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#10 決意、はばたく

【前回のあらすじ】

審判員を振り切り、コースを大きく蛇行しながらもなんとか前へと進む春奈。続く4区には、中学の先輩にあたる琴音が待ち構えている。タスキを届けたい一心で、残り300m地点からペースを持ち直した春奈はなんとか琴音へとタスキを繋いだが、その場で崩れ落ち意識が途絶えてしまった。

「―春奈ちゃん、春奈ちゃん!」


 自分の名前を呼ぶ声に、春奈は目を覚ました。春奈を呼んでいたのは、神奈川チームの中では、唯一春奈と同じ中学生でレースに出場した牧野怜名まきのれなの姿だった。周囲には、同じ神奈川チームのメンバーが春奈を取り囲むように立っている。

「わたし、先生呼んできます」

 そういって、怜名は部屋へ飛び出していった。しかし、

 (…部屋?ここは何の部屋?)

 ついさっき、タスキリレーを行ったはずの春奈には状況が一瞬つかめなかった。だが、周囲のメンバーが口々によかったね、大丈夫?と話しかけてくることで、自分がなぜ今ここにいて、どうなっていたのかを察した。


「駅伝!駅伝、どうなりましたか!?」

 慌てて春奈は周囲のメンバーに問う。すると、

「冴島さん、目を覚ましたか」

 神奈川チームを率いていた、横浜文化大学の監督が部屋へと入ってきた。春奈は監督を質問攻めにし始める。

「タスキ、ちゃんとつながりましたか!?わたし、何位でリレーして、最後何位でゴールしたんですか!?その…えっと…本当にごめんなさい!」

 一気にまくしたてると、わあああぁと声をあげて春奈は泣き出した。傍らにいたチームキャプテンの佐野史織が、春奈を抱きかかえるようにして落ちつける。


「大丈夫、ちゃんとタスキはつながった。冴島さんがタスキをつなげてくれたおかげで、神奈川チームは無事完走だ。最終順位は12位だ」

「12位!?…優勝できなくてごめんなさい…区間賞取れなくてごめんなさい…」

 順位を聞いてさらに涙をこぼす春奈に、1区を走った堀内美乃梨が語りかける。スタート直後に痛めた足は、骨折こそなかったが腫れあがり松葉杖姿が痛々しい。

「そんなこと言ったら、わたしなんてスタートしてすぐ転んで迷惑かけちゃったし。悔しい気持ちわかるけど、春奈ちゃんひとりの責任じゃないよ。私もごめん」

 そう言うと、美乃梨は頭を下げて詫びた。史織が続ける。

「春奈ちゃん、昨日の話覚えてるかな」

「え…」

「駅伝は一人でやるものじゃないよ、って話。この順位は9人みんなの結果。たとえ誰かの結果が不本意だったとしても、ほかのみんなでカバーできる。もし、カバーできなかったとしたら、それはみんなが結果として受け止めて、次のレースに生かせばいい」

「史織さん…」

「たとえひとりだけ区間新記録が出せたって、他のメンバーがダメならダメ。駅伝はそういうスポーツだから。だから、気にしちゃダメだよ」

「そうだよ、冴島ちゃん、ちゃんとタスキつなげてくれたじゃん」

 春奈がタスキリレーを行った、4区の逢沢琴音もにこやかに語りかける。

「冴島さん、初めての駅伝でよく頑張ったよ!」

「そうだよ、これからもレースあるんだから」

「あの寒さで、初めての駅伝だからしょうがないよ。本当によく頑張ったね」

「最後の最後で、春奈のガッツ見えたよ。今度は一緒に走りたいな」

 高校生、大学生、社会人の先輩メンバーが、口々に春奈を励ます。春奈はやっと笑顔を見せた。

「皆さん…ありがとうございます!」


 極限まで冷えていた身体も、早急な措置により大事には至らず、夜食で出されたスープを口にできるほどに体調は回復していた。春奈の様子を見届けて、ほとんどのメンバーは帰途についたが、同じ中学生の牧野怜名だけは病室にとどまっていた。

「本当によかった…春奈ちゃん」

「怜名ちゃんありがとう…ごめんね」

「ううん、だってわたしたち一泊して戻る予定だったし、大丈夫だよ」

 身長が150センチそこそこの春奈と比べても、さらに小柄で色白の怜名は、一見同い年には見えないほどだった。だが、他県のランナーとの競り合いにも負けず、順位をキープして最後のランナーに見事タスキをつないだという。

 怜名が、窓の外を眺めてつぶやいた。

「先生おそいな…さっきこっち向かうって電話くれたんだけど」

「先生?」

 春奈がそう問い返すと、それと同時に野太い声が病室の入口から聞こえる。

「おお!冴島さん、大丈夫か?牧野さんも付き添いありがとう」

「え?本城先生!?」

 姿を見せたのは、秋田学院の監督、本城龍之介だった。


「どうして、ここに」

 目を丸くして春奈が尋ねると、本城は頭をポリポリと掻いた。

「今日は、秋田チームの監督で来てたんだがね」

 秋田チームの監督として選任された本城は、他のチームの監督同様に関係者席から戦況を見守っていたが、異変に気づき、レースを終えると慌てて春奈の入院する病院へやってきたのだという。

「わざわざすみません、ありがとうございます」

「礼には及ばんよ。秋田にも来てもらっているし、赤の他人ではないからね。それに…」

「それに…?」

 春奈がキョトンとした顔で聞き返すと、なぜか怜名が口を開いた。

「春奈ちゃん、実はねわたし、秋田学院に入ることになったんだ」

「えっ!」

 春奈は身体にまとっていた掛け布団をガバッと跳ねのけて、大げさなほど驚いて見せた。

「今日走ったランナーの中では、いま在学している選手が3人、大学や実業団で活躍している選手が15人いるんだ。さらに、推薦枠で4月から入学が決まっている中学生が5人」

「おお…」

 陸上名門校だけあって、口をついて出てくる選手の名前は春奈でも知っているような有力選手ばかりだ。春奈は驚きの表情のまましばし固まってしまった。

 本城は、にこやかな表情を引き締めると春奈に訊ねた。

「今日のレース、自分ではどうだった?これから、どうしていこうと思う?」


 アクシデントのあった直後の選手に問う質問としては、自省を促すようにも聞こえるシビアな問いかけだった。傍らにいた怜名も緊張のあまり、広げていた両手をギュッと握る。

 春奈は先ほどとは一転、冷静な口調で話し始めた。

「大変な…レースでした。でも、」

「でも」という言葉に、本城の眉毛がぴくりと動く。

「今まで、部活の中だけでは知れなかったこと。それは、チームワークとか、コンディションの整え方とか練習方法とか…わたし、今までは練習らしい練習をしてこなかったんです。だから、今回のレースは、これだけ苦しい結果になったのだと」

 そういうと、春奈は一瞬表情を曇らせた。しかし、

「でも、さっきチームの皆さんとお話して、こんな貴重な経験ないな、って!」

 そう語る春奈は、笑顔だった。

「正直、この前秋田に行って、その時はまだどうしようとか、考えたことなかったんです。普通の進路選択ぐらいの気持ちでいたんです。でも、今は違うんです。みんなで一緒に頑張って、一番にゴールテープ切って、みんなで喜びたいなって!」

 話を聞いている怜名も、春奈につられて笑顔を浮かべる。

「走るのが早いからって何が楽しいんだろう。って、大会に出始めたころは思ってました。でも、駅伝って、こんなに楽しいスポーツなんだって思えてきて。だから、自分の記録ももちろんもっと伸ばしてみたいですけど、チームで優勝を目指すの、なんか楽しいと思うんです」

 本城も、春奈の明るい表情につられて思わず笑顔になる。春奈はさらに続けた。


「わたしも、進路決めました。…たった今!」




 中学校の校門は華やかな飾りで彩られ、次のステージにはばたく卒業生とその保護者たちであふれていた。もらったばかりの卒業証書を手に、春奈はキョロキョロと母の琴美を探していた。

「あっ、いた!お母さん!」

 琴美の姿を見つけると、春奈は全速力で駆け寄る。


「おめでとう」

 そう春奈を見つめる琴美の目は、すでに涙をたたえていた。

「ええ、なんで、もうお母さん、泣かないでよ…」

 口ではそう言いながらも、春奈もすでにポロポロと涙をこぼしていた。

「この、泣き虫娘…」

「なによもう、人がちょっと寮に入るぐらいで…もう…」

 二人は、涙でぐしゃぐしゃになった顔をお互い見合わせて笑った。

「ついこの間、生まれたばっかりだと思ってた娘が、もう親元を離れるなんてねえ…お父さんもきっとビックリしてると思うよ」

 そういって、琴美は空を見上げた。

 夫であり、春奈の父である浩太郎が世を去ってからまだ2年とたっていない。貿易会社の経営者として、アメリカを拠点にして世界を行き交うなど働き盛りだった浩太郎は、ある日の仕事中に立ち寄ったドライブインの車内で意識を失っているのが発見され、その場で死亡が確認された。急性の心筋梗塞だった。

「あっという間に、家族が離れ離れになってしまう…」


 琴美が寂しげにつぶやいたのを聞いたか、春奈は、やおら琴美の頬をつねった。

「あ、あ痛たた、春奈あんた、何するの」

「ダメだよお母さん、そんな顔したら。お父さんが悲しむよ。別に、ずっと会えないわけじゃないんだから」

 またもや涙があふれそうになるのを必死にこらえながら、春奈は続ける。

「だってお母さん、わたしが走ってるところ撮ってくれるんでしょ」

 プロカメラマンの琴美もまた、ライフワークとする自然や動物の写真を撮り続ける傍ら、人気モデルの写真集を担当するなど名の知れた存在だ。

「わたし、お母さんみたいに、誰かに夢を与えられるようになりたいんだ」

 少しビックリしたように見つめる琴美に、春奈は一つおねだりを企てる。

「つぎ、わたしが記録出したときは、わたしの写真集撮ってほしいな」

「えぇ~? …いいよ、約束ね」

 そういって、「指切りげんまん」を親子で交わした。


 その数日後、キャリーバッグを手に春奈たちは羽田空港にいた。


 秋田行きの便の搭乗開始を告げるアナウンスがロビーに流れる。琴美とのしばしの別れを前に、春奈は名残惜しそうにしていたが、掲示板を見上げると琴美のほうへと向き直った。

「じゃあ、お母さん、行ってきます!」

 そういって、両手を広げると目いっぱいの力で琴美を抱きしめた。

 慌てる琴美だが、春奈の頭をひと撫でして感慨深そうにつぶやく。

「いつの間にか、こんなに背が伸びて…次ハグするときはもっと大きくなってるんだろうね」

「期待しててね!もっと立派に成長してくるからさ」

 そういうと、琴美とガッチリと握手を交わした。


「頑張ってくるからね!」


 満面の笑みで手を振ると、春奈は搭乗口のほうへと歩いていった。

 琴美は、その姿が見えなくなるまでずっと手を振り続けていた。


<To be continued.>

中学生編をお読みいただき、ありがとうございます。

次回11話からは、駅伝の強豪・秋田学院での日々がスタートします。

親元を離れ初の寮生活、果たして春奈の運命は――?

引き続き『いつか輝く星になれ』をお楽しみください!(あんじょうなほみ)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 陸上の長距離がテーマになる作品も珍しいですよね。興味深くキリが良いところまで拝読させて頂きました。 何も知らないままでの順調な出だしから、上手くいかない経験まで含めて、読ませるような構成…
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