる温かなメロディが奏でられる。
――遠い夢だと思っていた
叶うはずないと思っていた
でも願えばそれは現実になる
それはキミが教えてくれたこと
限りない感謝のコトバをキミに…
ありがとう
ホールの天井からは花びらが舞い、スポットライトがJULIAを照らす。JULIAは目を潤ませているようだが、涙はこぼれてはいない。観衆をじっと見据えて歌っている。
春奈は、歌詞を噛みしめるように、胸にじっと手をあてて曲を聴いている。
アンコールを含め、3時間近いライブが終わった。熱気冷めやらぬ会場で、春奈たちは席から立ちあがれずにいた。
「ライブ、すごかったぁ…」
「まだ、心臓がドキドキ言ってるよ」
「ね!また、秋田に来るときは誘ってもいいかな」
「もちろん!“推し”も見つけたからね」
そういって、春奈は手に入れたJULIAのタオルを掲げて笑顔を見せた。
「ていうか、門限あるから、早く帰らないと」
「そうだね、ここからだったら、それこそ走って帰っちゃう?」
「エーッ、余韻にもうちょっと浸りたいな…あっ」
そういうと、怜名はポケットから携帯を取り出し、メッセージを開いた。
「…ああーっ…もうそんな時期が来ちゃうんだ…まじかぁ…」
「えっ、どうしたの、何があったの?」
慌てる春奈に、怜名は携帯の画面を開いてみせた。陸上部員へは、全体へのメッセージで連絡が行われる。
「萌那香先輩からだ…」
受信日:4月7日 (土)16:59
送信者:進藤 萌那香
題名:第1回A班選抜テストについて
お疲れ様です。
題名の件ですが、選抜テストを水曜日17時より行います。
参加対象の部員は、体調に留意し、万全の状態で本番に臨むようにしてください。
以上
先ほどまでの熱狂はどこへやら、緊張の面持ちで怜名はつぶやいた。
「うわぁ…読まなきゃよかった…どうしよう」
1年生は、中学生の時の3,000メートル自己ベストタイムで暫定的にチームが振り分けされている。春奈は秋穂らとともに現在は選抜チームのA班だが、怜名は選考の結果、わずかにタイム及ばずその他のメンバーが属するB班に振り分けられていた。さらに、みるほは入学前のケガの影響で、リハビリ該当者の所属するC班にいた。
「…」
気まずい状況に、春奈は言葉を失い、怜名に何も言えなかった。
<To be continued.>




