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ナディアの故郷について

「はー……ずいぶん涼しくなってきたね」

「そうですね」


 ナディアといちゃいちゃしていると、休日は瞬く間に過ぎてしまう。二人の時間を無駄にしたくなくて、定期的に外出デートもしていると、いつの間にか夏が過ぎ秋がやってきていた。

 暦の上ではわかっていたけれど、こうしてピクニックにでて長袖でも違和感なく、むしろ森の中は涼しいほどの感じて季節の移り変わりを実感させた。


 暑い間は遠出は避けて、近場で水遊びをしたりとしていたので、こうして街の外までピクニックにくるのは久しぶりだ。

 あの時はまだ付き合っていなかったのだと思うと、それほど昔ではないはずなのに、とても遠いことのように感じられた。


「ここに来るのは久しぶりだね」

「そうですね。今度は風邪をひかないでくださいよ」

「はいはい。わかってます。あ、ここ気を付けてね」

「はい、ありがとうございます」


 あの時とは違い、恋人つなぎで森を歩く。自然と前回のことが思い出されて、その時のナディアとの距離感の違いがなんだか楽しくなる。


「そう言えばあの時はナディア、つまづきかけたよね」

「つまづいたわけじゃありませんけど、まぁ、ちょっとだけ体勢を崩しましたね」

「負けず嫌いだなぁ」

「負けるのが好きな人なんているんですか? それはともかく、今のは別に勝ち負け関係ありませんし、単なる事実です」


 そういう態度が負けず嫌いなのだけど。まぁしかしそう言う年相応に幼いところがまた可愛い。普段は大人ぶってる有能メイドなので、ヴァイオレットの前だと子供っぽさ全快なのが可愛くてたまらない。

 だけどそれを言うとまた、子ども扱いするとむくれるだろう。それはそれでまた可愛いのだけど、折角久しぶりのピクニックデートなのにあまり拗ねさせることはないだろう。


「そうね、でもエルフって森歩きになれているイメージあるけど、そうでもないの?」

「ん、そうですね。確かに森の中を切り開いてますし、狩りの際にも森の奥へ行くことはありますね。ただやっぱりなれている森と初見だと違いますし」

「そうなの?」

「はい。もちろんですよ。故郷の森なら、目を閉じていたって平気です」


 どや顔可愛い。それにしても、森によってそんなに足元の状況は変わるのだろうか? もちろん湿地帯のように全く環境が変われば足元はもちろん植生にも違いがあるだろうが、同じ国内でそれなりに近い。少なくとも季節や環境に大きな違いはないだろう場所でそれほどの違いがあるのだろうか。

 しかしよく考えれば、この森は全く人の手が入っていない、獣道しかないところだ。ナディアの地元では普段から狩場になっている森のようだし、また違ってくるのかもしれない。少し興味が出てきた。


「ナディアの故郷ってどんなところなのか、楽しみだなぁ」

「ん? え、あれ、なんか、うちに来る、みたいな話になってます?」

「え? いや、そりゃあまあ、すぐではないけど、いずれは行くよね」

「何でですか?」

「え?」


 え? 普通にナディアが不思議そうに首まで傾げたので、ヴァイオレットこそ驚いてしまう。何を驚くことがあるのだろうか。結婚をするとなれば、ナディアのご両親に挨拶に行かない訳がない。具体的な日付ではないが、いずれ行くことはヴァイオレットの中では確定していると言ってもいい。

 散々将来のことを話したり、一緒に居ようと言っているのに、まだナディアにとって結婚は具体的な想像のない遠いことなのだろうか。年齢的にしょうがないとは言え、それは少し寂しく感じてしまう。


「ナディアと正式に結婚する前には、ご挨拶に行こうと思うんだけど……ナディアとしては、結婚はまだそこまで具体的に考えてない感じなのかな?」

「え? あ! そ、そう言う、いえ、いえそんな! 全然考えてます! すぐに結婚したいくらいですよ!」

「それは難しいんだけどね? 法律的にも」


 気持ち的にはそれはヴァイオレットも同意だけども。結婚するつもりでいてくれるのは嬉しいけれど、先ほどの反応を見るに結婚をする具体的な手順なんかには疎くてそう言った意識をしていなかったと言うことなのか。

 苦笑してしまうヴァイオレットに、ナディアはちょっとだけ唇を尖らせる。


「わかってますよ。ただ、挨拶、ですか? 必要ですか?」

「いや、普通に必要でしょ。家族になるんだから。エルフではそう言う習慣ないの?」

「うーん? まぁ、家族と言えば家族ですけど。ただ、うーん。そもそも元々エルフはみんな親戚みたいなものですし、許嫁形式が多いですし、特に結婚するから挨拶ってのはないですね」

「あー、なるほど? でもまぁ、それは元々知り合いだから改まらないだけで、と言うか、許嫁形式が多いの?」


 エルフ内だけでまとまるケースが多数ですでに親族で話し合いが日常的に済んでいるような状況なら、確かに改めて挨拶に、と言うのには違和感を感じるのだろう。それはわかったが、スルーできないことを言われた。許嫁がエルフ内では一般的と言うように聞こえる。


「はい、まぁ」

「あの、もしかしてだけど、ナディアにもいたりしないよね?」

「……」


 ヴァイオレットには縁遠いので完全にイメージになるが、許嫁と言えば幼い頃から決められているものではないだろうか。そうだとすれば、ヴァイオレットと出会うずっと前からいたとして何の不思議もない。ないが、だとして平静ではいられないし、そもそも恋人になるのに何にも言ってきていないのおかしいよね?

 形だけとは言えそう言う存在がいたのなら説明してもらわないと、それこそ挨拶に行くべき案件だろう。え、挨拶? みたいな反応するのはおかしすぎる。あえて言わないとしたら、それは許嫁が形だけではなくてガッチガチに厳しくて反故にできないとか? もしかしてそれが嫌で故郷を出てきたまであるのではないだろうか?


「ちょ、ちょっと、何か言ってくれない? え、恐い」

「いえ、いませんよ? 成人になった時点で恋人がいない人に決められるやつですから」

「あ、そうなの? よかったー、もう、びっくりさせないでよ。なに、何で今間をあけたの? もー、小悪魔」


 不安になって立ち止まり、問い詰めるような勢いで握っている手を引いて体ごと寄って尋ねたけれど、ナディアはそう答えてくれた。

 よかったよかった。安堵のあまり妙に高くなったテンションで、ナディアの肩をだいて歩き出す。


「ちょ、ちょっとマスター? 急に、きょ、距離可笑しくないですか?」

「え? なんで? 確かにいつもこんな風に肩をくんだりしていないけど、別におかしくはないでしょう? おしゃべりする時とかこのくらいの距離感じゃない?」


 街中で一緒に歩くときはさすがにこんな風にするのは恥ずかしいし、家の中でするのは馬鹿らしい。だからあえてしたことはないけど、普通に正面から抱き合ったりとかは何度もしてきた。隣あって肩をぶつけた状態でおしゃべりするなんてのは日常だ。

 確かに普段よりは近いけど、デートなのだから少しくらいいちゃつく距離感であってもいいとヴァイオレットは思うのだけど。


 隣に座るときなんか、ナディアはもっとくっついてといつも言ってくるのに、どうしてか今日は妙に照れているようで動揺して頬も赤らんでいる。可愛いけど。


「そ、それはそうですけど。でも、肩に手があるだけって言えば、そうですけど、でも……なんだか、抱きしめられているみたいで、隣にいるだけの時よりどきどきします」

「ん、可愛いね、ナディア」

「もう、馬鹿にしてます?」

「してないって。でもそう言われると、私もなんだか意識してきてしまうな。ナディアって、肩も華奢で可愛いね」


 軽く撫でながら言うとナディアは、ぽ、と頬を染めて両手で頬を押さえた。

 少しずつ接触になれて、少しずつ近い距離が当たり前になって、それでもこうして初心な反応を見せてくれるナディアが、可愛くてたまらない。

 ヴァイオレットは感情を抑えるように、肩を抱く手に力を込めながら頭を倒して、ナディアに軽く頭突きをしてそのまま頭をぐりぐり押し付けてみる。


「もー、マスターったら、くすぐったいですし、歩きにくいですよぉ」

「ふふ。全く、ナディアは可愛すぎて、悪い子だなぁ」

「えー? なんですか、それ。私、地元でも評判のいい子なんですからね」


 いや、いい子は家出しないでしょ。と素でつっこみそうになったが、本人普通に不満そうな本気で言っているテンションなのでスルーすることにする。

 と言うか、今更だけど家出してきた娘と恋人関係なのだ。こんなに可愛い娘なのだから、どんなに心配しているだろう。もしかするとこれ幸いと世間知らずの家出娘を手籠めにした悪人のような印象を持たれてしまうのではないか? これは早めに挨拶に行って、問題を早期解決しておくべきではないだろうか。

 最初は多少事情があるし将来的には家族的になりたい願望があったと言っても、あくまで仕事としての雇用なので家出の形か円満の里出かなどの個人的家庭の事情は考慮しなかった。当たり前の話だ。だが今となっては話は変わる。

 多少問題のある家出娘を家族同然に保護した、と言うのと、世間知らずの田舎娘を体よく囲い込んだ、では全く印象が違ってしまう。


 とは言え、ナディアではあるまいし砂漠を突っ切れるはずがない。普通に行って片道半年ほどだろう。個人的に馬車を仕立てて急がせたとして、往復を考えれば半年以上かかるだろう。さすがに今すぐ出発と言う訳にはいかない。

 ヴァイオレット個人の仕事の進捗は急がなくても、一人だけで仕事をしているわけではない。順当に手続きをふんで、どんなに早くても出発は来年のしかも春以降になるだろう。


「あ、つきましたね、マスター。すぐにお昼にします?」

「ん? あ、そうだね、そうしようか」


 考えているうちに、目的の湖に到着した。今まで触れずにきたナディアの事情を色々と聞きたいが、とりあえず落ち着くことにした。


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