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いい匂い

「はあぁ……すてきですねぇ」


 うっとり、と言う言葉が書き込まれているような、絵にかいたようなうっとり顔をするナディアは、そう言いながらお姫様を見つめている。

 わかってはいたが、正直あまり面白い気分ではない。


 音楽隊が通り過ぎ、大きな国旗の後に、ようやく表れたのが王族の輿だ。道路脇にお行儀よく並んでいる民衆に対して、微笑みを浮かべながら小さく手を振っている。

 二つ目の輿に例年通り兄弟そろって乗っていたお姫様に、ナディアはわかりやすくうっとりと見とれている。


「そうだね、素敵だね」

「あのドレスとか、すごく自然に着こなしている感じと言い、なによりあの笑顔、雰囲気。最高にお姫様じゃないですか……」


 は? そんなの言ったら美しい金の髪に白い肌、端正過ぎる顔立ちが完全に姫で、何より笑顔が可憐すぎて性格も尽くす系有能なのにちょっと意地っ張りなところがあるとか最強にお姫様なのはナディアなんですけど? と言いたくなったけど自重する。

 初お姫様で浮かれているナディアに、水をさすこともあるまい。ただの憧れなのだから、いちいち嫉妬するのも器が小さすぎる。


「あ、今目が合いました!」

「うん、気のせいだね」


 きゃあきゃあはしゃぐナディアとパレードを眺め、そうしてついに全ての隊列が城門をくぐった。次は門越しに、王様からのありがたいお言葉である。

 直接声がきけるだけでもありがたいことらしいが、正直ヴァイオレットにとっては割とどうでもいい。内容自体は例年、当たり障りなく建国を祝っているし、面白みはない。ナディアもおっさんには興味がないようで、スルーして、奥にいるお姫様を注視している。


「黙っていても、こう、高貴な感じがありますよね」

「そうだね、ノーブルだね」


 ナディアは一通り喜んで、ありがたいお言葉が終わって、王族がいなくなり門が閉められてから、はぁとまた大きく息をついた。腕の中のナディアをそっとくるっと回して席に誘導する。


「じっくり見られた? 満足した?」

「はいっ。十分です」

「それはよかった。そろそろいい時間だし、デザートだけ追加してから出ようか」

「そうですねっ、外もちょっと見ましょうよ!」

「うん、いいよ。軽くぶらつこうか」


ここに来るまでは寄り道をしなかったので、全然見ていないようなものだ。三日目に本格的に見て回るとは言え、1日ですべての通りを回りきれる保証もないし、三日目には売り切れて店じまいと言うこともある。

今のうちに一通り回ってしまっても、三日目に飽きていると言うこともないだろう。


 デザートに桃のゼリーを食べて、少しゆっくりしてからお店を後にする。

 中でゆっくりしていたので感覚が麻痺していたが、パレードが終わっても外はまだまだ騒がしい。むしろ先ほどのナディアのように興奮している人もたくさんいたりして、パレード中は比較的静かだったのでより騒がしく感じられる。


「……」


 ナディアに目配せすると、黙ってまた手を組んでくれた。以心伝心な気持ちになってとてもいい。

 やっぱりナディアがナンバーワンお姫様だなぁ、と頭の悪いことを考えながら、ヴァイオレットはナディアをエスコートしながらお祭り騒ぎの街をぶらついた。









「んー、疲れたね」

「そうですね、さすがに少し、はしゃぎすぎましたかね」


 夜、日が暮れてからもお祭り騒ぎは終わらない。むしろ子供が家に帰ったことで酒量の流通が増えたり、工夫を凝らした照明飾りがあったりと、少し大人向きの雰囲気になっていて、それで再度一回りして、夕食もとってから帰ってきた。


 さすがに疲れたと言うことで、すぐにお風呂の用意をして入れている間にリビングで休憩しているところだが、腕を伸ばして伸びをするヴァイオレットに対して、ナディアはまだ余裕がありそうだ。

 ナディアとの体力に差があるとは前からわかってはいたが、特別運動をしたわけではなくこれだと、年のせいかな、と考えてしまいそうになる。


「ナディアはまだ元気そうだね」

「そうですか? まぁ、体力的にはそうかもですけど、やっぱり人込みが凄かったですから、ちょっとこう、気疲れ? といいますか、ありましたよ。この街に慣れてきたつもりですけど」

「人混みはね、なれないと、と言うか普通に毎年の私でも疲れるけどね。まあ、明日はほぼ一日かけて試合だし、終わってそのまま帰れば今日よりはマシだと思うよ」

「んー、それだとなんだかもったいない気もしますけど、でも三日目に備えるって言うのもありですかね」

「ありあり、全然ありだよ」

「じゃあそうしましょう。試合ってどんな感じなんですかね。結構楽しみなんですけど」

「結構儀礼的な面もあるよ。例えば」


 明日のについて話していると、すぐにお風呂が沸いたので、そのままお風呂に入った。さすがに疲れたので、夜のおしゃべりもお休みだろうと思ったのだけど、ナディアは普通にやってきた。

 欠伸をしながら迎え入れたけど、少し話してみたけどやはり眠くなってきてしまう。


「ナディア、悪いんだけど、今日は少し眠いんだ」

「そうなんですか。じゃあ、膝枕しますよ」


 わくわく顔で提案された。どうしてそうなるのか。眠いと言っているのに、誘惑するのは止めてほしい。目が覚めてしまう。

 ヴァイオレットは気持ちを誤魔化すように、そのまま後ろに寝転がる。ベッドに並んで座っているので、このまま眠れそうだ。欠伸をもうひとつする。


「何故なの。あのね、そのまま寝るから、膝枕したらさすがにナディアも足がしびれるでしょ」

「うーん、それは確かに。でも、もっと傍にいたい気分なんです。あ、じゃあ、一緒に寝るのはどうですか?」

「いや、それはちょっと。眠れなくなりそうだし」

「え? 大丈夫ですってば。ちゃんとお風呂でよく洗ったので、いい匂いのはずです。ほら、ちゃんと確認してくださいっ」

「だから困るんだよねぇ」


 めちゃくちゃ可愛いから、匂いをかがそうと上から覆いかぶさってきて毛先を鼻先に近づけてくるのやめてほしい。普通に目が覚める。仕方ないので抱きしめる。

 素直にヴァイオレットの上にのるナディアの頭に顔をつっこむ。いい匂い過ぎて頬ずりしてしまう。


「ま、マスター? あの、寝るならちゃんと布団にはいりましょうよ」

「うーん、ナディアはほんと、自己申告するだけあって、いい匂いだね。すごく美味しそうだよ」

「ええ!? そんなに食事の匂い残ってました!?」


 ナディアは慌てて頭をあげて、自分で髪をもって匂いを確認している。いや、そういう意味ではない。

 さんざん人のことを美味しそうと言うナディアなので、美味しそうと言う意味が通じるかと思ったのだけど、普通に食欲に変換されているのは普通に恐い。いつもヴァイオレットに美味しいとか言っているのは、本気の食欲だったのか。


「あのね、美味しそうなって言うのは、ナディアがいい匂いがして、いつもよりもっと可愛くて、たくさん可愛がりたいなって言う意味だよ」

「……ど、どうぞ?」


 まだ眠気があるせいか、普通に教えてしまったけど、ナディアは恥じらうように少し赤くなりながらもそう小首をかしげて促してくる。

 は、はああ、と変な声と共に息をはいた。ぎゅう、と抱きしめる力をこめて少し転がり、ナディアを横に下す。そして胸に抱くようにして、頭をよしよし撫でる。


「もう、ナディア、無防備すぎ。恐いなぁ」

「え? なにがですか? ふふふ、マスターの胸、柔らかくていい匂いがしますね。何だか、ぎゅっとしてると気持ちいいです」


 またそんな、無邪気なことを言うナディアに、ヴァイオレットは我慢するために何気なく抱きしめたのに、胸元を妙に意識してしまう。薄着なので言われてみれば吐息を感じてくすぐったいのだけど、そのくすぐったさを別の感覚に置き換えてしまいそうだ。

 ヴァイオレットはそんな感情を誤魔化すように、あえて軽い調子で話しかける。


「もう、ナディアは本当に、可愛いね。罪深いほどの美少女」

「ふふっ、なんですか? その言い方。罪深いって。じゃあ、何の罪なんですか?」

「私の心を盗んだ罪かな」

「まぁ、それ、なんだか素敵です」


 ヴァイオレットとしてはド定番のつもりが、ナディアの心にストライクだったようで、くっさ、などと言わずに素直にうっとりしてくれた。可愛い。

 ナディアは顔をあげて、ぎゅっとヴァイオレットに抱きつき返しながら微笑む。


「ふふ。じゃあ、マスターは、私の全部を取っちゃった罪ですね」

「えー、全部もらっちゃっていいの?」

「だってしょうがないですよ。マスターのことが大好きですもん」


 恥じらいながらも満面の笑顔で、至近距離で囁くように言われた。ぞくぞくと背筋が泡立つほどで、とっさに言葉がでない。無意識に呼吸がとまって胸がいっぱいになっていたので、何とか息を吐く。


「はあぁ……私も大好き」

「ふふふ。私の方が大好きですよ」

「方が、とかそう言うのはやめよ? どっちも大好きでいいでしょ?」

「えー、嫌です。私の方がもっともーっと好きです! ってやりたいです」

「それこの間出た小説の奴でしょ」


 いちゃいちゃシーンの会話そのままだ。再現したかったらしい。よくあるパターンだけども、形だけでも無駄にもめたくない日和見主義のヴァイオレットに対して、ナディアはやりたいやりたいと体を揺らして主張してくる。


「あ、マスターも読んだんですか?」

「ナディアが気にいって読み返してたみたいだからね。結構よかったよね」

「結構じゃないですよ。ものすごくよかったですよ。じゃあもう一回やりますね? 私、マスターのことがだーい好きです!」

「……」


 元気に言われた。可愛いけど、そんな形だけ真似してもどうなのだろう。どうせ我慢はしなくてはいけないなら、この際なのでヴァイオレットも要望を伝えることにする。


「マスター、じゃないでしょ?」

「……ヴぁ、ヴァイオレットさんのことが、大好きですっ」

「私も、ナディアが大好きだよ」


 何度か呼んでもらったけれど、まだ名前にはなれないようで、照れ照れで呼ばれて、こっちの方が照れくさくなってしまいそうなほどだ。そんな純情なナディアが可愛くて愛おしくて、額にキスをしてから小説の真似ではなく、心からの思いを伝える。


「わ、私の方が、ヴァイオレットさんのこと、大大大好きですー」


 ナディアは突然のキスに驚いたように目を丸くしてから、そう言ってヴァイオレットの頬にキスを返した。


「なら私は、大大大大大好きだよ」


 小説なら、この後すぐに終わるところを、何度も馬鹿みたいに大を付け加えて、何度もキスをしあった。

 結局夜更かししてしまった。反省する夜であった。


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