#12 不穏な朝
【前回のあらすじ】
秋田へ降り立った春奈は、まだまだ雪深い景色を目にして衝撃を受ける。寮では怜名と同部屋だと聞いて安堵する春奈だが、練習に顔を出すと大声で指示を出す本城の姿に圧倒されてしまう。しかも、本城が提示した翌日からのスケジュールはまさに分刻み。想像を超える環境に春奈は不安を覚える。
気づくと、春奈はジャージ姿の女子生徒数人に囲まれていた。
(おいオマエ…ちょっとタイムがいいぐらいで調子乗ってんじゃねえぞ!)
(その態度は何だ、ナメてんのか?)
(何ガン飛ばしてんだよ。ぶっ飛ばされてえのか!)
(おい、やっちまおうぜ、こいつ)
「やめて!」
そう叫んだ瞬間に、目の前は真っ暗だった。夢だ。
カーテンの隙間から見えるグラウンドは、灯りはついているが静まり返っている。時計は午前3時を指していた。自分でも跳ね起きたぐらいの大きな声だった。怜名はスースーと寝息を立てている。起こさずには済んだようだ。
「なんなの…今の夢…」
春奈はそういうと、頭を掻きむしり再びベッドへ身体を沈めた。
先程の夢から、しばらく悶々として目を閉じているだけだったが、いつの間にか再び眠りについていたようだ。しかし、その眠りはけたたましい音でかき消される。
♪ピーンポーンパーンポーン
『学院生のみなさん、おはようございます。起床の時間です。体育会部活動の生徒は、準備を済ませて6時までに所定の位置に集合してください』
「えっ…なになになになに!?」
「もう…うるさい!」
目を覚ました怜名と二人、眠い目をこすりつつ文句を言う。どうやら、これが毎朝のルーティーンだということに気づいた。
「てことはさ…これ、卒業するまでずっとってこと?」
「マジかぁ…」
「こんなのあるって、先生からも一言も聞いてないよ…」
顔を見合わせて、大きな溜息をついた。
「1年生!遅い!集合!」
五分前にトラックに集合したというのに、すでに2年生と3年生は整列をして待機しているではないか。3年生の生徒が怒声をあげる。
「え…はい!」
春奈は慌てて走り出した。1年生の集合場所へ駆け寄ると、足が空回りし、つんのめって転倒してしまった。身体を起こそうとしたところに、甲高い声が響く。
「ねえちょっと、今私の足踏んだでしょ!?」
「は…はい!?」
「あんたが走ってきて、私の足踏んで勝手にこけたんでしょ。痛いんだけど。謝ってくれない!?」
突然速射砲のような文句を浴びせられ、春奈の表情が強張る。声の主の、ジャージの腕のラインを見る。水色――2年生の生徒だ。入部早々だし、先輩だ。ただ、人のいないところをわざわざ走っていたし、足を踏んだ感触もない。春奈は、この生徒が嘘を言っていると即座に判断した。しかし、だ。
「何黙ってんのよ。謝んなさいよ!」
相手はヒートアップして、喚き散らす。まだ真っ暗なグランドにこの生徒の怒声だけが響く。反論したいが、入学早々事を荒立てたくもない。どうする…。春奈が迷っていると、向こうからさらにもう一人の生徒がやってきた。
「悠来!止めなよ。1年生もわざと転んだわけじゃないでしょ」
悠来と呼ばれた生徒は、頬をぷーっと大きく膨らませてフン、と短く溜息をつくと、仲裁した生徒の方を向いて答えた。
「あかり先輩がそう言うならぁ、言うこと聞きますね♪」
猫撫で声を出したかというと、再び春奈の方を向き、
「あんた…覚えときな!」
憎悪に満ちた目つきで悪態をつき、列へと戻った。春奈はそのやり取りを呆然と眺めていた。
(なんなの…この人!?)
1年生の列へ行くと、怜名が心配そうな顔をして迎えた。怜名は小声で続ける。
「大丈夫だった…?春奈ちゃん…」
「大丈夫というか…大丈夫じゃないというか…何?あの先輩」
春奈が訊ねると、怜名は眉をひそめて答えた。
「2年生の、井田悠来先輩」
「なんで、私に急にあんなことを…」
「それなんだけど…あっ、本城先生が来た。…また後で話すね」
春奈は、奥歯をギリギリとかみしめていた。
(夜中の夢といい、さっきの先輩といい…なんなの!?)
「整列――!」
朝礼当番と思しき先輩部員が、大声で叫ぶ。
「気を付け!礼!おはようございます!」
「おはようございます!」
50名を超える部員が一斉に礼をする。春奈も慌てて、それに続く。
「校歌斉唱!用意!」
(えっ!えっ!校歌!?知らないんだけど!?)
春奈が慌てていると、部員たちはのけぞるような姿勢になり待機する。ひとりの部員が、朝礼台脇にあるスピーカーに駆け寄りスイッチを入れると校歌が流れ始めた。生徒は息をすぅと吸い込むと、全員が大声で校歌を歌い始める。
いざ(いざ)集え(集え) この秋田野に
稲穂のように 豊かに実る
たゆまぬ努力と その希望
若人よ 謳歌せよ その青春を
輝く未来に 大志をいだけ
その名ぞ光れ 秋田学院
秋田 秋田 秋田
秋田学院 集いし我等
「体勢直れ!」
校歌もろくに歌えない春奈は格好だけはせめて真似をしていたが、号令に慌てて体勢を元に戻す。校歌が流れる前と同じ、怪訝な表情を崩していなかった。
(なんなの、この流れ…!?)
列の後方にいて様子を伺っていた本城が、前へと進み出る。そして、
「新入生諸君。ビックリしているか?」
本城の問いに、新入生同士が顔を見合わせる。
「おう、了解了解。皆まで言わなくてもわかってる。今、たった数分のこの流れをみて、ビックリするのが普通だな。だが、これが全国を目指す学校だ」
一言一言に、場の空気がピリピリと音をたてるのがわかる。
「俺たちは、普通に部活を楽しむことだけが目的じゃない。全国高校駅伝で優勝するために、全員が切磋琢磨して努力を重ねるのが部活ってもんだ。だから、今並んでいる君たち全員、仲間でもあるがライバルだ」
春奈は、2年生の列を見やった。先ほどの井田悠来が、春奈を睨みつけている。春奈は目線を本城に戻した。
「だが!」
本城が不意に大きな声をあげる。心臓がドキッと音を立てるのがわかった。
「仲間でもありライバル。だが、ライバルは敵ではない!あくまでも、目標は同じだ。ライバルといえども、協力し助け合う。足を互いに引っ張るような真似は許されない」
再び春奈は悠来を見た。口唇を尖らせ、顔を背けている。本城が続ける。
「新入生諸君。君たちが想像している以上に、この世界は過酷すなわちシビアだ。気持ちが折れることも一度や二度では済まないだろう。ただ、先にこれだけは言っておく」
1年生の生徒たちが、一様に唾をゴクリと飲み込んだ。
「俺たちは、同じ目標に向かって努力を重ねる家族だ。何か困ったことがあれば、すぐに俺や周囲に相談してほしい。それが、これから3年間を過ごす秋田での最初の約束だ。いいか?」
「はい!!」
1年生たちが、揃って声をあげた。
本城は続ける。
「これから準備運動を済ませたら、手始めに外周からスタートしていこう。学校から3キロの外周コースがある。新入生は、キャプテンの梁川について外周を走ってもらう。梁川」
本城に呼ばれた梁川という生徒が、1年生の方へ歩み寄ってくる。春奈は目を見開いた。
(この先輩…さっき間に入ってくれた人だ!)
梁川は、切れ長の目を1年生たちに向けると口を開いた。
「キャプテンを務める、3年の梁川あかりです。よろしく」
<To be continued.>




