試合
「ん? あ、マスター? もしかして、ずっと私のこと見てました?」
一人でやる基本の型、数人でやりあう切りあいの型などをやってから、少し時間を空けてから、試合を開始すると言うアナウンスにナディアは背もたれにもたれ、それからヴァイオレットの視線に気づいて悪戯っぽく笑った。
「うん、見てたよ。可愛いナディアの横顔をね」
「ふふ、もう、マスター、声をかけてくれてもいいんですよ? 確かに興味もありますけど、マスターに比べたらどうでもいいですし」
「それは嬉しいけど、でもせっかくだし、ちゃんと楽しんでもらえたほうがいいかな。楽しんでるナディアを見たくてデートしてるみたいなものなんだから」
「それは、うーん。そうかもです。折角マスターが用意してくれた席ですもんね!」
じゃあ全力で楽しみます! と笑顔で言ってから、ナディアは興奮して喉が乾いたようでお茶をふくむ。
何て無邪気で可愛いのだろう。そもそも、興味があることなのにヴァイオレットに比べたらどうでもいいとか、可愛すぎる。
もちろん、ナディアの為に用意したのだから、ないがしろにされると思うと微妙な気分にもなるのだが、それ以上に、どれだけヴァイオレットのことが好きなのか。愛おしいで足りない。こんな子供が欲しいまである。
そう言えば、この世界の子供のでき方はわかったが、子供ができるまでの日数なども同じなのだろうか。学生時代からの友人で出産している者もいるが、卒業後、別の職業なのでそこまで頻繁に顔を合わせているわけでもなかったし、計ったわけでもない。が、二年もかかったりはしていないはずだ。子供ができたと聞いてから、出産祝いを渡すまでの間隔を信じるなら、だが。
そうだとすると、ナディアの故郷へ一年がかりで行って、許可をもらって帰ってから準備をして式もして、と考えても、最短で3年後には子供ができている可能性があるのか。
ふいに、その当たり前の可能性に気が付いたヴァイオレットは、胸の奥から湧き上がる、何とも言えない感情に天井を仰いだ。
ナディアが好きで一緒に居たくて、当然のように結婚したい。だけどまだ、そこまで考えてはいなかった。
でも結婚さえしてしまえば、キスを我慢することなんてありえないだろう。ナディアだって、子供を産みたいと言っていたはずだ。
子供を持つ。そんなこと、今まで考えたこともない。正確に言うと、考えないようにしていた。持つとして、養子や後継者でしかないはずだった。
だけど今、すぐ近い未来に、確定した予定として存在しているのだ。
そう思うと、何だか妙な気分だった。現実味がなくて、ふわふわしている。だけど愛しいナディアとの間に、血を分けた子供ができて、家族が増えるのだと思うと、ただ嬉しい。楽しみだ。そんな風にも思う。だけど妙に不安なような、足元が不確かなような、そんな気にもなる。
「マスター? どうかしました? 天井、何かあります?」
「いや……なんでもないよ」
「えー、なんですか。気になります」
声をかけられて顔を向けると、ナディアは微笑みながらそうくりくりした瞳で問いかけてくる。反射的に誤魔化そうかとも思ったけど、隠すほどのことでもない。
「なんでもないよ、ただ、いずれナディアに似た可愛い子供ができるんだと思うと、何だか、その、楽しみだなって」
「えー、私としては、マスターに似た子供がいいですけど」
「えー、嫌だなぁ。ナディアみたいな万人向けの美少女の方が絶対いいと思うんだけど」
「私の顔なんて面白みがないですよ。マスターは何もかも素敵ですけど、異国風の珍しいお顔立ちで、そこもちょっと、遠くから来た王子様感あっていいですもん」
そう何もかもプラスに受け止めてくれるナディアはのありようは嬉しいけど、世間的な評価ではナディアの方がいいだろう。とは言え、ヴァイオレットは別に自身の顔が嫌いなわけではない。
異国風と言う扱いはナディアだけではないので、エルフではなく普通の人の美醜感覚ではどうかのかよくわからないけれど、少なくともこの国で生きていくにあたりヴァイオレットは悪い顔ではない。
だがナディアほどの美少女だと全く話が変わってくるだろう。エルフ界ではそうでもないかも知れないが、これほどの美少女となれば、まず初対面から好印象は確実だ。
だが、こんなことで争うほど馬鹿らしいこともない。子供の顔なんて親が決められるものでもなく、そもそもまだ子供だっていないのだから。
「と言うか、私とナディアの子供って、エルフになるのかな?」
「え、あー、どうなんでしょう? 基本的に産む側の種族特性を引き継ぐ傾向があるみたいですけど、マスターほどの魔力なら話が変わってくるような気もしますし」
「うーん、普通に考えたら、私と同じって言うのはあり得ないんだよね。まず赤ん坊で生まれてくれるはずだからね」
「そ、それはさすがにそうですね。大人になるまでお腹にいられたら困ります」
「でもだからってエルフ100%と言うことも考えにくいよね。私の魔力もはいるんだし。まあ、できてから考えればいいよね」
「はいっ、そうですね。どっちに似たとしても、マスターの子ですもんね。きっと、とっても可愛い子に決まってます」
「そうだね。それはもちろん、そうに決まってるね」
「はい!」
そこは間違いない。どちらに似たとしても、心から慈しめるだろうことは想像に難くない。
なんて話をしていると、ようやく試合が始まった。年々大会の注目度があがり、それに伴い出場希望者も増えたようで、最初は会場全体を小分けにして、複数人が同時に試合を行い、午後までに10人までに絞られて、午後から正式に一対一になる形式だ。
それまではあまり実況もされないので、素人にとっては見どころがよくわからないところもある。
「はー……」
「ナディアは、誰が強いとかわかるの?」
「えー、いえ、全然わかりませんけど?」
「あ、そうなの。ナディアは戦いには興味ないの?」
軽い気持ちできいたのだけど、ナディアはきょとんとしている。興味深そうにやや前のめりになって、こまごまと戦っている兵士たちを見ていたので、てっきり戦いとつけばなんでも好きなのかと思っていた。
以前にかかわりあったことのある狩猟民族は、民族内で試合をして強くなること自体を娯楽の一部にしていたので、ナディアにもその気があると勝手に思っていた。
だけどナディアはいぶかしそうにして、何かに気付いたような顔になるとひらひらと空いている手を振って否定する。
「一応ありますけど、もしそれが私が戦うってことなら、全然興味はないですよ?」
「あれ、そうなの? 狩りは好きなのに?」
「狩りは、こう言う試合するみたいな、人間同士で戦うのと全然別ですよ。剣も使ったことないですし」
「そうなの? じゃあナディアにとって狩りって、釣りと弓だけなの?」
「いえ、罠もありますし、あと槍ですね」
「槍か。確かに、狩りは槍使ってるイメージだね」
普通に、槍の方が間合いがあるだろうし、突き刺す力方向に力がこめやすそうだ。
だけどそうか、対人戦には興味がなかったのか。このイベントに対しては残念な気がするが、少々ほっとするような気もした。
そんな複雑なヴァイオレットの内心には気づかず、ナディアはそうですね、と相槌をうつ。
「剣自体は一応見たことありますけど、狩りで使っている人は見たことありませんね。あっ、3番のところ見ました? からめるように剣を巻き上げました。すごいですねぇ」
感心したように言うナディアは、一応楽しんでくれているらしい。
もしこれを機に、対人戦闘も面白そうかもとか思ったらどうしよう、と特にどうもしないけど内心少し心配になりながら、ヴァイオレットは言われるままに3番を見る。
枠線が引かれて6つにわけられ、それぞれに審判がいて、3番をいったん止めている。そして枠外に飛んで行ったらしい剣を拾っている。
見ていなかったけど、ナディアが言った通りのようだ。ヴァイオレットも全く剣術には詳しくない。旅をする関係で、身を守るすべくらいはあるけれど普通に魔法だ。なのでそれがどれだけ凄いのかはわからないけれど、戦闘相手と結構な技術差がなければできないと思うので、予選選手の中でもそれなりに有望株なのではないだろうか。
「よし、じゃあ3番のあの選手、えー、デビット選手か。あの選手を応援してみようか」
受付でもらった試合一覧表に、いつどれが誰の試合なのか明記されているので、そこから名前を確認するヴァイオレットに、ナディアは首を傾げる。
「え、何でですか?」
「え、何でって、理由はないけど、どっちが勝ってもいいや、よりは特定の誰かを応援する体で見た方が楽しくない?」
「そう言うものなんでしょうか」
「無理にとは言わないし、他に気にいった人がいるならそれでいいけど、ある程度勝ち上がりそうな人の方が、途中で応援する方を変える必要ないしね」
それが正式な楽しみ方、と言う訳でもないだろうけど、ヴァイオレットは全く門外漢だからこそ、ともすれば無関心で見逃してしまいそうになるところを少しでも興味をもてるように贔屓側をつくるのも手、と言うだけだ。ナディアもこう言ったものを見るのが初めてなら、そうしてみてもいいだろう、と言うだけの提案だ。
「うーん、そういう事なら、私もマスターと同じ人を応援します」
「まだ始まったばかりだし、予選もまだあるし、シード枠もあるから、焦って決めることはないけどね」
「シード枠、って何ですか?」
「前回大会とかでいい成績を残しているひとが、予選の最初の方を飛ばして途中から参加できるやつだよ」
「えー、それってなんですか? ずるい気がします。強いってわかってる人を、さらに元気な状態で他の人と戦わせるなんて」
「えぇ、そう言われると困るけど。優遇措置をつけることで、前回いい成績を残せなかった人に、よりチャンスをあげている、みたいなことなのかな」
「あー、それ自体が、前回大会のいい成績だったご褒美、みたいなことなんですかね」
「そんな感じだね」
そんな話をしていると、最初の予選試合は終わった。注目したデビット選手も勝ち上がったようだ。飲み物片手に、次の試合が楽しみだね、と言いあった。




