#20 一本桜
【前回のあらすじ】
3人の激しい争いに、男子部の部員たちも集まりトラックの周囲には人垣ができ始めた。残り400mを切り、再び春奈はスパートを仕掛ける。15分を切るタイムでのゴールに、部員たちからは歓声があがる。その様子を知らない本城がトラックへとやってくるが、あかりはしらを切ってごまかすのだった。
朝から、学院の敷地内は生徒だけでなく多くの父母の姿で賑わっている。入寮から日も経ち、春奈は忘れかけていたが今日は入学式の日だ。それはつまり、久しぶりに母琴美に会える日でもある。新たな制服を身にまとい、春奈は怜名とふたりではしゃいでいた。
「着てみたら、思ってたよりもカワイイよね、うちの制服」
「そうだね!怜名、あとでうちのお母さん来るから一緒に撮ってもらおうよ」
「あ、春奈のお母さん、カメラマンっていってたもんね、楽しみ!」
数日の間に怜名との仲は深まり、お互いを名前で呼び合う関係になっているようだ。
正門の近くへ行くと、タクシーを降り、大きなスーツケースを引いた女性の姿が見える。琴美だ。商売道具を詰め込んだケースは小柄な琴美には扱いに困るサイズだが、そこは歴戦のフリーカメラマンとあって、慣れた様子で運んでいる。
「おーい!お母さん!」
「春奈!お、制服似合うじゃん!隣の子はお友達?」
「初めまして、牧野怜名です」
「怜名は、小田原から来たんだよ。こないだの駅伝も一緒のチームだったし、寮も同じ部屋なんだ」
「あら、怜名ちゃん。同じ神奈川同士、よろしく頼むわね。ちょっと困るとすぐべそべそする泣き虫娘だけど」
「もう、そういうのバラすのやめてよね、ちょっと」
「フフフ…お母さん、よろしくお願いします」
挨拶を終えると、琴美は表情を変え、小声で春奈にささやいた。
「テレビとか雑誌のカメラが、何人か来てる。多分、あんたの取材じゃないかな。この辺にいて取材に来られるのもイヤだろうから、ちょっとあっち行こう。怜名ちゃんと写真撮ってあげるから」
そういうと、琴美は敷地の奥まった方へふたりを連れて行った。
琴美が指さした先には、大きな一本桜があった。
「こんな桜あったなんて、知らなかった」
「プロカメラマンをなめちゃいけないよ、お嬢さん。さっき、タクシーで敷地をグルっと回って調べたんだよ」
「へえ…!春奈のお母さん、スゴイ…!」
怜名が、その大きな目をさらに見開いてびっくりした様子で話す。
「ささ、もう入学式まで時間がないから、ササッと撮っちゃおう。怜名ちゃんのご両親にも大きく焼いて送りたいから、あとで春奈に住所を教えてやってね。さ、モデルさんたち、桜の下に行った行った」
慣れた様子でふたりを桜の下に誘導すると、琴美はカメラを構えてせわしなく動き始めた。すさまじいスピードで三脚、レフ版などの道具をそろえると、何も言わずにシャッターを切り始める。
「え、ポーズとか取らなくていいの?」
「適当に喋ってて。目線が欲しかったら目線をちょうだいって言うからさ。今日、この一瞬は二度と来ないからね。いろんな表情を撮りたいのさ」
そういうと、2人の周りをぐるぐると周りながらシャッターを切っていく。
「怜名ちゃん、ご実家は何かお店をされてるのかな?」
「はい!小田原の国道沿いで魚屋と食堂をやってます。生しらすたっぷりの海鮮丼も出してて、お店の名物なんです!今度、箱根方面に来られるときはぜひ春奈と一緒に来てください」
「うん、行く行く!よくできた看板娘さんだねぇ」
「エヘヘ…」
「おっ!いい笑顔!おばさん惚れちゃうね。ほら、春奈あんたもこっち見て」
決してカメラから顔を離すことなく、シャッターを切り続ける。と、初めて顔を上げると、2人に場所を示した。
「そこにふたりで並んで、できれば何かポーズ撮ってくれる?」
春奈は怜名の肩に腕を回すと、レンズに向かって満面の笑みを向ける。
パシャシャシャ!
ふたりは、琴美のカメラのプレビューをのぞき込む。
「うわぁ…」
青空を優雅に舞うピンクの花びらの中、よりそったふたりがにこやかな表情で見つめる写真だ。怜名はほんのりと頬を染めて、感動した面持ちで写真を見つめている。
「すごい…素敵な写真!ありがとうございます!」
「いいってことよ!後で、親御さん来られたらまた一緒に撮ってあげるよ」
というと、琴美は腕時計をちらっと見やり、春奈に告げた。
「たぶん、入学式の後はテレビのインタビューとかあるんだろう?この後、私もそのまま仙台で仕事があるからさ、そんなに長くはいられない。もしかしたら終わった後は会えないかもね。ちゃんと式の写真は撮っておくからさ」
「そうかぁ…残念…お母さんともうちょっと一緒にいたかったな…」
春奈が口をへの字にしてみせると、琴美は頭を撫でてニッコリと笑った。
「次は、5月に高校総体だろ?その時はまたカメラ構えて見にくるからさ、それまで練習頑張って、体調に気をつけるんだよ。あと、これ」
そう言うと、春奈に大きめの袋を渡した。
「ばあちゃんが持たせろっていうから、持ってきたよ。あんた大好きなのり巻き」
「うわぁ!」
「あと、他いろいろ入ってるからさ、あとで見ておいて」
「お母さん…ありがとう!」
「ほら、そろそろ体育館行く時間だよ。向こう戻ろうか」
秋田学院は、こども園からはじまり大学までを有する東北地方では有数のマンモス校として知られる。高等部の生徒は各学年800人近い規模で、体育館だけでは収まらずに隣接する大学の講堂などに分かれて行われる。
「ほいっ!あ、見て見て!クラスも一緒だ!D組だって!」
「あ!本当だ!やったぁ!…あー、宮司も一緒じゃん…」
「宮司くん…って、あの同じ中学の子?」
「そうそう…あいつ、うっさいんだよね…てか、D組の女子私たちだけだね」
「そうだね」
と、そこへ秋穂が通りかかった。
「秋穂ちゃん!」
「おぅ、何組じゃった」
「わたしたち、D組。秋穂ちゃんは?」
「B組だけん、他に誰もおらん」
「そうなんだ…クラス多いから、結構バラけたのかな」
入学式が始まりはや30分経つが、祝辞だけで何人の来賓が時間をたっぷりと使っただろうか。起立した状態で話を聞かされ続け、春奈はぐったりとしはじめていた。
(いつまで続くの…)
ようやく、一連の話が終わり、クラスごとの担任発表へと移っていく。クラスが多いだけあって、老若男女、教員とみられる姿が多数並んでいる。
アナウンスを担当する職員が、順に担任を発表していく。D組の番を迎えた。
「国際・スポーツ推進コース、1年D組。――本城龍之介先生」
本城がのっそりと座席から立ち、D組の列の前方に立つ。もはや、見慣れた顔だ。
(ええーっ!?)
アナウンスを聞いた瞬間、春奈はのけぞってしまった。後方の座席にいる怜名と目が合う。両手で顔を覆っているが、目だけはこちらを向いて見開いている。同様に、怜名のすぐ後ろにいる宮司琥太郎も頭を抱えている。
(ちょっとぉ!一日中本城先生とか、疲れちゃうんですけど…!)
そう心でつぶやいた瞬間、本城と目があった…気がした。
本城は浅黒い顔で春奈を見ると、白い歯を見せてガハハ、と笑った…ような気がした。
「はあぁ~」
春奈はいかにも疲労困憊といった様子で、寮のベッドに倒れ込んだ。式が終わっても、やってきたマスコミへの取材対応なども重なり、他の生徒たちよりも遅れて部屋に戻ってきた。
別の用事でやや遅れて戻ってきた怜名も、多大な荷物を両手に抱えてげんなりといった様子を見せた。
「まさかの、本城先生かー」
「朝から晩までガハガハ言われたら、なんか調子狂いそうだよね」
「まあ、今日はオフだから、それが救いかな」
「ていうか、春奈、今日ライブだから!」
「あっ、そうだ!」
事前に外出許可まで取って、準備は万端にも関わらず本人が忘れてしまっては元も子もない。春奈は、慌てて支度を始めた。
「どうしよう、何持っていけばいいのかとか、全然わかんないんだけど」
「大丈夫だよ、その辺は今日はみるほちゃんが全部用意してくれるって言ってたから」
「そっか。アイドルのライブかぁ…どんな感じなんだろう」
<To be continued.>




