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ソファ

 結局、優勝したのは今回推していたデビットではなかったけれど、5位と大健闘したので、来年には期待できるだろう。もっとも、来年は観戦していないだろうけれど。

 優勝者への表彰と、王から優勝者への激励の一言、そして歴代優勝者たちによる演舞で締め括られ、閉会の一言で終わるまでしっかり観覧した。


 それなりにどれも見所はあり、機嫌を直したナディアにも受けはよく、最後まで楽しんでくれた。ヴァイオレットとしてはそれ以上のものはない。


「ナディアが楽しんでくれたならよかった」


 なのでそう、帰り道も興奮冷めやらぬナディアに声をかけたのだが、それに対してナディアはむっとしたように眉を寄せた。


「そう言う言い方、あんまり嬉しくありません」

「え、ど、どうして?」

「だって私、マスターの子供じゃありません。一緒に過ごす対等な人間です。……ま、まあ、私の方が年下ですし、マスターに比べると子供っぽいのは否定しませんけど。でも、そんな、一方的に私だけ楽しければいいみたいに言われても嫌です。マスターにも楽しんでもらいたいです」

「ナディア……うん、そうだね、ごめんごめん。私ももちろん楽しかったけど、ナディアが楽しんでくれると、それ以上に嬉しくなってしまったんだ。言い方に気を付けるね」

「そ、そういう事なら、私だってそうですよ。もー、ずるいです」


 拗ねたように唇を尖らせながらも、ナディアはぎゅっと繋いでいるヴァイオレットの腕を抱きしめるようにして腕を組んできた。この二日ですっかり慣れてきた感触と、言葉と真逆のその様に微笑ましく感じながら、ヴァイオレットははっとした。


 しまった。普通に朝、イチャイチャするにも人目を考えろと注意されたばかりだった。よく考えたらルロイにも言われたし、手つなぎまでで自重しなければ!

 とヴァイオレットは間違ったセーフラインに合わせる為、そっと空いている左手でナディアの肩を押さえた。


「ナディア、腕を組むの、嬉しいけど、外ではやめようね」

「? はっ、そ、そうでした……はぁ。仕方ないとはいえ、やっぱりちょっと、寂しいですね」


 ナディアは右手ではっと自分の口元を抑えて、しょんぼりしながら体を離した。寂しさを誤魔化すように繋いでいる手は大きくぶんぶん振るナディアに、そうだね、やめるのやめようか。と言いたくなったけど我慢する。

 これはヴァイオレットの職業や地位の対面の為だけではない。ナディアの名誉にとってだって、必要なことなのだ。


「週明けに、上司に外せないか相談してみるからさ。そう長い期間じゃないよ」

「ん……でも私、お金全然返せてないですよね? なのに外してもらって大丈夫なんでしょうか」

「そうだね。まぁ、最悪籍をいれる直前にはなるかもしれないけど。結婚さえすれば、金銭問題なんてあってないようなものだしね」


 それだってうまくいけばほんの2年程度で済むはずだ。ナディアの残り寿命から考えても、大した期間ではないはずだ。

 だけどナディアはヴァイオレットの言葉に、むしろ暗くなってしまう。


「そ……それはつまり、私の故郷に来てくれるまでの旅行も、従者として振る舞わなきゃいけないってことですよね。うー。自業自得で私のせいなのはわかってますけど」


 今までは全然、借金だとか考えていなかったように振る舞っていて、首輪すらとらなくていいのになどと言っていたナディアだけど、いざ首輪の契約について考えると、ネガティブになってしまうようだ。

 確かに、首輪をつける経緯は自業自得と言えなくはない。状況的に仕方ないとフォローしたし、ヴァイオレット目線では大したことがないとは言え、事実として被害者がいてのあれなのだし。


「ナディア、自分を責めないで。そのおかげで、あー、おかげといったら、あの店主には申し訳ないけど。とにかくそのおかげで、私たちは出会えたんだから。ね? 運命だったんだよ」

「運命……そう、そうですよね!」


 ヴァイオレットのやや雑な慰めに、ナディアは顔をあげて口の中で言葉を繰り返し、瞳を輝かせた。それに気をよくしたヴァイオレットは、うんうんと大きく相槌をうつ。


「うん、そうそう。それにね、旅行に出ちゃえば、私のことだって誰も知らないし首輪隠せばわからないんだから、旅行ではうんといちゃいちゃすればいいよ」

「マスター! 大好きです!」


 ナディアは大きな声で元気にそう言った。ヴァイオレットは一瞬ぎくりとしたけれど、まだ城の通路だ。大会は終わってもまだ勤務時間終了の少し前なので、出入り口へ向かう人影は見えない。それをきょろきょろと確認してから、ヴァイオレットはナディアにそっと顔を寄せる。


「うん、私も大好きだよ」


 囁き声でつげる秘密めいたやり取りに、ナディアは頬を染めながら、ヴァイオレットと同じように周りを確認して、今度はナディアが小さな声で囁いた。


「マスター、だーいすきっ」


 可愛すぎるナディアに、抱きしめたくなるのを堪えながら、ヴァイオレットはナディアの頭を撫でた。

 そして足早に帰路につく。受付を通る際に当然のように手を繋いだままだったが何も言われなかったのでセーフだ。









「ナディア!」

「きゃあ!? ま、ま、マスター? ど、どうしたんですか!?」


 まっすぐ家に帰るヴァイオレットはいつもより早足だったけれど、ナディアは特に疑問に思わなかったようだった。だけど家に入ったとたん、ぎゅっと抱きしめると混乱の声をあげた。

 混乱しながらも抱きしめ返してくれるナディアに、愛おしさでついに繋いでいる手を離して腰に回し、抱き上げながらくるくる回ってしまうヴァイオレット。ナディアの問いには楽しくなって笑い声をあげながら答える。


「ははっ、決まってるでしょ! 離れてた分、くっついてるんだよっ」

「ひゃあははっ! も、もー! マスター、子供じゃないんですからっ、そんなにはしゃぐと危ないですってば!」

「あははは、ごめんごめん」


 ゆっくりとナディアを下ろして、だけど抱きしめたまま背中を軽く撫でて、顔だけ離して見つめる。

 ナディアは楽しそうに微笑んでいて、何度見ても、ため息がでそうなほど美しくてうっとりしてしまう。


「目、まわってない?」

「ふふ、もう、大丈夫ですよ。でも、ふふ、マスターったら、全然、外でイチャイチャできないって言う時は平気そうだったのに。なんですか?」

「もちろん、平気じゃないよ。大人は少しだけ、平気な振りが得意なんだよ」

「はい……ふふ、マスターは素敵な大人ですね」

「ありがとう。だからね、外では秘密の恋人の分、二人きりの時は、たくさん一緒に過ごそうね」

「はい!」


 ぎゅっとお互い同じタイミングで抱き合ってから、まだ靴もはいたままなので、仕方なく離れて靴を脱いで家にあがる。

 隣り合って洗い場で手洗いうがいをすませ、名残惜しくもいったん部屋に戻って荷物を置き、先ほど台所に置いたお弁当箱を洗う。まだ夕食の支度を始めるには少し早いくらいの夕方だ。


「ふー、それにしても、観ていただけとはいえ、少し疲れたね」

「そうですね。色々あったなーって感じがしますよね」

「……なんかさ、ソファ欲しいよね」

「え? 何だか急ですね。どうしました?」

「うん。まぁ、少し前から薄々感じてはいたんだよ」


 ヴァイオレットの家は、キッチンとリビングがつながっている大きめの部屋になっているのだけど、リビング側は大きめのテーブルがあり、十分に客間としても扱える為、ローテーブルやソファと言ったものはない。

 そもそもそこまで重要人物が来ることはないし、精々普通に友人知人なので、集まってちょっとしたパーティができるよう、基本的に部屋は広く使えるようにしている。


 だけど思うのだ。ナディアと並んで座っていちゃいちゃするには、別の椅子に座るのでは、いくらくっつけていても不十分だ、と。

 何ならソファならそのまま半分寝転がるような体勢にもなれるし、今より存分にじゃれつけるのは明らかだろう。外では自重をする分、夜に自室に行く前、食事前後のちょっとした雑談の際にも少しでもより密着したいというものだ。


 窓辺に外を向ける形で置けば、日当たりもいいし、かと言って庭もあるしそもそも住宅地としては端っこなので人目を気にする必要もない。なんなら夜に星見を楽しむことだってできるだろう。

 考えれば考えるほど、ソファの設置が急務に思えてきたヴァイオレットは、以上の理由をナディアに力説した。


「な、なるほど。マスター、さすがです! すごくいい考えだと思います!」

「だよね!」


 目を輝かせて同意してもらえ、ヴァイオレットは鼻高々に胸をはる。そうして明日はお祭り最終日なので、あちこちの出店を回りながこのら、家具屋に注文もしておこう、と言うことになった。

 なのでさっそく、必要となるサイズを計測する。


 大きめの出窓があるので、たとえ部屋の出入り口を通らないような大きさでも搬入口は問題ない。だが大きすぎると、使わない時に圧迫感を感じるだろう。

 現在はこの配置で慣れてしまっているので、少し机の位置を動かしてみて、仮想でだいたいの大きさをイメージしてみる。


「こうで、ゆったり目の大きさがいいよね。二人でなくても、例えばたまにはお昼寝できるようなのだといいかも」

「あ、いいですねそれ! でもそれなら、私も一緒に寝たいです」

「とても魅力的な話だけど、それだと座面も広くないと難しいよね」

「いっそ、この本棚を倉庫に移動させるのはどうですか? 横の棚はともかく、この本を読んでいるのってみかけませんよね」

「うーん、そう言われるとそうだね」


 最初の頃はテーブルが大きいので、この居間でも作業したりしたのでそのための資料や、食後の気分転換用に読むように専門外も含めた論文を置いていた。だけど、今は部屋で作業する上、当時必要だったこの資料はもう全部覚えてしまったので何なら処分してもいいだろう。論文も気分転換にはナディアがいれば十分すぎて、全く読んでいない。

 手狭で場所に困っていると言うこともなく、慣れた光景だったので何も疑問に思わず放置して、完全に部屋のインテリアの一部になっていた。


「この書棚をどければ、もう一回り大きくても大丈夫そうだね。うん、そうしよう」

「はい! じゃあ、移動は明後日にでもしておきますね」

「本だから結構重いけど、平気?」

「大丈夫ですよ。少しずつ運びますから」

「じゃあ、お願いするけど、本棚本体は重さじゃなくて、大きくて危ないから、一人で移動させないでね? いいね?」

「はい、わかりました」


 と言うことで順調に大きさも決まった。どんなデザインがいいか話し合いながら、夕食をつくっていつも通りのんびりと過ごした。



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