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#128 竿燈まつりの夜

 ピンポーン ……ピンポーン

 

 秋田駅にほど近いワンルームマンションの一室に、チャイムが鳴り響く。この部屋の主――ひかるは起き抜けの眠たげな目をこすりながらインターホンを覗き込むと、「解錠」のボタンを押し、玄関の鍵を開けに向かう。扉を開けると、手土産をこれでもかと抱え込んだエミーが現れる。


「もう、ひかるさんまだ爆睡してるのかと思ったよ」


「ごめんごめん、休みの前の日だからと思って、昨日の夜つい深酒しちゃったよ……っていうか、それどうしたの」


 エミーは、その言葉にニヤリと微笑んだ。


「もう、どれ選ぼうか迷いに迷って、1時間ぐらいウロウロしてたよ。えっとね、比内地鶏の手羽の唐揚げに横手やきそばでしょ、あと牛タン焼に焼き鳥に、ハムフライに豆腐カステラにハタハタ寿司…」


「おおお♡」


 小柄な身体に不釣り合いに膨れ上がったリュックから荷物を下ろすと、エミーは最後に一升瓶をドン、とテーブルに置く。


「せっかくだから、今日はこれで乾杯しようよ」


「さっすがエミー! ありがたき!」


 ひかるは待ちきれないといった表情でパンッと両手を合わせてエミーに頭を下げると、リモコンを手にしてテレビを点けた。市内から中継するレポーターは興奮気味に語りかける。


『さぁ、今日から4日間行われる竿燈まつりですが、すでに大通りにはたくさんの人が溢れています! 東北三大祭りとして知られるこの竿燈まつり、今年は例年以上の人出が見込まれるとのことで、この真夏の気候以上の熱気がすでに会場周辺に溢れています――』


 テレビから流れてきた言葉に、朝からエアコンの効いた部屋にこもりきりだったひかるはバルコニーへと一歩進み出たが、あまりの暑さにすぐに部屋の中へ引っ込んだ。苦笑いすると、手土産をテーブルに広げ始めたエミーに訊ねる。


「ちなみに、ココくるまで部員たち誰か見かけた?」


「えっとね、1年のコハルと由理は寮から一緒に出てきたよ。あとは、瀧原ちゃんたちが10人ぐらいで屋台村にいるのは見かけたかな? まぁオフだから、みんな出てくる……そうだ!」


「どしたの?」


「夜、どっか飲み行こうよ。1時間ぐらいお祭り見ながら会場歩いてれば、パトロールにもなるでしょ。寮は、夕方以降は小林先生が奥さんと見ててくれるって言ってたから」


 ひかるは、エミーの提案にパチンと指を鳴らした。


「名案。じゃ、5時過ぎまでは宅飲みで、そっからパトロールがてらわたしたちもお祭り見物といきましょうかね」




 日が暮れ始めると、竿燈に提げられた数多くの提灯が真夏の熱気を含んだ風にゆれる。街のどこからともなく、法被姿の男たちの威勢のよい掛け声が響く。


 ――どっこいしょ、どっこいしょ! どっこいしょ、どっこいしょ!


「うわぁ……、すごい!」


 春奈は思わず、煌々と輝く竿燈を見て感嘆の声を挙げた。その横を浅黒く日焼けした琥太郎と男子部キャプテンの洸陽が歩き、その後ろには怜名がなにやら複雑な表情を浮かべてついてゆく。


「言うても竿燈まつり来てええなんて、今までだったら絶対アカンかったのに、よう解禁なったよな?」


 洸陽が言うと、琥太郎もうなずいた。


「コバセンとひかるさんになってから、こういうトコが変わったよな? あー、オレ、秋田来た頃から来てみたかったんだ、竿燈まつり。な、冴島?」


「そうだね! わたしも、日本のお祭り今までほとんど行ったことないから楽しみ!」


 ニコニコと頷く春奈を横目に、怜名は冷たい視線を琥太郎に向けた。


(……ウソつけって!アンタ、竿燈まつりなんて今までこれっぽっちも興味なかったじゃん!)




「ハァ!? 春奈に告白すんの!? アンタが!?」


「シーッ!! 声がデカいって!」


 琥太郎が鼻息荒く宣言するのを、怜名は冷たくあしらった。琥太郎は、竿燈まつりをネタに春奈を連れ出し、祭りのさなかに春奈に思いを告げようという魂胆のようだ。すでに洸陽にもその根回しを終えたようで、琥太郎は怜名に向き直ると突然土下座した。


「……何やってん……」


「頼むお願いだ! 冴島とふたりっきりになる時間がほしいんだ。洸陽には伝えてあるんだけど、牧野、途中でオレが合図したら、洸陽と一緒にちょっと別の所回っててほしいんだ」


「……」


 怜名は冷たい目で琥太郎を見ている。無言のままの怜名におそるおそる頭をあげた琥太郎を、怜名は呆れた顔をして睨みつけた。


「そもそもそれ、女のわたしに言うこと? それにさ、アンタ告白して成功するって思って言ってる? 前に、春奈と話してなかった? そもそも春奈よりタイム早くなんなかったら、春奈がオッケーするなんて思えないんだけ……」


 怜名の言葉に、琥太郎は目をギラつかせた。


「それなら、心配ご無用」


 そう言って琥太郎は、ポケットから1枚の紙を取り出した。


「……! まじで?」


「マジ。大マジ。この前の記録会で出した」


 琥太郎が示した5,000m走のタイムは、14分36秒。2年半がかりで、ようやく春奈の持つ記録――14分40秒を超えたという。紙をクシャクシャとポケットにしまうと、琥太郎は鼻息荒く両手の拳を握った。


「時は来たんだ。秋田に来て2年半、今回こそオレの気持ちを冴島に伝えるんだ……そういうわけで、牧野、頼むよ」


「はいはい」


 琥太郎はヘラヘラとしながら怜名の肩をポンポンと叩くと、寮の男子棟へと戻っていった。意気揚々と闊歩するその背中に、怜名は心の中で悪態をついた。


(鈍感! ド鈍感! ギネス級の鈍感! みや……琥太郎、おまえ、怜名ちゃんの気持ちに気づかなかったら本当許さないんだから!)




 春奈は、母の琴美からつい先日譲ってもらったという一眼レフのデジタルカメラを取り出して夢中で竿燈に向かってシャッターを切っている。カシャカシャというシャッター音の後、ファインダーを覗き込んだ春奈は納得の出来なのか、大きくうなずいた。


「これ、すごいよく撮れたと思う! ねぇ、怜名、どうかな?」


「あっ、すごーい!」


「さえじ、こんな写真上手やったんな? プロみたいやん!」


 怜名と洸陽は、思わず驚嘆の声をあげた。夜空に揺れる提灯や、勇ましい声をあげ竿燈を掲げる男衆、熱狂する観客たちの表情が生き生きと切り取られている。琥太郎も覗き込もうと、背の高い洸陽の後ろから背伸びをしたが、覗き込めないと分かるとすぐに周りをきょときょとと見回している。



 

「大・迫・力!」


 エミーが思わず声をあげた。ひかるのマンションを出たふたりは、酒も手伝ってか真っ赤な顔をしながら大通りを歩きながら竿燈に目を奪われていた。ひかるも、煌々と輝く提灯をじっくりと眺めている。ふたりが屋台村の方へ歩いていこうとしたその時だ。


「あれ? エミー、ちょっとあそこ見て」


 ひかるが先へ行こうとするエミーを呼び止め、道路の対岸を見るように促した。エミーが目を細めて対岸を見つめると、浴衣姿の4人組が二手に別れてゆくのが見える。


「あれさ……」


 ひかるが訊くと、エミーもうなずいた。


「片や、牧野ちゃんと洸陽。あとは、春奈ちゃんと琥太郎……?」


 ふたりは眉をひそめると、頷いた。


「追うか……」




 察しのいい洸陽は、怜名が不機嫌そうな理由をなんとなく悟ったようだった。洸陽と怜名、そして春奈と琥太郎の4人は、1年生の時に同じD組のクラスメイトだった。その後も、何かことあるごとに集まる仲でもある。


「あのさ、れなっちゃん、あそこのババヘラアイス買いにいかへん……?」


 洸陽は、腫れ物に触るようかのように怜名に訊ねた。だが、怜名は少し寂しそうな笑顔を浮かべて首を振った。


「ううん、大丈夫。多分、あいつらわりとすぐ帰ってくるからさ、ちょっとここで竿燈見て待ってようよ」


 洸陽はその表情を見て、申し訳なさそうに切り出した。


「堪忍な、れなっちゃん。よう知っとると思うけど、コタあいつ、すぐ周りが見えんくなるから」


 洸陽のその言葉に、怜名は共感したのか首を縦にブンブンと振った。


「だよね!? 洸ちゃんもホントそう思うよね? アイツ、そういうとこデリカシーないっていうか、まじで自分のことしか考えてない……」


 興奮したのか、そこまで一気にまくし立てると気まずそうに洸陽を見てため息をついた。


「ごめん。もう、幼稚園のときからずっと知ってるから、アイツのこと。つい、家族みたいに細かいことばっかり気になって……」


 思わず困惑したように顔を赤くする怜名を見て、洸陽は小さくため息をつくと言った。


「コタ、あいつ幸せ者やな」


「えっ?」


「こんなにれなっちゃんが心配してんのに……あいつ、ホンマ鈍感な奴やで」


 洸陽の言葉に、みるみるうちに怜名の顔が真っ赤に染まる。


「えっ? えっ? えっ??」

 



 気になっている屋台があると言って買い出しの名目で首尾よく春奈を連れ出したはいいが、琥太郎の心臓はバクバクと音を立てていた。春奈に緊張が伝わらないようにしていたが、緊張のあまり春奈を置き去りにしそうになり慌てて春奈のそばへと戻る。春奈は、不思議そうに首をかしげた。


「ごめん。ちょっと、これ持っててほしい」


 先に買った分を持って待つ間にも、琥太郎は会計を済まそうとして小銭を道にぶちまけてしまった。


(おおおお、おち、落ち着け宮司、俺、せっかく冴島を、誘い出したのに)


 その様子がおかしいのか、春奈は思わずプッと吹き出した。残りの分を受け取った琥太郎が戻ってくると、春奈は声を掛けた。


「もう買えた? そしたら、怜名と相原くん待ってるから戻ろ……」


「ちょっと待って、話がある」


「えっ?」


 琥太郎は春奈を制すると、屋台が立ち並ぶ表通りから奥まった通りに入った。春奈がきょとんとしていると、緊張を隠さずに琥太郎は一気にまくし立てる。


「冴島さ、前に小田原来た時に話したこと覚えてるか」


「うん……タイム、琥太郎くんがわたしのタイム抜いたら……っていう」


「超えたんだ。この前の記録会。14分36」


 琥太郎の言葉に、春奈の表情がパアッと明るくなる。


「本当に!? おめでとう! 2年ですごいタイム縮め……!?」


 春奈は、琥太郎のタイムが伸びたことを素直に喜んだようだった。その話を続けようとした時、琥太郎が遮るようにすぐ横の壁に手をつく。


「!」


 春奈は思わず驚いて肩をすくめた。目を見開いていると、琥太郎が緊張したまま早口で続けた。


「それでさ、俺、冴島のことがさ……好きな」


 琥太郎は、興奮気味にまくし立てる。その時、




「ごめんっ!!」




 春奈は、人差し指を琥太郎の口元に反射的に差し出すと、目をつぶって顔を背けた。突如現実に引き戻されたのか、琥太郎は驚いた表情で固まっている。春奈はゆっくりと琥太郎の方を向き直った。


「どうして……」


「ごめん……わたしのこと好きって言ってくれるのは……嬉しいけど」


「なら、どうして」


 食い下がろうとする琥太郎に、春奈は首を力なく横に振った。


「この前病気もしたばっかりで、これからチームにちゃんと戻ろうとか、卒業したらどうしようとか……まだ、そんなこと考えられないよ」


「あっ……」


 春奈の言葉に、琥太郎は思わず言葉を失った。春奈の言葉を遮ってでも、と思っていた琥太郎は二の句が告げなくなったのか、照れ隠しにボリボリと頭を掻いた。


「そ、そうだよな! 俺たち、都大路で優勝目指さなきゃだもんな! それに、さ、冴島まだ手術してから半年も経ってなかったし! そうだ、そうだよ! 俺、変なこと言った。ごめん……忘れてくれ! ハハハハハハ……」


「ううん……わたしこそごめん」


 努めて平静を装おうとする琥太郎を、春奈は申し訳なさそうに見つめたまま頭を下げた。




「ほらー、琥太郎、由利牛のメンチカツ買ってくるの遅いってー!」


「そうそう! エミーさんたちにもなんかちょうだいよ」


「えっ、ひかるさんにエミーさん!?」


 思わず琥太郎が叫ぶと、春奈も驚いて口元を覆った。すっかりほろ酔いのひかるとエミーが、いつのまにか怜名と洸陽に合流していたではないか。


「ひっ、ひかるさん、エミーさん、どうしてここに!?」


 春奈が驚くと、ひかるはさも当然とばかりにニヤリと笑みを浮かべた。


「教師ですから、生徒たちの健全な私生活を保全するのも仕事だよ、キミたち。こういうお祭りごとは飲酒、喫煙、不純異性交遊が起こりやすいですから……まぁ、身内だから、不純ってことはないだろうけど、校則は守って楽しく過ごしましょ」


 そう言うと、ひかるは琥太郎をチラリと見やった。まさか女子部の顧問と寮長が待ち構えているとは思わず、琥太郎は顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。春奈も、どこか気まずそうに歩いてゆく。すると、ひかるたちの後ろを肩を落としてトボトボと歩く琥太郎の背中を誰かがポーンと強く叩いた。


「!?」


 琥太郎が思わず振り向いた。怜名が、小声でささやく。


「自分のことしか考えてないからだよ、バカ」


「なっ……!?」


 思わず琥太郎がムッとした表情を浮かべると、怜名は琥太郎に顔を近づけた。


「そういうことは怜名ちゃんがそばにいるんだから、もっと頼りなさいよね、琥太郎」


「まき……いや、怜名……」


 琥太郎が何か言葉を発しようとすると、怜名はふたたび琥太郎の背中を叩いた。

 

「ほら、竿燈が向こうに集まってるみたいだから、早く行こうよ。ひかるさんたちに置いて行かれちゃうぜ?」


 そう言うと、怜名は満面の笑みを浮かべると琥太郎の手を取って急かすように走り出した。



<To be continued.>

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