初めての夜は
「なんですか、その返事は」
不満を隠さずヴァイオレットの頬を両側からつまんで抗議してくるナディアに、ヴァイオレットはその手を掴んでやめさせ、右手は顔の横、左手は胸の前に下してそれぞれぎゅっと握る。
「いやその、気持ちはわかるよ。理屈もね。だけどもし他のエルフが歓迎したとして、ナディアのご両親がどう思うかはわからないわけだしね」
「それはそうですけど」
「一人っ子なんだよね。じゃあなおさら、大事な一人娘が、許可なく子供作ったらどう思うかわからないよね」
「うーん……そう言われたら、あれですけど」
ナディアは少し言葉に迷うように眉をよせて一度視線を外し、ヴァイオレットの手を握りかえし、ぎゅっぎゅと力をこめてから、ぐっとまたキスをするのかと言うくらい顔をよせた。
「でも……でもそんなの、関係なくないですか?」
「え?」
その勢いにキスどころか頭突きをされるのかと一瞬目を閉じたヴァイオレットだけど、言われた言葉に目を開ける。ナディアは真剣な顔だ。
だけど、関係ない、わけがなくない?
二人の間に他の誰も入れないような証として子供が欲しい、そしてそれはエルフの人口事情として受け入れられるはず。ここまではいい。だけど肝心のご両親に受け入れられないかもしれない、つまり結婚の障害となるかもしれないと言うのが、関係ないって。あれ、何との関係について言っているのだ?
「あの、ご両親が悪く思ったら結婚が遠のくってことなんだけど」
「子供ができれば結婚するしかないんですから、親に反対されたとして問題ありません。多分他のみんなも説得にまわってくれます」
「えー、力技」
「いま、一番大事なのは私の親の反応じゃありません」
「えぇ、じゃあ何が大事なの?」
尋ねると、そのままナディアはさらに顔を寄せ、また唇に触れるだけのキスをした。さっきより、感触がわかってしまった。ちょっとだけ濡れていて、その生々しさに、脈が速くなる。
唇を離して、瞳しか見えない距離で、にんまりと笑みを浮かべたナディアは囁き声で答える。
「私と、子供、つくりたくありません?」
「っ……そ、その質問は、ずるくない?」
「いいえ。私がこれだけ勇気をだしているのに、応えてくれないマスターが悪いんです」
「そっ、それは。……確かに、そうだね。わかった。わかったよ。降参。私も、ナディアとしたいよ」
顔をあげて、今度はヴァイオレットからキスをする。あてた唇の柔らかさに、思わず舌をのばして舐めた。
「っ……はい。私もです」
足まで震わせるほど、びくっと反応したナディアだったけど、顔を離すとゆっくり起き上がって、柔らかに微笑んでそう頷いてヴァイオレットの手を痛いくらい握りしめてきた。
「……今、する?」
「ヴぁ、な、あ、朝ですよ。もうっ、えっちなんですから」
「えー、そっちからキスしてきたのに」
「駄目です。もっと、ちゃんと準備して、ちゃんとした夜じゃないと、駄目です」
「ん、そうだね、ごめんね。初めてだもんね。ちゃんとしないとね」
確かにその通りだ。初めてとして記憶に残るのだから、ちゃんと段取りを踏まない。もしここでしこりを残すと、ずっとそれが残ってしまうだろう。
危ないところだった。高まった心臓を抑える為、ナディアの手を離す。力が抜けたのに気づいて、ナディアも手を離した。強く握りすぎて、手汗までかいていた。
がっついてしまって、恥ずかしい。それにナディアの言う通りだ。いくら挑発されたとはいえ、まだ未成年のナディアに対して余裕がなさ過ぎた。年上として、しっかりしないと。
「ごめんね、ナディア。なぁなぁにしちゃうところだったね」
「いえ……ヴァイオレットさんが、それだけ私に夢中ってことですから、嬉しいですよ」
みっともない、こんなところも受け入れてくれる。年下で可愛くて元気で華やか引っ張ってくれて、だけど同時に包容力があって全部許してくれる。そんなナディアと、子供をつくって、家族になるのだ。それはどんなに幸せだろう。
確かに、順番が違うとは思う。だから今まで耐えてきた。だけどナディアの心の準備ができているなら、他に何が必要なのか。怒られて反対されたとして、納得してもらえるまでと元々覚悟していたのだ。すでに未成年を勝手に婚約者にしてしまうような悪人と言う悪評からしかないのだ。ならもう一つくらい増えたってかまわないだろう。
ナディアが望んでくれるなら、その覚悟くらい、どうってことはない。
「ナディア、愛してるよ」
「はい……私も、ヴァイオレットさんを愛しています」
そうしてしばらく見つめあってから、ナディアはそっとヴァイオレットの頭を撫でる。
「さぁ、ヴァイオレットさん。そろそろ寝ましょう」
「え? ちょ、ちょっと急だね」
「そんなことありませんよ。元々寝不足でしたでしょう? 夜に備えて、寝ておいてくださいよ」
「あー、そう言われたらそうなんだけどさ」
「でしょ? 夜は長いですから」
そうだけど、そんな風に落ち着いた声音で言われてしまうと、逆に夜を意識して目がさえてしまう。そもそも初めてのキスをしてしまっているので、そんなすぐに眠れるはずがない。
膝枕をしてもらってすぐは確かに、少し眠いと思っていたけど、完全に今は目がさえている。
「そうだけど、寝ろって言われてもねぇ」
「じゃあ、子守唄を歌いますから」
ナディアはオプションサービスを強引に追加し、いいともわるいとも言わないうちに歌いだしてしまった。
「――――♪」
小さな声だけど、膝元に居るので音量は十分だ。むしろその小声故の柔らかな声音にはときめいていた心臓を穏やかにしてくれる。
「……」
仕方ない。言われるように眠る努力だけでもしようと、ヴァイオレットは目を閉じた。すっと瞼に影がかかる。頭を撫でるのと違う左手で、目元を隠したのだろう。
ゆっくり呼吸をする。先ほどのことで緊張して固くなった体から意識して力を抜く。
ナディアのぬくもりを、感触を、歌声を、全身で感じる。どうしようもなく、全てがナディアに包まれているような幸福。
まだ眠気はない。だけどナディアに身をゆだねているだけで、心が休まった。
それから大した時間はかからず、ヴァイオレットは眠ることになった。
○
「あ」
深夜、ふいに目が覚めてトイレから部屋に戻ると窓の外に雪が降っているのが見えた。窓辺に近寄ると、月明かりに照られされて、雪が舞い落ちるのが見えた。まだ積もってはいないし、月が見えると言うことは、すぐにやむだろう。
「ん……マスター?」
「あ、起こしちゃった?」
「あぁ、いえ。……あ、雪ですか」
もぞもぞと寝具から出てきたナディアが、目をこすりながらヴァイオレットの隣にきて窓を覗き込む。
その姿は年相応に幼い可愛らしいもののはずなのに、少し乱れた衣服が、ほんの数時間前の初めての情事を思い起こさせ、ヴァイオレットは気づかれないよう唾を飲み込んだ。
「ああ、そうだよ。初雪だね」
「綺麗ですね」
「そうだね。まるで、私たちを祝福してくれてるみたいだね」
「……ふふっ、はい。マスターの言う通りですね」
「ナディア、マスターに戻ってるよ」
「っ、そ、そうでした。つい」
「無理しなくてもいいけどね」
「いえ……ここでしないと、その、名前を呼ぶときは、そう言う時って印象になっちゃって、余計、呼べなくなりそうなので」
「そ、そっか」
顔を赤くしながら言われたので、目をそらした。そしてそっと肩をだく。ナディアは素直に抱き寄せられ、頭をヴァイオレットの肩に預ける。
「ヴァイオレットさん、ああ言いましたけど、実のところ、向こうに行くまでに子供ができる可能性は低いと思います」
「ん? まぁ、天からの授かりものだからね。焦っても仕方ないしね」
「はい……エルフは、子供ができにくいんです。だから、本当なら私、ヴァイオレットさんの為にも、いっぱい、それこそ何十人でも家族をつくってあげたいんですけど、難しいかもしれません」
「ありがとう、気持ちだけで十分だよ。一人でも、なんならできなくたって、ナディアがいてくれるなら私は幸せなんだから」
「ヴァイオレットさん……はい。私もです」
そこまで言ってくれて、本当に嬉しい。嬉しいけど、さすがに何十人はどうなのだろう。まぁ、長生きをするなら、そうなる可能性も0ではないのではと思うけども。
それに焦ったナディアの気持ちもわかる。
言っていた目に見えて二人が特別だと言う確証は、実際にお腹が膨らんで子供がいると見せることではないのだろう。それは子供をつくりたいと思って、一線を越えてお互いを思っていると言う関係そのものが、二人の関係として態度になり振る舞いとして、きっと見た人に伝わるだろう。本当に大事なのは、きっとそういう事なのだ。
「……ねぇ、雪がやむまで、もう一度、キスしてもいい?」
外の寒さと反比例するように、ぎりぎりまで寝具に入っていたナディアは暖かくて、もっと一つになりたくて、さっきあれだけ疲れたはずなのに気づいたらそう切り出していた。
そんな旺盛なヴァイオレットに、ナディアは笑顔を向ける。
「ふふっ。いいですけど、今度は私が先にしてもいいですか?」
「え、い、いいけど。私、子供できないのに、私ばっかりしてもらってもあんまり意味ないよね」
「いいんです。ヴァイオレットさんにも、気持ちよくなってもらいたいんですもん。それに、可愛いから、もっと可愛がりたくなるんですよ」
「う……そう言われると、嫌ではないけどさ」
そうして何度も、舌が疲れるまで、順番に魔力を送りあった。こうして初めての夜は、初雪に隠れるように流れていった。
省略されました。全てを読むには(ry
嘘です。
本当はノクターンに「介護してほしい魔法使いがエルフを買っていちゃいちゃしまくる話」として同時に前編投稿済みです。
後編は明日投稿します。




