ナディアと家族
ヴァイオレットが家につくといつも通りにナディアが迎えてくれたのに、居間に知らない人がいたのは正直めちゃくちゃびびった。
名前を聞いてすぐにナディアの言っていた、許嫁候補ではないか。とすぐに気が付いたけど、相手はそんなことはおくびにも出さず、保護者の体で話してくれているので合わせることにした。
それに実際、あくまで候補であり本人たちの意思ではない。しかも未定の話なのだから、あまり気にしては向こうが気をつかうだろう。気が付かなかったことにした。
その人、セリカは男の子とも女の子ともとれる、とても中性的な容姿だ。もちろん、そもそも性別がないのでこの表現は不適切ではあるのだけど、とにかく、ナディアの親族だけあって顔立ちはとても整っているけれどあまりに中性的でなんだか不思議な印象を受けた。
とりあえずごく普通に、可愛い婚約者の親族として仲良くなりたい下心もあり、じっくり話すことにした。向こうからしてみれば、ヴァイオレットは突然現れた馬の骨だ。助けたまではともかく、婚約者とかふざけてるの? と内心思われていても仕方ない。年の差もある。誤解、でもないのかもしれないけど、とにかく話してみなければ始まらない。
ナディアには申し訳ないけど、食事の用意をしてもらっている待ち時間と言う体で自然に会話時間を確保できた。
セリカの実年齢は不明だけど、ナディアより年上、ヴァイオレット未満といったところだろうか。ヴァイオレットの感覚では二十歳そこそこ、もう少し若いか、くらいに見える。
なのでセリカから言ってくれたのもあり、お互いにタメ口呼び捨てで少しでも親近感をもってもらって印象をよくして行きたかったのだけど、呼び捨てで敬語と言う形になった。
何故。エルフではこうなのだろうか。
気を取り直して、ナディアとの関係について真剣に話すと、わかってくれたようで、ナディアをよろしく、とまで言ってくれた。
そこまで認めてもらえるとは思っていなかったけど、ナディアの態度からしてかなり親しい間柄だったようだし、本当によかった。
「……ふふっ」
それにしても、思い出すのはやっぱりナディアだ。当たり前かも知れないけど、セリカに対してため口だった。
最初から自然に敬語だったし、ルロイや店員等に対してもいつも敬語だったので、普段から敬語しか話さないキャラのようにすら思っていたけど、普通に素ではため口だったらしい。
年相応以上に幼く見えて、とても可愛かった。なんなら、今後はヴァイオレットに対してもため口をつかってもらってもいいくらいだ。すぐには無理でも、いずれ、普通にヴァイオレットの名前を呼べるようになり、正式に結婚して慣れてくれれば、ため口になってくれるだろうか。
それは想像するだけで楽しそうだ。にやけてしまう。
現在は夕食後、ナディアにはセリカを客間に案内してもらい、ヴァイオレット一人で洗い物をしているので遠慮なくにやけた。
とりあえず、今だけため口をお願いしてみようかな。きっと名前の時のように恥ずかしがって可愛い反応をしてくれるだろう。
なんて考えていると、バタンと激しいドアの開閉音がして足音がばたばたと近づいてきた。
「マスター! セリカがお帰りです!」
「え? どうしたの急に」
「ちょっとだから誤解だって! 待ってって!」
そして台所に入るなりナディアがそう叫ぶように言った。とりあえず手をとめて、洗って拭きながら首を傾げる。セリカがナディアの肩をつかんでゆすぶりながら止めようとしているけど、ナディアは完全にそれを無視している。
もうセリカはお風呂にも入っていると言うことで、今日はもうゆっくりしてもらおうと話はついている。これから数日滞在して、とナディアも楽しそうにしていた。
なのになぜ、お帰り? 急に喧嘩でもしたのだろうか。セリカを見ると、困ったような顔で慌てたようにナディアを引っ張っているようだけど、ナディアは無視するどころか、ヴァイオレットの手元を見て目を見開いた。
「あ! 洗い物! 私がするから置いといてくださいって言ったのに!」
「そんなの気にしなくていいから、セリカとゆっくりしてなよ。私が帰る前に話してたって言っても、久しぶりなんだから、いくらでも話すことはあるでしょ?」
「いえ、セリカは帰りますから」
「なに、喧嘩でもしたの? 心配してくれてるんだから、怒らずに話さなきゃだめだよ」
最初にセリカがヴァイオレットを疑った時にも怒っていたので、喧嘩となればまたそんな感じだろう。今二人が喧嘩するなら、新参のヴァイオレットについてしか考えつかない。ヴァイオレットを一定信じてくれたとして、親しいわけではないのだから、ナディアを思えばこそ言ってしまうこともあるだろう。
例えば、何かあったら力になるからね、みたいに親切心で言ってくれているのに、ナディアが何もないのに! と腹をたてたとか、そんなところだろうか。
そう思ってヴァイオレットはナディアをなだめるように頭を撫でながら言ったのだけど、ナディアは不満そうに顎をひいて頭を横に振りなでなでを拒否した。手を下ろすヴァイオレットに、ナディアはつんと唇を尖らせる。
「そんなんじゃありませんっ。セリカがマスター」
「だから違うって! 誤解なの!」
「誤解じゃないでしょ! マスターを狙ってる人間を家に置いておくわけないでしょ!」
言葉の途中でセリカがナディアに頭突きをして遮ったので、ナディアは怒ったようで振り向いてそう怒鳴った。
その内容が予想外すぎて、ヴァイオレットは口を半開きにして驚いてしまう。そんな間抜け面になったヴァイオレットを見て、セリカは慌てて声をあげる。
「だだだだから誤解! 誤解です! 違います!」
「誤解じゃないもん」
「まぁまぁ、ナディア、落ち着いてよ。セリカが私を見て一目惚れしたとでも言ったわけじゃないでしょ? それに、一目惚れなんてそんなことあり得ないんだから」
「そうとは言ってませんけど……と言うか、あり得ないわけありません。少なくとも、私は一目惚れでした」
「ありがとう。嬉しいよ。でもね、セリカは私をナディアに言い寄る馬の骨として見てたんだから、一目ぼれはないでしょ。警戒してたの、見てたでしょ?」
「それは、まぁ一目惚れではないかもしれませんけど。でも」
「だから本当に誤解なの! 私はナディアを心配して言っただけなんだって!」
再度ナディアの言葉を遮り、そう冤罪を主張するセリカ。勘違いを正したいのはわかるけど、めちゃくちゃ全力で否定するなぁ。
実際に一目ぼれでも困るけれど、全力で否定されすぎて、そんなに嫌がるほど嫌悪感もたれているのかと不安になってくる。普通に否定してそんなわけない、と言う分には何とも思わないけど、あり得ない! みたいに言われると、そこまで言わなくても、と言う気分になる。
まぁそんな風に言ってしまうと、ナディアが好かれたいのかと勘違いしてしまうかもしれないから言わないけれど。
ナディアはセリカを振り向いて、じっと目を合わせて見つめあう。こうして2人が顔を合わせているのを見ると、パッと見は美少年と美少女でお似合いみたいに見えるので、面白くはない。
セリカはナディアより頭半分ほど大きいのもあって、ちょうどいい身長差に見える。とは言え、親族に嫉妬するのはうっとうしいだけなので顔にも出さないようにはするけれど。
「……本当に? でもだって、目が怪しかったんだけど」
「め、目とか言われても。とにかく、私はナディアと違って恋とか興味ないし、狙ってないから。変な表現もやめて」
「……信じてもいいの?」
「信じてよ。もし本当にそうなったとしたら、正直に言うから。いやもちろん、そんなことあり得ないけど」
「……わかった。セリカを信じる。マスター、騒がせてごめんなさい」
外見だけを他人事として見ていると、なんと絵になる二人だ。しょうもない内容で言い争っているとは思えない。いや本当、ナディアがヴァイオレットを大好きなのは身に染みているけれど、親族がちょっと好意的なことを言ったからって、即一目ぼれしたと疑うなんて。ナディアはなんて可愛いのだろう。
と思っているとふいに話が戻ってきて、ヴァイオレットは慌てて相槌をうつ。
「あ、うん。大丈夫だよ。仲直りしてくれてよかった。さ、戻ってゆっくり話しなよ」
何もないこと自体はわかっている。なにせ、勘違いでヴァイオレットに気があると思った瞬間に追い出そうとしたくらいだ。だけど目の前にいるのに無視して二人で会話をされると、どうしても居心地はよくない。
なので部屋に戻って話してもらうのがいい。セリカになれれば、ヴァイオレットもそう言った色眼鏡なしで見ることができるようになるだろう。
笑顔を取り繕って促すと、何故かナディアは頬を膨らませた。
「だから、私が片付けますってば」
「今日くらい、いいじゃない」
「駄目です。今日はお休みじゃありませんから」
「わかったわかった。じゃあ一緒にしよう。ごめんね、セリカ、少し部屋で待っててくれるかな?」
「は、はい。じゃあ、その、ナディア、後でね」
セリカが部屋に向かった。それを見て、何故かナディアは満足そうに頷いてからヴァイオレットに向き直り、腕まくりをした。
「さぁ、残りを洗っていきますので、マスターはそちらをすすいでいってください」
「はい、了解だよ」
ナディアと協力して洗い物をすませていく。
「ねぇナディア」
「はい、なんですか?」
「よかったね」
「……ま、まあ。そうですね。心配をかけたのは、申し訳ないですけど」
ナディアは視線を合わさずにそう返事を濁した。だけど、恥ずかしがっているだけで、心配して追いかけてきてくれて認めてくれたセリカのことを喜んで歓迎していることはわかっている。
だけどその上で、あんな勘違いをして追い出そうとしてしまうのだから、なんだかおかしくて笑ってしまいそうだ。どれだけヴァイオレットを好きなんだ。
最初に家族と別れるつもりで出てきたのだろうから、恋人と家族で恋人を優先するのが元々のナディアの性格なのだろうけど、それにしても、あまりにもストレートだ。そのわかりやすくて、自分の気持ちに正直すぎるところが、とても好ましい。
そしてそんな可愛い婚約者が、家族と仲良くやれていて、その家族に認めてもらう第一歩をすすめられたのだ。急で驚いたけど、とてもいい日だ。祝杯をあげたいくらいだ。
嬉しそうなナディアを見ていると、段々と実感がわいてくる。セリカを大歓迎して、好印象で帰ってもらえば、ヴァイオレットとナディアが行く前に話をしてもらえて、よりスムーズに挨拶をすることができるようになるだろう。
もちろん、反対されたとして、受け入れてもらえるまで努力するつもりだし、どうなったとしてナディアを諦めるつもりはない。
ナディアは短気なところもあるので、反対されるならもう縁を切る、などと言い出す可能性もある。セリカを追い出そうとしたところをみて、その可能性は高そうだ。
だけど可能な限りそうはなってほしくない。なのでセリカの反応が最初こそ警戒していたけど、ちゃんと話せばわかってもらえる好感触だったのも安心した。
これで他のエルフとも、分かり合える可能性が十分にあることが証明された。
「……? マスター、どうかしましたか?」
「ん? まぁ、ナディアがセリカ、家族と分かり合えてよかったと思ってね。前に言ったけど、私にはもう家族はいないからね」
「マスター……大丈夫ですよ、マスター。エルフは、里のみんな親族みたいなものですから。だから私と結婚すれば、一気に大家族です」
「わぁ、それはとっても素敵だね」
小さな集落のようなイメージなのでなんとなくそんな気はしていたけど、実際の血のつながりはともかく、親密度が高く、ナディアにとってはみんな仲のいい里だったらしい。
天真爛漫な愛されナディアが生まれ育った場所なので、そうだろうと想像していたけど、本人の口から聞くと、何だか嬉しくなってしまう。
にこにこと笑顔で相槌をうつヴァイオレットに、ナディアは優しい笑顔でこたえてくれる。
「はい。それに、私がたくさん、家族を産みます。だから、寂しくありませんよ」
「うん……ありがとう」
嬉しい。その心遣いは、とても嬉しい。慰める為の優しい言葉で、本気でそうしようと思ってくれている、とっても嬉しい言葉だ。
だけどヴァイオレットは、生まれてくるその前の段階を意識してしまって、ちょっとだけ自己嫌悪した。ナディアが可愛すぎるからだと、言い訳したい。




