表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/105

魔力の練習 髪

 馴染んで違和感がない、となれば少しずつ、魔力を送って行く量を増やす。そうして毎日、少しずつ手に魔力を送っていく。

 やはりなれると、最初に同程度の魔力量で感じる違和感や痛みと言った感覚はなくなるようだ。強すぎると痛い、と言うのは直接痛覚が刺激されるのではなく、強すぎる刺激に未開発な感覚器官がついてこれずに一律痛みとして認識されていたことは間違いないようだ。これでひとまず、将来的には子供をつくるのに支障がないだろう。そこは一安心だ。


 とりあえず普通に魔力を送り込む感覚で送る分には、この一週間ほどでなれてくれた。

 さて、今日はお休みである。となると、どうやってナディアと楽しもうかなと考えてながら、ナディアが朝食の支度をしてくれているダイニングに入る。


「おはよう、ナディア」

「おはようございます、マスター。ふふ」

「ん、どうかした?」


 急に笑われた。いつもニコニコしていてとても雰囲気のいいナディアだけど、もちろん常に声に出して笑ったりしていない。

 首を傾げると、ナディアは火をとめてからヴァイオレットに近づき、そっと手を伸ばしてヴァイオレットの右耳に手を当てた。


「ここ、寝癖ついてますよ」

「あ、あれ、さっき押さえて収まったと思ったんだけど。えへへ」


 いつもそれほど寝癖が酷い方ではないのだけど、昨日お風呂上りのまま寝落ちしたのがひびいた。朝から割と健闘したのだけど、乾くとまだ癖が残ってしまっていたらしい。恥ずかしい。

 照れ笑いで頭をかいて誤魔化すと、ナディアもくすくす笑う。


「ふふ、今日は頑固だったみたいですね。蒸し布の用意しましょうか?」

「じゃあ、後でお願いするよ。折角ナディアが作ってくれた料理だからね。美味しいうちにいただくよ」

「マスター、好きです」

「私も好きだよ」


 先に朝食をとる。もちろん休日なのでゆっくりと、あーんしてだ。それから蒸しタオルで寝癖をとってもらう。


「マスター、こうして触ると、本当、さらさらで触り心地がいいですね。全然引っかからないですし」

「そう? 私としては癖がなくてまとまりにくいし、ナディアみたいにふわふわした髪が羨ましいけど」

「くせ毛だと、むしろまとめるの大変ですよ」

「そうなの?」

「めちゃくちゃ寝癖付きます。特に子供の頃髪が短かったころ何て、さっきのマスターの比ではありません」

「えー、意外」


 いつも服装は規律正しく、寝起きのだらしないところを見たことがない。寝癖も想像つかないし、それにショートヘアーの頃があったなんて。そりゃあ子供の頃ならおかしくはないけれど、お姫様に憧れる可愛いナディアなので意外だ。

 どんな姿なのか。と言うかナディアの子供時代とか絶対可愛い。


「と言うか、単純に髪が長いと寝癖ってなくなりますよ」

「え、そうなの!?」

「毛先の向きが変わるくらいですね。今回のマスターみたいに、ぴんと横に飛び出すみたいな癖がもしついたとして、髪の重さで垂れますから」

「あ、なるほど」


 そう言われてみればそうなのか。ヴァイオレットは昔から肩より伸ばしたことがない。デスクワークにも邪魔だし、なにより実験の際に火を使うこともある。

 もちろん長髪の者もいるが、しっかりと髪を管理する必要がある。面倒くさいのでヴァイオレットは伸ばす気はない。だけどそう聞くと、長髪は長髪で楽な部分もあるのか。


「隣の芝はってことだね。……話変わるけど、髪、触ってみていい?」

「はい? はい、どうぞ」


 一瞬きょとんとしたナディアだけど、すぐに微笑んで頷き、タオルを置いて隣に座って頭を寄せてくれた。ありがたく一度頭頂部をなでなでしてから、毛先へ指を滑らせる。

 するする、と指が流れる。柔らかい毛がシンプルに気持ちいい。毛先をつまんで指先で擦るように触ってみる。ふわっとした髪もぎゅっと掴むと意外としっかりしたボリュームだ。

 すーっとそのまま下へぬけると、長さが微妙に違うようで途中から本数が減り、最後は一本だけつまんでいて他の毛がまわりをふんわりまとっている。


「……楽しいですか?」


 ついつい熱心に触ってしまうヴァイオレットに、ナディアはうつむき気味の姿勢のまま上目遣いにジト目を向けてくる。


「うん。頭を撫でるくらいはあったけど、こうして髪だけさわると本当にさわり心地がよくて、気持ちいいよ。ずっと触っていたいくらいよ」

「ん、んん。そ、そこまで言われたら、悪い気はしないですけど、っていうか、まあ……髪だってマスターのものみたいなものですから、いつでも触ってもらって全然大丈夫ですけど」


 照れて視線そらしながらすごいこと言われた。髪だって? 他にもってもう、完全にナディアの全部がヴァイオレットのものみたいに聞こえる。いつでも全部触っていいとか朝から誘いすぎじゃない?

 いやいや。わかっている。そんな気はないことは。動揺を隠すため手を離して顔をあげたナディアに微笑む。


「ナディア、めちゃくちゃ好き」

「え、な、何ですか急に」

「え? 好きな時はいつでも好きって言っていいんでしょ?」

「いいですけど、めちゃくちゃとか、言い方がマスターらしくないと言いますか、ちゃらけてると言いますか、なんか、動揺してしまうくらい感情込めて言ってくれたみたいで、照れます」

「可愛い」


 その全方面良いように受け入れて肯定してくれるところ本当、どう考えても天使すぎる。いつ天界からお迎えが来るのか考えたら恐怖。お姫様なんてものじゃない。もう人間の範囲を超えた可愛さ。

 これを口に出したらさすがに引かれるだろうから言わないけれど、でも結構本気で思ってしまう。こんなに可愛い子がこの世にいるのが不思議過ぎる。いくら恋人とは言えなんでも受け入れすぎじゃない?


「でも本当に、ナディアっていい子だよね。どうやったらナディアみたいないい子が生まれるのか謎すぎるんだけど、エルフってどんな生活してるの?」

「どんなって、普通ですよ。前にちょっと言いましたけど、狩りしたりとか?」

「狩猟民族がみんないい子ってことはないと思うんだけどなぁ」


 狩猟民族と言えばヴァイオレットに比較的身近な存在としてあるのは、かつてこの街に来る前に立ち寄りお世話になった牙族だ。獣人の中でも陸上四足獣分類の犬族の一種で、獣成分が多くて言い方は悪いが大きくて二足歩行する狼と言う外見だ。大きな牙で狩りをして生肉を好み、闘争本能も強く細かい作業が苦手なのもあり、あまり文化的生活に興味を示さない。確認されている限り、最も識字率が低い。

 だがしかし、だから性格が素直で単純かと言うとそんなことはない。むしろかなり疑り深い。初対面の人間は同族であろうと信用しない。権威に興味は示さないが、知識としてはしっかり共有している。ヴァイオレットはしばらく滞在させてもらってある程度仲良くなった気はしたが、それでも食事や睡眠シーンを見せてもらえなかったし、顔や毛にさわるなんて論外だ。子供であろうと握手はしてもそれ以外の接触はない。


 もちろん、それはその種族の文化であり、生活に必要なルールだ。よそ者が少し受け入れられなかったからと言って文句を言う気はない。

 ただナディアとはあまりに違う。この子最初から好感度高かったし普通に手も繋いでいた。出会って三カ月程度で結婚前提の恋人である。

 同じように三か月で結婚したいと思っているヴァイオレットが言うことではないが、チョロすぎる。改めて考えたら不安になってきた。


 まぁ、とりあえず、狩猟民族だからではない。


「うーん? わかりませんけど、でもとりあえず、私とマスターの子供なら絶対いい子になると思います」


 と言うかいい子に育てますっ。と元気に言われた。可愛いし純粋にもすごい嬉しいんだけど、その前に子供作るのかーって言う下心が出てきてちょっと違う意味でテンションあがってしまう。


「そ、そっか」

「はい! ……は、はい。絶対、いい子です」


 曖昧になってしまった返事にも元気に相槌をうってくれるのはいいけど、遅れてナディアもそこに意識がいってしまったらしく、顔を赤らめてもう一度そう言った。

 可愛すぎて今すぐ子供つくりたくなってきた。もちろん無理だし、しかも朝だ。


「ナディア、そう言えば髪の毛って魔力感じるの?」

「え? あ、えー? 意識したことないですね。自分の魔力がたまるところではありますけど」

「まあそれは他の種族も同じだけど。ちょっとやってみようか」

「えっ、こ、こんな朝から魔力なんて」

「へ、変な意味じゃないよ。ただ本当に、どうなのかなって言う」


 朝からあまり変なことになっても困るので、そんなに反応されない程度にちょっといちゃつきたいなって言うだけだ。だから下心はない。ないったらない。


「……じゃあ、します?」

「うん」

「う、こういう時に可愛い返事するのずるいです」

「え、あ、ありがと」


 可愛いとか言われた。ナディアが可愛いのは間違いないが、自分に可愛さを求めたことも追求したこともないので、照れる。何度か言われたことはあるので、ナディアがそう思ってくれているのは自覚しているけど、照れるものは照れる。

 照れを誤魔化すために、OKはもらっているので、そっとナディアの髪に手をのばす。


 柔らかな髪を一筋手に取って、軽く持ち上げる。それだけでナディアはちょっと拗ねたような顔から、気恥ずかしそうな顔になってはにかむ。

 それに微笑みかえしながら、そっと体ごと寄せていき、髪に口づける。髪だってわかっているのに、顔を寄せるとちょっとだけ唇に力をいれて緊張したようだ。口をつけた瞬間、ぴくりと肩を揺らした。


 相変わらず手触りのいい髪先をついつい揉むように触りながら、そっと魔力を注ぎ込む。


「ん……?」


 だけどヴァイオレット自身の実感としても、魔力は吸い込まれる感じではなく、すり抜けていくようだ。


「ん、ふふ、ごめんなさい」

「ん、駄目だったみたいだね」

「ふふ。はい。はいってはこないです。でもさすがマスターですね。魔力が濃いから、通って行くのはわかりました。ちょっとだけ、くすぐったかったです」


 くすくす笑うナディアは妖艶な感じではないので、少し残念な気もしたが、ほっとした。髪が敏感すぎるのは生活する上魔法をかけたりする時に不安になっても困る。


「そっか。よかった。髪まで敏感だと、大変だもんね」

「ふふ。そうですよ。でも、ちょっと残念でした? マスター、えっちですもんね」


 ばれていた。悪戯っぽく笑いながら言われた。一瞬だけ目をそらしたけど、まぁ、隠すことでもない。他でもないナディアにだけなのだから。

 肩をすくめて見つめ返しながら、そっと頭を撫でる。


「……まぁ、ちょっとね。でも大丈夫。髪以外で、もっと可愛がるから」

「ん……でも、時々は、髪も可愛がってくださいね? マスターに撫でられるの、好きですから」


 目をほそめて言われたのが可愛すぎて、午前中いっぱいそのままイチャイチャした。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ