ヴァイオレットのスカート
ヴァイオレットはズボンばかり履いてきた。しかし別に男装をしているわけでも、女性らしさを拒否してきたわけでもない。
普通に自分を女だと思っているし、オシャレも嫌いなわけではなく、女として振る舞ってきたつもりだ。ただ仕事するにはズボンが適しているし、服装のタイプとしてスカートより好きなだけだ。あえて女性的にする必要もなく、長年スカートをはかなかったことで今更か、と何となく苦手意識があるだけだ。
だけだけども、ナディアと言う可愛い彼女を得た今となっては、どちらかと言えば格好良く思われたい。ナディアの理想が王子様と言うのもあるし、単純に可愛いナディアを愛でるのが好きだからだ。
「ほ、ほんとにこれを着なきゃダメ?」
「はい! 絶対似合いますよっ、ね?」
「はい、お似合いになられると思いますよ」
服屋に連れてこられたのは予想通りだけど、いつもヴァイオレットが利用しているのとは違う店だ。ナディアがこの街に馴染んでいるのはいいのだけど、店員のお姉さんと組んで推してくるのやめてほしい。
ヴァイオレットは50歳なのだ。例え外見が多少若くとも、いつもナディアがはいている給仕服より短いひざ丈のスカートとか、さすがにない。
スカートをって言ってもロングスカートのシック系だと思い込んでいた。ふわっとしたひざ丈フレアスカートで、しかも裾にフリルがあり、さらに色はいかにもな淡いピンク。いや、これを着こなすのはちょっと若さが必要では?
「これはその、もうちょっと若い子向けじゃない?」
「そう言う風に仰ると思って、それでも我慢したんですよ。ねぇ、店員さん、まず、この人の外見年齢からして、問題ないですよね?」
「そうですね、失礼ながら見た目は20歳前後に見受けられますので、特に問題はないと思いますけど」
「う……」
そう言われると、ヴァイオレットとしてもこれ以上反論しにくい。第三者から見て外見年齢がそうだと言われると、ただヴァイオレットが気にしているだけと言うことになってしまう。
「わ、わかりました。着ますよ」
仕方ないので試着室に入り、着替える。サイズは問題ないが、膝に裾が当たるのがどうにも違和感だ。と言うか、スカートはこんなにも頼りなかっただろうか。少なくとも20年くらいスカートをはいていないせいか、落ち着かない。
「お、お待たせ」
「! ま、マスター! 可愛いです!」
「ありが、な、ナディア、可愛い」
試着室を恥じらいで俯きながら出ると、ナディアが興奮したように褒めてくれた。予定調和だけど悪い気はしない。慣れないし気恥ずかしいけど、可愛いと言われて嬉しくないほど女を捨てているわけではない。
お礼を言いながら顔をあげると、ナディアも着替えていた。初めて見るひざ丈スカート姿。淡いピンクがナディアの妖精のように愛らしい姿と相まってとてもいい。上がシンプルな襟のある白シャツで必要以上に可愛すぎない分、ナディア自身の可愛さを引き立てる最高のコーディネートだ。
「ふふ、ありがとうございます。マスターとお揃いです」
「え? あ、本当だ」
ナディアが可愛すぎて全く気付かなかった。そう言えば今自分自身もスカートだった。ヴァイオレットは自分のスカートに手をやり、軽くつまんでみてから、ちらっとナディアを見る。
お揃い。そう思うと、何だか、とても恥ずかしい。恥ずかしいのに、何だろうか。胸の奥からじわじわとこみ上げるこの思いは。嫌ではないし嬉しいのだけど、何とも言えない。
「……このスカートは、買うならもちろん、ナディアとお揃いでだよね?」
「はい、それはもちろん」
「それでデートすると」
「はい!」
「んんん」
……めちゃくちゃ恥ずかしい。ナディアが喜ぶならいい、とは思うけど、知り合いに見られたらと思うと想像の時点で顔から火がでそうだ。バカップル過ぎる。
「あの、やっぱりもうちょっと丈が長い方がいいかな?」
「え、そんな……」
「あ、あー、と思ったけど、このくらいが動きやすいのかな」
「ですよ!」
さりげなく回避しようとするとあからさまにショックを受けた顔をされたので、慌てて撤回したら元気に頷かれた。
あれ、もしかしてうまいことのせられている? と思ったヴァイオレットだったが、どうしようもない。ナディアに悲しい顔をさせるくらいなら、このくらいはなんてことはない!
途中からにやにやしてきた店員の視線ををスルーして会計をする。
スカートと合わせたシャツもセットだ。ピンクなのでヴァイオレットの貧困なイメージでは春色なのだけど、素材自体も涼し気だし、スカートは二重になって表面がレースなので外見的にも涼しそうに見える。夏用なのだろう。
「じゃあ、これはまた今度のデートの時におろそうか」
「はい! あ、いいえ。マスターは帰ったら履いてくださいよ」
「あー、覚えてた? でもほら、せっかくナディアが買ってくれたものなのに」
一応、お互いにお互いの物を買ってあげるということにしている。もちろんナディアのやることなので、嫌と言う訳ではないのだけど、妙に意気込まれて過ぎていて腰が引けてしまうヴァイオレットだった。
しかしそんなヴァイオレットに構わず、ナディアは手をひいて早足になる。
「駄目です。約束したじゃないですかっ」
「その通りではあるのだけど、その言い方は重くないかな?」
「とにかく、駄目です」
「はい」
家に戻ったらすでにお昼は過ぎている。何事もないかのように昼食の用意をしますね、と言ったナディアに、あれ、もしかしてこの5分で忘れた? と期待したヴァイオレットだったがそんな訳もなく、用意はするからマスターはゆっくり着替えてきてくださいねとか言われた。
仕方ないので素直に言われたとおりにする。
手洗いだけ済ませたら自室に行き、着替える。
「……うーん」
やっぱり、気恥ずかしい。ひざ丈スカート。けして子供丈と言うほどではない。膝が隠れている程度だし、この国の文化的にも成人女性が着用して問題ない。ないが、あくまで若いお嬢さんくらいの年齢層の話だ。気持ちは若くいこう、とナディアと恋人になる際に意識改革したつもるではあるが、20前後の自負はさすがにない。老人ではなくとも中年期の意識だ。
パッと見で若く見えるからと言って実際にはおばさん年齢の人間が若者ぶった服装するとか痛くない? ヴァイオレットにだって 仮にも社会的地位のあるエリート職として見栄と言うのがあるのだけど。
全身鏡をだして、全身チェックしてみる。一応、外見では問題ないと思う。店員もそう言っていたし、第三者から見てもヴァイオレットはこの街に最も多い丸耳族基準で20歳そこそこの見た目のはずだ。
背筋を伸ばして立ってみる。スカートが微妙にたなびく。膝を合わせてみると、当然だけど素肌が触れあう。
スカートをめくってみる。当然下着が見える。手を離す。鏡に映った顔が赤いのは自覚していたが、見るからに馬鹿っぽい。
なにこれ。無防備すぎる。こんな簡単に下着が見えるとか痴女では? と言うか、ナディアは日頃スカートをはいていると言うことは、スカートをめくったら下着が見えると言うことではないか。当たり前のことなのに、考えたらめちゃくちゃエロい気がしてきた。
「はぁ」
しかし今はそれをはいているのは自分だ。いまいちテンションが上がらないと言うか、普通に恥ずかしい。意識しすぎて馬鹿みたいな思考になっているのはわかっている。
スカートとはそういうものだし、これが当たり前なのだ。いちいち考える方がおかしい。しかも今は部屋の中での話だ。
学生時代は毎日のように着用していたこともあるのだから、単に慣れの問題に過ぎない。
ヴァイオレットは落ち着かせるため、目を閉じて深く呼吸をする。3回繰り返してから、目を開ける。
「……よし」
恥ずかしがり過ぎるのも、それはそれで恥ずかしい。たかがスカートだ。女装しているわけでもないのだから、過剰に恥ずかしがる方が不自然だ。当たり前に着ていればそう言う風に見えるものだ。
そう自分に言い聞かせ、ヴァイオレットは部屋を出た。
ナディアのいる居間に入ると、ナディアは手早く昼食をつくってくれていた お礼を言いながら定位置につく。
ナディアはにこにこしながら隣に座る。まるでいつものように昼食をとる。最初こそなれないスカートに違和感を覚えていたヴァイオレットだけど、食事をとっているとそれも忘れた。
そうして過ごして、食後のお茶をのんびり飲みながら、ふいに自身の膝が開いていることを感覚で自覚する。普段ならなんてことはないが、ほんのり涼しい。
気づいてから膝を閉じる。普段がズボンばかりなので、あまり膝を閉じる習慣がなかった。もちろん、スカートだからすぐはしたないほど開いているわけではないが、ひざ丈なので拳一つも開いていると少し心もとなくなってしまう。膝を閉じておく。
そんなヴァイオレットの様子に気づいているのかいないのか、ナディアはさて、とのんびり口を開く。
「じゃあ、そろそろ、いいですか?」
「あー、足?」
「そうですよ、もちろん」
にこにこと笑顔で促されたけれど、どことなく圧力を感じるのはヴァイオレットの心境のせいだろうか。何故か嫌な予感がする。単に魔力を送られるだけのはずだが。
「あ、ちょっと待って、ごめん。足洗ってくるよ」
「いえいえ、いいんですよ、もちろんそのままで」
「ん?」
「え? だってマスターだって言ってくれましたよね、私の足、汚くないって」
「あ、そ、そうだけど、でもほら、あの時と違ってほら、外出して歩き回って、もう午後なわけだし、汗とかもかいてるから、ね?」
「はい、全然問題ないです」
何なら語尾にハートマークがつきそうな笑顔で言われた。
えぇ、いやさすがにちょっと、単純な清潔さとか以前に、匂いとかしても嫌だし、恥ずかしさもさっきの時点より比ではないと思うのだけど。さっき無理強いしたの本気で怒っている?
とは言え、そこまで言われては、ヴァイオレットとしても拒否できない。何せさっき強引にしたのだから。
ヴァイオレットはいやいや座りなおして、ナディアに足を向けた。




