セリカと休日
「いや、明日は休みだからさ」
「お休み、ですか?」
週末の休みはどう過ごそうか、セリカはどのくらい観光しているのか。よければヴァイオレットもいれて三人でおでかけでもしない? と言ったら不思議そうにされた。
そして思い出す。そう言えばナディアにも休日の概念がなかったな、と。
「セリカ、都会では、毎日お仕事をするんじゃなくて、お仕事をせずに大切な人と過ごす日が定期的にあるんだよ」
ナディアが得意げに説明してくれた。してくれたけど、合っているのだろうか。それだと、休日に遊びに誘っただけで、大切な人だと思ってますアピールしているみたいになってしまう。少なくともナディアとヴァイオレットの休日はその通りではあるけども。
「な、なるほど? わかりました。それで、お出かけと言うと、どういうことをするんですか?」
セリカがこの家にやってきてから今日で三日目だ。昨日と今日と、ナディアと一緒に過ごしたようだけど、何をしたのかそこまで詳しく聞いていない。
いいと言ったのに、ナディアはセリカと一緒に家事をしながらでの街の案内だったのもあり、まだまだ見ていないところはありそうだ。とは言え、どこを見せたのかによって話は変わってくるので、ナディアに確認する。
「ナディア、どこがいいと思う?」
「そうですね、あ、観劇! はでも、急には無理ですよね」
「さすがに明日はどうかなぁ。来週になら、席を問わなければいけると思うけど」
最初にナディアに見せた時は、本当にたまたま、知人に会えて席を融通してもらえただけだ。それ以降はちゃんと月頭に予約している。一番安い席でもそれなりの金額だが、庶民のお嬢さんもこぞって行きたがる人気娯楽の一つだ。ましてお金に糸目をつけない貴族令嬢は必ず席を確保している者すらいる。なので基本的にはほぼ満席だ。来週分なら、と言うのも、三人並んで席を確保するのは難しいだろう。
「それ以外には、何かあるかな」
「うーん、そうですねぇ。色々ありますけど、セリカは……セリカって何が好きだっけ?」
「えー、何年の付き合いなの」
首を傾げるナディアに、セリカは半眼でつっこんだ。ナディアは一度唇をまげて視線をそらした。
「う、それはそうだけど。よく考えたら、あんまり趣味とか、ある?」
「あるに決まって……言われてみれば、ナディアといるときはしてないかも? 読書だよ」
「ん? そう言われると、私が小さい時によく絵本の読み聞かせしてくれたけど、私がお願いする前から読み聞かせはよくしてくれてたっけ」
「そうそう……あれ、もしかして、ナディアがお姫様願望持ったのって私のせい……?」
セリカははっとした顔になり、徐々に青ざめて両手で頭をかかえだした。段々頭がさがって机に向かってうつむきだした。なにかまずい方向に思考がいっているようだ。
どうもナディアの教育を振り返って反省しだしているらしい。ヴァイオレットとしては今のナディアに全く問題ないし、むしろありがとうと言いたいので、全力で話を変えることにする。
「読書が好きなんだね。家にある本はいくら読んでくれてもいいし、それじゃあ、図書館に行くのはどう? どんな本が好きなの?」
「どんな、と言うと、難しいですね。物語でも、どんなものでも好きですし、図鑑とかも好きです。滅多に見れないですけど」
「あ、じゃあ図書館はいいよ。色々あるし」
「その、図書かん? と言うのは本屋なんですか」
「いや、お金を払って、時間内に好きなだけ本を読める施設だよ。国が運営していて、高価な本や希少な本も読めるから、気にいるものを探せるよ」
矢継ぎ早に質問するとセリカは顔をあげて答えてくれたので勧めると、興味を持ってくれたようで目を輝かせた。
ナディアより年上とは言え、ヴァイオレットの主観ではまだ若く、その様子は年相応に可愛らしく感じられてヴァイオレットは頬を緩めた。
「そんな施設があるなんて、すごいですね。誰でも入れるんですか?」
「貴重なものもあるから、誰でもって訳にはいかないけど、私と一緒なら大丈夫だよ」
一定以上の地位か、またはその紹介状をもって、かつ入る度にそれなりの補償金を預けなければいけないので、誰でも利用できるわけではない。とは言え、熱心な学生にはだいたい教授が紹介して、利用料以外の補償金を肩代わりして渡していかせてくれたりするので、お金がなくても手が届かないと言う訳ではない。学園の研究室には補償金用のお金が用意されていて、研究室所属の生徒たちが交代して利用できるようになっていたりして、貴族や裕福な者以外にもそれなりに利用者は多い。
だけどもちろん、学生でもなくお金もコネもない庶民となると難しいけれど。ヴァイオレットはもちろん推薦して保証人にもなれるし、一緒に居れば顔パスみたいなものだ。なにせ同じ宮仕えなので、何かあればお給料から天引きされるシステムができている。
「……私、その図書館に行ったことありません」
と、明日の予定が決まりそうになったところで、横から不機嫌な声がかけられた。隣を見ると、ナディアが不満そうに唇をとがらせ、いじけたように卓上のカップを両手でもって回して回転させている。
その露骨に拗ねたアピールのような仕草が可愛くて、ヴァイオレットはくすりと笑いながら、左手でそっとナディアの髪先をとって遊びながらナディアを呼ぶ。
「ナーディア、ナディアは前に一回勧めたけど、いいって断ったよね」
「え? そうでしたっけ?」
「うん、娯楽小説は少ないし、何より内部だと基本的にお喋り禁止で、持ち帰れないからね。お休みの日にお喋りできないなら意味がないって」
「……すみません。嫉妬しました」
「可愛いよ。それに、断った理由も可愛いから覚えてただけだよ。雑談で一回聞いただけだから、忘れてもしょうがないよ。もちろん、今回は三人で一緒に行こうね」
「はいっ」
すぐ反省して、すぐ元気になる。そう言う素直で純粋なところが、愛おしくてしょうがない。それに忘れているのに、ヴァイオレットが説明すると本当かな、なんて疑わず、百パーセント信じてくれる。
もちろん嘘ではないけど、だからこそ、その信頼が嬉しくて、ナディアにはずっと誠実でありたいと思わせてくれる。
右肘をついて頬杖にして上体をよせ、すっと揉んでいたナディアの柔らかな髪先を持ち上げて軽く口づける。
「ま、マスター……セリカが見てます」
「……」
ヴァイオレットは微笑みを固定したままゆっくりと姿勢を元に戻し、両手で自身の顔をおおった。恥ずかしい。セリカがいるのはわかりきっていたのに、あまりにナディアが可愛くて、今、ナディアしか頭になかった。ナディアしか見えてなさすぎる。
「ごめん、セリカ。のけ者にしようとか、見せつけようと言う意図はありません。本当に、違うんです」
「いや、はい……だ、大丈夫です。何も見てません。それに、その、愛情深いのは、いいことですから」
ちらりと指の間からセリカを見ると、顔を赤らめて視線をそらしていた。とても気をつかわせてしまった。余計に心苦しい。念のため、その姿勢のまま横を向いて左隣のナディアを確認する。
ナディアは少し恥ずかしそうに頬を染めてはいたけど、どこか嬉しそうに、何なら得意げな顔をしてヴァイオレットを見ている。少なくとも、ナディアにセリカの前でしてごめんね、と言う必要はないようだ。
「おほん、まぁ、それはともかく」
何とか心を落ち着け手をおろして、わざとらしいが咳ばらいをして誤魔化す。
「じゃあ、明日の午後は図書館と言うことで。お昼はどうしようか。ナディアの料理はもちろん美味しいけど、セリカには色んな味を食べてみてほしいし、外で食べない?」
「私はそれでいいです。あ、アップルパイ食べたいです。セリカ、アップルパイ食べたいよね?」
「ん? 食べたことないし、ナディアがおススメならそれでいいよ」
昼食、と言っているのにアップルパイを提案された。まだまだ、ナディアにとって主食と間食の壁は低いようだ。まぁ、でもたまにはいいだろう。久しぶりにたくさん本を読むなら、糖分を多めにとるのもいいだろうし、なによりセリカも興味がありそうだ。
了解を得たことでナディアは嬉しそうに微笑む。
「じゃあ決まり! ふふ。私とマスターが初めて一緒に食べた思い出のアップルパイなの」
「へぇ。でもそれは、逆にいいの?」
「え? なにが?」
「そんな思い出に、私もいれて」
「……やめておきます?」
セリカの指摘にはっとしたように口元をおさえてから、ナディアはおずおずとヴァイオレットを振り向いて尋ねてきたので、笑ってしまう。さすがに考え過ぎだろう。セリカはよく心配りをする優しい子だと、この数日でよくわかっているけれど、それにしてもやりすぎだ。
「いやいや。いいと思うよ、アップルパイ。もちろんナディアとの思い出は大事にとっているけど、それとは別に思い出ができて、アップルパイを一つ食べればいろんないい思い出をたくさん思い出せるようになるのは、それはそれで素敵なことだと思うな」
「そう……そうですよね! セリカ、そういう事だから、大丈夫だよ。本当に美味しいから、食べたら帰りたくなくなっちゃうかも!」
「そんなに? それは確かに気になるし、楽しみになってきたかも」
ナディアの勧めように、セリカも瞳を輝かせた。確かに美味しいし、おススメだけど、さすがにハードルをあげすぎでは? と思ったヴァイオレットだったけど、黙って微笑んでおくことにした。
増えてきたので月水金の週三回更新します。




