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#104 気まずい時間

 スタンドで待つ部員たちの目に、先頭で競技場に入ってくる臙脂のユニフォームが見える。5区を走る秋穂は、4区までのリードをさらに広げ危なげなく先頭をキープしている。2位を走る秋田西の姿は、まだ現れていない。秋穂は、スタンドに陣取る関係者たちを見つけると右手でガッツポーズを作り、最後のコーナーに入るところでスピードを上げた。


「秋穂! 秋穂! 秋穂! 秋穂!」


 部員たちの声が徐々に大きくなると、会場で見守る観衆からの拍手も大きくなる。そのままの勢いを保って秋穂がゴールテープを切ると、大きな歓声が競技場を包んだ。


『ただいま秋田学院の5区、高島選手が1位でゴールしました。秋田学院高校、12年連続13回目の全国女子高校駅伝への出場を決めました。先程のレースでは男子も優勝を飾っており、これで12年連続して秋田学院がアベック出場ということになります!』


 会場のアナウンスに、臙脂のジャージを纏った部員たちの声がまた一際大きくなった。




 その日の夜の寮は昨年までのような派手な祝勝会もなく、普段の生活とほぼ変わらない光景が広がっていた。春奈たちは、マサヨさんが用意してくれたケーキを食べ談笑しながら、多目的ホールでニュース番組を眺めていた。


「みんな、スポーツコーナーそろそろやるよ!」


 春奈のその言葉に、部員たちはテレビの前に集まった。


『今日秋田市内では、12月の全国高校駅伝に向けての予選となる秋田県高校駅伝が開かれ、男女ともに秋田学院が優勝し、男子は18年連続24回目、女子は12年連続13回目の出場を果たしました』


「「イエーイ!!」」


 部員たちが歓声を上げるが、一美がさっと人差し指を口に当ててそれを制した。


「しーっ! これから、他の出場校のことやるから、ちょっと静かによろしくってことで」


 一美の声を待っていたかのように、アナウンサーが切り出す。


『そして、今日は男女ともに47都道府県の出場校が決定しました…』


 画面に、都道府県ごとの出場校が表示されていく。男子の紹介が終わり、アナウンサーが女子の出場校を読み上げると、ひとつひとつの地域ごとに部員たちの叫び声があがる。


------------------------------------------------------------

 北海道 旭川大山 (3年ぶり6回目)


 青 森 山川学園 (2年ぶり21回目)

 岩 手 盛岡学館 (2年ぶり8回目)

 宮 城 仙台共和大高 (11年連続20回目)

 秋 田 秋田学院 (12年連続13回目)

 山 形 望海大山形 (2年ぶり8回目)

 福 島 福島産 (9年連続14回目)


 茨 城 水戸城北 (3年ぶり9回目)

 栃 木 白嶺大佐野 (初出場)

 群 馬 日新学院 (11年連続14回目)

 埼 玉 白鳥学園 (8年連続18回目)

 千 葉 成田商 (9年ぶり6回目)

 東 京 大泉女子 (初出場)

 神奈川 市立青葉 (3年ぶり2回目)


 新 潟 新潟明倫 (3年ぶり5回目)

 石 川 金沢実 (20年ぶり2回目)

 福 井 越前商 (2年ぶり5回目)

 山 梨 桐峰大塩山 (8年連続13回目)

 長 野 日東大松本 (初出場)


 岐 阜 関女子 (5年連続7回目)

 静 岡 沼津翠嵐 (4年連続7回目)

 愛 知 豊田第一 (2年ぶり9回目)

 三 重 津南 (5年ぶり2回目)


 滋 賀 大津東 (4年連続10回目)

 京 都 京都鹿鳴館 (11年連続14回目)

 大 阪 浪華女子 (18年連続18回目)

 兵 庫 姫路女学館 (14年連続16回目)

 奈 良 奈良明智 (初出場)

 和歌山 和歌山稜北 (4年ぶり3回目)


 鳥 取 鳥取中央 (2年ぶり11回目)

 島 根 浜田学園 (5年連続8回目)

 岡 山 楊明館 (9年連続16回目)

 広 島 東広島 (5年連続8回目)

 山 口 下関学園 (2年連続10回目)


 徳 島 吉野川商(2年連続2回目)

 香 川 香川女大附観音寺 (3年連続9回目)

 愛 媛 新居浜東陵 (5年ぶり2回目)

 高 知 南国 (3年連続3回目)


 福 岡 筑紫野学院 (2年ぶり12回目)

 佐 賀 佐賀清翔 (20年ぶり2回目)

 長 崎 長崎総合 (2年ぶり5回目)

 熊 本 熊本総合 (4年ぶり10回目)

 大 分 大分学院 (5年連続8回目)

 宮 崎 日東大日南(2年ぶり5回目)

 鹿児島 桜島女子 (13年連続13回目)

 沖 縄 牧志(14年ぶり2回目)

------------------------------------------------------------


『青森の山川学園は昨年の途中棄権から復活し、2年ぶりに都大路へ戻ってきます。同じく山形の望海大山形は、昨年の出場校・酒田国際に競り勝ちこちらも2年ぶりの出場を決めました』


 (シラ…)


 酒田国際が敗れたという報せを聞き、春奈の表情が曇る。一方で、昨年まで山川学園の中等部に所属していた沙佳は神妙な面持ちで画面を見つめていた。


『そして、東京大会ではここまで3年連続出場だった八王子実業が敗れるという波乱がありました』


「えっ!?」


 思わず春奈や怜名たちが驚きの声を漏らす。


『八王子実業を破って初めての都大路行きを決めたのは、私立の大泉女子。留学生のシルビア・ヌデレバと2年生エースの大貫芽里(おおぬきめり)がそれぞれ区間賞の活躍で、高校陸上界屈指の実力を持つ井田天率いる八王子実業を下しました』


 一美も呆然とテレビを見つめていたが、アナウンサーの言葉にハッとして表情を一変させた。


「大貫…芽里」




 中間テストを終えた金曜日、寮へ戻ってきた春奈は大きく伸びをしてため息をついた。食堂へ戻ってくると、用意されていたオレンジジュースを一気に飲み干してソファーへ腰掛ける。今日の午後と明日土曜日は、ひかるからの指示で休養日となっていた。


「あ、サエコおかえり」


 2階から下りてきた一美が声を掛ける。春奈は慌てて姿勢を正すと、一美の方を向いた。


「あっ、濱崎先輩、お疲れさまです」


 春奈が答えると、一美はそのまま近づいてきてすぐ真横に座ると訊ねた。


「サエコ、明日何か予定ある?」


「えっ? いえ、特に何もないですけど…」


 そう答えると、一美はぐっと顔を近づけて手を合わせた。


「明日、ちょっと付き合ってほしいんだけど、時間もらっても良いかな?」


「は、はい、大丈夫ですけど…」


「ありがと! じゃあ、それで決まりだね。わたしが案内するからさ、9時に玄関に集合ってことで」


 そう用件だけ伝えると、一美は足早に去っていった。


「…?」




「何の用事なんだろうね? そういえば、一美先輩って誰かと遊んでるイメージないよね」


 怜名も、一美の一件を聞いて首を傾げた。


「うん…わたしも、濱崎先輩と部活以外のことで話すの、初めてだからどうしようかなって」


「そっか…あと、一美先輩、もう進路決まったのかな?」


 怜名の言葉に、春奈はある光景を思い出していた。


「この前、ひかるさんと濱崎先輩で話してたけど…どうなったのかな」




「お待たせ。じゃあ、行こうか」


 一美は大きなギターケースを担ぎ、手には大きな袋を持って現れた。


「どうしたんですか? そのギター…」


「内緒にするほどのものでもないんだけど…ちょっと後で、聴いてほしいものがあるんだ。まぁ、後で全部わかるってことで」


 それだけ言うと、一美は学校のすぐ近くのバス停へと向かった。その間、ふたりの間に会話はない。秋田駅行きのバスに乗り込んでしばらくすると、一美がようやく口を開いた。


「急に時間もらってごめんね、サエコとゆっくり話したことなかったからさ」


「そう…ですね」


「何か…話しづらい?」


 一美が聞くと、春奈は気まずそうに口を開く。


「いや、そんなことはないですけど…濱崎先輩と…普段部活のこと以外でお話することないので…何を話したらいいのかなって」


 一美は、苦笑まじりにつぶやいた。


「だよね…多分、わたしも部活のこと以外で話すのがあんまり得意じゃないから…ただ、せっかく一緒に部活やってるのに、サエコとたいして話もしないまま卒業するのも、なんか…寂しいなって」


「濱崎先輩…」


 春奈を見つめると、一美はひとつため息をついた。


「…高校卒業したら、陸上辞めるんだ」


「えっ!?」




 バスを下り、ふたりは小さな音楽スタジオへとやってきた。中へ入ると、一美は担いでいたケースからアコースティックギターを取り出し、マイクの前に座る。


「すごい…! 濱崎先輩が歌も歌うんですか?」


 春奈が訊ねると、一美は照れくさそうに笑った。


「一応ね…寮ではギターだとうるさいから、たまに休みの時にこうやってスタジオ借りて練習してたんだ…だから、あんまり他の子と遊びに行ったりしなかったってわけ」


 そう言いながら一美はチューニングをして試し弾きすると、顔を上げた。


「サエコ、ガブリエラ・バーグマン好きでしょ? あの子の曲を何曲か弾いてみるから、感想を教えてほしいんだ」


 全米ヒットチャートで人気を集めるガブリエラ・バーグマンは、春奈もデンバーに住んでいた頃から好んで聴いていた女性シンガーソングライターだ。春奈が拍手を送ると一美はうなずき、ギターをトントンと叩くと曲を奏で始めた。




 3曲を弾き終え、春奈が大きな拍手を送ると一美は顔を赤らめて照れた。話が卒業後の進路に及ぶと、春奈は目を見開いて驚きの声を上げた。


「えっ、じゃあ、まだ就職先も決まってないってことですか?」


 一美は静かに頷いた。弟の高校進学を機に、陸上を引退するのはもちろん、大学進学もしないという。一美はバツが悪そうな表情を浮かべながら切り出した。


「実業団からも誘ってもらったんだけどね…これからは音楽をやっていきたいのと、ゆくゆくは自分でなにかお店もやってみたいなと思って。だから、最初はバイトからでもいいかなって」


 そう言って、一美は持ってきた袋からランチボックスを取り出した。


「これ、どうしたんですか?」


「マサヨさんにお願いして、寮長室のキッチンを貸してもらったんだ。はい、クラブハウスサンドとポテトフライ。うまくできたか自信はないけど、ちょっと食べてみて」

 

 一美のお手製というクラブハウスサンドを口にすると、春奈は目を輝かせた。


「おいしい…! えっ、濱崎先輩、料理も上手なんですね! すごい!」


 春奈のべた褒めに、一美は一層頬を赤くして照れた。幼少の頃に両親が離婚し、母親に女手一つで育てられた一美は料理もお手の物だ。


「料理もそうだし、ファッションにも興味があって、音楽も自分のライフワークとしてやって行きたい。となると、もう何年も待ってられないし、わたしが自立すれば母さんもラクになるかなって…だから」


 そう言うと、一美は春奈をじっと見据えた。


「わたしはサエコみたいにスピードもないし、ひかるさんやあかり先輩のようにリーダーシップもない。みんなをまとめる力もない…でも、自分の好きなことに対する信念と、目標に向かっていく力だけは負けない。ひかるさんから、ちょっと聞いたんだ。少し前に、サエコが将来について悩んでるって」


「濱崎先輩…」


「アドバイスなんてできなかった…サエコは、わたしなんかよりもっともっと大きな目標に向かってる…だけど、サエコにもやりたいことはあるって…」


 一美は、ギターケースに視線を落とした。ケースの真ん中には、一美が書いたものか、白いマーカーでなぐり書きのように綴ってある。


“Dreams come true!!”


「わたしが今サエコに言ってあげられることはない…けど、卒業したらわたしは絶対に夢を叶える…もし、それをサエコがどこかで見つけた時に、少しでもサエコの勇気になれるようにわたしは頑張ろうって思う…」


 春奈は、熱っぽく語る一美の手を取った。


「濱崎先輩…ありがとうございます。わたしも、自分の夢を諦めずに頑張ります。今度の都大路…絶対に勝ちましょうね!」


「もちろん!」


 一美は力強く頷くと、手元の腕時計を見て春奈に訊ねた。


「サエコ、”everything you are”歌える? せっかくだから、ちょっとセッションしようよ」


「えっ、わたしが歌ってもいいんですか? もちろん、お願いします!」


 春奈は笑顔で頷くと、一美の弾くギターの旋律に合わせて楽しげに身体を揺らして歌い始めた。さっきまで感じていた気まずい時間は、どこかへと消え去っていた。




<To be continued.>

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