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ナディア視点 下準備

 セリカが来てから、ナディアはもちろん来てくれたこと自体は歓迎しているけど、セリカの視線には何となく怪しいものを感じていた。


 初日、あまりにもヴァイオレットを狙っているとしか思えない発言をした時から、一旦は納得したもののナディアはそれはそれとしてしっかりと二人が会話をするときには目を光らせていた。

 基本的に二人だけで話すことはないし、ヴァイオレットの態度は百点満点である。ちょっと優しすぎる気もするけど、ヴァイオレットの誰にでも優しいところも好きだし、セリカだけ特別にと言う感じではないのでそこはいい。問題はセリカだ。


 確かにエルフでは役職がなければ基本的に誰にでも呼び捨てだ。そして年上に敬語を使うこと自体もおかしくない。しかしそうは言っても、セリカとヴァイオレットは一世代も離れていないし、見た目は同世代に見えるほどだ。初対面を過ぎて翌日、翌々日まで敬語は違和感だ。

 それになにより、目が怪しい。ヴァイオレットと話すときのセリカは、時々じっとヴァイオレットを見ていて、見とれているようにしか見えない。怪しすぎる。


 ヴァイオレットは全く気づいていないし、そもそもモテないなどと嘯いているのだけど、そんなわけがない。まず外見も内面もかっこよさも可愛さも綺麗さも全てパーフェクトだし、それらを置いておいて、魔力だけでも正直魅力的だ。

 他の人間はともかく、エルフなら魔力はわかる。セリカはナディアにしてみればめちゃくちゃに魔力が少ないとは言え、わからないことはないだろう。

 ますます怪しくなってきた。


「マスター」

「ん? どうかした?」

「セリカのこと、どう思いますか?」

「え、どうって、何が?」

「セリカ、マスターに言い寄ってません?」

「……あの、二人きりで話したり全然してないのに、そんな疑われても」


 夜、セリカを部屋にいれた後でまだダイニングにいたヴァイオレットに聞いてみたけど、あきれたように否定された。

 ヴァイオレットにはその気がなくても、セリカの方が怪しいから注意してほしいのに。まるでナディアが過剰に嫉妬しているように言う。まったく。自分の魅力を過小評価するのはやめてほしい。


「じゃあ、そろそろ私も部屋に戻るから」

「あ、後で部屋に行ってもいいですか?」

「駄目だよ。セリカがいるんだから」

「えー、別に、何をするとか言ってませんけど」


 あわよくばいちゃいちゃしたいという思いはもちろんあるけど、ナディアだってセリカにそれを知られるのは恥ずかしいのでさすがに自重しようという気持ちはある。

 だからただおしゃべりだけでも思う存分したいと思って言っただけだ。なのにヴァイオレットときたら、勘違いの上、ちょっとからかっただけなのに、こつん、とナディアの額をこづいた。


「だーめ。私が我慢できないから」

「うー」


そう、そう言われてしまうと、諦めるしかない。ヴァイオレットがナディアの魅力に我慢できないとか言われたら、悪い気はしないしそうなったらナディアだって我慢できる気はしない。

 諦めて今日も眠りにつくことにする。明日からお休みで、明日は図書館だ。その次は予定が決まっていないし、思い切ってセリカにも断ってデートをするのを提案してもいいかもしれない。

 そう物足りないちょっとした寂しさを自分で慰めながら、ナディアは眠りについた。


 そして翌日、図書館に向かった。

 お勉強は好きな方ではないのだけど、これほど本がならんでいるとさすがに圧倒されるし、どんな本があるのかと少し楽しくなってくる。だけど同時に、空気がピンとした感じで、少し緊張する。


 だけどよくわからないけど、個室で読めることになったので、静かにしなくちゃいけないと言う圧からは解放された。

セリカは子供の様に目を輝かせているので、ここはナディアが大人になって、先にセリカとヴァイオレットに本を選びに行ってもらった。


 一人きりになって改めて部屋を見ると、大きな部屋だ。部屋の前には大きな教示板がある。何度も書いては消してとできる、教えるためのやつなのだけど、こんなに大きなのは初めて見る。先生も生徒も同じサイズのもので勉強していた。

 ナディアは何の気なしに、置きっぱなしになっている教示板専用の筆である石ペンをとる。ペン先をあてて、一瞬迷ってから、特に理由はなくヴァイオレット、と書いてみる。


「……」


 おもむろに横に自分の名前を書き、間に横棒をひいて下に弓なりに曲線を描く。いわゆる合い舟だ。昔は婚姻する際に二人で小舟にのって上流から下流へとみんなに顔見せする式を行っていたことから、お似合いの二人に合い舟に乗れだとかからかう習慣があった。いまはそんな挙式もなくて、知識としてしか知らないけど、いざ描いてみると、思ったよりにやける。

 せっかく二人で小舟遊びをすることもあったのに、その時は無視してしまった。小舟に二人で乗る自体は、狩りの際に知人とするのもなんら珍しくないので、合い舟に発想がいかなかった。いま思えばもったいない気もする。


 折角なので、川など書き加える。岸にはお祝いをしている人間を……?

 意外と難しい。子供の時地面に描いていた落書きと変わらない。大人になるのだからあの時よりうまくなっているはずなのに。

 仕方ないので人間は一人であきらめ、魚や動物たちを描く。あとは新居か。


「うーん」


 今の家ですごく十分なのだけど、柵ひとつとっても、細かな意匠がされたりしていて、描くのが難しい。どうしようか。


「お待たせ、ナディア」

「!? お、おかえりなさい!」


 悩んでいると帰ってきてしまった。なにを真剣に描いているんだ! 恥ずかしすぎる! 慌てて合い舟を消していく。あと絵も、下手で恥ずかしい。

 ヴァイオレットに何か聞かれてしまう前に慌てて絵を消して、持っている本を上から受け取った。


「マスタ―が借りてくれたのは、戯曲、ですか? よくわかりませんけどありがとうございます!」


 問答無用で席について読書を始める。二人とも席について読書を始めたので、問題ない。

 これで絵のことはなかったことにする。それでいい。いいのだけど、問題はあった。なんだろう、この本は。いちいち人の名前が上に書いてあって、二段に分かれていて読みにくい。


 戯曲って言うのはいったい? あ、これは演劇の指導書なのか。こういう風に書かれているものをもとに作られているのか。それはとても面白い、けど、読み物として面白いかと言われると、どうなのだろう。

 形式が違うだけ、と言われたらそれまでのはずだけど、どうにもナディアには物語に入り込みにくい。読みづらい。仕方ないので本を閉じて、ヴァイオレットが持っている他の本と交換してもらおうと振り向いた。ヴァイオレットが後ろに座ったことは気配で分かっていた。


「……」


 ヴァイオレットはナディアの一つ後ろの席について真剣な顔で本を読んでいた。ちらっと見るけど、恋愛小説だ。もしかして、こっちもナディアが読めるように借りてくれたのかもしれない。

 ヴァイオレットも小説を読むのは知っているので驚きはないけど、だけど、こうして正面から真面目に本を読んでいる姿を見るのは新鮮で、なんだかほほえましいような気持ちになる。


 普通に後ろを向いて、ヴァイオレットの机に頬杖をついてじっくりと正面から見てみる。

 ヴァイオレットの髪は黒っぽいのだけど紺っぽい感じもするし、光に透けると緑っぽい感じもする。そういう感じが、ヴァイオレットのクールでミステリアスな感じにとても合っていて素敵すぎる。

 そして何より、前髪の隙間からのぞくその無心なまなざし。格好いい。いかにもお仕事できます。お勉強できますっていう感じだ。ヴァイオレットは成人後に学園に通ったそうなので、つまり今と変わらない姿だったということだ。今こうしてナディアが見ている姿のような感じで勉強していたのだろう。


 ……可愛い。ヴァイオレットにも慣れない学生生活で、右往左往していた時期もあったのだろうなぁ、と思うと、今と同じ格好でも可愛く感じる。いやもちろん、今だって普通にめちゃくちゃ可愛いのだけど。

黙っていれば格好よくて素敵で、お話しすると柔らかで優しくて素敵で、愛してくれる時はちょっと意地悪だけど大好きが伝わってくる手つきでやっぱり素敵で、愛してあげる時は急に照れ屋さんのとびきり可愛い素敵な人。それがヴァイオレットなのだ。


 可愛い格好いい大好き、見ているだけで色んな思いがでてきて、それが全部混ざって、愛おしいと素直に思える。ずっと憧れていた恋物語は、だけど現実は妄想するよりずっともっと、幸せだ。


「……ふぅ」


 と、きりがいいところまで読めたのか、ヴァイオレットは目を閉じて本も閉じ肩をまわして息をついた。


「!」


 見られているとも知らず、無防備で可愛い。となごんでいると、目を開けたヴァイオレットと目があった。

 その反応に声を殺して笑っていると、落ち着いたヴァイオレットはナディアを見返してにやにやしだした。


 なにを考えているのかわからないけど、楽しそうで何よりだ。だけどそんなヴァイオレットを見ていると、段々と見ているだけでは物足りなくなる。もっとヴァイオレットを感じたくなる。


「よかったら今度は私も図書館の中案内してくださいよ」


 とお願いしてやや強引だけどヴァイオレットと部屋を出る。セリカの前では無理だけど、他の人間は大して耳がよくないのはわかっている。どこか人気のないところへいきたい。

 ちょっとだけ、触れるだけ、のつもりだったのだけど、ヴァイオレットときたら部屋を出たとたんに手を繋ごう、なんて可愛いおねだりをしてくるものだから、ナディアはそのかわいさにドキドキしてしまった。


 だからあえて、ここでは我慢をしてもらう。もっと、ちゃんとしたところで、キスをしたいから。

 と考えておかしくなる。ちゃんとしたところといったって、人気のない奥へ行くだけだ。いつ人が来て中断させられるかわかったものではない。

 なのにもう、完全にキスをするつもりでいる。そんなはしたない自分に、驚くし、同時に、こんなに夢中になってしまうヴァイオレットの魅力に改めて思う。この人を、もっと自分に夢中にさせたい。セリカなんかに、万が一にもとられないように、ナディアのことしか見えなくさせたい、と。


 ヴァイオレットに案内してもらい、案内図を見る限り、一番奥で人の少なそうなのはてつがく、のあたりのようだ。そこに行くことを提案すると、ヴァイオレットは不思議そうにしている。

 まったく気が付かない純粋なヴァイオレットが、可愛くってたまらなくて、ナディアはにやけてしまった。



3話ナディア視点が続きます。

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