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魔力の練習 足先

「ひゃっ」

「ナディア!?」


 今日は月に一度の大掃除の日だ。と言ってももちろんヴァイオレットにそんな習慣はない。ナディアが決めてそのようにしているのだ。

 できることが増えるたびに、大掃除の内容を少しずつ増やしていったナディアだったけど、ついに床にワックスがけまで始めるにあたり大掃除の存在がヴァイオレットの知るところになった。なので今回から一緒に大掃除をすることにしたのだ。


 ナディアが一階から、ヴァイオレットが自分の研究室のある地下から始めたのだけど、一階に上がってきたところで悲鳴と共にずどどん、と鈍い音がした。

 慌てて駆け寄ると、玄関前の階段下に尻餅をついたナディアがいた。


「だ、大丈夫!? ナディア!? どうしたの? 滑った?」

「だ、大丈夫です、ちょっと気合をいれてワックスをかけすぎて、二階から落ちただけです」


 勢いよく隣に座り込むヴァイオレットに、ナディアはえへへと可愛く照れ笑いしながら答えたけど、全然聞き流せない内容だ。


「んん!? に、二階から? え? 一番上から落ちたの?」

「はい。立ち上がった時にバケツにぶつかってしまって、倒さないよう大げさによけた拍子に、つい」


 え、逆に何故無事なの? 音は転がるような音一つだけだった。転がり落ちてきた音ではなかった。つまりめちゃくちゃ勢いよく最上段から飛び降りて一気に一番下まで来たわけだ。


「骨とか折れてない? 今勢いでマヒしてるだけじゃない?」

「え? ちょっと待ってくださいね………とくに痛みはないです」


 ヴァイオレットの問いかけに、ナディアは立ち上がってその場でくるりと回って自分の体を確かめてから、にこと微笑んでそう答えた。


「え、お尻も?」

「一応先に足がついてから、足が滑ってお尻をつく形なので、お尻は全然大丈夫です」


 いや普通に足が滑ってその場で尻餅をついただけでも普通は痛い。が、まぁ、無事ならもちろんよかった。


「痛くないならよかった。足は? ひねったりしてない?」

「ついたのは右足ですけど、全然大丈夫です」

「本当に? ちょっと見て見るから、そこ座って」

「え、う、はい。わかりました」


 ナディアを階段の一番下の段に座らせ、右足を出させる。その前に膝をついて、そっとヴァイオレットの膝の上にナディアの右足先を乗せる。長いスカートから生えた足先は靴下をはいていて、色味は確認できないが、見たところ明らかに異常に腫れたりはしていない。


 そのことに安堵しながら、そっと靴下を脱がせる。紺色の靴下を脱がせると、下から真っ白な足が現れる。

 右足をついたのに滑ったと言うことは、足首をひねった可能性がある。いくらエルフが頑丈だと言っても、関節をひねると言うのは別の問題だろう。


 見たところは全く赤みや腫れはないようだ。そっと左手で足先を固定し、右手で足首に触れるように包み優しく撫でる。


「ん」

「痛い?」

「い、いえ。くすぐったいだけです。ふふ。逆なでしないでください」

「そう。じゃあこれは?」


 右手で足首を抑えながら、そっと左手を動かして足首をまわしていく。いつ痛いと言われてもいいように、とてもゆっくりと。ナディアの反応を見逃さないよう、しっかり顔をあげて正面から見つめる。


「ん。全然大丈夫ですよ。もう、マスターは心配性ですね。痛く何てありませんよ」


 笑っていたナディアだけど、真剣なヴァイオレットに眉尻をさげて、しょうがないなぁとばかりにぽんぽんと頭を撫でられた。


「本当に大丈夫なんだね。それならいいけど……ナディアが無茶するから心配してるのに、なに、その反応は?」

「え? そんなこと言われても。まぁ、ちょっとうっかりしてましたけど。大丈夫ですもん」


 ですもん、じゃない。可愛い。可愛いけど二階から落ちたとか驚きすぎて心拍数死ぬほど上がったので、できれば勘弁してほしい。


「もう、気を付けてよね。ナディアは何でも卒ないように見えて、結構おっちょこちょいなのかな?」

「おっちょこちょい!? な、なんでですか、おっちょこちょいじゃないです。失礼ですよ」

「あー、そういう態度なんだ。反省しないなら、おしおきだよ」

「え、な、なんですか? 別におっちょこちょいでは全然ないですけど、反省はしてますよ?」


 ぷんぷんとわかりやすく眉を寄せて怒ってますアピールしてきたナディアだけど、ヴァイオレットのおしおきと言う言葉にあからさまにびびって上目遣いにえへへと愛想笑いで誤魔化そうとしてきた。

 可愛い。誤魔化そうとしてるのも可愛いので、そっかーと素直に誤魔化されてあげたくなってしまうけど、それでは面白くないのでにやっと笑って続ける。


「ナディアは足先まで完璧に可愛いよね」

「ん? え、なんですか、足なんて意識したことないですよ。無理に褒めようとしてません?」

「無理何てそんな。私は前から、ナディアは小指の先まで可愛いと思ってたよ」

「え、え? ……えー、何だか、喜べばいいのか微妙です。そもそも今はともかく、足見せたことなんかあります?」


 何故かちょっと引かれている。まるでヴァイオレットが足フェチのようにドン引きした顔になるのはやめていただきたい。何と言っても大好きな恋人がこんなに可愛い足をしているのだから、しょうがないだろう。

 慌ててヴァイオレットは自身のフォローに走る。


「一緒に水遊びしたでしょ?」

「しましたけど……マスター、私のこと見すぎです」

「だって可愛いからね。ナディアは何をしていたって、どんなところだって、全部可愛いから、ずっと見ていたくなるんだ」

「マスター……もう、そんなこと言って、もう。もー、マスターは私のこと大好きなんですから。あ、おしおきってそういう事ですか? 私を褒め殺しちゃうってことですか?」


 ニヤニヤした照れ顔になったのでセーフだ。しかし別にナディアの言う褒め殺しが目的ではない。お仕置きと言うのが建前と言うのは本当だけど。


「そんなつもりはないよ。ただ、そんな可愛いナディアの足にも、キスしたくなってしまうって話」

「え? ちょ、ちょちょちょっとお!? き、汚いですって!」


 唐突なヴァイオレットの言葉に混乱するナディアに構わず、さっとヴァイオレットはナディアの足を少し持ち上げて頭を下げてキスをした。

 唇があたってから慌てて足を引き下げようとするナディアだけど、もちろんそんなのは想定済みだ。しょうもないやり取りをしている間に抵抗されないよう魔法をつかっておいた。なにせ足の力と言うのは手よりもよほど強いのだ。まかり間違ってナディアの全力で顔面を蹴り飛ばされたら普段の強化程度では防げない可能性がある。


 なので問題なくナディアの足はヴァイオレットの手に収まっている。指先だけ、やけに元気にうにうに動いていて何だか可愛い。顔をあげてにやりと笑ってみせると、ナディアは真っ赤な顔で膝を両手でつかんで引っ張ろうとしている。


「汚く何てないよ。ナディアの体に、汚いところなんてあるわけないでしょう?」

「う、や、やめてください」

「嫌なの?」

「い、嫌って言うか、ほ、ほんとに、恥ずかしいんですって! ていうか、そもそも足見る時点で結構恥ずかしかったんですよ? でもマスターが心配してくれてるから、普通に見せたのに!」


 うんうん、まぁだろうと思った。少し恥ずかしそうにしていたのはわかっていた。だからキスしたくなったけど、このまましたら絶対恥ずかしがって拒否するだろうと思ったので、あえてお仕置きと言うことにしたのだ。


「うん、でもね、おしおきだからね」

「うわっ! そういう事ですか! あー、もー! マスターの変態!」


 やだやだと声をあげて右足に力を籠めるナディアだけど、でも左足は動かさないし、手でヴァイオレットを突き飛ばしたり立ち上がったりと言うこともない。つまりなんだかんだ言って心の底から嫌がっているのではない。単に恥ずかしいから拒否するポーズをしているだけだ。

 そう察しているので、ヴァイオレットは睨まれていても平気な顔で続ける。


「指先まで可愛いよ」


 ちゅ、と親指の付け根に口づける。毛穴もなくてすべすべだ。頬ずりしたいくらいだけど、そこまでするとさすがにヴァイオレット基準でも変態くさいので我慢して、そのまま魔力を送ってみる。


「んんっ」


 部位によって感じる感度が変わる可能性があるのでは、とヴァイオレットは思っていた。いい機会なので試してみる。まず、最初から昨日手の甲にしたときに限界だった痛いと言った魔力量を送ってみる。

 いつもは最初はそれより下げて徐々に上げる形をとっているのだけど、ヴァイオレットはどう感じているのか。


「どう? ナディア?」

「……変態」

「気持ちいい?」

「うー、いつも通りですよ」

「ちゃんと言って」

「……もー……あ、足にキスされて気持ちいいとか、そんなの、私まで変態みたいじゃないですかっ。もー、ばかぁ」


 恥ずかしがって両手で顔隠してるナディアめちゃくちゃ可愛い。両目に指先で手のひらは頬なので鼻から口元は見えていてにやけているのが丸見えで、こっちまでにやけてしまう。

 と、可愛さにぐらつく理性を何とか制御して考える。つまり今のは痛くはなく、気持ちいいの範囲と言うことだ。やはり足だと手よりは感じ方が弱いようだ。


「いいじゃない。私はどんなナディアでも好きだよ」

「う、うぅ、マスター、ほんと、どうしてそんなに意地悪なんですか?」

「ナディアが可愛いからかな。もう一度行くよ」

「もう、好きにしてください」


 今度は足の甲にキスをして、さっきよりさらに強くする。いつもは1ずつ強くするところを3程度一気にあげる。


「っ、んー、ま、マスター」

「ごめん、痛い?」

「いえ、その……き、気持ちいいです、けど」

「けど?」


 痛みはまだないらしい。間違いなく手ならまだ痛いと言っている範囲のはずだ。さっきのですら手ならぎりぎりだったはずだけど、これでまだ大丈夫なら大分と差があるようだ。

 続きを促すと、ナディアは指先をひろげて目をあわせて、視線を漂わせながら言う。


「あ、足先がくすぐったい、と言いますか……とにかく、ちょっと。やめてください」

「くすぐったいって言うのは痛いの直前ってこと?」

「いえ、そうではないんですけど……さ、察してください!」

「え、なに? ちょっとまって、痛い直前まで続けたいんだけど」

「だ、駄目です」


 ナディアはきっと睨むような眼で拒否するけど、膝同士をくっつけているだけで力をいれて拒否しては来ない。まだ大丈夫そうだ。


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