久しぶりの二人きり
ナディアが部屋に訪ねてきて、ちょっとやり過ぎたので寝不足になってしまった。でもしょうがない。
あんなに一生懸命声を抑えて、まるで嫌がっているのを無理やりしているようで、背徳感がいつも以上でなのに求められているのは確実なので止める理由にならないので、ふやけるまで舐めてしまった。もちろん両耳だ。
「おはよう、ナディア。……? ん? あれ、ナディア?」
「え? な、なに? なにか変だった?」
「いや、会ってからずっと髪形まとめたりしてたのに、今日はストレートだったから、一瞬違和感だっただけ。なんでもないよ」
「あ、そ、そう。まあ、髪形は気分だから、別に、深い意味はないから」
台所に入るところでそんな会話が聞こえてきた。ヴァイオレットは寝不足なのに、ナディアは今日もいつも通り起きていたらしい。今日も休日なのに、真面目なことだ。
「おはよー、ふわぁ」
「おはようございます、ヴァイオレット。眠そうですね」
「うんまぁ、ちょっとね」
「お、おはようございます、マスター」
「うん、おはよう」
挨拶をしながら、ナディアが振り向いていないことに気が付く。いつもなら、わざわざ前に来て満面の笑顔で挨拶してくれるのに。
と思ったけど、さっきの会話も合わせて考えると、昨夜のことを意識してしまって耳を隠しているのではなかろうか。とても確認したいけど、セリカの前でするのは可哀想だし自分も恥ずかしい。幸いセリカは何もナディアの態度に不自然なところを感じていないようなので、いったんスルーする。
すでにカップの用意はされていたので、席についてポットからお茶を入れて飲む。そうしているうちに2人で朝食を並べてくれた。至れり尽くせりだ。ナディアだけでももちろんそうしてくれて、とてもありがたいのだけど、二人がかりでされるととても贅沢をしている気分だ。しかもどちらも見目麗しい。
にやついていると、すぐに用意されたので、朝食をとる。そしてセリカはまた図書館に、と言うことでいそいそと一人で出かけていった。
セリカを追い出したような気になるのは、二人きりになることに下心があるからだろう。本人から望んで外出したし、ちゃんと利用できるよう推薦書とお金、昼食として魔石も渡したのだから、客人を粗末に扱っているとは見られないはずだ。
「さて、私たちはどうしようか」
「えっと、そうですね。マスターは、なにか希望とかあります?」
「そうだね、こういう言い方はセリカに悪いけど、折角二人きりだし、ね? 仲良く過ごしたいな」
「き、昨日の夜にあんなにしたのにですか?」
期待を込めた目で見られているようだったので、応えるためにもそう言ったのに、何故か両手をあわせてもじもじして俯きながら上目遣いで問い直された。
「昨日って、私はただ一緒にソファにくっついて座ってのんびりしたいなって思ったんだけど。ナディアは何を考えたのかな?」
「ず、ずるいです。そんな言い方だと、セリカの前ではできないことをしたいって思うじゃないですか」
「そりゃあ、セリカの前でくっついたり、膝枕したりとかできないでしょ」
何故かナディアは、悔しい! とでも言いたげに眉を寄せた。別にさっきのはひっかけようとして言ったのではないのだけど。
何も昨夜みたいにセリカが家の中にいると憚られるようなえっちなことをするだけが全てではない。ましてまだまだ朝が始まったばかりなのだから。いやまぁ、それも雰囲気によってはやぶさかではないのだけど。
「それで、ナディア。どうかな」
「ど、どうってなんですか」
「膝枕、どっちからする?」
くっついたり、と言っておいてなんだけど、まず膝枕からに決定する。もう気持ちがそうなってしまった。ナディアの膝枕でゆっくりしたい。
そんな強引な話の展開に、ナディアは反発はしないが、素直には答えずに視線をそらした。
「……さ、先にお茶用意します」
「じゃあ私は、時間潰しに本でも持ってきておこうかな」
膝枕をしたら多分寝てしまうだろう。ましてヴァイオレットは寝不足気味な自覚もある。なのでナディアにお願いする以上、ナディアが暇にならないようにしておかないと。
でも最初から本を読むのではなくて、できれば頭を撫でて子守唄を歌ってもらえるとなお最高だ。でもそれを自分からそこまでお願いするのは、ちょっと子供っぽ過ぎる気がする。膝枕だけなら恋人のふれあいとして堂々と要求できるが、まぁ、始めてから考えればいいだろう。
倉庫に行って、書棚からナディアが読みそうな小説と、自分用に一瞬悩む。同時には読まないので同じ本でもいいが、昨日も結局ナディアはそれ以外の本を読んでいないのだから、たまには他にナディアが興味をもちそうなものを提案してみるのもありだろう。少し悩んで、鉱石図鑑にしてみた。セリカは図鑑を好んだし、石も好きそうなので。
ダイニングに戻り、棚からソファで羽織るようの薄手の毛布を出す。窓から日差しも差し込んでいるが、寝るとなると何かしら必要だろう。腰から下だけでもかけておこう。
「……なんだか、今日は積極的ですね」
用意をしていると、ナディアはまだ照れているのかちょっと赤らんだ顔を隠すように、そうつっけんどんな感じの声をだす。とは言え、飲み物を用意してサイドテーブルも引き寄せて完璧に準備してくれているので、いちゃいちゃするのに乗り気なのは一目瞭然だけど。
「そう? ナディアには、いつだって積極的なつもりだけど」
「嘘ばっかり。いつだって、私ばっかりヤキモチ焼いてます」
「ヤキモチと積極性に関連はないと思うけど、でも、ヤキモチなら、私も焼いてるよ」
「えー、そうだとして、私はいつでも誰にでもですもん」
そう唇を尖らせたナディアは、ぼすんと乱暴にソファの一番隅に座った。そして両手でスカートを撫でつけて皺を失くす。その丁寧な仕事に、愛おしさがこみ上げてにやけてしまいながら、本をサイドテーブルにおいて、少し距離をあけて隣に座る。
そして再度ナディアを見ると、ナディアはぽん、と自身の膝を叩いてから手をあげた。ヴァイオレットはいそいそとそこに寝転がる。足をあげて毛布をふってかけて、ナディアの太ももに頭を押し付けて具合を合わせる。
落ち着いたのを見はからい、ナディアがそっと頭に手を置いてきたので見上げると、さっきの口調とは裏腹に、とても優しい目をしている。その穏やかな瞳は、いつもヴァイオレットに心地よい安堵感に包まれるような気にさせてくれる。
「私だって、そうだよ」
「ん? ああ、嫉妬ですか?」
「そうだよ。大きな声では言えないけど、セリカにだって、してしまったしね」
「え、そうなんですか?」
「うん。ごめんね、家族にまで嫉妬するなんて、見境なくて」
「……いいえ、むしろ、嬉しいです。えへへ」
まぁ、ナディアなら、そう言ってくれると思っていたけど。だけど実際に気にしていないようで少しホッとする。どう考えたって、いいことではないのだから万が一、えーと言われる可能性もあった。
ナディアはそっと右手でヴァイオレットの頭を撫でてくる。気持ちいい。だけど左手は行き場がないのか、首の下に何気なく置いてある。
なので何となくそれを両手でとる。揉むように握ると、左手に力がはいりヴァイオレットの右手が握られた。口元によせて、親指にキスをする。応えるように眉間をなぞるように撫でらた。
「ふふっ、マスター、指しゃぶりしてる子供みたいですね」
「それって、指をしゃぶってほしいってこと?」
「ちっ、違います。朝から変なこと言わないでください」
尋ねると、ナディアは母親染みた慈愛の表情から、途端に少女のようにうろたえた。このギャップがまたたまらなく可愛い。
「さっきは朝から期待してたみたいだけど?」
「してませんー、言いがかりです」
「そっか、残念」
「……べ、べつに、マスターがやりたいなら、やっても、いいですよ?」
素直に手をさげると、ナディアはヴァイオレットの手を動かして、強引に口元に置いた。意図しない力なので、微妙に重い。持ちあげて、強引に下げる。
「ナディア、違うよね」
「な、なにがですか」
「してほしいときはどうするんだっけ?」
「……し、してほしいとか、言ってません」
「じゃあしなくていいんだ」
「……あーあ、そういう事言うんですね」
「ん?」
あれ、急に風向きがおかしい。ちょっと名前を呼んでほしかっただけなんだけど。
途中まで真っ赤な顔で頬を膨らませていたナディアは、何故か急に目つきを変えた。
「こんな朝から、しかもすぐ窓の近くでなんて、本当にマスターはほしがりですね」
「え、ちょっとナディアさん? 変な言い方やめてほしいんだけど」
「だってそうじゃないですか? 自分から、私の手にキスしてきて。見てくださいよ、すぐ外なのに」
「……」
言われたので、窓を見てみる。窓はソファより位置が低いので、寝転がってさえいれば外からは見えない。と言うか起きていても、3メートルほど庭だし住宅地の奥で人通りも滅多にないので、見られることなんてほぼない。ないのだけど、言われてみれば、セリカが帰ってくる際にちょっと窓の方に来ると当然見えてしまう。
まぁ別に、だからって、今すぐ戻ってくるわけでもなし。窓の近くだからとそこまで意識する必要があるのかと言うと謎だ。
「……わかったわかった。じゃあ、普通にゆっくりしよっか」
「えー、なんですかそれ。もっと恥ずかしがってくださいよぉ」
「あー、そういう」
昨日、図書館でヴァイオレットが恥ずかしくてたまらなかったのをもう一度させたかったらしい。さすがに自宅内であんな反応にはならない。
とは言え、今回空振りだったとして、割と危ない気がする。改めてこれは、知られてはいけないことを知られてしまった。もし本当に外でそんな風にされたらまずすぎる。いや、さすがにそんなことはないはずだ。昨日だって、ちゃんと人が来ないことだけは注意してくれていたし。だけど釘はさしておこう。
「ナディア、わざと恥ずかしがらせようとするとか、趣味が悪いと思うよ」
「マスター、さっき私にわざと言わせようとしたの忘れてます?」
「名前を呼んでほしかっただけなんだけどなー」
「あー、またそういう、ずるい言い訳する。マスターは頭がいいのを無駄につかってます」
「いや、普通に仕事につかってるよ」
そもそも、名前で呼んで指をしゃぶってほしいって言わせたかっただけでそこまで言わなくても? いや? 確かにしゃぶりたいと言わせるのは恥ずかしいか。意地が悪かったのかもしれない。よし。ここは話を変えよう。
「でもほら、最近名前で呼ばれてないし、そろそろ呼んでよ」
「……あ、改まると、やっぱり恥ずかしいです」
そう言ってナディアはちょっとだけ唇を尖らせる。可愛いので、手を伸ばして軽く頬をつついてみる。ナディアは頭をふって拒否するけど、さっきから頭を撫でている手は相変わらず、ずっと優しい。
「そんなこと言って、滅多に呼んでくれないじゃない?」
「そ、それは……だって、名前を呼ぶのは、特別な時ですから」
「私にとって、ナディアと二人きりで過ごす日々はいつだって特別だよ」
「あー、それもう、はぁ、好きです」
「ありがとう。私も好きだよ」
突然告白された。もう慣れたけど、今の言い方はナディアにとってツボだったようで、拗ねた様子がなくなって瞳をゆるませ、柔らかなまなざしを下ろしてくれる。両手で改めてナディアの左手を握る。
「はい。……ヴぁ、ヴァイオレットさん」
「うん」
恥じらいを込めて名前を呼ばれた。それだけで、ぎゅっと胸をしめつけられるように愛しさがわいてくる。今すぐ起き上がって抱きしめて全身でナディアを感じたいけど、そう言う雰囲気ではなさそうなので自重して、じっとしていると、ナディアは右手を強く握り返して顔はそのままに視線だけそらした。
「私の指、しゃぶってください」
「ふふっ、ごめん。うん、じゃあ、そうしよっか」
それを言うとは思ってなくて、思わず笑ってしまった。ナディアが睨んだのですぐ謝って誤魔化し、そっとナディアの手を持ち上げた。
そうして昼食の用意をするまで続き、午後は逆にヴァイオレットが膝枕をした。




