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図書館活用

「この講義室内なら、大きな声で話しても大丈夫だよ」

「本だけでも驚きですけど、こんな部屋もあるんですね。もしかして学校も兼ねているんですか?」


 図書館内の講義室に入るとセリカは驚きながらそう尋ねてきた。


 図書館にはいると、ちょうど受付に居たのが知り合いだったので、これ幸いと空いている講義室をかりたのだ。

 と言っても不正行為ではない。一般的には3日前に要予約であるが、それは予約書類を権限のある人間に提出して印をもらい、図書館部門へ書類が受け渡されそこでも許可印をもらって受付に情報がいきわたるのに時間がかかるためだ。

 図書館内の講義室はその名の通り、元々学園では資料の足りない際に、こちらでも授業ができるようにと言うことで作られているので、教授位を持つヴァイオレットも使用申請権限を持っているのだ。なのでそれを図書館部門の一定以上の権限を持つものに受領してもらって自分で受付に持って行きさえすれば当日でも可能なのだ。そしてその権限を持った知り合いが受付にいたのでそのまましてもらったに過ぎない。

 裏技的利用法だが、実際に講義等を行うなら一週間前までに申請すれば無償なところを私用扱いで使用料金がかかるのであまり使われていないが、今回はどうやっても私用なので問題ない。


 図書館は大部分が普通に書架と本を読むための席がある程度だが、一部は講義室となっていて本はない代わりに多くの席が並び、10人程度まではいれる。しっかり防音もきいていて、学園と大差ないつくりだ。

 どちらも国立施設であるので、学園と共通施設であると言えなくもないが、しかし学園を兼ねるには規模が小さすぎる。一番大きな講義室でも30人ほどしか入らないし、なにより数が少なすぎる。だけど規模の違うエルフの里にいたセリカにとってはそう勘違いするのも無理はないのだろうか。


「違うよ。学園関係者が授業で利用できるようにはなっているけど、基本的な学び舎は別だよ。この講義室は出張所、みたいなものかな」

「こんな立派な部屋が……でも、そうですよね。私たちだけで使っていいってことですから、余ってるんですもんね」

「そうそう。一日空いているみたいだから、ここで読めば、周りを気にしなくていいでしょ」


 ここなら人の目を気にしなくていい。本は全て持ち出し不可なので、長時間滞在するには講義室をつかうほうが気持ちも楽なのだ。


「とりあえず、鍵は一つしかないから順番に本を取りに行こうか」

「はい! どんな本があるんですかね」

「どんな本でもあるけど、そうだね。まずは分類から書棚を選んでそこから見ていくといいかな」

「分類?」

「あー、えっと。本の種類ごとに分けられていて」


 どう説明するか。館内図を先に見せに行った方がよかった。まずは荷物をおいて探した方がいいだろうと、こちらに来てしまったが、一緒に行かないと位置関係の説明が難しい。受付に行ってもらって司書に聞いてもらえればいいが、連れてきておいてそれは少し無責任に思える。

 どうすべきか迷って一瞬言葉に詰まると、ナディアがすかさず声をかけてくれた。


「あ、じゃあ私が待ってますから、セリカを案内してあげてください。適当に、なにか私の好きそうな小説があれば、それをお願いします」

「確かに、その方が楽かな。じゃあ、お願い。鍵は渡しておくね」

「はい。セリカ、ゆっくり選ぶといいよ」

「ありがとうっ」


 セリカに対しては強めに接している印象のナディアだけど、そう優しく言って微笑むナディアにはやはり親族故の気安さでそうなっているだけで仲がいいんだなとほんわかする。セリカも嬉しそうだ。

 ヴァイオレットは微笑ましさににんまり笑顔で、席についたナディアを置いてセリカと部屋を出た。


「こっちだよ。ここからは小声で説明するね」

「はい。お願いしますっ」


 セリカは本そのものが好きなようで、たくさんの本が詰まった本棚が並んでいる様子を見て目をキラキラさせている。可愛い。

 考えてみれば、ナディアと結婚すればこの子が妹に? と思ったヴァイオレットはセリカに優しく教えてあげようと使命感を燃やした。だが、結婚してもセリカは兄弟ではなく親族だし百歩譲っても姉になるのが正解である。


「セリカ、まずこれが全体図なんだけど、この分類の中で気になるのはある?」

「うわぁ、こんなに広いんですね。ここまで通った通路だけでも広かったのに、隣の建物まであるんですか? そんなに本があるなんて」

「そうだね。知識の保存について、かなり気をつかっていると思うよ」

「すごいですね。保存はもちろんですけど、それだけ作られているだけでもすごいです。分類も結構細かい気がしますし、分類されるほど、それぞれに数があるってことですし。あ、えっと、そうですね。歴史も面白そうですけど、やっぱり、図鑑をみてみたいです」


 セリカは興奮したように話しながら、ヴァイオレットに尋ねられていたことを思い出したようで、全体図に顔を寄せてそう答えた。

 図鑑全般が好きと言うのは、色んなものを知るのが好きなのかもしれない。知識欲が旺盛なのだろうか。だとしても、好きな傾向があるだろう。どんなものが好きなのだろう。


 楽しみに思いながらセリカと図鑑エリアに向かう。

 関係ないエリアを通り過ぎる時に、いちいち本棚を覗き込むように歩いていて、わくわくしているのが伝わってきてとても嬉しくなる。こんなに読む前から楽しんでくれるなんて、それだけで連れてきた甲斐があると言うものだ。


「ここが図鑑の棚だね」

「わっ、太いですね。こんなに大きな本、初めて見ました!」


 胸に抱えるほどある図鑑を発見したセリカはそう驚きの顔を浮かべる。それに苦笑しながら、そっと左肩に手を置いて顔を寄せる。


「セリカ、ちょっとだけ、声が大きいよ」

「! す、すみません」

「大丈夫だよ。少しだけ気をつけようね」

「はい」


 幸い、今はこの列には誰もいない。隣の列に聞こえたとして、不快になるほどではないだろう。だけど注意するにこしたことはない。

 素直に反省してしゅんとするセリカに、軽く肩を叩いてから手を離す。


「さ、どれが気になる? やっぱりこの大きいやつかな?」

「真ん中にあって、あんまりおおきいのでびっくりしましたけど、内容は。えっと。魔法書なんですね。えー、どんな内容なんですかね」

「どんなと言っても。魔法書自体は見たことあるのかな? その大全なんだけど」

「いえ、エルフは魔法を使いませんから。一応、使い方自体は簡単に習いましたけど、確かその時に見せてもらった教本の厚さは指一本もないくらいです」

「そうなんだ。内容自体はそれが厚くなったと思ってもいいと思うけど。それに、奥にはもっと分厚い本もあるよ」

「! …そ、そうなんですか」


 セリカはヴァイオレットの言葉に驚きで一瞬大きな声を出しかけたようで、自分で口を勢いよく押さえてから、ゆっくり手をおろして相槌をうった。


「うん。まぁ、ゆっくり一通り見て見てよ。急かすみたいに聞いてごめんね。私は先に、ナディアの小説をみてくるから」

「はい。じゃあこの辺にいますから」


 セリカと離れて物語の棚に行く。


 小説は論文などと比較して物語はどうしても数が少ない。架空の物語を楽しむための小説が一般化したのは、印刷技術が安価になったここ数十年ほどの話だ。それまでにも存在していたが、庶民の手に渡る値段ではないのでどうしても需要が少なく数がなかった。

 印刷可能となり、急激に数を増やしているけれど、この図書館自体が、元々知識を残すために作られた保存庫の役割なのもあり、最近の小説類はあまり入っていないのだ。元から入っているのは大部分が印刷時代前のもので、数が多い印刷本は積極的に入ってきていない。最近は印刷物も古くなり数が減ってきたことで方針が変わり、入れ始めているが、まだまだ少ないのが現状だ。


 と言う訳で、ここ10年ほどの最近出始めた若者向けの短い恋愛小説などは、ヴァイオレットの家の方が数が多いくらいなのだ。

 とは言え、ナディアが読みそうな本が一冊もないわけではない。有名どころを数冊選んだ。


 それからヴァイオレットは自分の物を選ぶ。と言っても、今仕事に関連する資料を読む気にはなれない。と言うかそう言ったものは読みだしてしまうと集中しすぎてしまうし、なにより厚いので時間がかかる。

 二人の様子を見ながら昼食に一度出る予定だし、ちょうどいいのはヴァイオレットも何か小説か、短いちょっとしたものを読むことだろう。短時間で読み切れるような薄いものがいい。


「ん?」


 小説の棚を端っこまで見て、隣の棚にまで行ったところで興味が引かれた。隣は戯曲、演劇の台本がまとめられたものだ。最近は庶民もみられる娯楽だけど、大昔は主に王族のためにされており、王のリクエストでお抱えにつくらせた台本なのもあり厳重に管理されていた。それらが図書館に移されたのだ。

 庶民にもひろまり、小さな舞台や旅芸人たちがやるようになり、ついに大きな劇場ができたことで一般化した。これに関しては今、この町の劇場でされる戯曲はここにおさめられている。


 ヴァイオレットもこういったものは初めてだ。前世でも手に取ったことがないし、ナディアがくるまで劇にも無関心だったが、何度か足を運んだ今となっては興味がある。

 それにこれならナディアも楽しめるだろう。知っている物語でも、こうした形式ならまた違った風に見えるだろう。先ほど選んだものをナディアが気に入らなければこれを読めばいい。

 せっかくなので一緒に見たものと、見ていないもの。とりあえず一つずつ手に取る。


 そろそろセリカも選んだだろうか。

 ヴァイオレットはセリカを置いてきたエリアに戻る。うんうん悩みながら、分厚い図鑑を五冊も抱えていた。

 そして悩むようにしながら、さらに本棚に手を伸ばしたところで、ヴァイオレットは横から手をだした。


「危ないよ。三冊持つね」

「わ、す、すみません。ありがとうございます」


 すでに身体強化が習慣になっているので、改めてする必要はない。バランスが崩れて落ちてしまいそうだった図鑑を支え、そのまま三冊受け取った。

 セリカは慌てたように二冊を抱えなおし、はにかんでお礼を言いながら、追加で一冊手に取った。


「たくさんだね。いいものたくさんあった?」

「は、はい」

「ふふ。でも、一気に持たなくても大丈夫だよ。読み終わってから次をとりに来ればいいんだから」

「す、すみません。つい。そうですよね。戻します」

「戻さなくてもいいよ。今回は持つから。さ、行こうか」

「ありがとうございます」


 セリカと講義室に戻ると、ナディアは教示板にお絵かきしていた。なるほどね。絵は下手なのか。可愛いなぁ。


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