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ボート遊び

 とりあえず耳を離して、お互い起き上がる。軽く草土がついてしまったのを払う。森に来るのに汚れてもいい服で来たので問題ないけれど、落ち着くとやはり少し、はしゃぎ過ぎた気がして恥ずかしくなってきた。


「さて、じゃあ今後の予定も決まったことだし、今日の目的をしよっか」

「目的と言えば、釣りですね」

「ん? そう言ったっけ?」

「え? いえ、言ってませんけど、釣り以外あるんですか?」

「確かに釣り道具も持ってきたけど、今日はもう一つ、いいものを持ってきたんだ」


 木の根元に置いておいた鞄の元へ戻り、ナディアと会話しながら中の物を取り出す。用意したのは学生時代につくった防水布を利用した簡易ボートだ。たたんでいた布を取り出し、上面の隙間から板を差し込む。この板も軽量をかさねた薄くて折りたためるものだ。

 ヴァイオレットの家の倉庫にどちらも余っていたので、先日ピンと来てちょこっとお願いして加工してもらい、本日初お披露目である。


 具合が良ければ、本業とは関係ないが、そこそこ需要がありそうな気がするのでとりあえず知り合いの商家にでも話をもっていくつもりだ。

 と言うのを、仕事の合間にも結局こうして新しいものをと考えてしまうのも職業病のひとつだなと苦笑しつつ、組み立てながら説明する。興味深そうに見ていたナディアはできあがった二人はゆうに入れる大きさのボートを持ち上げて両手で抱えて、わぁ、と声をあげた。


「軽いですね。でもこんなので本当に浮くんですか?」

「理論上は3人までいけるはずなんだけど」


 素材は完全防水で、魔力を込めると厚くなり強度もでるし、安定するよう板を仕込めば十分水に浮く、はずだ。

 ヴァイオレットの返答に、えー? みたいな反応を無視して、ボートをとりあげてそっと湖に浮かべる。特に問題なく浮いた。布だけでも基本的に水面に浮くことを確認しているので、これは想定内だ。


「よし、じゃあちょっと乗ってみるから」

「ちょ、ちょっと待ってください。私が先に乗ります」


 しゃがんだ状態から腰をあげて乗ろうとしたところで、よこからナディアの手がのびてきてボートのふちを掴んで自分の方へ引き寄せた。


「いや、まだ誰も乗ってないのにナディアを乗せるわけにはいかないよ。て言っても、特に危険もないしね。順番だよ、順番」

「冗談はやめてください。前回倒れたマスターを湖に入れるわけないでしょう」


 顔をあげるとめちゃくちゃ真顔だった。むしろちょっと怒っていた。

 いや、確かにその通りだし、積極的に入る気はないのだけど、まだ十分に温度はあるし、何より今回はそれを意識して着替えやタオルもあって、ちゃんと着替えないと、とわかっているので同じ轍を踏むことはないのだけど。

 まぁナディアの言い分もわからなくはない。心配をかけたのだから、ここは素直にひいておこう。


「わかったよ。あの時は本当にごめんね。じゃあ悪いけど、お願いね」

「はい。任せてください」


 素直にお願いすると、ナディアは急激にやる気に満ちたような笑顔になって胸をはった。ボートから手を離すと、ナディアはふんすと気合を入れてからボートを自分の前に引き寄せた。そして起き上がって靴と靴下を脱いでから、ゆっくりと足をいれた。

 綺麗な足だなぁ、この足なら確かに頬ずりできるとぼんやり見ていると、ナディアはすんなりボートにのった。ボートは半分近く沈んだけれど、特に水に押されて形がくずれたりはしない。しっかり形を保てている。


「ちょっと触るね」

「え、ど、どこを触る気ですか?」

「え? ぼ、ボートを」

「あ、はい」


 ちょっと嬉しそうに聞きかえされたけど、さすがにこの状況でナディアに触れるとか無理だし、触ろうとしても手くらいしか無理だろう。無理する意味が分からない。

 スルーしてボートのふちを掴む。ぎゅっと握ってみるが、先ほどより硬くなっている。水に入った分水圧でやや圧縮されているのかも知れない。そしてその分より安定しているのだとしたら、なおさら持ち運びに有効だ。


「ちょっと揺らしてみてよ。それで問題なければ、私も乗るから」

「えー、乗る気ですかー?」


 文句を言いながらナディアは両縁を掴んで体重移動して、ボートをぐいぐい揺らしてくれる。斜めになりすぎてちょっと水が入るくらいしてくれたけど、転覆していないので大丈夫そうだ。


「いけそうだね。もし転覆しても、すぐ体を乾かせば大丈夫だよ。ね?」

「……わかりました。ただし、もしまた病気になったら、今度こそ背中を拭きますからね!」


 ナディアはジト目になってから元気にそう言った。脅し文句なのかも知れないけど、なにそれ可愛い。


「あはは、別に背中くらい」

「え? ほんとですか!?」

「……い、いずれはね」


 食い気味に目を見開いて聞きかえされて思わず目をそらす。

 なんだか冗談じゃなくて背中を狙われている気がする。ヴァイオレットはとりあえず曖昧に誤魔化して、ボートに乗り込もうとする。


「うわわっ」


 ナディアがあけてくれたスペースに片足をのせ、安定しているのを確認してからそっとのろうとしてボートが湖の沖へ動き出そうとしたので慌てて陸へ体重を戻す。


「マスター、落ち着いてください。体重を横向きにかけるからダメなんです。縦向きにかけてください」

「アドバイスありがとう」


 でも全然わからないので、足をどけて陸に戻り、オールをとってナディアに渡してベタ寄せして地面にオールをさして固定してもらってから乗った。


「ん? あ、しまった」

「あー、そう言えば浅かったですね」


 乗ったけど、普通に浅いので二人の体十分沈むと普通に底がついてしまった。陸に戻って自分も靴と靴下を脱いで、ズボンをめくりあげ沖までおそうとしたらナディアに替わられた。

 格好悪いけど、沖で乗れずに転んだら格好悪いどころではない。底についている状態で乗ってから、ナディアが降りてひざ丈より深くなっている手前まで沖におしてもらい、ナディアが乗り込む。

 その勢いでボートが揺れたので、思わずぎゅっと持っているオールを握りしめてしまう。

 もちろんヴァイオレットは泳げるし、普通に湖にはいる覚悟もしている。だから落ちたからどうと言うこともないのだけど、ボートに乗ると無意識に落ちないようにと身構えてしまった。


「ふふ、マスター、ビビってます? 可愛いですね」

「んぐ。別にビビってるわけじゃないけど」

「大丈夫ですよ。私がいますからね」


 ナディアが笑いながら、そっとヴァイオレットの手に自身の手を重ねて、勇気づけるようにそう言ってくれた。

 全然ビビッていないのだけど、頼れるその姿にはドキッとしてしまった。


「あ、ありがとう。その、じゃあ、漕いでみてくれる?」

「はい」

「そっとね? そっとだよ」

「ふふ、わかってます。マスターが恐くないように優しくしますから」

「お願いね」


 恐いとかではなく、ナディアが全力を出したら異常な出力で想定外の転覆をしそうだ。そうなると普通にボートの検証どころではないので、念を押しながらオールを渡した。

 ナディアは胸を叩いて応えてくれて、ゆっくりとオールを水面に入れて漕いだ。ボートはすーっと動き出す。


「ふむ。大丈夫そうだね」

「そうですね。漕いでいる感触も軽い感じですね。浮力が強いんでしょうね」

「ボートに乗ったことあるの?」

「ありますよ。得意です。だからこのボートがなかなかいいのもわかります。きっと売れますよ」


 そう言ってもらえると嬉しいけれど、重さは本当にそうなのだろうか? 見たところ普通のボートほど沈んでいるようだ。ナディアが過去にのったことのあるボートが重すぎるか、荷物の重量の関係もあるかもしれない。怪力のナディアの意見ではそこはあまり参考にならない気がする。

 だけど少なくとも操作性に難があるわけではなさそうなので、一安心だ。


「ありがとう、じゃあちょっと、しばらく乗っておいて大丈夫か確認しようか」

「そうですね。湖の上からの景色もいいですし」

「ね。きらきらしていて、本当、ちょうどいい気候でよかったよ」


 光が反射して水面はきらめき、当然だけど湖を中心に森がひろがっていて、他に誰もいない、聞こえるのは鳥の声と時折聞こえるかすかな水音で、まるで世界はこの湖だけみたいだ。


「マスター、よかったら、横になります?」

「ん?」


 ぼんやりしていると、ナディアは自身の膝を軽く叩きながらそう提案した。


「え、膝枕してくれるってこと?」

「そ、そうですけど、わざわざ聞きかえさないでくださいよ」

「ごめんごめん。じゃあ、お願いしようかな。足がしびれたらちゃんと言ってよ?」

「はいっ」


 わくわくしながら位置を確認し、ゆっくり中で寝転がる。肘をついた時点で、ボートが揺れるのが直接的に伝わってきて、少しだけ驚く。またビビッているなどとからかわれたくない。

 ナディアに悟られないようそのまま膝に頭を乗せた。


「んー、いいねぇ」


 思わず声がでてしまう。ナディアの膝は柔らかく、ボートも中には板があるけれどむしろそれが水圧から守っているからか床よりよほど寝心地がいい。率直に言ってとても気持ちいい。

 仰向けなので抜けるような青空をバックに、愛しい少女が顔を覗き込んで微笑んでくると言うオプションも有体に言って最高すぎる。


「ふふ、マスター、可愛いです」


 力が抜け、にやけてしまうヴァイオレットにナディアがそう言いながら頭を撫でてきた。これまた、普通に気持ちいい。風が心地よく抜けていく。ナディアの髪が揺れるのが見える。


「ナディア、これ、めちゃくちゃ気持ちいいよ」

「そうなんですか、それはよかったです。じゃあいっぱい売れますね。さすがマスターですね」

「ありがとう。でも気持ちいいのはナディアがいるからだしね、売れるかはわからないけど。あ、後で換わるね」

「いえ、私はこうしているだけでも幸せなので、大丈夫ですよ」

「ナディア……大好きだよ、ありがとう」

「ふふ。いえいえ。私も、マスターがだーい好きですよ」


 なんだかとても幸せで、そのままナディアに促されるまま少しお昼寝させてもらうことになった。


ついでに明日と明後日も更新します。

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