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首輪

「まぁ、脇は嫌だけど、じゃあ、汗をなめたいなら、手のひらでもいい?」


 と、散々ナディアを内心で変態扱いしたが、しかし最初はそうではなかった。手先にキスするだけではしゃいでいた可愛い娘だった。つまりこうなったのはヴァイオレットの責任だ。しかも実際になめられていても可愛いので全然愛情度は減っていないし、何だかんだやればそれなりにヴァイオレットの気持ちも盛り上がって楽しめる。

 なので妥協できるところまでは妥協して、ナディアの望みをかなえてあげるのがヴァイオレットの義務だろう。


「それはいいですけど。そんなに脇って嫌ですか?」

「むしろ脇を他の箇所と同列に扱っていることにはめまいがするよ」

「大げさな言い回しですねぇ」


 ヴァイオレットとしては、そもそも全く別の個所で、それこそ普段露出しない人に見せない場所なのだからそれこそエロいのでは? と思っているのだけど、価値観の違いなのでそこはあきらめるしかない。

 なので苦笑するナディアの態度はスルーする。


「とにかく、手でいいなら、いいよ」

「はい。じゃあ早速」

「ちょっとちょっと、ナディアさん? 大事なことを忘れてますよ」


 くるっと椅子の上で回ってヴァイオレットに手のひらを向けて


「え?」

「そもそも、私がナディアのうなじを好きにしてもいいからってことだったでしょ」

「そうでしたね……え、好きにって、なんですか? もしかしてマスターもなめてくれる、とか?」


 そんな気はなかったのだけど、むしろナディアは期待したような照れつつも嬉しそうな顔をして聞いてきた。

 なにをする気? と引きぎみな反応を想像して言ったのに、返ってきた反応に困ってしまう。


「いやそれはちょっと、嫌かな」

「え、い、嫌ってなんですか」

「あー、ごめんって。でもとにかく、普通にキスするだけにするよ」


 また言葉選びを間違ってしまった。素直な気持ちだけど、言い方と言うものがある。ナディアはむぅとふくれっ面になっている。可愛い。


「普通って言いますけど、首にキスとかどう考えても変態ですからね? 私だから許してますけど、他の人に言ったらドン引きで即嫌われますからね?」

「そんなこと言われても、ナディアにしか言うわけないでしょ。変なこと言わないでよ」

「……」


 ナディアは眉を寄せたままむにゅむにゅと口元をゆがめてから、黙ってまたヴァイオレットに背中をむけて座りなおした。


「ナディア? 何、今の反応。どういう感情?」

「う、うるさいですよ。別に、私だけって言われたからって、内容が内容なんですから、ときめいたりとか、全然してませんからねっ」

「そうなんだ」


 ときめいてくれたらしい。ヴァイオレットにだけとは言え、少しちょろすぎて心配になるレベルだ。それだけ愛情深く思ってくれてるのだと好意的に解釈しておこう。

 とりあえず、背中にかかったナディアの髪をとって、肩の向こうに落とす。その白いうなじ。好きにしていい、と改めて言われると、少し戸惑う。


 キスしたいな、と言うのは本当に軽い気持ちでの提案だった。なんとなく、まぶしいうなじが可愛くて、それこそ手の甲にするくらいの軽さだ。別に性的な位置でもないし、変わっているけど変態とか言われる部位ではないはずだ。

 だけどそれを変態的だと感じているナディアにすると思うと、また違う気持ちになってくる。


 そっと手を伸ばす。なんとなく、すぐに首に触れるのは躊躇われて、そっと人差し指で首の一番下にある首輪の背を撫でてみる。

 特殊な素材でできていて、指二本ほどの幅で首にぴったりとくっついている。見慣れればそう気になるものではない。外せないよう丈夫で少し厚めで、首の太さからちょうど指一本がぎりぎりに入るくらいに余裕が作られている。

 シンプルだけど紺色の首輪は白い肌にパッと見てわかる程度には主張が激しい。それも見慣れればあまり気にならなくなる。つけていることである種の身分保障になっている側面もあり、ナディアは買い物で出かける際も普段から隠さない。

 アクセサリーではないので、別にネックレスをつけてもそれほど違和感もないので、今まで無視できた。逆に隠そうとすれば、高めの襟の立て襟シャツをきるなり、ストールなどをまくなりすれば簡単に隠せる。


 だけどこうしていざ首に注目すると、少し気になるな。考えてみれば、いざ結婚をする際に首輪をつけたままでは、外聞的に少々問題がある。実際にそのようなことを強制することはできなくなっているが、知識が薄い者は首輪労働者だから無理やり言うことを聞かせているのだと思う者もいるかもしれない。

 現状の労働者と言う扱いならそのままなので全く問題ないけれど、結婚する前には何とかしないといけない。


「マスター? どうしました?」

「ん、ちょっとね。首輪、いつとろうかなって」

「え? なんでとるんですか? 私とマスターの絆じゃないですか」

「言わんとすることはわかるけど、私としては、お金の関係の表現でしかないから、あんまり思い入れもってもらいたくないんだけど」

「えー、なんですか、それ。私とマスターが出会えたのはこの首輪のおかげなんですよ?」


 首輪のおかげと言うか、システムのお陰と言うか、ルロイのお陰と言うか。そもそもをたどるならナディアが自力でやってきてくれたし、別に何に対してお陰と言うこともないのだけど。

 だけどそんなに思い入れがあるのか。そうなら少し話は変わってくるのだけど。ヴァイオレットが外さないと、と思うのはあくまで外聞の為であり、ひいてはナディアとの結婚に横やりをいれられたくないからだ。個人的感覚ではもちろんナディアに無理強いしているわけでもないし、後ろめたい流れでつけているわけでもないのだから、つけさせていると気にしたりすることはない。

 なのでナディアが思い出の品として気にいっているなら、首輪を先に取るとなるとそれなりの書類手続きを踏む必要ものあるので、そこまでしなくてもいいかな、と言う気にはなってくる。もちろん、ナディア側の親族に誤解されない前提だけど。


「まぁそう言われたらそうだけど。あ、でももちろん、最初に契約したとおり、お給料が借金返済分を超えたら外さないと駄目だけど」

「記念にもらえたりしません?」

「それなりに価値はあるし、再利用できるし、なにより公的なものだと世間に知られ過ぎているからね。悪用されることを考えたら、絶対駄目だよ」

「ん、そういう事なら、しょうがないですね。我慢します。じゃあそれまで楽しんでおきます」

「う、うん」


 そうはいっても、正直に言って何年、と言うレベルではなくヴァイオレットが生きれるなら何十年となる。それに別に飾り気のないもので楽しむようなものでもないのだけど。そこはおいておく。

 とりあえず、首輪のことは忘れることにして、そっと首輪に触れていた指を離して、そのまま指先をのばして首をつつむようにあてる。目を閉じる。


「………」


 10秒ほどゆっくりと息をして心を落ち着かせ、指先の感覚を研ぎ澄ませる。どくん、どくん、と脈拍によりわずかに皮膚越しに振動しているのを感じた。

こんなに美しい少女は、後ろ姿すら絵になって、非現実さを感じさせるほどだ。だけどこうして、間違いなく生きている。ヴァイオレットと同じように心臓が動いているのだ。

自然と口元には笑みが浮かんでしまう。


「ナディアは、少し脈が速いね。意外だ」

「え、ど、どうしてですか?」

「心臓の鼓動の速さは、寿命と関係しているイメージだから、なんとなくナディアはゆっくりな気がして」


 確かそんな話を何かで読んだ気がする。曖昧で前世の知識かどうか判断がつかないけれど。

 だけどそんなヴァイオレットに、ナディアは呆れたような声を向ける。


「……いえ、、あの、今早いのは、単にマスターが触れているからだと思います」

「あ、そうなの?」

「そうですよ。マスターは大人で変態だから平気かもですけど、私は、触れてるだけで、いつだってドキドキしてますよ」


 振り返らないので表情は確認できないけど声だけでちょっとむくれているのが伝わってくる。と、表情が見えないことに遅れて気づいたらしく、肩をいからせた。可愛いその肩を軽く両手で揉んでなだめる。


「そっか、ごめんね、ところでナディア、舐める時は?」

「な、何でそんなこと聞くんですか。そんなの、めちゃくちゃドキドキしてるに決まってるじゃないですか」

「そうだよね」


 念のためだけど、食欲的な意味ではなくてちゃんと恋人同士のじゃれあいと認識していたことに安心する。ヴァイオレット側もそうだと思っていたし感じていたので、万が一違ったら嫌なのでよかった。


「ありがとう、答えてくれて」

「……いいですけど。あの、そんなに焦らさないでくださいよ」

「ん、そんなつもりはないんだけど。ただ、綺麗な首だから、すぐキスしたら勿体ないかなって」

「首が好きなんですか?」

「だから、ナディアの体に嫌いなところはないってだけだよ。普段見えないしね」


 ナディアはヴァイオレットの好みを知ろうとしてくれているのだろうけど、ちょっとこだわるとすぐに好きなのかと聞いてくる。ヴァイオレットもさすがに足を舐められた時はそう思ったけれど、今は普通に撫でているだけなのにそう思われるのは複雑だ。

 確かにナディアの首筋は美しい。うっとりする。けれどナディアは体のどこをとっても完璧なので、どこであっても同じくらい好きだ。特別に首だけ、とはならないので、そこは誤解しないでほしい。


「……マスターが見たいなら、その、普段からこの髪形をしてもいいですけど」

「うーん、魅力的な気もするけど、でも、どうせならもっといろんな髪形のナディアを見たいかも」

「首じゃなくて、髪形なんですか?」

「そうだね、新鮮でどきどきしちゃうよ」

「! ふ、ふふ。じゃあ、私、明日から変えてみますね」

「ありがとう。すごく楽しみだよ」


 ヴァイオレットが希望を言うと、すぐにそうしてくれる、素直でひたむきなナディア。可愛くてたまらなくて、そっと顔を寄せて首筋にキスをした。


「ひゃっ!? ……も、もう! 不意打ち、わざとですね?」

「そんな気はないよ、やだなぁ、疑うの?」

「嘘くさいです。マスター、意地悪ですもん」

「そんなに言うなら、もっとしちゃお」

「ん、く、くすぐったいですってばぁ」


 ナディアの白いうなじが赤くなるまでキスをした。


 

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