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セリカ視点 ヴァイオレットの覚悟

「お待たせしました。夕食をナディア、さんが、用意してくれるから、その間、少し話しましょうか」


 戻ってきたヴァイオレットはナディアの名前で一度戸惑うように言葉を止めてから付け加えた。保護者の前で呼び捨てを遠慮したのだろうか。

その様は少し可愛らしくて、セリカはわからないようくすっと笑ってしまった。向かいの席についたヴァイオレットに誤魔化すように頭を下げる。


「お願いします。あと、ヴァイオレットさんは敬語つかわなくて結構ですよ。年上ですし、恩人なんですから。ナディアともいつも通りでもちろん構いませんし、私のことはセリカと呼んでください」

「……そうだね、じゃあ、そうさせてもらおうかな。でも、それならセリカも、敬語じゃなくていいよ。さん付けもなしで」

「それはまぁ、では、名前はヴァイオレットと呼ばせてもらいます。話し方は、慣れたらおいおいと言うことでお願いします」


 基本的にエルフ内では上下関係に関係なく名前は呼び捨て、親しいとあだ名呼びが一般的だ。だが敬語は普通に年上には使うし、なによりまだ、仲良くなれるのかわからないのだ。距離感をはかりかねる。なので、とりあえず誤魔化すことにした。そんなセリカに、ナディアは一瞬きょとんとした。


「え、ああ、わかった。それで、ナディアから一通りの説明は聞いたんだよね」

「はい。改めて、ありがとうございます。ナディアの借金については、時間はかかっても返させてもらいます」


 再度頭を下げる。とにかくナディアが今こうして元気に笑顔で暮らしているのがこの人のお陰であることには変わりない。そんなセリカにヴァイオレットはやや慌てたように手をふった。


「いやいや、気にしなくていいよ。元々、私の世話をしてもらえれば、それで借金を完済とするつもりだったんだし。それに、話が変わった今となっては、本当に気にしなくていいんだ」

「話が……」

「ん? 聞いてなかったのかな? ナディアとは、お付き合いをさせてもらってます。もちろん、真剣に、将来を見据えたものだよ」


 気になっていた点に切り込む話題に思わず復唱するセリカに、ヴァイオレットはそう何でもないように答えた。その顔は真顔で、けしてふざけたものではない。

 だけどその一言だけで引き下がれるほど、ナディアとセリカの関係は浅くない。セリカは彼女のオムツだって変えていた、正真正銘の保護者代理なのだ。


 長く一緒に居て見極めるような時間はない。ならここで、踏み込まなくてはいけない。嫌われるのだとしても。


「一応聞いてますけど……失礼ですが、ナディアがいくら早く着いたと言っても、まだ半年くらいですよね。それでどうして、結婚しようと思うんですか? この子がエルフで、先祖返りで力が強いから、そう言ったことは関係ありませんか?」

「セリカ!? マスターに変なこと聞かないでよ!」

「変なことじゃ」

「ぷっ」


 セリカの問いかけに、こちらに背中を向けて台所部分で料理作業をしていたナディアが、包丁を持ったまま振り向いて近寄ってきた。それにややビビッて身を引きながらも反論しようとして、向かいから吹き出す声が聞こえた。

 両手を軽くあげる姿勢で固まりながら、そちらを見るとヴァイオレットが肩をふるわせていた。それに気づいたナディアは頬を膨らませて、今度はヴァイオレットに向かって机に手をついた。


「マスター、なに笑ってるんですか?」

「ご、ごめんごめん。ふふ。ナディアが、ため口使ってるのが新鮮で、可愛くて。そう言う話し方なんだね」

「う……い、意地悪なこと言わないでください」


 ナディアはぷぅ、と頬を膨らませた。先ほどのむっとした怒りの顔ではなく、照れくさいのを誤魔化している顔だ。簡単にナディアを操作する様子に、馴染んでいて仲がいいな、と思うと同時に、短期間でこれなのだからやっぱり人の扱いの上手い人なのだ。要注意だと気持ちを引き締める。


「意地悪のつもりはないけど、ごめんね。セリカと話しているから、ナディアはお料理、お願いね」

「でも」

「ナディアのお姉さんだから、ちゃんと話したいんだよ? わかってくれるよね?」

「う、はい……」


 ナディアは恨めしそうにセリカを睨んでから調理に戻った。ナディアも魔力はセリカより強いけれど、エルフなので感情で魔力を出すようなことはしないのでなにも問題ない。無視しておく。


「あの、ヴァイオレット、一つだけいいですか?」

「え、ああ、何でも言ってよ」

「エルフなので、お姉さん、ではないので」

「あ、はい……。ごめんね、つい。セリカも可愛い顔しているから。って言うのも、駄目なのかな?」

「そ、そういう訳ではありません。ただ、女や男とは違うものなので」


 可愛いとか言われた。……妙に、嬉しく感じてしまった。顔なんてどうでもいいけど、可愛いと言われなれない褒め言葉だからだろうか。


「そっか。気を付けるよ」

「すみません、気になったので。えっと、それで、ナディアについてです。まだ会ったばかりだと思うんです。疑う訳ではないんですけど」

「わかるよ。私みたいに、急に現れた馬の骨が可愛いナディアと結婚したいなんて言っても、受け入れられないよね」

「あ、はい」


 可愛いとか、この流れではいらないのだけど。いや、確かにセリカにとって可愛い兄弟分ではあるのだけども。


「でも、少なくとも私は本気なことだけはわかってほしい。ナディアと一緒に過ごすうちに、彼女のことを好きになって、もう、彼女がいない生活は考えられないんだ。ナディアがエルフだからとか、優秀だからとか、そういう事じゃなくて、ただ純粋に愛してるんだ」

「そ、そうですか」


 自分のことではないけど、正面から真剣に言われると、セリカの方が照れてしまう。だけどヴァイオレットは赤くなる様子もなく、心から言っているんだと伝わってくる。

 ヴァイオレットの魔力は、相変わらずとても強い。だけどずっと一定だ。セリカが露骨にヴァイオレットの思いを疑っても、怒りでさらに圧迫するような動きはない。ただそこにあるだけで、ずっと理性的だ。


「……ナディアの、どこが好きなんですか? 私にとっては、子供っぽくて、まだまだ小さな子で、結婚相手として見るような対象ではありませんけど」

「え?」


 暗に趣味を否定するように、あえて怒らせるように言ったのだけど、ヴァイオレットは驚いたように目を丸くした。

 今、驚く要素があっただろうか。急に棘のある言い方をし過ぎて、驚かせたのだろうか。わからず不安になるセリカに、ヴァイオレットはふっと微笑んだ。


「少なくとも、私にとってナディアは十分大人だよ。子供っぽいところも、たまに見せてくれる可愛いところであって、普段の生活ではしっかりして頼もしい、信頼できる生活のパートナーだよ」

「ぱーとなー?」

「あ、ごめん。えっと、相棒、かな」

「相棒……」


 それはセリカにとって、知らないナディアの顔だった。

 セリカにとってナディアはいつも夢見がちで、地に足がついていなくて、将来の定職を選ぼうとせず、未成年の身分をいいことにあれこれと好奇心のまま手を出して、気ままな日々を過ごしている印象しかない。

 そんなナディアの生活に苦言を呈すことも少なくなかった。多少うっとうしがられている自覚はある。だけどそれは、それだけナディアを心配し、ナディアを可愛く思うが故にだ。


 だけどここでは違うのだ。ここでのナディアは、もう一人前として過ごして、信頼できる人間関係を築き、そしてただ一人とめぐり合って思いを通わせることができるのだ。それはもう、セリカの庇護が必要な子供ではない。


 セリカはナディアを、子ども扱いしすぎたのだろうか。昔から一緒にいるからわかっていると思い込んで、色眼鏡で見て過剰に子ども扱いして、抑圧してきたのだろうか。そうでないと思いたいけど、少なくともここで、今この街にいるナディアは、立派な一人の人間なのだ。


 今日まで、色々なことがあった。旅だけではなく、ナディアが生まれてからずっと、色んなことがあった。色んな思いが去来する。

 だけどそれを全部置いて、さっきのろけていた、ナディアの幸せそうな顔を思い出す。ヴァイオレットが真剣なのは、間違いない。嘘偽りはないだろう。ならもう、セリカが言うことは決まっている。


「……ナディアを、よろしくお願いします」

「それは、はい。私にできる限りのことをするつもりです。安心してください」


 セリカが頭をさげると、ヴァイオレットは微笑んだ。視線をあげて、その笑みと目が合って、その優しい瞳に、包まれるような魔力の温かさに、何故か無性にセリカはくすぐったいような気になった。落ち着かなくて、妙にドキドキしてきた。


「納得してくれて、よかった。そう言えばセリカは、ナディアのことだけで出てきたの?」

「あ、はい。そうです。ナディアが急に家出をしたので、心配で」

「ちょっと、詳しく教えてくれる? セリカのことも、里のことも、セリカから見たナディアのことも、教えて欲しいな」

「はい」


 もうヴァイオレットを疑うことはない。ナディアと結婚すると言うことは、身内同然だ。隠すことなない。色々なことを説明したし、請われるまま思い出話もした。

 ヴァイオレットはナディアのことだけではなく、エルフの文化などにも興味を持ってくれているようで、目を輝かせて聞いてくれた。


 エルフ目当てでは? などと一時疑ったセリカではあるけれど、エルフであることに誇りをもっているので、文化などを知りたいと言われれば嬉しい。

 それにセリカ自身のことも知りたがってくれて、なんだか嬉しくなる。


「お待たせしました」

「ああ、ナディア。ありがとう。のけ者にしてごめんね」

「いえ。大丈夫です。マスターが私のことを大好きだからなのはわかってますから」


 めちゃくちゃ甘えた猫なで声をだしたナディアに引きながら、夕食をいただく。

 しっかりと料理された食事をとるのは始めてだけど、魔力のこもっていない食事と言うのも意外と悪くなかった。


「ナディアの為に、せっかく来てくれたんだから、しばらく観光でもしてゆっくりしていくといいよ。その間の滞在費くらいは持つから」

「そうだね。とりあえず、明日魔石も買うし、そうだ、私がセリカを案内してあげるっ」

「ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えようかな」


 穏やかな時間を終えて、セリカは客間に案内された。ナディアが自宅のように案内し、寝具も整えてくれた。まるで主人だ。

 ナディアは、元からこうだったのか。それとも、この街で変わったのか。セリカにはわからない。だけどまるで、別人のようだ。セリカも、変わりたいな、と素直に思えた。


「ねぇ、ナディア、一つ聞いてもいい?」

「ん? なに?」


 だからふと気になったことを、ニコニコ笑顔で寝間着を渡してくれるナディアに尋ねてみることにした。


「ここの人って、結婚は対制度なのかな? ほら、ヴァイオレットくらい魔力が強いなら、もう数人結婚してもおかしくない気がするんだけど」

「は?」


 ナディアが、直視できない顔をした。


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