#21 熱狂の時間
【前回のあらすじ】
入学式を迎えた春奈は、母の琴美に怜名と二人での写真をリクエストする。美しい出来栄えに二人は大喜び。クラスも同じ1年D組とわかり喜んでいたのもつかの間、担任が本城と知り春奈と怜名はうんざり顔。入学式後取材対応を終えて疲れていた春奈だが、みるほと一緒にライブに行くことを思い出す。
市民文化会館の前には、物販のテントが並び既にライブの観客と思しき行列ができていた。アイドルのライブと聞いて、男性客が多いかと思いきや、女性ファンの数も多い。
「はえ~…すごい人だね!」
「東北地方でツアーやるの初めてなんだ。みんな楽しみにしてたんだと思うよ。わたしも、超楽しみ」
開演を1時間後に控え、みるほはテンションも最高潮といった様子でグッズを買い漁っている。今日はみるほが――正確にはみるほの母が――チケット代その他一切を負担してくれることから、春奈と怜名は恐縮した様子で後ろをついていく。もちろん、グッズもみるほにおまかせだ。
「みるほちゃん…本当にありがとう」
「いいのいいの!わたしも、ファンが増えるのはうれしいからさ!」
すると、怜名がおそるおそる左手を上げた。
「でさ、みるほちゃん…わたし、ルナ=インフィニティのことまだよく知らないんだ。ライブ前にちょっと教えてもらってもいいかな?」
すると、みるほが鼻息荒く荷物から何かを取り出した。
「まかせなさい!ツアーパンフみんなの分も買ったから、これで予習しよ。あと、タオルとサイリウム!まずはこれだけあれば大丈夫だから」
そういって、みるほはふたりのグッズを分け与えた。ツアーパンフと聞いて、ちょっとしたパンフレットを想像していた春奈だが、実物はかなりずっしりとした写真集のような出来だ。春奈はおそるおそるツアーパンフを開いた。
表紙を開けて、見開きのページを見て春奈は思わず息をのんだ。
濃紺をベースに、きらびやかな装飾をまとったコスチュームを着た20人ぐらいの少女たちが春奈を見つめている。それぞれ、凛とした表情をでそれぞれ思い思いのポーズをとっている。
「うわぁ…スゴっ!」
アイドルはパステルカラーのコスチュームに、満面の笑みでお決まりのポーズをとるものだと、春奈は思い込んでいた。その思い込みを、ルナ=インフィニティはあっさり破壊してきた。
「この子…めっちゃ可愛いし、それにカッコいい!」
そういうと、春奈はセンターポジションにいる少女を指さした。
「この子はMARIAちゃん。いままで出したシングル、全部の曲でセンターにいるエースみたいな子かな。可愛いしダンスもカッコよくて、で人気投票でもいつも一位なんだ」
「そうなんだ!みるほちゃんのおススメは誰?」
「わたしの“推し”は、このNICOLEちゃん。どんなに広い会場でも自分のファンは絶対に見つけて、目線送ってくれるんだ!握手も何回もしたけど、すごいやさしくて素敵なお姉さん、ってカンジかな!それでねぇ…」
みるほの話は止まらない。怜名がレクチャーを受けている間、春奈はツアーパンフを読み進めてみた。が、ページ数が膨大で、とてもこの時間では読み終わりそうにない。さらにページを繰っていた春奈の目に、あるメンバーの写真が止まった。
両手を胸の前で組んで、祈るような視線でこちらを見つめてくる。儚い表情を浮かべていると思えば、ライブ中の写真は高く跳ね、髪を振り乱しながらパフォーマンスしている。さらに、MCと思われる場面では涙を流して、観客に何かを訴えている。
名前は、「JULIA」とある。横には、JULIA本人のサインとメッセージが添えてある。
“私の全身全霊のパフォーマンスを、目に焼き付けていってください!”
「ねえねえ、みるほちゃん、このJULIAって子はどんな子?」
「テレビとか出ても、たくさん喋ったりする感じじゃないけど、すごく気持ちの入ったパフォーマンスする子だよ!ファンのことも一人ひとり覚えてくれてたりするから、すごいコアなファンの人が多くって、近いうちにブレイクするならJULIAちゃんって言われてるんだ」
「へぇー…!なんか、JULIAちゃんのこと気になってきたかも!」
「なら、サイリウムの色を紫とピンクにしておくといいかも!メンバーそれぞれの色のパターンが決まってて、その色でサイリウム振ると見つけてくれるかもよ」
「なるほどっ!」
みるほに言われたように、春奈はサイリウムの色をJULIAのものに変えた。
開演はあと数分に迫り、3人はステージに程近い前方のブロックに腰かけた。
「なんか、緊張してきたかも…ライブどんな感じなんだろう…」
緊張で手がフルフルと震える怜名に、みるほが曲目を解説する。
「アルバムもう聞いてきたけど、最初からもうすごい迫力だよ。今までのアルバムもカッコイイ系だったけど、今回はドラマチックって感じ。わたし、涙出たもん、最初に聞いて」
「え、そういう感じなの?」
「そうそう、想像してるのを、ゴリッと超えてくる感じかな」
「ゴリッと…なんかすごそうだね…」
その瞬間、会場内に若い女性たちの声が響き渡る。
「みなさーん!」
――オオオオオオ!
観客から一斉に声があがり、客席は俄然ヒートアップする。
「本日は、ルナ=インフィニティ ライブツアー『聖戦★SPRING』にお越しいただき、ほんっとうにありがとうございます!わたしたち、ルナ=インフィニティの…」
「AMYです」
「LARAでーす」
「NOELLEです!」
「秋田のみなさーん!開演は、まもなくですよー!」
「もう、盛り上がってくれてますかー?」
――オオオオオオ!
『影ナレ』と呼ばれるLARAの呼びかけに、客席から再び野太い歓声が上がる。やはり、男性客が多いようだ。と思いきや、
「女の子のファンのみなさんもよろしくねー!」
――キャアアアア!
今度は、NOELLEの呼びかけに女性ファンも負けじと嬌声を上げる。メンバーによる、開演前の注意事項の読み上げがしばし続く。
「なんか、すごいね!テンションあがってきた!」
「でしょでしょ!でも、本当にスゴいのは開演してからだからね」
「本番スタートしたら、どうなっちゃうんだろう!?」
いつもはおとなしい怜名も、場の雰囲気を感じテンションが高まっているようだ。
注意事項の読み上げが終わり、メンバーたちのトークへと続いていく。
「ねえねえAMY、わたしたち、秋田にくるの初めてだって知ってた?」
「もっちろーん!秋田の皆さん!…荒ぶる準備は、できてますかっ!?」
――オオオオオイ!
雄叫びにも似た、場内からのひときわ大きな声援が起こる。
「わたしたち、全力で今日のライブに臨むので、…いいかおまえら!
一生懸命、ついてこいよーー!」
盛り上げ番長の異名を取るNOELLEの宣言に、場内はファンの叫び、拍手、サイリウムの波に包まれ、早くも熱狂といった様子だ。
春奈も、初めて経験するライブを前に胸の高鳴りが抑えられずにいた。
影ナレが終わり、会場は再び少しの灯りを残し再び闇に包まれた。開始はあと少しだ。
「さぁ、そろそろ、来るよ…!」
みるほがつぶやいたとほぼ同時に、場内の灯りが全て落ち、一瞬の静寂が訪れる。
ライブの始まりを告げる、軽快なインストゥルメンタルに合わせて激しく様々な色をまとった光がステージで交わる。序曲の始まりだ。
――オイ!オイ!オイ!オイ!
曲に合わせて、ファンがサイリウムを振ると、光の波が会場を包む。
「すごーい!」
観客のボルテージの高まりに、思わず春奈は声をあげた。
横を見ると、おっかなびっくりだが、怜名もサイリウムをかざして動きに合わせている。
「ちょっとまだ慣れてないけど、でも楽しいね!オイ!オイ!」
春奈も、周囲の観客の見よう見まねでサイリウムを振りかざしてみた。目前に迫ったメンバーの登場を待ちきれないように、全身でリズムを取りながら動いている。
(まだかな…まだかな…)
そう思っていると、ドウンッという大きな音とともに序曲が終わる。そして、舞台の中央には、一人のメンバーが立った。その姿がスポットライトで照らさせる。
彼女が、みるほをして「センターポジションでエース」と言わしめたMARIAのようだ。
MARIAは、ホール内を見渡すと、すぅと息を吸い込み、アカペラで歌い始めた。
後方のビジョンに、彼女の表情が大写しになる。一フレーズを歌い終わると、MARIAの目から一筋の涙がこぼれ落ちる。
次の瞬間、MARIAが悲鳴にも似た叫びをあげた。
『――あなたのこと、好き!』
オルガンによる激しい旋律で曲が始まると、そこへ力強いドラムが加わる。ズダダダ、と機関銃に似たリズムを合図に、ギター、ベースの音が重なる。そのバンドサウンドに乗せて、他のメンバーが不規則にステージに現れると、いつしか一つの集団へ進化し、衣装を翻しながら艶やかなダンスパフォーマンスが始まっていく。
アルバムの表題曲でもある、「LOVE WARS」というナンバーだ。シングル曲は予習していたが、アルバムまでは聴き込んでいなかった。シングルの、疾走感ある明るいナンバーのイメージとは一転、暗く激しいナンバーに春奈は驚きの表情を見せる。横のみるほを見ると、
(ね、ビックリしたでしょ)
と言いたげな顔で春奈を見て、再び視線をステージへ戻した。MARIAとシンメトリーの隊列になっているANNAがハモり、その他のメンバーは激しくフォーメーションを入れ替えながら、コーラスのメロディを歌う。
気が付くと、春奈は感情の高ぶりからか涙を流していた。
(なんだろう…この人たち、どうしてこんなパフォーマンスができるんだろう…!)
<To be continued.>




