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#101 ドンカン

「怜名、春奈ちゃん、そろそろ起きなさーい」


「ん、んーっ」


 春奈は眠そうに目をこすりながら起き上がると、傍らで小さく寝息を立てている怜名のことを二度三度とさすった。


「怜名、起きよう、もう朝ごはんの時間だって」


「ん? ふぁーっ、春奈、おはよう…」


 怜名もやはりまだ寝たりないのか、大きなあくびをして春奈の方を向いた。インターハイも終わり、つかの間の練習休みを利用して春奈は小田原にある怜名の実家へと泊まりに来ていた。ちょうど琴美は撮影の仕事で大阪へと出かけ、祖母の文美もお盆ということで、長兄の暮らす新杉田の家へと出かけていて不在というタイミングだった。蒸し暑い部屋だからか、秋田の少し涼しい夏に慣れてしまった春奈は汗をかき、思わず手元のうちわを取った。


「あら、春奈ちゃん汗かいちゃった? よかったらシャワー浴びてきたら?」


 怜名の母・佐和子の言葉に、春奈は頷くと手元の着替えを持って立ち上がった。


「ありがとうございます! じゃ、ちょっと浴びてきます!」




 「なんか、こういうの初めてだからわたし楽しみ」


 ワンボックスカーの中で揺られながら、春奈は笑顔を見せた。佐和子の運転する車内には春奈と怜名、そして琥太郎が座っている。怜名の持ってきた菓子をつまみながら、一行は小田原厚木道路を北上していた。


「怜名のお母さん、わざわざ車出していただいてありがとうございます」


「いいんだよ、せっかくの夏休みだから楽しんでおいで。夜になったら迎えに行くからさ、入口のところで待ち合わせよう。怜名、お母さんそれまでは愛川のおばさんの家に行ってるからさ、何かあったら連絡ちょうだい」


「うん、了解! おばさんによろしく伝えてね」


 そうこうしている間に、車は一般道へと下りた。相模川を超えると、一行は大きなジャンクションの近くにある駅の近くでハザードランプを灯し停車する。


「あれ? ここどこ?」


 春奈が首をひねっていると、琥太郎が口を開いた。


「涼矢先輩と、社家(しゃけ)の駅前で待ち合わせなんだ。ほら、あそこ見てみ」


「えっと…あっ!」


 琥太郎の指差す先には、3年生の涼矢が立っている。黒のTシャツに白のハーフパンツ、胸元にシルバーのネックレス、そしてローファーという出で立ちにサングラスという涼矢は、およそ高校生とは思えない雰囲気を醸し出している。思わず、車内の女子ふたりはどちらからともなくつぶやいた。


「うーわ、チャラっ…」


「新田先輩、めっちゃチャラい…」


「…誰がチャラいって? あっ、牧野さんのお母さん、おはようございます」


 ふたりの騒ぐ声が聞こえたのか、涼矢は怪訝そうな表情で車に乗り込んできた。春奈たちは手をパタパタと振り、慌ててその場を繕った。


「ちゃ、チャラいなんてそんな…ねぇ? 怜名?」


「そ、そうですよ、ちゃ、チャラいのはアロハ来てきた宮司の方が…おい宮司!」


「えっ、俺は何も言ってねーからな! おい、まき…」


 琥太郎が言いかけると、怜名は琥太郎の足をサンダルのヒールでぐいと踏みつけた。


「あだだだだ!」


 怜名はアカンベーの仕草をすると、琥太郎を睨みつけて小声で言った。


「余計なこと言うなよな! …バーカ!」


「ちょっ、…!?」




「じゃあ、6時にここに来るから。暑いから皆気をつけるのよ」


「「はーい!」」


「で、怜名と春奈ちゃん、これ…」


 不意に、佐和子が車の窓を開け、ふたりに紙の包みを差し出した。


「わぁ!」


「えっ、怜名のお母さん、これどうしたんですか?」


 包みの中には、春奈と怜名、ふたり分の色鮮やかな浴衣が収められている。


「春奈ちゃんのお母さん、いつも試合がある時は怜名の分の写真まで撮って送ってくれるのよ。ウチはどうしてもお店の仕事があるからなかなか見にも行けないし、お母さんに会えるタイミングもないからせめてと思って…春奈ちゃん、お母さんによくよくお礼を言っておいてね」


 琴美は主要な大会に顔を出すたび、春奈だけではなく一緒に出場した部員の写真も一緒に撮影して春奈に送ってくる。春奈は都度その写真を部員たちに渡しているが、怜名は入学式の写真をパネルにして送った縁もあり、定期的に牧野家に写真を直接送っている。佐和子の言葉に、春奈は誇らしい気持ちになり胸がいっぱいになった。


「はい…母もきっと喜ぶと思います! 浴衣、ありがとうございます!」




 一行は、夕方に相模湖の湖畔で花火を見ることに決めた。佐和子の手渡した浴衣は直前に温泉に入った後に着替えることにして、荷物を預けた春奈たちは、遊園地のアトラクションに向かうことにした。


「あのさ、どのアトラクションから行く?」


「うーん…わたし高いところ苦手だから、観覧車とか…おあっ!?」


「!?」


 琥太郎が広げた遊園地のマップを覗き込んでいると、後ろから見ていた涼矢が春奈の手を取り、さっさと歩き始めたではないか!


「行こう、冴島さん」


「えっ、ちょっと、新田先輩! あああああ」


「「ええっ!?」」


 琥太郎と怜名があっけに取られている間に、涼矢は春奈の手をとりどんどんとお目当てのアトラクションへ進んでゆく。


「あ、さ、冴島…」


 あわよくば春奈の手でも握ろうと目論んでいた琥太郎は、涼矢のまさかの行動に思わず固まってしまった。


(おまえ…女子を放っておくなっつうの!)


 琥太郎を冷ややかな視線で見つめていた怜名は右の頬をプーッとふくらませると、強引に琥太郎の手を取ってつかつかと歩き始めた。


「なっ、ちょっと、おまえ、どうしたんだよ!?」


「ここで突っ立ってたってしょうがないでしょ!? ほら、涼矢先輩行っちゃったから、わたしたちも行くよ!!」


「おま、ちょ、待てよ、おい、れ…牧野!」




「きゃああああああああああーーー!!!」


 遊園地に、春奈の甲高い悲鳴が響き渡る。なんとかアトラクションの上までは昇ってこれた4人だったが、ただでさえ高所恐怖症の春奈と琥太郎は下を見た瞬間に動けなくなり、床にへたり込んでしまった。


「しょうがないなァ…じゃあ、冴島さん見ててよ。俺、あのベル鳴らしてくるから」


 涼矢はそういって空中に飛び出した鉄骨の上を何の緊張もなくさっさと渡ると、その先にあるベルをいとも簡単に鳴らしてみせた。


「「おおおおぉぉ!!」」」


 戻ってきた涼矢は、床にへたり込んでいる琥太郎を見てニヤリと笑みを浮かべた。


「コタ、行けるっしょ?」


「いやいやいやいや! 俺、足がすくんじゃって無理っす!」


「琥太郎くん、無理しないほうが良いよ!」


 思わず、春奈もへたり込んだまま琥太郎に声を掛ける。すると、


「じゃあ、わたしが行く」


「「ええっ!?」」


「牧野さん?」


 そう勢いよく立ち上がり鉄骨の上を歩き出した怜名だったが、数歩進むと吹きすさぶ強い風に足がすくみ、その場にしゃがみこんでしまった。


「………」


「れ、怜名!? 無理して行かなくてもいいんだよ!? 大丈夫!?」


 春奈が思わず叫ぶと、鐘の方を向いて固まっていた怜名がぐい、と振り返り3人を凝視する。


「……」


「…牧野?」


 一瞬の静寂ののち、怜名がすっくと立ち上がる。


「うおおおおおぉ!!」


 鉄骨の上を脇目も振らずつかつかと歩いてゆくと、ベルの取っ手を掴んで腕を大げさなほど振った。


 カラーン…カラーン…カラーン…


 軽やかなベルの音がアトラクションに響き渡ったことを確認すると、怜名はすり足のごとく鉄骨の上を慌ただしく戻ると、春奈の元へ駆け寄り抱きついた。


「怖かったあああぁぁぁぁぁ」


「れ、れな、頑張ったね! すっごく頑張ったね!! カッコよかったよ!!」


 涼矢と琥太郎は、その様子をポカーンとしたまま見つめていた。




「ふわぁーっ! いいお風呂!」


 ひとしきりアトラクションを周り、春奈と怜名は昼食の後浴衣への着替えも兼ねて温泉に入っていた。温泉に入らないという涼矢と琥太郎は、腹が減ったのか食事処でさらに何かを注文しているようだ。


「新田先輩たちも入ればいいのにね、温泉」


「いや、男ふたりで入らないでしょ…っていうか」


「うん?」


「春奈さ、涼矢先輩のことどう思ってるの?」


「え? …どうもこうも…別に」


「えっ!?」


 驚いた怜名は、思わずお湯を春奈に掛けてしまった。春奈は首を振ってお湯を拭ったが、怜名の方へ向き直ると改まって口を開いた。


「優しい先輩だなとは思うけど、好きとかは別に…それより」


「えっ」


「怜名こそ、琥太郎くんのこと好…」


 そう春奈が言い終わらないうちに、怜名は目の高さまで温泉に潜ると、慌てて数歩後ずさった。


「ちょ、ちょちょちょ春奈何言ってるの!? わたしが宮司のこと好きだなんてそんなこと…わ、わたしメイク時間かかるから先に出るね!?」


 怜名はそう言ってタオルで隠す間もなく、脱衣場へ逃げるようにそそくさと湯船から出ていってしまった。


「……」


 怜名が顔だけでなく、胸のあたりまで真っ赤に上気しているのはきっと温泉のせいだけではないと春奈は即座に悟った。




「おおおっ…キレイじゃん!」


 浴衣姿に着替えた春奈たちを見て、思わず涼矢と琥太郎は声を上げた。日は徐々に暮れ、セミに替わりヒグラシの鳴き声が聞こえ始める。小さい頃から浴衣を着る機会が多かったという怜名は、着付けもお手のものだ。春奈の着付けやセットまで怜名がすべて行ったのだという。


「牧野、着付けんの上手だよな」


「へへっ、れなちゃん着付け得意だもん」


 感嘆の声を漏らす琥太郎に、怜名は得意気に笑みを浮かべてみせた。




 しばらくして佐和子と合流した春奈たちは車に乗り込み、相模湖から少し高台にある民家の駐車場で花火が始まるのを待っていた。


「ここのお家、毎年駐車場をお借りしてるの。ここからでも花火がよく見えるから」


 冷房の効いた車内で弁当を平らげた春奈と怜名は、温泉を浴びた効果もあってか涼しい車内でうとうととし始めた。


 ドーン!


「おい、冴島、牧野、花火始まったぞ!」


 大輪の花火が、相模湖の真上にいくつも咲く。涼矢に手を引かれて花火を眺める春奈は、思わず声を漏らした。


「キレイ…」


 春奈が生まれ育ったアメリカ・コロラド州の州都デンバーでは、大晦日の夜に大きな花火大会が行われる。春奈は、大輪の花火を眺めながら、子供の頃によく見たデンバーの夜景を思い出していた。琥太郎と怜名はしばらく車のサンルーフを開いて花火を眺めていたが、琥太郎が涼矢たちのことに気づくと、怜名に声をかけた。


「牧野、俺たちも行こうぜ」


 そう言って琥太郎は、怜名の手を取った。怜名は思わずドキリとして琥太郎を見たが、琥太郎は涼矢に寄り添って花火を見つめる春奈のことが気になっているようだった。


(…相変わらず…ドンカンなんだから)


 怜名が思わずむくれると、突然琥太郎が振り向いた。


「ありがとな。涼矢先輩との段取りしてくれたり、お母さんにお願いしてくれたの牧野だろ? 俺、何もしてなくてゴメン。楽しかった」


「あっ…」


 予想もしていなかった言葉に、怜名は思わず赤面して言葉を失った。すると、


「あれ? どうした? 温泉入ってのぼせたのか? なんか冷たい飲み物取ってくるわ」


 琥太郎のオトボケに、怜名は琥太郎のおでこを目掛けてデコピンを食らわせ、一言つぶやいた。


「バーカ」


「へっ、何がバカだって? おまえ、感じ悪っ…」


「空耳じゃない? わたしそんな汚い言葉は使いませんからー! ほら、宮司、早く春奈たちの方行かないと、花火終わっちゃうぜ?」


「ああっ、マジだ、ほら、行こうぜ牧野」


 そう言って再び琥太郎が手を取ると、怜名は自分の顔がポーッと熱くなるのを感じた。




<To be continued.>

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