#126 SHINING STAR
メンバーが出揃うと、一列に並んだ中からキャプテンのALICEが前へ進み出る。ALICEは沸き起こる歓声に心地よさそうに笑みを浮かべると、すうと息を吸い込んで大きな声で叫んだ。
「会いたかったです! 元気でしたか、秋田ーー!?」
ALICEの声に、一気に会場のテンションは最高潮に達する。色とりどりのサイリウムが打ち振られる中、メンバーたちは音楽に乗せて手拍子をしながら、ステージを縦横無尽に駆け回る。元気者のNOELLEがはじけるような笑顔で問いかけた。
「さぁ、ステージの始まりだよ! みんなも声を合わせて! Clap your hands!」
最初は戸惑っていたひかるとエミーも、ルナ=インフィニティのパフォーマンスに釘付けになっているようだ。それを見て春奈はにこりと笑顔を浮かべると、紫とピンクの光を放つサイリウムを高く掲げた。
(ライブって……やっぱり楽しい! なんだか、元気になれそう!)
最初はわずか数人でスタートした小さなユニットは、今や全国ツアーを行うほどの人気となった。エースでセンターのMARIAやALICE、NOELLEといったメンバーは単独でドラマ出演を果たしたり、はたまたモデルとして活躍するなどその活動の場を広げている。その一方で、思うように個人での仕事も増えずにグループでの立ち位置も下がってしまったことを、JULIAは気にしないわけではなかった。
(……だけど)
JULIAは、踊りながら関係者席のあたりを見つめた。うっすらと、紫とピンクのサイリウムが打ち振られているのが見える。明るいステージの上から、その顔は窺い知ることが難しい。しかし、その光を放つ姿はしっかりと視界に入っている。
(見ててね、冴島春奈ちゃん!)
一方、春奈は夢中でサイリウムをかざしていた。興奮するなというのが無理な話だ。思わず、みるほが横を向いて訊ねた。
「春奈ちゃん、大丈夫? ゆっくり座っても大丈夫だよ?」
みるほの言葉に、春奈はいたずらっぽい笑顔で応える。
「みるほちゃん、無理! せっかくライブ来たんだもん、楽しまないと!」
その様子を見ていたひかるも、思わず苦笑いだ。だが、秋田に戻ってきて以来どこか表情が曇ったままの春奈が明るくライブに興じるのを見て、ホッとしたようにエミーに語りかけた。
「……よかった」
「春奈ちゃん?」
「そう。……やっぱり、ずっと元気なかったからね。少しでも立ち上がるきっかけはあったほうがいい。見てごらん。あんなにニコニコして……」
ひかるは、少し感極まったようにも見えた。エミーが覗き込むと、春奈は自ら持参したJULIAのタオルを首にかけ、メンバーたちとのコールアンドレスポンスに応えている。
熱狂のまま、ライブは後半へと入ってゆく。激しいダンスを交えながら歌うメンバーたちもしかり、2時間以上の長丁場を大きな声で盛り上げるファンもまた、ライブの主役だ。春奈は途中少しだけ座席に腰掛けて休憩を取ったものの、それ以外はメンバーたちにずっと声援を送り続けている。
「ひかるさん!」
「んっ、どうした?」
不意に春奈に呼ばれ、ひかるは驚いたように振り返った。
「楽しいです!!」
それだけ言うと、春奈はまたステージの方へ向き直った。身体を絶えず動かして汗をかいたのか、来ていたパーカーを脱ぐとTシャツ姿になってサイリウムを振る。そのパーカーもTシャツも、JULIAのデザインしたというツアーグッズだ。ひかるはふふ、と笑うと、ステージ上で躍動するメンバーたちをみつめた。曲が終わると、MCの時間に入るらしく、メンバーの中からセンターのMARIA、NOELLE、そしてJULIAがステージ上に残る。
「やあぁ、楽しいねぇ、秋田のライブ! 皆さんも、楽しんでくれてますかー?」
ウオオオォォ!
元気者NOELLEの声に、会場から声が上がる。本格的な夏の訪れはまだ少し先だが、真夏を彷彿とさせるような熱気が体育館を包んでいる。スクリーンにメンバーが映ると、NOELLEがメンバーたちに切り出す。
「今日は、この秋田県立体育館に、すごいゲストの人が来てくれてるんだよね、JULIA?」
NOELLEが聞くと、JULIAは大きくうなずいた。
「そうなんです! 実はそのゲストの人、わたしたちの事が好きだって雑誌とかで言ってくれてて、わたしたちもいつもとっても嬉しく思ってるんです!」
誰ー?という声が上がり始める。すると、JULIAは視線を春奈たちの方に向けて何事か話しているようだ。
「んん?」
春奈は耳を凝らしたが、マイクを通していないので声が聞こえない。JULIAは、スクリーンと春奈を交互に指差して、指で四角く形を描いた。すると、春奈は何かに気づいたのか、突然顔を真っ赤にして照れた。
「じゅ、JULIAちゃん、ダメだって! 恥ずかしいよ!」
「えっ、まさか!?」
みるほも、JULIAのリアクションを見て気づいたようだ。JULIAは手を合わせてペコペコすると、NOELLEに訊ねた。
「NOELLEさん、わたし、ゲストの方たちを紹介したいんですけど、いいですか? 多分、秋田のみなさんだったら絶対に知ってる超有名人だと思うんです」
「そうだね! 秋田っていうか、テレビでもよく出てるもんね?」
「えっえっ、ど、どうしよどうしよ!?」
NOELLEたちとは裏腹に、春奈は両手をブンブンと振って恥ずかしがっている。傍でみつめるひかるとエミー、そしてみるほと真輝は、春奈の恥ずかしがる様子が面白いのか、ケラケラと笑っている。ステージ上では、MARIAがJULIAを促している。
「オッケー! JULIA、会場のみんなにもゲストの人を紹介してあげようよ」
MARIAの声にJULIAは大きく頷くと、息をゆっくり吸い込んで手をモニターの方へと向けた。
「では、ご紹介しますね……今日はこの会場に、女子3,000m走と5,000m走の日本記録をもつスーパー高校生、秋田学院高校の冴島春奈選手と、チームメイトの皆さんです! どうぞっ!」
そうJULIAが言うと、スクリーンには春奈たちの姿が大写しになった。
「うおおおおぉ……!!」
会場からはどよめきの後に、大きな拍手が起こる。春奈はずっと照れて顔を覆っていたが、ひかるたちに促されると立ち上がり、ゆっくりと頭を下げた。JULIAと目が合う。
「もう!」
春奈はJULIAに拳骨をする仕草を見せたが、その表情は笑顔で溢れている。会場じゅうから拍手を浴びる春奈を、真輝は呆然として見つめている。
「あの、丹羽先輩……」
「ん、どうしたの?」
みるほが訊くと、真輝はしみじみ感じ入ったようにつぶやいた。
「冴島先輩って、……知ってるつもりでしたけど、こんなに多くの人に知ってもらっていて、こんなに声援が送られる……すごい人なんだなって」
みるほは、黙って頷く。
「やっぱり、わたしの尊敬する先輩です……誰にでも優しくて、真面目で、責任感が強くて……だから、色んな人に愛されるんだなって」
JULIAは、静かに切り出した。
「今日、冴島春奈ちゃんたちにこの会場に来てもらったのは……春奈ちゃんに、どうしても聞いてほしい曲があるからなんです」
春奈は、驚いたようにJULIAを見つめる。JULIAは続けた。
「皆さん、ご存じの方もいらっしゃるとは思いますが、春奈ちゃんは、今難病からの復活を賭けてリハビリに励んでいます」
そう言うと、スクリーンには春奈のこれまでのレースシーンや、闘病を伝えるニュースの動画が流れる。会場は静かなどよめきに包まれる。春奈も、自らの姿を無言でじっと見つめている。
「春奈ちゃんと初めて出会ったのは、1年前のこの秋田でのミニライブと握手会の時でした。わたしも、春奈ちゃんのことはテレビや雑誌で見て知っていて、わたしを推してくれていることを握手会の時に伝えてくれました――」
JULIAは、そこまで言うと一瞬言葉に詰まる。すると、センターのMARIAがJULIAへ歩み寄ると口を開いた。
「JULIAから、ルナ=インフィニティとして春奈ちゃんを応援したい、元気づけたいという相談が少し前にあって。プロデューサーのMADさんたちとも相談して――わたしたちができるのは、歌とダンスで応援することだということになりました。そして今日、冴島春奈ちゃんと、秋田学院陸上部のみなさんを応援する新曲を……披露したいと思います」
「「オオオオオォ!!」」
客席からは、大きな歓声と割れんばかりの拍手が起こる。春奈は驚いて目を見開くと、ステージの上、落ち着きを取り戻したJULIAと目が合う。JULIAはニッコリと微笑むと、再び口を開いた。
「この曲は、春奈ちゃんへの応援の言葉が詰まっています。実はわたしも、歌詞を少し書かせていただきました」
そして、ゆっくりと深呼吸をすると微笑んだ。すると、会場が一瞬暗転する。バックバンドが、走るような軽快なリズムでメロディを奏で始める。しばらくして再び会場が明るくなると、みるほがメンバーを指差して叫んだ。
「春奈ちゃん、あれ見て!?」
「……あれは……!!」
春奈は驚いた表情を見せる。メンバーたちは、それまでの黒いドレスから一変、鮮やかな臙脂色のコスチュームに着替えている。JULIAは言った。
「この曲を、春奈ちゃん、秋田学院陸上部のみなさん、そして、目標に向かって頑張っている皆さんに送ります。新曲、聴いてください。『SHINING STAR』――」
センターのMARIAが、軽やかに歌い始める。ステージを、淡いピンクの光が照らしている。
いつもの街並みを 走るキミの横顔
お気に入りのスニーカーと Favorite Song口ずさんで
その足音が 元気を振りまくよ
気づかないうちに 笑顔が溢れた
走り続ければ いつかゴールにたどりつくから
キミは信じてるって 僕を見て笑ったね
前へ進んでゆく その笑顔守りたいよ
今はたとえ見えなくても 未来はすぐそばにあるから
SHINING STAR!! いつか輝く星になれ
険しくても 遠回りでも 僕はそばにいるよ
SHINING STAR!! くじけそうなその時に
僕と手を取り 駆け出そう 未来へと続く道の向こう側へ
「わぁ……!!」
春奈も、みるほたちも、食い入るようにステージのパフォーマンスを見つめている。すると、歌詞の変化とともにステージが暗くなり、MARIAがしゃがみ込む。
キミは立ち止まって うずくまっていたね
お気に入りのスニーカーを置いて ひとりきりで
その足音が 街並みから消えて
気づかないうちに 涙がこぼれた
「あぁ……」
自らのリハビリにも重ね合わせたのか、春奈は言葉を失った。すると、間奏が終わり、メロディが変化するとMARIAのすぐ後ろで踊っていたJULIAが前に出て、春奈をまっすぐに見つめたのが分かる。
「あっ……!」
春奈は、ここからがJULIAのメッセージだと瞬間的に悟った。JULIAは、春奈から視線を外すことなく歌い上げる。
悲しみの中でも どうか諦めないで
さあ顔を上げて 僕と共に走ろう
この雨の先には きっと待っているよ
鮮やかで美しい あの日夢見た地平線
JULIAがくるりと舞い、再び下がるとMARIAが会場に問いかけるように歌い始めた。
SHINING STAR!! いつか輝く星になれ
険しくても 遠回りでも キミの手を離さない――
SHINING STAR!! いつか輝く星になれ
険しくても 遠回りでも 僕はそばにいるよ
SHINING STAR!! くじけそうなその時に
僕と手を取り 駆け出そう 未来へと続く道の向こう側へ
「セイ!」
MARIAが、観客にマイクを向ける。コーラスの声が聞こえてくると、満足そうに何度もうなずいた。JULIAと肩を組むと、ふたりが春奈を見て最後のフレーズを歌う。
未来に向かい 走り続けよう いつか輝くその日のために
「わぁ……!」
春奈は、万感の思いでステージの上のメンバーを見つめていた。ルナ=インフィニティのファンからも、春奈に対して声援を送られているのが聞こえてくる。ひかるは、春奈の背中を優しくポンと叩くとつぶやいた。
「こんなにたくさんの応援をもらえるなんてね。もちろん、春奈への応援もそうだけど、わたしたちも絶対に勝たないといけないね」
キャプテンのALICEが、春奈たちに呼びかける。
「春奈ちゃん、そして、秋田学院陸上部のみなさん! わたしたちも、全力で応援しています! 一緒に頑張りましょうね!」
春奈はひかるたちと顔を見合わせると、両手を上げて声援に応え頭を下げた。
<To be continued.>




