パレード
目的地は少し高級で大広間に面した個室のある食事処、その二階の窓に面したところだ。パレードが良く見えるのは知られているが、いくら輿にのっているとは言っても、道から見る方が近くから見えるし、大広間の向こうに道が繋がり離れた先に城がある。
門が開かれ、正面から見える位置の王族が声を民衆に聞かせる為の告知塔から王が顔を出すので、その際は輿が通り過ぎてから正面門前を陣取るのが一番近い。
一応正面にあるので、この窓からもそれが見えるとはいえ、かなり距離があるので豆粒ほどにしか見えない。音声は大勢に聞こえるよう魔法具を使用するので聞こえるが、それでもわざわざこの席を確保しようとする物好きはあまりいない。少なくとも道にいれば一度は近くを通ってもらえるからだ。
だけどヴァイオレットにとっては別だ。魔法具をつかえばいい。いくら魔力をつかっても普通は使えないような馬鹿な規格でも問題なく、また自由に発想したものをお金さえ積めばいくらでも嫌な顔せずつくってくれるコネがあるのだ。当然、それ用の魔法具がある。
試作品を手作りしたのは学生時代だが、その後気まぐれでグレードアップしたものをつくり、二度ほど活躍したがその後倉庫で埃を被っていたのだ。
ちなみに現実的ではなかった理由は、直接魔法で視力を強化した方がよっぽど魔力消費も少なく調整も簡単だからだ。
と言う訳で、一言事前にお願いすればすんなり窓辺の個室を予約できた。
「はい、これが拡大鏡だよ」
注文をして食事はまだ来ていないので、先にナディアに操作になれてもらうことにする。鞄から取り出した拡大鏡を設置する。
その様子を後ろから覗き込むように見ながら、ナディアはほうほうと頷く。
「これが……思ったより小さいんですね」
「そう?」
拡大鏡、と言う名前をつけたのはヴァイオレットだ。前世の記憶の影響もあるが、実際に鏡面を拡大先を映し出す画面として採用しているからだ。
大きさは両手で抱えるほどで持ち運ぶことができる程度ではあるのだが、ヴァイオレットの感覚としては手のひらに収まらない時点で大きい。
「こうして、窓辺において、角度を調整して、よし。じゃあ、まず試しに映してみようか」
「はい」
店の前の街道の右手側からパレードはやってくる。まだ開始前の時間だ。時間はたっぷりある。
そちらへむけて調整はしているので、あとは魔力を込めて実際にうつった画面を見ながら微調整数する。
「わあ、思ったよりはっきり映るんですね! すごい。肉眼で見ているみたいです」
「喜んでくれてよかった。じゃあちょっと、練習してみようか」
「はい!」
左右上下、さらに拡大、縮小と操作を教える。すでにヴァイオレットが十分に魔力を込めている為、自前の魔力をつかわないとは言え、繊細な魔力コントロールが必要になる。
ナディアは普段魔法を一切使わないので、一から教えるのかと思いきや、意外と魔力操作はスムーズだった。
魔法自体習ったこともないらしいが、そもそも魔力を取り込み体から出さないと言うのは無意識に魔力を制御下においていると言うことなのかも知れない。問題ないのだからスルーする。
「これ面白いですね。見ている位置を変えられたらもっと便利ですけど」
「それはちょっと難しいかな」
それができれば、単なる視力強化とは一線を画す。あらゆる分野で役に立つだろう。しかし単なる目の前にあるものを大きく映すのとでは差が大きすぎる。別に撮影する魔法具を用意して遠隔でデータの送受信を行う、と言うイメージはできるものの、実際に行う方法が全く分からない。
「そうなんですか。できたら、こう、狩りに役立つかと思ったんですけど」
「狩りって言うけど、ナディアはもう仕事として狩りをしてもらうことはないんだけど」
「ん? あー、そう言われたら、そうなのですけど。つい」
えへへ、と照れ笑いされた。可愛い。ヴァイオレットはナディアの頭を軽く撫でる。
魚釣りなんかは趣味、遊びの範囲内と認識しているのでやってみたが、狩りと言うのはやったことがない。罠式ならしたことはあるが、どちらにしろ楽しいものと思っていなかったので、特にデートの時に提案したことはなかったけど、そこまでしたいなら話は変わってくる。
「まぁ、ナディアが好きなら、今度、狩りもしてみる?」
「え、いいんですか? 魚じゃなくて、お肉ですよ?」
「うん、それはね。私は罠でしかしたことないから、どこまでできるかわからないけど」
「嬉しいです。罠だって立派な狩りですよ。マスターみたいな都会の人が経験あるなんて、意外です。でもすごくいいです、素敵です! やりたいです!」
ナディアははしゃいで両手をあわせて喜んだ。こうも明け透けに喜ばれると、もう何でもしてあげたくなってしまう。魔性の女だなぁ最高。
「うん、じゃあ、お祭りが終わったら計画しようか。あ、冬になる前がいいよね」
「むしろ冬の方がいいですよ。その場で処理をして傷みにくいですし、実りの季節を終えて、一番美味しい頃ですよ」
「あ、そうなんだ」
「はい。春もいいですし、もちろん種類にもよりますけど、あ、すみません、魔力の話です」
「ん? ああ、でも普通の肉質としても当てはまりそうだよね」
「そうですね。実際脂ものってますよ」
今までヴァイオレットは食事内の魔力なんて気にしたことはなかったけど、同じ鮮度の肉でも魔力に味の違いがあると言うのは興味深い。一度、ヴァイオレットにも違いが感知できないか試してみるのもいいだろう。
嬉しそうなナディアに、今度ちゃんとした狩りの情報をあつめて計画をたてようと約束していると、食事が届いた。
パレード中に邪魔をされたくないし、仕事がなければ店員も見に行くことができるだろうと、まとめて全て持ってきてもらうことにしていたので、テーブルの上には所狭しと料理が並んでいる。
昼食なのでそれほど豪華なものではないけれど、元々中央広場正面と言う好立地にある高級志向のお店なので、お昼であっても前菜から始まるフルコースで皿数が多いのだ。
「こうやって見ると、大きいお皿ばかり使ってますよねぇ」
「まぁ、お皿の価値と言うか、見た目の価値も食事には大きいからね」
見た目からして美味しそうと言うのは味覚にとっても大きな影響がある。と言うのはヴァイオレットにとっては紛れもない事実なのだけど、だけどよく考えれば石食べてるナディアにそんな風情があるのだろうか。
案の定、ヴァイオレットの言葉にも不思議そうな顔をしている。しかし詳しく説明できるほどヴァイオレットも詳しいわけでもないので、とにかく食事をすることにする。
少し早い昼食をとり、再度拡大鏡の調整をしていると、大きな鐘の音が鳴り響く。パレード開始の合図だ。
それを知っているのでナディアも、わぁ、と小さく声をあげてはしゃぎながら、窓から身を乗り出す。ヴァイオレットは慌てて近寄り、その背中に手を添える。
「な、ナディア、まだ見えないでしょ? 慌てなくても、待っていれば来るから」
「そ、それはそうですけど。ちょ、ちょっと、門まで行ってみません?」
「外に居ても、前の人がいれば見えにくいし、パレードが始まる門の前を陣取っていたって、全体像を見ようと思ったら結局その場でじっとする形になるんだから、ここで待っているのがいいって。パレードが始まると途中で移動するのも難しいんだから、そうなると最後にこの広場まで戻ってこられないよ」
「そ、それを言われると、そうなんですけど。でも気になりますよぉ。あ、音楽がちーさく聞こえてきました」
ナディアは興奮しているようで、小さくその場で足踏みをふみだす。それを微笑ましく見ながら、落ち着かせるため、まぁまぁと触れていた背中を軽く叩く。
実際、音楽は近くで聞いている印象以上に街の遠くまで届くけれど、さすがにまだ聞こえていない。ナディアの耳には聞こえているのかも知れないけど、そんなちーさく、ならそこまで言うほどではないだろう。
「ナディア、焦らなくても、ちゃんとここで待っていれば見られるよ」
「う、それはわかってるんですけど、いざ、すぐそこにお姫様がいるのかと思うと、やっぱり、こう、待ちきれないと言いますか」
「うんうん、そうだね、ナディアはお姫様大好きだもんね」
「……だ、大好きって、そう言うのとはちょっと違うんですけど」
恥じらいながら言うナディアに、いいんだよと肯定しているのに、何故か不満そうに唇を尖らせられた。
「そうなの? 別に個人としてじゃないんだから、気をつかわなくてもいいよ?」
「……もうっ、マスターはほんとに」
「え、なんで怒られたの」
「怒ってません」
「えー、もう、つんつんしたナディアも可愛いよ」
何故か急にむっつり顔になったナディアだけど、思春期の少女だからしょうがないね、と段々慣れてきたヴァイオレットは笑いながら背中の手を腰に回してひきよせ、左手でナディアの頬をつついた。
そんなヴァイオレットの態度にナディアはむうと眉までよせて抗議したけれど、拒否はせずされるがままだ。
「ナディア、ほら、そろそろ先頭が見えてくると思うよ。機嫌を直してセットした拡大鏡を見て見ようよ」
「! はい! あ、いえ、別に機嫌は悪くないですよ?」
「はいはい、じゃあそういう事でいいから」
「疑ってるじゃないですかっ。私はマスターといる限り、機嫌がいいに決まってるんですからねっ」
その言い方がすでに怒っているような感じだけど、言っている内容が可愛すぎるので何の問題もない。可愛いが過ぎるので後ろから抱きしめたまま拡大鏡を覗き込むことにする。
「あ! うつりました! これ実物だと……あー、こうやって比較すると、本当に大きく映ってますよね」
ナディアは嬉しそうにはしゃぎながら、窓からまた顔をだして、実際に大通りの遠いところの先頭を見てから、拡大鏡の画面を見ては改めて感心した。
喜んでくれて、わざわざ引っ張り出してきたかいがあるというものだ。なにせ、ナディアの感覚器官はヴァイオレットよりよほど優れているが、それが実際にどの程度なのか全くわからないのだ。万が一、この拡大鏡より優れていることがあるのだろうか、と少し不安だったのだけど、喜んでくれてよかったよかった。
「音楽も普通に聞こえるようになってきたね」
「はい。凄いですよね。こんなにたくさんの人が並んで、歩きながら音楽をならすなんて。それにこうしてみると、歩くのもめちゃくちゃ揃ってますよね。……え? 凄くないですか?」
「すごいよ。あの音楽隊も宮仕えだからね。特にこのパレードは選ばれたエリートたちで、軍隊もかくやの訓練を受けているらしいよ」
「へー、なるほど、音楽界のマスターみたいなものなんですね」
「う、うん、まぁ……そうかな」
褒めたその口で認めるのは抵抗があるが、言われてみれば宮仕えのエリート職で、その中でも上位って自分もだった。
シビアで移り変わりも激しい業界の中では、すでに半分以上が後輩だ。それに上司にも直接仕事を振られているのだから、仕事に関して信用もされているはずだ。
実際に職場では全然そんな扱いではない気がするが、まあそれは職場の気風と言うことで。
「この曲、どこかで聞いたことがある気がすんですけど、マスター知ってます?」
「うん、これはね」
ナディアを後ろから抱きしめたまま拡大鏡をみて、ナディアとあれやこれやと話していると、すぐに時間がたっていった。




