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#15 昂奮

【前回のあらすじ】

春奈に強烈なライバル心を燃やす秋穂。春奈は根負けして秋穂との勝負に乗るが、ペースを無視したことであかりに叱られてしまう。ところが、そのあかりが持ち掛けたのは3人での勝負。全体練習後に3人での5,000m走のタイムトライアルで決着をつけることに。ウキウキの秋穂に春奈は翻弄されていた。

 聞けば、丹羽みるほは生まれも育ちも東京の渋谷だという。都会育ちらしい、明るい印象を受ける生徒だ。みるほの部屋に通されたふたりはその部屋の装飾に仰天した。

「すごい!一面アイドルのポスターとかグッズだね」

「そうー!私、アイドルのライブも沢山行くし、大好きなんだ」

 そういって、ペンライトや自作のうちわをかざして見せた。女性アイドルグループに夢中になるあまり、部屋の中はグッズで足の踏み場も限られるぐらいだ。

「ほぉー…」

 帰国後、すぐに部活を始めた春奈にはアイドルの知識はあまりないが、飾ってある大きなパネルには、ステージの中で躍動感いっぱいに歌い踊るアイドルたちの姿がある。


「このアイドルの、どういうところが好きなの?」

 怜名の質問に、待ってました!という顔をしてみるほが語り始める。

「アイドルっていつも元気で、明るくて、可愛い!やっぱりそこかな。私が試合で上手く行かなかった時も握手会で励ましてくれたり、みんなで送った声援に応えてくれたり。それで元気をもらえるんだ!」

 そう語るみるほの頬は紅潮し、目はキラキラと輝きをたたえている。


 相部屋だという、同じ東京出身の平野友紀はどちらかというとアイドルというよりはアニメ・ゲームの類が趣味らしく、ゲームを禁止されている寮生活では退屈そうにしているという。今は、趣味の合う別の1年生の部屋へ行っているようだ。そうこうしていると、みるほが部屋の奥から何やら大きな段ボール箱を持ってきて、ふたりの目の前にドカッと置いた。


 中からは、あるグループのグッズや写真が山のように湧いてくる。みるほは目をキラキラさせながら、中身を外へと出し始める。

「この子たちが『LUNA∞(ルナ=インフィニティ)』」っていって、私の超推しのグループなんだ」

「ルナ=インフィニティ??」

 メンバーは、20数名だろうか。キラキラと輝くスパンコールをまとったお揃いのコスチュームが目を惹く。幼い印象を残すメンバーから、上品なメンバー、少し年上のメンバーなどさまざまだが、グループの名前通り「月」を意識したビジュアルのようだ。


 みるほは、ふたりの存在を忘れているかのような興奮ぶりで話を続けていた。

「そう!ダンスがめっちゃ上手で、パフォーマンスがステキ!それで、歌詞も心に来るんだよねぇ…でさ!」

「え?」

「来月の連休中、市民会館にルナ=インフィニティが来るんだけど、ふたりとも一緒に行かない?秋田で会えると思ってなかったんだけど、初の公演があるんだ!あ、あとライブ前には抽選で握手会もあるんだ。チケットゲットしてるから、どう、どう??」

「え!行ってみたいけど、でもチケット代高くて用意できないかも…」

「いいのいいの!私、ファンクラブ家族会員なんだ。私だけじゃなくて、うち、ママもお姉ちゃんもルナ=インフィニティのファンだから。みんな秋田には来れないし、せっかくのチャンスだから、友達と見に行けたらいいなぁって。格安でゲットできるからさ」

「ほんと!?そしたら、1回行ってみたい!みるほちゃん、ありがと!」

 初めてのライブ体験の誘いに、春奈は気持ちが昂るのを感じた。


「それでさ…井田先輩って、どういう人なの?」

 部屋に戻った春奈の質問に怜名は目を伏せて、小声で話し始めた。

「すっごい、裏表の激しい人。本城先生とか梁川先輩とか、自分より実力の上の人にはすごいヘコヘコするけど、実力が同じかそれ以下の人にはすごい強く出てくる…あとは、年下の私たちにも」

「えぇ…」

「悠来先輩の、双子のお姉さん知ってる?」

「ううん…?どんな人?」

井田天そらさんっていって、秋田学院じゃなくて東京の八王子実業っていう高校のエースなんだけど。世代トップのタイムを持ってて、去年、春奈ちゃんが勝った片田さんよりもスピード速いって言われてる」

「え、じゃあ井田先輩も、同じ高校に行かなかったの?」

「問題はそこなんだよね」

 怜名は眉をひそめて、話を続ける。

「天さんは地元の高校から特別推薦を受けて進学したけど、悠来先輩にはそういう話が来なかったらしいのね。だけど、悠来先輩がそんな話認めるわけなくて、『私は優秀だから、私だけ秋田学院に誘われた』『天は成績がよくないから秋田学院には入れなかった』『親は私に期待してるから、わざわざ設備の整っている秋田学院に入れてくれた』って、事あるごとに言って回ってるんだって」

「えぇぇ…」

 基本、人のことをあまり悪く言わない春奈も、怜名の話に顔をしかめて嫌悪感を隠さなかった。

「春奈ちゃん、悠来先輩には本当に気を付けて」

「…何かあったの…?」


「1年生は、本当は16人いたの。だけど、一番最初に入寮した子がいて。悠来先輩と同じ八王子出身の子だったらしいんだけど。初日に挨拶して、その子が八王子から来たって知った瞬間…」

 怜名はゴクリと唾を飲み込むと、声のトーンを落として続ける。

「自分の部屋に連れ込んで、『オマエ、中学の時の私のこと、言いふらしたらどうなるか分かってんだろうな!?』って1時間ぐらいずっと脅して、自分が今この高校でどれだけ力があるかを言って聞かせたって…その子、次の日には具合悪くして、東京から親が迎えに来てそれっきり。辞めてはいないけど、部活に復帰できるかわからないって…」

「ええ…それ、本城先生とか梁川先輩とかは知らないの?」

「悠来先輩は、そういう立ち回りがすごい上手いって聞いた。自分の悪評が出回らないように、周りには口止めしたり、脅したりして先生とかに噂が回らないようにしてる。本城先生の前ではネコかぶってるから、本城先生はそれが悠来先輩の素だって信じきってて、たとえ話が出たとしても悠来先輩の方の立場についちゃうから意味ないんだって…」

「何それ…梁川先輩は…?」

 怜名は、硬い表情のまま嘆くようにつぶやいた。

「一番いいのは、梁川先輩から言ってもらうことなんだけど。気にはなってるみたいだけど、なまじ梁川先輩の前ではいい子ぶるし、自分に対しては悪い面を出さないからって…私も、いつか悠来先輩からターゲットにされるんじゃないかって不安で…」

 話を聞いていた春奈は、怜名の肩をもってニッコリと笑った。

「そしたら、私が圧倒的に勝てば、井田先輩も文句言えないってことだよね?」

「えっ?多分、そんな気はするけど、でも今朝…」

「多分、井田先輩も私が誰かなんてまだ知らないと思う。私が、誰にも文句つけようのない結果出せば、皆のことも守れるんじゃないかな。怜名ちゃんは私が守る」

「春奈ちゃん…ありがとう!」

 春奈の力強い言葉に、怜名は涙を浮かべながらも笑顔で答えた。


 夕食は軽めのメニューで済ませると、春奈はスポットライトに照らされたグラウンドへ移動した。時刻は18時を指す数分前。ウォーミングアップを始めると、暗闇からヒョイと誰かが現れた。

「…アンタか、遅ないか?ウチ、さっきからウオーミングアップしとったぞ」

「てか秋穂ちゃん、どれだけやる気あるの…?」

 秋穂は口笛交じりに屈伸を続ける。

「当たり前じゃ。キャプテンでエースだけん、やる気しかない…」

 そんなことを話しているうちに、あかりがやってきた。


「お待たせ!1年生。さっそくの勝負、はじめましょ」


<To be continued.>

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