セリカ視点 見定める
妹分のナディア。ようやく再会できたナディアは、思っていた以上に健康そうで、セリカは心からほっとした。
ここまで旅をしてきた。いくらナディアの保護者ぶっていても、セリカもろくに里をでたことのない身だ。道中は楽なものではなかった。知らない人ばかりの中、一人でやっていくのは、それだけでも気疲れしてしまう。
世の中、善人ばかりと言う訳でもなく、大金を持っていると絡まれたり脅されそうになったことだってある。さいわい、ちゃちなナイフで脅かしてきただけなので、それを掴んで食べてしまえば相手から逃げていく程度の悪人しかいなかったけれど。
しっかりと魔石やお金の用意をしていたので、生活に困るということはなかったけれど、慣れない環境で、ましてナディアを探しながらの旅は心休まる時間はなかった。
ナディアが王子様を探しに行くのだから、人口の多い王都へ向かうと見当はつけたが、どこにも目撃談がないのだ。追い越しているのだろうか、または全く見当違いのところへ行っているのではないだろうか、または、そもそもどこかで事故にでもあってひもじい思いをしているのではないだろうか。
そんな風に、心配はそこを尽きなかった。
もちろん死にはしないだろう。森に行けば魔力はあるのだから、なにかしら食べれば済む話だ。どこかで事故にあったとして、そうしてしのいで魔力を貯めれば、いずれナディアの身体能力なら戻って来られるだろう。
だけどだからと言って、家族同然の大事な妹分のナディアが、困っていて悲しんでいるかもしれない、助けを求めているかもしれないとなれば、慌てないはずがない。
だから今、元気でやっているのは本当によかった。よかったけど、いやちょっと、幸せになりすぎでは? それに相変わらずの恋愛脳で、幸せなのはいいけど、騙されてはいないかと心配するのは当然だろう。
そのマスター、ヴァイオレットとやらがどんな人物かわからないので、セリカがもし悪人なら、と言ったところで不機嫌になったナディアに、セリカはため息しか出てこない。
今のは言い方が悪かった。心から信じている今のナディアに何を言っても、そうなってしまうだろう。
「そりゃあね? ナディアは信じてるだろうし、そうじゃなくて、本当にたまたま偶然で、心から愛し合っている可能性もあるとは思うよ? でもまだ私は会ってもいないし、ナディアの身内としては、未成年の子が騙されてないか、心配になるの。わかる?」
「……言いたいことは、わかるけど。でもマスターのことは、私が先に好きになったんだから。変なこと言わないでほしい」
「あなたがすごーく信じてることはわかったよ。でもとりあえず、会ってみなきゃ、判断できない私の気持ちもわかってほしい」
「それは、そうだけど」
いじけたように頬を膨らませた。わかったわかったと頭を撫でてなだめたくなる、相変わらずの末っ子反応だ。身内の欲目とは言え可愛いけど、でも、この子供を結婚相手として真面目に対等の相手として見ているっていうのが、少し信じにくい。
ナディアは確かに、先祖返りで魔力が強くて能力値で言えばセリカなんかよりよっぽど強い。だけど、里の中で最も幼く唯一の未成年者として可愛がられて甘やかされてきた。正直精神年齢は低いと言わざるを得ない。
ある程度成長してからも、本人がいろんなことに興味があっていろんな仕事を覚えたがって覚えもよくてとなれば、さらに大人たちから可愛がられて当然だ。だからいつまでたっても子供っぽく王子様に憧れていて、セリカ以外のまだ結婚していない人にとっても結婚相手と見られるような成長をしなかった。
そもそもエルフにとってはまず、仕事の役割分担でどちらを選ぶか、と言うところから始まるのに。内か外か、いわば選んだ仕事で人間にとっての性別のようなものになっているのだ。役割分担をしないと、家庭がまわらないのだから当然だ。
なのにナディアは、完璧なお姫様になりたいなどと嘯いて、どちらの仕事も、さらにどんな仕事にも興味を持って体験して、さらにそのどちらも極めようとして、それを選ばなかった。選ばないナディアは、エルフの結婚観において未来を見据えていない夢見る小さな子供でしかないのだ。
人間にとっては、家庭観が違い、結婚観が違うだろうから、ナディアが小さな子供ではなく、成人間近だとみること自体はありえるだろう。
だけどそれを考慮しても、そもそも性格が子供っぽいのだ。こんな子と家庭を持ちたいと思うと言うのが、怪しいと思えてならない。本気なのだとしたら、それがそう言う怪しい趣味なのではないだろうか。
「もちろん、ナディアも立場もあるからね。無理に今日とは言わないよ。宿をとっておくから、都合のいい日を教えてもらえたらいいし。明日またくるから」
「え、いや、普通に会ってもらえると思う。今はお仕事が忙しい時期じゃないみたいだし、そろそろ帰ってくるはずだし。それに部屋もあるし、泊まっていけばいいんじゃない?」
「ちょっと、雇い主で家主のヴァイオレットさんの意見聞かずに、勝手なこと言っちゃダメでしょ。いやまぁ、お風呂まで借りてあれだけどさ」
「そんなの、私がお願いすれば、マスターはなんでもお願い聞いてくれるんだから大丈夫っ」
胸をはられた。だからそう言うところが全然変わってなくて、婚約したとか全然信じられないのだけど。それともそのヴァイオレットの前ではめちゃくちゃに猫を被っているのだろうか。あり得る。
散々疑ったけれど、少なくともナディアの前ではとてもいい人なのだろうことは疑いようがない。きっとセリカの勘ぐり過ぎなのだろうとも思う。だけどやっぱり、会うまでは信用はできない。ただ急に家に押しかけてとなれば、印象が悪い。
相手を推し量ろうとすればまた、セリカも見られるのだ。ナディアが結婚したいと言うなら、親族になる可能性のある相手に、セリカが悪く思われるわけにはいかない。
「とにかく、一度出るよ。宿を教えてくれる?」
「えー、大丈夫なのに。それに、宿は泊まったことがないから」
「あぁ、あなた。はぁ……わかった、じゃあ、とりあえず探すから。明日、お昼ぐらいに聞きに来るから」
「セリカは強情なんだから」
「どっちが」
そろそろ帰ってくる、と言うならゆっくりはしていられない。留守中に勝手に家に入ったとなれば、良い印象のわけがない。
セリカはやや慌てて席をたつ。隣の椅子においてある鞄を持ち、あからさまにへこんでいる。
「あれ、私の荷物、減ってる?」
「あ、汚れ物全部出したよ。洗っておくから」
「うーん、まぁ、それはナディアがしてくれるんだしいいのかな? 目につかないところに干してね。じゃあね、とにかく、元気みたいでよかった。明日はまたゆっくり話そうね」
鞄を背負うと、ナディアはどこか呆れたような顔で立ち上がり、物音がすると共にはっとした顔になった。
そして遅れて、玄関扉の開閉音だと気が付くと同時に声が聞こえた。
「ただいまー」
「マスター! おかえりなさい!」
少し間延びした声が聞こえるとすぐにナディアが立ち上がって走り出し、玄関に迎えに行ったようだ。まだ席についているセリカからは見えないが、声がよく通っている。
その調子に、苦笑する。話しぶりからでもわかっていたけれど、相当ナディアはのぼせ上がっているらしい。その相手が本当によき人で、ナディアの幸せを願ってくれているならいい。セリカとしてもそうであることを願っている。
色々あったけれど、ナディアが幸せだと言うなら、応援しよう。だけどもし、怪しいところがあるなら、話は別だ。その時は恨まれてでも、ナディアを連れ帰らなければ、あ、でも借金どうしよう。……まぁ、その時はその時だ。
今日のところはお暇するつもりだったけれど、こうなったら今こそ出会うべき瞬間だと神が言っているのだろう。セリカは覚悟を決めて立ち上がり、玄関に向かう。
「ただいま、何だか今日はいつもよりご機嫌だね」
「んふふ。そんなことありませんけど。いつもよりマスターが早く帰ってきてくれたので、いつもより早く会えて嬉しいです」
……いや、何を言っているんだ、ナディアは。出ていきにくいだろう。
セリカは居間から廊下へ出しかけた足先をひっこめる。まぁ、セリカがここにいるのはわかっているのだ。呼んで紹介してくれるだろう。
「ナディアは今日も可愛いね、夕食はいそがなくていいけど、今日は時間があるから一緒に作ろうか」
「それいいですね! じゃあ、とりあえず荷物持ちますね」
「ありがとう。これは普通に部屋でいいから」
「はい!」
そうして会話がひと段落したようで、二人が歩く足音がして近づいてくる。
え? 紹介してくれないどころか、セリカを忘れている? どうしようか、と思っている間に、ナディアと並んで居間の前を通過しようとする人が現れ、すぐ前にいるセリカに気が付いてぎょっとしたように振り向いて立ち止まる。
「えっ!? だ、誰!?」
そして初めて、その姿を見て、セリカは驚いた。
すごく、魔力が強い。セリカは先祖返りしているようなナディアのように魔力が多くないし、感知能力だって低い。ナディアに比べてずっと鈍感だ。だけどそれでも、目の前に立たれれば圧力を感じて一歩下がってしまう程度に、その人、ヴァイオレットの魔力は強烈だった。
「あ、ごめん、セリカ」
「え、なに、知り合い? セリカ? あ、もしかしてナディアの?」
「はい、すみません、マスター。紹介しますね。私の兄弟分で、故郷から心配してきてくれたセリカです」
「あ、と」
本気で忘れていたらしいナディアが軽く謝罪してから紹介してくれた。それに気が付いて、何とか意識を保ちながら、さらに一歩下がって自身を落ち着かせる。
この魔力。あんな隣にいては、会話をするだけで子供ができてしまいそうだと錯覚しそうだ。ナディアは平気そうに話しているけれど、少なくとも初対面のセリカには耐えられそうもない。
セリカはヴァイオレットから3歩距離をとった状態で何とか挨拶をする。
「初めまして。留守中に勝手にお邪魔してすみません。私はアセル・アリエフ。ナディアの親戚です。ナディアの呼ぶセリカは、昔からの愛称です。ナディアを保護してくださったと話を聞きました。ありがとうございます」
「いえいえ、私はヴァイオレット・コールフィールドです。宮廷魔法使いをしています。お気になさらず。道中大変だったでしょう。どうぞ、お座りください。すぐに着替えてきますから」
「ありがとうございます」
突然現れたセリカに対して気を悪くするでもなくそう言ってくれた。ほっとする。これほどの魔力の持ち主に睨まれたら、きっとそれだけで生きた心地はしないだろう。
ヴァイオレットが部屋を通過して、ナディアもそれについて行った。
いやそこはナディアは残ってくれるところでは? ヴァイオレットにしたら他人なのだから、セリカを一人で残すのもどうかと。とは言え、おかしなことをするつもりはない。
疑われる余地もないよう、大人しく席についておく。
「……ふぅ」
あの魔力に気圧されて、すっかり呑まれてしまいそうだった。
だけど考えてみれば、ナディアが求める王子様に当てはまったと言うことは、魔力が強いのは前提だろう。覚悟しておくべきだった。
落ち着こう。今のところ、二人は仲が良く、ヴァイオレットも穏やかな気性のように見受けられる。落ち着いて話し合えば、どういうつもりかわかるだろう。
セリカは気持ちを落ち着けながら、二人が戻るのを待った。




