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#11 波乱のスタートライン

【前回のあらすじ】

病院で意識を取り戻した春奈は、泣きながら他のメンバーに詫びる。病院へやってきた本城に、チームで優勝を目指すことの喜びを知ったと話す春奈。神奈川チームで一緒に走った牧野怜名と共に、秋田学院への進学を決意する。卒業式から数日後、空港には琴美に別れを告げ秋田へと旅立つ春奈の姿があった。

 数カ月ぶりに降り立った秋田の光景に、春奈はごくりと唾を飲み込んだ。


 空に垂れこめた重厚な雲の隙間からは青空が覗いているが、3月も下旬というのに、秋田空港の周辺はまだまだ雪が積もっている。たまに大雪になるとはいえ、関東のそれとは比較にならない。ロビーの外の山々を見つめて、春奈は肩をすくめた。


「まだ大雪だし、寒いじゃん…」

 もうすぐ春、という自分自身の常識が外れたことを、春奈は猛烈に悔やんだ。


 手元には、琴美が注意書きを加えてくれた空港の案内図があった。帰国して以来――生まれてからデンバーで10数年を過ごしてきた身には来日、というニュアンスのほうが近いか。東京や横浜の繁華街をひとりで歩いたこともない春奈には、空港の中を抜けるのも一苦労だ。大きな荷物に手こずりながら外へ出るが、吹き付けるまだまだ冷たい風にラフに巻いていたマフラーを思わずぐっとひきずり上げる。

 小さく溜息をつくと、春奈は止まっていたタクシーへと乗り込んだ。


 (こ、こんな遠くだったっけ…)

 上がり続けるメーターと、果てしなく感じる高校までの雪道に春奈は徐々に焦り始めた。運転手に残りの距離を訪ねようとしたその時、タクシーは寮のある敷地へと入っていった。


 ガッチャッ。


 トランクから荷物を降ろしていると、背後から聞き覚えのある声が聞こえた。

「春奈ちゃーん!お疲れ様ー!」

 声の主は、都道府県対抗女子駅伝でも一緒になった牧野怜名だった。

「あー、怜名ちゃん!」

「大変だったでしょ、飛行機」

「うん、飛行機もそうだけど、空港で迷っちゃって…」

「荷物片づけたら、夕方まで時間あるから少し休みなよ。あ、そういえば!」

「なになに?」

「わたしたち、同部屋だよ!307号室!」

「うそ!ホントに!?やったー!よろしくね!」


 中学を卒業したばかりのふたりが嬌声をあげて喜んでいると、咳払いが聞こえた。

「そごの姉っちゃたぢ…トランク中のバッグどごおろしてぐれねぇが…次んとごさ行ぐんだ」

 訛りがきつく、早口の運転手だ。意味が分からずにおろおろしていると、運転手はバッグを無造作に降ろしてタクシーに乗り込んでいった。春奈はポカーンとしていたが、何かを思い出して怜名に訊ねた。


「え、まさか、他の人たちも秋田弁なのかなぁ?」

「ううん、そうでもない。っていうか、秋田弁の人ほとんどいないよ」

「えっ?」

「わたしたちみたいに、県外からくる人がほとんどなんだって」


 秋田学院は東北地方でも有数のマンモス校だ。特にスポーツ推薦で入学してくる生徒は、ほとんどが関東や関西の有力選手たちだ。スキーやフィギュアスケートなどのウインタースポーツ関連の部活であればまだ地元の生徒もいるが、野球や陸上などは地方からこの地にやってくる生徒が圧倒的に多い。とある部活では関西出身者が大半を占めるため、関西弁が共通語としての役割を果たしているという。


「そうなんだ…1年生は何人ぐらいいるのかな」

「春奈ちゃん、それ、聞いちゃう?」

 怜奈が表情を曇らせる。


「え?」

「1年女子だけで、わたしたち込みで15人もいるんだって…そのうち、3,000メートルの記録が10分未満が半分…わたし、やっていけるかな…」

「えぇ…」

「先に来てた子たちともちょっとずつ話すようになったんだけど、毎年進級のタイミングでタイムトライアルがあるんだって…その時までに指定のタイムクリアできないと退部になっちゃうっていう噂が…どうしよう」

 青ざめた顔で話す怜名の様子に、いつもは楽天家の春奈も表情を硬くする。


 タイムの面でいえば、春奈は15人の新入生の中でトップだ。とはいえ、慣れない寮生活の不安がぬぐえないところに、新入学ムードも吹っ飛ぶような噂だ。落ち込む怜名に春奈は声をかけた。

「ま、まぁこれからまだ時間はあるわけだし!とりあえずほら、部屋に入らなきゃ!」

「そ…そうだね!まずは先生と寮母さんに挨拶に行かなきゃ!」


「オラオラオラ!お前らボーッと走ってんなよ!周りの奴ら蹴落とさないと、他の学校の連中となんて競争できねぇぞ!ほら追い込め追い込めぇ!ガハハハハ!」


 トラックのど真ん中で馬鹿でかい声を張り上げる本城の姿に、春奈は2歩、3歩と後ずさる。

(本城先生、あんな人だったっけ…)

(ううん、こっち来て初めて知った…めっちゃビックリした…)

 慌てて怜名に確認するほど、過去数回の本城とは別人のようなキャラクターだ。すると、本城がふたりの姿を見つけてのそのそと歩いてやってきた。


「ようこそ、秋田学院へ!」

 毛むくじゃらの大きな手を差し出して春奈と握手を交わすと、本城が続ける。

「遠かっただろうから、夕方までは自室でゆっくり過ごしてくれ。設備の使い方は、寮母のマサヨさんに案内してもらうといい。17時からはキミら1年生を上級生に紹介するので、寮の1階にある多目的スペースに集合してくれ。17時半から食堂で夕食、食休みしたら19時からはトレーニング、20時からは入浴…」

 30分刻みのスケジュールを、よどみなくツラツラと諳んじる。すでに春奈は本城の話すスピードに追い付けずクラクラとしていた。そこへ、

「明日からは朝練が始まる。5時半起床で6時にトラック集合だ。よろしく!」

「は…はいッ!」

 表情を崩すわけにはいかなかったが、内心、ギョッとして本城の目を見る。


(ええーッ…!?5時半起床で6時スタート…!?ウッソでしょ!?)


<To be continued.>

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