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本能のままに

「大丈夫だった? 痛くない?」


 心から謝罪し、そう問いかける。ナディアはまだ膝をついたままで泣きそうだ。それが先ほどのヴァイオレットの魔力による痛みも原因ではないと、どうして言えよう。

 そんなヴァイオレットに、ナディアは戸惑ったように眉を寄せて唇を閉じた。そしてぎゅっと固く閉じてからゆっくりと、その皺を伸ばすように口を開く。


「痛くはないですって……あの、マスター。私、マスターのこと、本当に大好きなんですよ?」

「え、うん、ありがとう。私も大好きだよ」


 ヴァイオレットの返答に、ナディアは少しだけ頬をゆるめて、だけど不満げな口元のまま相槌をうつ。


「だったら、わかるでしょう? だから、私はマスターの魔力を少しでも、大げさに感じちゃうだけなんですってば。私は一回も痛いなんて言ってないのに、そんな風に心配しすぎなんです。そろそろいい加減にしてください」


 割とガチ目に怒られた。確かに直接痛いとは言われていない。けれどそれは、普通に考えたら痛いに近い感覚だけど遠慮していると思うだろう? 実際に、刺激が強すぎて違和感がある状態は自身に置き換えたら痛い場合だと思うのが普通ではないだろうか?

 思わずきょとんとしてしまうヴァイオレットに、ナディアはむぅぅとますます不機嫌そうに唇を閉じて突き出す。


「な、ナディア、そんなに嫌だった?」

「……マスターは、ぜんっぜんわかってません!」

「えぇ……あの、何をわかってないってこと? ごめん、本当に全然わからないから、教えて欲しい。ちゃんと聞くから、ね?」

「……だ、だから、そう言う、言わせちゃうとこです!」

「うん、ごめんね、教えてください」

「……」


 ナディアはますますぐーっと口を閉じて、下唇の下に皺までよせてちょっとブス顔になってから、真っ赤になった。


「……い、いちいち、気遣って大丈夫かって聞かれても、私から、き、気持ちいいから続けてほしいとか、そんなの、言えるわけ、ないじゃないですか。大丈夫だって、痛くないって言ってるのに、マスターは心配性すぎます」

「……ごめんなさい、本当に」


 それは確かに、その通りだ。逆の立場だとして絶対に言いにくい。自分ばかりそう言う気分になっているのかとか、そんな風に思ってしまうだろう。ましてナディアは年下でいつも従順で尽くすタイプで、日常からしてあれこれ要望を直接言うタイプではないのだから。

 あまりにデリカシーがなかった。食事と似た行為なのだから、ちょっと性的ニュアンスがあると言ってもまぁ、いちゃいちゃしているくらいの感覚でいた。もちろん雰囲気が淫靡になっている気はしてヴァイオレット自身は興奮していたけど、ナディアはそこまでではないと勝手に思い込んでいた。

 もう少し考えてあげるべきだった。強引にして結構喜んでくれていると思っていたのだから、最後までその調子でいくべきだった。すぐヘタレてしまうから駄目だったのだ。申し訳ない。


「あの、いえ、その。だ、だから、噛んでしまったのも痛いとかではないのに、噛んだら、マスターは本当に痛かったですよね? だから、悪いのは私の訳で、その、ごめんなさいは、私なんです」


 真っ赤な顔から、本気で反省するヴァイオレットを見てはっとして、そう言いながらナディアはヴァイオレットの指先をそっと両手のお皿にのせるように持ち上げながら謝罪した。


「それこそ大丈夫だって。こんなの舐めてればなおるよ」


 ヴァイオレットは無事な左手でぽん、とナディアの頭に手をのせて殊更軽い調子で声をかけ、顔をあげたナディアにみせつけるように自分の指先を口にいれた。


「んんん!?」


 そして感じた味覚に驚愕の声をあげた。殆ど無意識に指を口からだし、まじまじと見る。まごうことなき、自分の指だ。血がまだにじんできている。

 血の味がしたのは間違いない。だがそれ以上に、美味しい、気持ちいい、幸せ、と感じた。単純な甘み等の味では説明がつかない、未知の感覚だった。


 そしてナディアをみて、また頬を染めて呆けたようになっているナディアの顔を見て、本能的にわかった。今のは愛する人の魔力を直接口に入れたことで感じた快感だ、と。


 ヴァイオレットがこの世界に生まれ落ちた瞬間から持っていた、本能なのだ。どんなに異世界の魂が、記憶が、概念があろうと、他の人間と違った肉体であろうとも、間違いなくヴァイオレットはこの世界に生まれた、この世界の人間なのだ。心の底にある本能は、同じだったのだ。

 快楽の余韻と共に、自分がナディアと同じこの世界の人間であることを改めて実感して、しみじみと嬉しくなってきた。


「ナディアの魔力、すごく美味しいよ」

「……」


 ヴァイオレットが心から素直にそう言うと、ナディアは一瞬かっと目を見開いて、ずっとお皿のままだった自身の両手をその場でぎゅっと握りしめたまま、しばし震えた。

 それからゆっくりと口を開く。


「な、なめたら、なおるなら、私、なめます、よ」

「え? いや」


 汚いし、と言おうとしてそもそもナディアの口にいれての傷だ。その言い訳は通じないだろう。しかし自分は無意識だったけれど、唾がついているのに相手になめさせるって。事象としては回し飲みに似ているが、結構違う気がする。


「え、だ、大丈夫なの? 私の唾ついてしまったし、あ、ていうかそもそも、血って舐めて大丈夫なの?」

「いえ、大丈夫ではないんですけど、大丈夫です」

「え?」


 ナディアはそっとヴァイオレットの手を取った。ゆっくりした動きだ。いつでもとめられる。だけどナディアの意味ありげな言い方と、さっきなめようとした時と違って、どこか固い表情に何が起こるのか不明なのもありそのまま見送った。


「ん」


 ナディアの口に入った。自分の口に入れた時は指の感覚なんて意識外だったけれど、やはりくすぐったい。

 べろり、と傷跡を撫でるように優しく舌が指をなめる。ぞくぞくして肩に力がはいるとほぼ同時に、ナディアの瞳から涙が流れ落ちた。


「え!? な、ナディア!? どうしたの!? え!? めちゃくちゃ無理してる!?」

「違いますよ、もうちょっと考えてもらえたら、きっとマスターにもわかります」

「え? なに……血を舐めたら、ってことだよね」

「はい」


 ヴァイオレットの反応に一度は口をはずしたナディアだったけど、またすぐに舐めだした。一粒流れた涙は止まらず、ぽろぽろと、先ほどのヴァイオレットの血ほどにながれだす。

 その姿には動揺せずにはいられない。だけど考えろと言われたのだ。落ち着こう。


 血を舐めてもその瞬間がわかるほどの反応はなかった。静かにただ涙がでた。痛みならたとえ覚悟しても、表情は我慢できても舌の動きまで完璧に制御することは難しいだろう。また継続してこれだけ涙がでているのに、動きは滑らかだ。

 つまり痛みではないし、それ以外の強すぎる何らかの刺激ですらないのだ。刺激以外で涙を流す場合は? またこれはあくまで本能なのだ。ヴァイオレットがさきほどナディアの魔力に快楽を感じたのと同じことだ。

 なにか物理的なことではない。だからこれはナディアがヴァイオレットを愛しているから、血をなめることで何らかの作用、感情が起こり、涙となっている。涙をださせる感情とは?


「そうか、悲しみか」

「ん……はい」


 魔力を快楽に感じるのは、それが子孫繁栄につながる行為となるためだ。だが、いくら魔力が含まれていても舐めたのは血液だ。愛する人の魔力を感じるのが、血液からだと本能が理解しているなら、それは喜びではなく悲しむことこそ正しいのだ。愛する人が傷ついた時に、喜ぶわけがない。

 ヴァイオレットの答えにナディアは頷きながら、そっと口を離した。じっとヴァイオレットの指を一週目視で確認してから顔を離した。


「血、とまりましたね。よかったです」

「うん、ありがとう」


 泣かせてごめんね、とは言わない。先ほど怒られたばかりだ。ナディアが選んだことなのに、それに対して謝ってはまた怒らせてしまうだろう。

 ヴァイオレットなりに愛情の深さからの過保護とは言え、それはナディアの自由意思を無視しているのと同じことだ。こうだろうと決めつけて、勝手に思い込む。それは恋人に対して正しい態度ではない。


「涙がでるだけじゃなくて、本当に悲しくなるの?」

「はい。すごく、悲しかったです。このくらいなら、マスターが大変なことになんて絶対にならないって、頭ではわかっているのに、すごく辛く感じました。だから、少しなら平気とか思わないでください。今回は私のせいですけど、怪我はしないでくださいね?」

「ん、それはまぁ、怪我をしようとは思わないけど」

「絶対は無理なのはわかります。でももしマスターが怪我をしたら、どんなに小さい怪我でもなめますからね。私を泣かしたくなかったら、やめてくださいよ」

「わかってるよ。ナディアを泣かせるようなことしないよ」

「わかればいいんです」


 ナディアは偉そうにうんうんと頷く。涙も拭わなくて、乾いてきても線がのこったままなのにそんな得意げな顔をされると、そのギャップでなんだか可笑しくなる。

 さっきは涙を流すほど悲しくても平然とヴァイオレットの傷を心配してなめていたのに、今は子供みたいだ。


 それに微笑ましく思いながらも、ヴァイオレットはそっと右手は手のひらを自身の膝に乗せる形でおき、左手でナディアの手を握る。


「でももちろん、ナディアもだからね? ナディアが怪我をしたら、今度は私が舐めるからね? 朝だって階段から落ちた時、凄く心配したんだかね?」

「ん……そ、それはその、反省してます。ただ、私はそんな簡単に怪我しませんし」

「あー、そういう事言っちゃうんだ」


 そこはね、本当に、ナディアも反省すべきところだろうとヴァイオレットは思う。まだ幼いからある程度仕方ない気はするが、人には察してとか気を付けてとか言いながら、自分は全く素直じゃないのだから。

 こちらも察してもらおうと思い、ヴァイオレットはわかりやすく半目になってじっと見つめて待ってみる。


「え、えっと……えへ?」


 何かを察したのか、ナディアは誤魔化すように可愛く首を傾げた。謝らずに誤魔化す辺り、午前中と同じような反応である。つまり、午前中と同じことを求められていると解釈できる。


「じゃあ、今度は私が、ナディアの指でもいただこうかな?」

「え?」


 あ、ちょっと嬉しそうな反応だ。まぁ、だからと言ってやめないけれど。


お盆なので今週は月から金までの5日更新します。

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