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年越し

 カラン、カラン、と遠くから鐘の音が響く。年越しを祝って、教会の鐘が鳴らされているのだ。年が変わると言うことは、一年、生き延びたと言うことだ。またこれから本格的に冬になる。その前に、最後のお祝いでもある。

 繁華街では騒がしくしているけれど、静かに過ごすのもけして珍しくない。寒いのもあり、早々に引き上げて二人は家でゆっくりとしていた。


「年が変わったみたいだね。明けましておめでとう」

「そうですね。明けましておめでとうごさいます」

「じゃあ、食べようか」

「はい……本当にこのまま食べるんですか?」

「伝統だからね」


 年越しをしてすぐに、穀物と豆を茹でてマッシュして塩だけかけたものを食べる。年越しをしてすぐであるほど、その年は食べるものに困らず幸福になれるというものだ。

 塩だけで、調理法も茹でて潰すだけなので、大して味もなく美味しくはない。当然魔力もないので、ナディアにとってもあまり価値はないけど、やめるほどのこともない。


「うーん、魔力のない味のない物を食べるって、すごく違和感です」

「まぁ、縁起物みたいなものだからね」


 大量に食べる必要はないので、すぐに食べ終わる。

 外ではまだお祭り騒ぎなのだろう。と言っても、他に伝統と言うものはなく、ただ夜通し出店のある文字通りのお祭りなだけだ。外は寒いし、若者ばかりで出会いを求める側面もある。家族のあるものは家でおとなしくしておくのが定石だ。

 と言っても、ヴァイオレットは独り身でも近年はずっと家にいたが。あとは日の出を拝み、教会へ行き昨年着用していた衣類を一つ渡すのだ。

 教会は日の出から午後まで衣類と喜捨を受け付け、夕方にまとめて清めの行事を行うのだ。身に着けていた布製品であればなんでもよく、一年でたまった厄を、衣類にうつして教会で清めてもらうと言うものだ。ついでに幸運を引き寄せる札や、健康を願う札などの神の加護を賜っているお守りを一定の喜捨、要は売っていて販売期間は年明けからの10日間で教会の稼ぎ時でもある。


「さて、まだ早いけどどうしようか」

「日の出を見るのは、宮に行くんですよね? その中でも遠いんですか?」


 年を開けて最初の日の出を見ると、幸運に恵まれる。また恋人同士で見ると一年間の強い絆になると言われている。後半は後付けの気もするが、これも伝統行事である。

 この街で日の出を見られる場所はそう多くない。街をでてすぐ東側には森があるので、地面からでは木々の上から日が昇る形になるので、日の出としてはあまり見えにくいし、深夜に外に出るのはまず危ない。

 なので基本は、この街を囲う塀の上か、街の中で高層の建物だったり山になっている場所の住宅だったりの、塀の外が見える建物になる。


 塀は元々、上から外を警戒できるよう広い通路上になっていて人が乗ることはできるが、もちろん無制限とはいかない。有料でも多少はあぶれてしまう。なので他に見られる手段があれば、可能な限り他を利用することが推奨されている。

 それは例えば教会の鐘突き台や、高い位置にある貴族の家の天文台だったり、王宮内の研究所だったり、だ。


 なのでもちろんヴァイオレットは城の研究棟で見る予定だ。ちゃんと申請しておけば、職員本人はもちろん、家族カードを作っている身内は決まった場所だけだが入れる。


「場所は、ナディアがいたルロイのあたりではなくて、そこからちょっと歩くよ。でもそうだね、1時間くらい前に出れば十分くらいかな。時間は確か、7時くらいだったかな」

「そうですか。じゃあ、ちょっと早く、5時半くらいに出れば十分ですかね」

「そうだね。そのくらいかな」

「じゃあ、マスターはいったん寝られたほうがいいんじゃないですか?」

「うーん、そうだなぁ」


 身支度をする時間を考えると、だいたい四時間くらいは眠れる計算だ。毎日ならともかく、昨日はいつもより多く寝たので、十分すぎるくらいだ。

 だけどなんだか、もったいない気がする。初めてのナディアとの年越しなのだ。と言っても特に何もすることはなく、日が変わっただけで昨日と何が変わったわけではない。

 それでも、確かに、こうしてナディアと家で一緒に新年を迎えている。それは特別なことに感じた。


「……」

「? どうしました?」


 机に頬杖をついたまま、じっとナディアを見ていると、不思議そうに首を傾げてカップを置いた。そっと左手を伸ばして、ナディアの頬に人差し指をはわせ、口元にかかっていた髪を一本払う。


「髪、食べてたよ」

「あ、ありがとうございます」

「ふふ……」

「……寝ないんですか?」

「うーん、なんだか、もったいなくて」


 素直な気持ちをそのまま言えば、ナディアも同意するように苦笑した。


「まぁ、気持ちはわかりますけど。こんな風に年を越すなんて、なんだか、夢心地ですから」

「うん……。ね、手を繋いで、一緒に寝ない?」

「一緒にですか?」

「うん。子供みたいに、添い寝したいな」

「ふふっ。いいですよ。それじゃあ、私がお姉さんみたいに、添い寝してあげます」


 今日はキスはなしで。ただ傍に居たい。そんな気分だった。ナディアに茶化されても、むしろ嬉しくなってしまう。純粋に甘えたいなんて、そんな恥ずかしいこともナディアなら笑わずに優しく受け入れてくれるってわかっているから、躊躇いなく言うことができる。


「じゃあ、今だけ、お姉ちゃんだね」

「んっ……え、ちょっと、もう一回呼んでください」


 ……あれ。ちょっと反応が思っていたのと違う。とりあえず言われた通りにしてみる。


「ナディアお姉ちゃん」

「……いいですねっ。ちょっと、やっぱり添い寝と言わず、もっとちゃんと一緒になりません?」

「なりません」


 興奮してきたナディアが体を寄せてきたけど、肩に手を置いて押し返して否定する。と言うか、ふざけたヴァイオレットも悪いけど、ナディアは正式に女の子ではないのだから姉でもないし、姉と呼ばれて喜ぶものなのか?

 いや逆に、今までそう言う呼び方は存在しなかったからこそ、面白がっているのだろうか。


「今日は添い寝してよ」

「うーん、わかりました。今日は諦めます」


 危ない。新年にともない、ナディアの新たな扉を開けてしまうところだった。気づかれないよう封印しておこう。


 入浴は済ませているので、歯を磨いてから、ヴァイオレットの布団で横になった。ナディアは本格的にお姉ちゃんぶりたいらしく、横向けになってヴァイオレットのお腹のあたりをポンポンしながら寝かしつけてくれた。









 早めについたはずだけど、研究棟の天文台の最上階は結構な賑わいだった。講義で使われる時でさえ30人程度しか使わないので、倍はいるだろう今はそこそこ圧迫感すら感じられる。


「おう、来たか。あけましておめでとう」

「やあ、ルロイ。あけましておめでとう」

「あけましておめでとうございます」


 当然職場の人間も多い。ルロイが声をかけてきたが、それ以外にも久しぶりの人間もそれなりにいるし、挨拶ぐらいはしておかないと。それは一応、ナディアにも言っておいたので、離れないよう隣にぴったりと寄り添ってもらっている。


「隣の彼女が、噂の? 紹介してよ」

「わ、ルー先輩。はい、こちら、私の婚約者のナディアです」


 勢いよく肩を叩いて驚きながら振り向いて、何とか紹介する。先輩研究者の一人で、はいってすぐに一応教育係としてついてくれた人だけど、変わり者が多い中でも変わり者の先輩だ。ここは慎重に対応したい。ナディアはお行儀よくお辞儀で挨拶する。


「ナディア・アリエフです」

「うーわ、可愛い」

「えっ、ヴァイオレットさんの婚約者!? めちゃくちゃ美少女じゃん!」

「ちょっと、近い」

「え、あ、すみません。えっ、過保護っ。意外、でもないか」


 聞きつけた後輩が無遠慮にナディアの顔を覗き込んできたので、掴んで離させた。のけぞって謝罪したけど、相変わらず失礼な後輩だ。仕事の後輩としてはそれなりに可愛いところもあるのだけど、ナディアには合わせたくなかったタイプだ。

 ていうか、なんで今年に限っているんだろう。だいたい、研究者なんてほぼ変わり者なんだから、独り身は例年殆ど日の出見に来ないのに。


「ヴァイオレットさん来たの!? 私も婚約者見たい!」

「やっと来たか!」

「え、な、なにこの反応。ナディア、ちょっと下がろう」

「あ、はい」


 慌ててナディアの肩を抱いて部屋から出る。ふぅ、と息を吐きながら振り向くと、ドアから廊下を覗き込むようにしてめちゃくちゃ人がいた。


「……みんな何してるんですか? もうすぐ日の出ですよ」

「そんなんどうでもいいだろ! こっちはお前が美少女を手籠めにしたって言うから見にきてんだぞ!」

「は、はー? ちょ、み、見世物じゃないんですけど!? ていうか、手籠めとか言うな!」

「いいから見せてよ、! けちけちしなくてもいいじゃない!」

「暇人しかいない、つら」


 普段個人主義の癖に、なにを集団でやってるんだ。と言うかこういうの嫌だから、職場の人間には最低限の人にしか言わなかったのに。どこからもれた?

 迷っていると、人ごみをかき分けてルロイが出てきた。


「おい、ヴァイオレット。なに逃げてんだよ。早く挨拶すませとけよ」

「……ルロイ、もしかして仕組んだ?」

「人聞き悪いな。お前の家に行こうとするのをとめて、一回で済むようにしてやったんだろうが」

「済むもくそも、そもそも結婚するからって職場にこんな大々的に挨拶する必要ないでしょ」

「それは俺のせいじゃない。お前の今までの交友関係が無駄に広いからこうなってんだろうが」


 無駄に広いとか言われても。ヴァイオレットは上司から仕事を指定されることが多い。その多くが、誰かの引継ぎだったり協力だったり尻拭いだったりするし、他より多く新人の世話係をやらされているだけだ。

 それもこれも他の研究者が、仕事に関してこだわりが強かったり協調性がなかったり興味のない分野を無視したりするからで、ヴァイオレットのせいではないのだけど。もちろん、一緒に仕事をする以上、それなりに親しくなるよう努力したけども。


「とにかく、いい機会何だから、顔みせしとけ」

「わ、わかったよ。でも、事前に言っておいてほしかった」


 確かに、ずっと隠すつもりはないし、特別口止めはしていなかった。だからすでに知られていたならありがたい心遣いではあるのだけど、せめて言っておいてくれてもいいのに。10人以上がこちらを見ている。大げさすぎる。

 そうちょっと苦情を言うと、ルロイは苦笑して肩を叩いてきた。


「ここまで集まるとは俺も思ってなかったんだよ。ここなら確実に二人と会えるから、家には行かずに我慢しろって言っただけだ。それも精々、勝手に行きそうな3人だけだ」

「なにここ、暇人しかいないの」

「いいから、とっとと紹介しろ。マジで日がでちまうだろ」

「わ、わかったよ。ごめんね、ナディア。大丈夫?」

「はい。大丈夫です」


 突然の事態にも動じず、ナディアはそう笑顔で頷いてくれた。なんて頼もしい。絶対守らなきゃ、と言う気持ちにさせる。もちろん、同僚たちに挨拶するだけで危険などないが。


「えーっと、じゃあ、他の人の邪魔になるから、隅に移動しまーす。いったんどいてくださーい」


 改めて部屋に入り挨拶をする。ヴァイオレットの婚約のことを知らない人ももちろんいたのだけど、職員は全員知人だったのもあり、結局全員に挨拶して祝われてしまった。気恥ずかしい。

 だけどこんな突然の事態にも、ナディアはむしろ誇らしげに、ご機嫌でいてくれたので、まぁ、良しとする。二人きりのしっとりした年越しではないけど、知人たちに祝福してもらえた、幸先のいい年明けになった。


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