#124 共に目指す栄光
トライアルは10数人ごとで3組に分けて、5,000mを走り切る。1年生にとっては、長い距離で上級生と戦うことになり不利な状況なのは否めない。それでも、1組目で走ることになった真輝は、同じ組の1年生たちを一瞥するとゆっくりと息を吐いた。スタートラインすぐ横についたあおばが、ピストルを構えて叫んだ。
「それじゃア……1組目、いきまス! On your mark!」
春奈は、ひかると並んで座るとスタートラインの部員たちをじっと見つめている。
パァン!
最初に、スピードに自信を持つ穂乃香が飛び出すと、真輝はすぐ隣を走る怜名、恵理子の横についた。むしろ、怜名が淡々とペースを刻んでいくのを見るや、真輝はスッと怜名の後ろに回り込み、そのペースに従うように進んでゆく。
「様子を見てるんですかね?」
春奈の言葉に、ひかるもゆっくりと頷く。
「5,000は未体験の距離だからね……怜名は終盤まで絶対にペースが崩れないだろうから、引っ張ってもらうのはいい判断かもね。ただ、穂乃香がどこまで飛ばしていけるかによるけど」
そう言って指差した先頭の穂乃香は、後方の真輝たちを気にする様子もなくスピードを上げてゆく。すると、並走を続けていた恵理子が飛び出して、穂乃香の後を追う。真輝は、怜名の背後から飛び出すと恵理子についてやはりスピードを上げていく。ひかるが、ニヤリと笑みを浮かべた。
「コハル、なかなか策士かもね……怜名のスピードが上がらないと見て、さっさと恵理子にターゲットを切り替えたよね。おそらくは穂乃香も中盤以降は落ちてくるだろうから、終盤まで恵理子について……んっ!?」
ひかるが眉をひそめると、春奈が叫んだ。
「り、凜花ちゃん!」
穂乃香、恵理子に触発されたのか、中盤につけていた凜花がぐいとスピードを上げて恵理子たちに迫る。歯を食いしばり、徐々に真輝、恵理子との差を詰めていく。春奈は、思わず顎に手をやった。
「ほのにせよ、凛花ちゃんにせよ、大丈夫でしょうか……」
ひかるは小さく首を捻った。
「気負いがあるのかな。2年生は、3000mのタイムでまだ誰も9分20を切れてないからね。ほのにしてみれば沙佳と恵理子にタイムを抜かれた悔しさもあるだろうし、凜花もちょっとムキになってるかな……」
次の組のスタートに向けてウォーミングアップを続けていた秋穂もやって来て、先頭争いをじっと見つめていたがぼそりと口を開いた。
「ほののスピードが伸びとらん。……そろそろ、コハルと恵理子が追いつくんやない?」
「そうだね……凛花ちゃんは」
そう言って春奈は凜花を目で追う。一気に追い抜くほどのペースで追い上げていた凜花だったが、あと少しで真輝と恵理子の背中に迫ろうかというタイミングで、その背中がじりじりと遠ざかっていく。真輝と恵理子は淡々とペースを刻み、先程まではかなり前方を走っていた穂乃香に追いつこうとしている。
みるほと舞里奈は、タイムトライアルの進行をあおばに任せ、雑務を手分けして行っていた。
「ふはぁ……」
4階まで上がってから各部屋を回って、ようやく2階まで戻ってきたみるほはぐったりとした様子で溜息をついた。郵便物を配るだけでなく、トイレや給湯室の備品を補充したり、廊下の蛍光灯は切れていないかと確認して回ったり、もはや会社員さながらの動きだ。ようやく206号室の前まで来たみるほは、大きな封筒を手にするとあることに気づき、ギョッとした様子で目を見開いた。
「えっ、こ、これ、まさか……どういうこと!? は、春奈ちゃんに伝えなきゃ…!!」
中盤を過ぎ、先頭を走っていた穂乃香は後方へと下がり真輝と恵理子の争いとなった。ふたりとも、顔色ひとつ変えずに淡々とペースを刻んでゆく。特に真輝は、3キロを過ぎてもスタートと全く変わらない様子で走っている。すぐ横を走る恵理子は、ちらと真輝の表情を覗き見る。
(……余裕!)
その余裕ぶりが、憎らしくさえ感じるほど真輝はぴくりとも表情を動かさない。期待のルーキーは、3,000mではすでに恵理子のベストタイムを超える記録を持っている。だが――
(去年1年、わたしだって何もしてなかった訳じゃないんだから……、コハル!)
真輝を見つめる視線が鋭くなる。すると、恵理子はじりじりとスピードを上げていく。
「早めに仕掛けて、真輝ちゃんを揺さぶるってこと……ですかね?」
春奈は首を傾げた。ひかるはふたりのレース運びから視線を離さないまま、淡々と答えた。
「だろうね。でも、コハルはここでヘタれるほどヤワじゃないと思うよ」
それは、恵理子の淡い期待を打ち砕くものだった。恵理子が飛び出してすぐに真輝も追いついたかと思うと、やはり顔色ひとつ変えずにスッと恵理子をかわしていった。終盤にさしかかっても、真輝のスピードは衰えることなくむしろ勢いを増してゆく。
「くっ!」
思わず恵理子は唸った。顔を二度手で叩くと、前方へ進んでゆく真輝の背中を追っていく。
「行った!」
最終周に入り、カーブを抜けてバックストレートへ進み出ると真輝は一気にスパートをかけた。恵理子も追いすがるが、真輝の方に分があるのは明らかだ。加速したまま最後のコーナーに入り、一度ちらと後方を見やるとラストスパートのスイッチを入れる。
「「コハル! コハル! コハル! コハル!」」
待機している他の部員たちから歓声が上がる。そのまま表情を変えずにゴールすると、走ってきた方向を振り向き頭を下げた。
「ナイスランだったよ!」
春奈が声を掛けると、ようやく真輝は少し表情をほころばせた。しかし、すぐに口を開いた。
「冴島先輩と一緒に……優勝したいので! 今日は頑張ろうと思って……」
努めて冷静に、真輝は言葉を選んだ。だが、春奈が手を握り笑顔を見せると、ついその口元が緩む。嬉しくてたまらないといった様子で春奈を見ると、真輝は頭を下げた。
「ありがとうございます! 頑張ります!」
「春奈ちゃん、ちょっといい?」
「? どうしたの??」
2組目が始まってすぐ、みるほに声を掛けられ春奈は振り向いた。不思議そうに見つめると、みるほは興奮した様子で春奈の手をぐっと握った。
「春奈ちゃん、大変! 春奈ちゃん宛に、MAD松戸から手紙が来てるんだけど!!」
「マッド…松戸さん?」
春奈が再び不思議そうに首をかしげると、みるほは拳を握ってぶんぶんと手を振った。
「MAD松戸って、ルナ=インフィニティのプロデューサーで、アペックスレコードの創業者の人! 春奈ちゃん宛に、MAD松戸から直接手紙が届いてるの」
「えっ、ええっ!?」
<To be continued.>




