秋が近づく
「マスター、お祭りってなんですか?」
夕食後、洗い物をすませたナディアはヴァイオレットの隣に座りながら、ふと思い出したようで唐突にそう尋ねてきた。
「ん? ああ、建国祭のことだね」
「そう言う名前なんですね。よく行くお店の店員さんに聞いたんです。なんでも、大切な人とお揃いの髪飾りをして一緒に回ると幸せになれるとか?」
「ごめん、その逸話は知らないけど。建国祭なら結構前から準備されてて、確か再来週にあるよね」
「え? そうだったんですか? そう言われると、少し前から騒がしかった気がしますね」
秋口、涼しくなってきた頃に建国を祝うお祭りがある。例年のことで、特にこの街は国王のお膝元なので近隣からも人が集まる盛大なお祭りだ。
商店は稼ぎ時で、宿泊施設や飲食店は大わらわ。飲食関係ない店ですらお祭り時期にはどうせ客は来ないと、本業をおいてお祭りに乗じて店の前で食べ物なんかを売る場合すらある。
行事としては主に3つだ。まず初日は王族が顔を見せてくれるパレードとスピーチ、そしてそれに続く音楽隊の演奏。そして二日目には日頃の成果を示すという名目で開かれる、兵士たちの公開試合。最後に三日目には教会経由で自由に一日中配布されるこの国特産のお酒だ。
どれも人を呼ぶ内容だが、特に練習試合に関してはトーナメント形式のもので国主導で賭けも行われ、また試合をする闘技場は普段一般人の入れない王宮の敷地内を特別に自由解放されるということもあり、とても人気だ。
もちろん、他のところへ勝手に入れないように隔離された施設ではあるが、日常的に訓練などでも使われているということやプレミア感もあり、とても賑わう。
もちろん警備なども厳重に行われるので、城の人間も忙しくはなっているのだけど、ヴァイオレットのような一般の研究職には縁のない話だ。研究している内容はもちろん話せないし、結果は品物として一般に出せるものは出している。内部機関の説明などしてもわからないだろうし、他国に技術を流出させるような真似をするわけがない。
行事外でも、城で開発された新メニューなどを公開されたりと、城と一般の交流の機会として色々なことが行われているのだが、ヴァイオレットにはなんの話も来ていない。
なので普通に一般人としてお祭りを楽しむ予定だ。
ナディアの言っているお揃いの髪飾りとやらは知らないけど、お祭りのメイン行事ではなくても、町全体が出店でいつもはない食べ歩き商品をだしたり、普段は雑貨屋なのにちょっとした輪投げをしたりと言った遊びの出店も多い。
そう言ったお店のいずれかが、そんな話をつくってはやらせようとしているのだろう。よくある話だ。
ヴァイオレットもすっかり忘れていたが、旅行客も多く、他所から商人もたくさん来るので目新しい商店が並んだりもするし、普段と違う雰囲気で堂々と食べ歩きするだけでも楽しいものだ。
今年はナディアと一緒に過ごすのだから、例年よりさらに楽しいものになるのは請け合いだろう。とても楽しみでわくわくしてきた。
「と言う感じなんだ、楽しいよ」
と、建国祭について説明すると、ナディアは瞳をきらきらさせて、わぁ! と歓声をあげて両手を合わせた。
「それじゃあ、お姫様に会えるってことですか!?」
「ん? あー、まぁ、見ることはできるかな。確か去年もでてたし」
この国は王子二人に姫が一人の三人兄弟だ。仲が悪いという噂もなく、普通に去年のパレードでは三人そろってパレードにでていた。
だから見れることは見れるだろう。だけどヴァイオレットとしては、普通に物語なんかでお姫様に憧れを抱くのはいいけれど、現実のお姫様にあまり期待しすぎるのはどうだろうか。
「うわぁ! すごく楽しみです!」
「あー、その、本当に見るだけだよ? それに別に、外見は普通の女の子だし、そんなにハードルあげても」
「え? 見たことあるんですか?」
「去年も見たって今言ったし、それに、宮廷魔法使いは王から任命されるから全員面は通してるよ。あと普通に、まぁ、一部とはいえお城と同じ敷地内で働いているんだから、会うこともなくはないよ。これでも私も、結構長いしね」
「えぇ、えー!? ど、どんな人でした!?」
「え、だから、普通の女の子だって。ナディアの方がお姫様っぽいよ」
そんなことは考えたこともないのか、ナディアは大きな声で驚いて飛び上がり、元々近い椅子をぶつけるほどに寄せて尋ねてくる。そんなナディアに体を引いて答えるヴァイオレットに、ナディアは眉をよせてわかりやすく頬を膨らませてむくれるも、若干口元がにやけている。
そして自分でその頬をおさえてヴァイオレットを半目で睨んでくる。忙しい子だ。
「う、う、うーっ。マスターがそう思ってくれているのは嬉しいですけどぉ。でも、やっぱり気になりますよっ。ていうかお姫様に会っているとか、なんか、なんかずるいです」
「ずるいって言われても。私からしたら、ナディアと昔から知り合いの、あなたの故郷の人たちの方がずるいのだけど」
お姫様と知り合いと言っても、別に親しいと言う訳でもない。一応顔見知りくらいの感じで、多分名前を憶えられているかも微妙だ。
なのでヴァイオレットからすれば幼少期からのナディアの知り合いとか、それこそ許嫁になりかけた人の方がよっぽど羨ましい。こんなに美しい少女の生まれた時から傍にいて見守れるとかめちゃくちゃ羨ましい。絶対可愛い。当時の姿を見る手段はないので、もう取り返しはきかない。ずるい。ずるすぎる。本気でずるく思えてきた。
「! う、うぅ。……あの、ほんとに、私のほうがお姫様っぽいです? あ、もちろん、あの、あくまで、マスターの主観での話なんですけど、その」
「うん、お姫様に会ってもそんなに思わなかったけど、ナディアにはあった瞬間、めちゃくちゃ可愛すぎて思考停止したくらいだからね。少なくとも私にとって、世界で一番美しいお姫様はナディアだよ」
「……もう! マスターのせいでお姫様のこと考えられなくなっちゃうじゃないですか!」
「えー……じゃあ、何を考えているのかな?」
「な、わ、わざと聞いてますよね」
「全然わからないなぁ。教えて?」
妙ないちゃもんをつけられたのを逆手にとって、笑顔で聞いてみた。ナディアは照れて赤くなった顔のまま、ちょっとだけ唇をとがらせる。この表情、幼さと妖艶さがちょうどよくてとても可愛い。好きだ。この表情だけでもうにやけてくる。
「……ま、マスターのせいで、ドキドキして、マスターのことしか考えられなくなっちゃったんです! もう、いじわる」
「はは、ごめんごめん。でも、私だっていつも、ナディアのことばかり考えているから、それでお相子でしょ? むしろあんまりお姫様のことばかり考えられても嫌かな。あ、王子様のことは特に、考えないでほしいな」
笑いながら、だけど本気でそう続ける。言ってから気が付く。お姫様に憧れるのはどうだろう、なんて思っていたのは、ただ単に、嫉妬していたからなんだなぁ、と。
そんな自分の気持ちに鈍感な間抜けなヴァイオレットに、ナディアはきょとんとしてから、くすくすと優しく微笑む。
「ふふ、なにを心配しているんですか? 私の王子さまは、マスターだけですよ」
セリフだけを聞くと、めちゃくちゃ頭の悪いセリフだ。だけど普通に嬉しくなってしまうあたり、ヴァイオレットは相当ナディアに惚れている。入れあげていると言ってもいいかもしれない。と今更自覚する。
だけどそんな自分が、どこか誇らしい。今までだって、家族や友人を好ましく感じていたし愛だって知っていた。家族に愛された自覚もある。だけどこんなにも誰か一人を思い、一人だけに特別に執着し、こんなに求めているのは初めてだ。。
これほど、苛烈なほどの思いを、愛情で包んで愛おしさだけに感じる。こんな感情は初めてで、こんな感情を持てることがとても特別なことに思えて、自分がそれだけ人を愛せると言うことが妙に嬉しい。
「ありがとう、ナディア」
だからその思いをこめて、ナディアに伝えた。ヴァイオレットがこんなに人を愛せているのは、ナディアのお陰だ。出会ってくれて、愛してくれて、傍にいてくれたからだ。だけどナディアはくすくす笑う。
「そこ、お礼言うところですか? ふふ、マスターって、可愛いですね」
ヴァイオレットの思いは伝わっていない。口に出していないのだから当然だ。むしろ、全然伝わっていないと言うことは、ナディアにとってこんなにも愛おしいと感じる愛情は、当然のことだと思ってくれているのだろう。
ナディアはいつでも真っすぐだ。そんな彼女が心から愛おしい。
「そう? まあ、とりあえず、当日のお揃いの髪飾りを買わないとね」
「はい! どんなのがいいですかねぇ」
「そうだね、私は髪が短いから、結ぶとぎりぎりだから、ピンくらいかな」
「ん? あれ、私が思っているのと違いますね」
「え、そうなの?」
同じものを使うなら、それくらいかと思ったのだけど。でも言われて考えてみると、カチューシャなんてのも髪飾りと言えるし、ヴァイオレットが詳しくないだけで色々な種類があるのかもしれない。
「はい。なので今度、一緒に買いに行きましょうよ」
「そうだね。明日でよければ、お昼にでも行こうよ」
「え? 平日なのにいいんですか?」
「明日は一日家で作業する予定だから、お昼に少し長めの休憩をとるだけだよ」
髪飾りうんぬんの話は全く知らなかったヴァイオレットだし、最近こじつけられたのだろうとは思うけれど、それはそれとして話にのって楽しめばいいだけだ。どうせのるなら気にいるものをつけたい。この話が流行っているなら、早めに買わないといいものは売り切れてしまうかもしれない。
そう思って提案すると、ナディアは思わぬデートだと手を合わせて喜んでくれた。その可愛い仕草に、ヴァイオレットは手を取ってそっと手の甲にキスをした。




